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トップインタビュー

技術の進化とサイバー・フィジカル融合でWellbeing Societyを実現 ポジティブシンキングで変革・挑戦・実行を回そう

NTTの完全子会社となったNTTドコモ。5G(第5 世代移動通信システム)のサービス開始とともにビジネス環境は変革期を迎えています。また、新型コロナウイルスの影響により社会課題への関心は高まっています。加速するデジタルトランスフォーメーション(DX)、リモートワークの普及等の社会の変革期にNTTドコモはどのような姿勢で臨むのか、谷直樹NTTドコモ常務執行役員に現在の取り組みとトップの心構えを伺いました。

NTTドコモ
常務執行役員(CTO)
R&Dイノベーション本部長
谷 直樹

PROFILE

1989年日本電信電話入社。1992年NTTドコモ研究開発部、2011年関西支社ネットワーク部長、2014年M2Mビジネス部長、2015年IoTビジネス部長、2017年執行役員を経て、2020年6 月より現職。

技術・研究開発は人々の幸せな未来につながっている

まずはNTTドコモを取り巻く環境等を教えてください。

NTTドコモを取り巻く環境を語るとき、ドコモの事業環境と、NTTグループとしての環境の2つの視点があります。まず、2020年はドコモのみならず通信各社が5G(第5世代移動通信システム)のサービスを開始し、競争環境が変化しました。そして、2020年12月29日、ドコモにはNTTの完全子会社化といった大きな動きがありました。
5Gでは単に新しい技術をサービスとして社会に提供するだけではなく、5Gサービスが社会課題の解決や新しい価値を創造していくことをめざしています。このためドコモではパートナーとなる企業・団体に対し、5Gの技術や仕様に関する情報の提供や、パートナー間の意見交換の場を提供する「ドコモ5Gオープンパートナープログラム」を2018年2月に開始しました。また、5Gを利用した新たなサービスを検討されているパートナー向けに、5Gを体感できる場として「ドコモ5Gオープンラボ」を提供してきました。
そして、5G商用サービスと同じネットワーク装置や同じ周波数帯を利用し、ビジネス創出を本格的に開始することに加え、5G商用サービスと同環境を体験いただくことなどを目的とした「5Gプレサービス」を2019年9月に開始し、満を持するかたちで2020年3月に「5G商用サービス」を開始しました。
各社とも5Gサービスを開始し、その特性である高速・大容量を訴求しています。ドコモはお客さまにとって魅力的な料金をご提供することに加え、5Gがめざす社会課題の解決や新しい価値を創造していくことにも注力しています。また、世界各国の関係者とともに5Gの国際標準化をリードしてきましたが、5Gの先の「Beyond 5G」や「6G」についても国際標準化を積極的に推進していきたいと思います。
ドコモはNTTの完全子会社となりましたが、両社のR&Dをこれまで以上に密接に連携していけるよう、万全な体制を整えたいです。ドコモは事業会社であり、事業の側面からニーズを直接R&Dに反映することができ、そのフィードバックを直接事業に反映することができる環境にあります。R&Dの連携強化においては、こうした事業とのコミュニケーションのパイプを太くすることが期待でき、それにより連携をより有機的なものとしていきたいです。
ドコモの原点は「人と人とのコミュニケーション」だと私は考えています。研究開発を進めるにあたり、将来に向けてめざす姿として“Wellbeing Society”を掲げ、人に寄り添い、人にやさしい社会に貢献できるような研究開発に臨んでいます。つまり、私たちが社会課題の解決に努めることが、楽しく、幸せに暮らせる社会の創造につながっていくのです。アプローチは産業、社会、個人の3つの立場を踏まえたエコシステムの構築です。人のためになる産業を興し、人の住みやすい社会環境を整え、人が能力を発揮し、楽しく幸せに暮らすことをサポートします。このために必要な研究開発は何かを考えることが私たちの使命であると考えており、R&Dの連携において、この思いの共有も図っていきたいです。

研究開発は幸せな社会の実現につながっているのですね。

こうした未来を実現させる技術やサービスについて、現在、研究開発として重点を置いているのは、サイバー・フィジカル融合というフレームワークであり、これによりNTTグループが提唱しているIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想の実現にも貢献していきます。現実世界(フィジカル空間)のヒト・モノ・コトを情報化し、サイバー空間にてデータを獲得・蓄積し、そのデータを分析して未来を予測します。得た知見を価値化して、それを現実世界へフィードバック(アクチュエイト)するというループを循環させることで、前述のとおり、現実世界に生きる人や産業、社会に対して新たな体験や効率化、最適化、生産性の向上や安心・安全の提供などの価値創造に臨みます。
さらにサイバー・フィジカル融合の実現に向けて、ドコモはコアな技術の進化に挑んでいます。コアな技術について、まず、獲得・蓄積した多様なデータを結びつけて未来を予測して、知見を得るための技術であるAI(人工知能)です。次に、現実世界の情報化とフィードバックの手段を提供するIoT(Internet of Things)やデバイス技術。そして、現実世界とサイバー空間をつなぐネットワークです。そして、これらを業界横断的に活用するプラットフォームに進化させていくことで、“Wellbeing Society”を実現していきたいと考えています。
ほかにも、新型コロナウイルスの感染拡大によって、リアルな行動への制限が出てくるにつれ、バーチャルな世界やオンラインのコミュニケーションにシフトする傾向にあります。この流れの中で、2021年2月4~7日に開催した「docomo Open House 2021」では、完全オンラインとする中で、バーチャルな仕組みを体験いただくVirtual Boothを提供しました。これはバーチャル空間にセットしたブースを訪問してイベントや展示を楽しんでいただくもので、海外旅行をしているような体験ができるブースや自由視点でスポーツや音楽を楽しめるブースも設置しました。
ところで、バーチャルで体験した物事を「もっと見てみたい」「実際にこの目で見てみたい」と思うことがあるのではないでしょうか。私は、バーチャルな世界をご提供することで、このような気持ちを引き出すことが大切だと思います。バーチャルの先に現実がある、ということは、バーチャルで体験できることの価値が高まれば、現実社会におけるそれの価値も高まるのです。バーチャルがリアルに取って代わるのではないかという声も時々耳にしますが、私はそうは思いません。バーチャルによってリアルな社会の活動を促進する、そんな展開も増えるのではないかと考えています。

全社員が未来を拓く可能性を持っている

バーチャルとの連携によるリアルの充実を現場と研究開発が一丸となって促進させるという取り組みに期待が高まりますね。

モバイル空間統計というものをご存じでしょうか。新型コロナウイルス関連の報道で、主要ターミナルの人出の増減率が出てきますが、モバイル空間統計により算出した統計情報も活用されています。モバイル空間統計はドコモの携帯電話ネットワークの仕組みを使用して作成される人口の統計情報で、最短1時間前の性別・年代別・居住地別の人口分布を10分単位で提供することが可能です(1)。また、NTTの研究所が開発した高速可視化技術を活用して、日本全国の人口を可視化するサービスを提供しています。このサービスでは、検索・読み出し速度が従来よりも7倍高速化し、利用者は時間推移に伴う日本全国の人口の変化をスムーズに表示・閲覧することが可能です。全国の1辺500 mメッシュごとに、性別、年代、居住地を自由に選択して表示します。
実際の事例として、パートナーのデータと組み合わせて予測モデルをつくることで、店舗経営者は商圏における当日の人口増減を把握できるため、売上を予測して弁当や総菜などの生産量を調整し、フードロスを軽減することができます。また、道路管理運営事業者は観光地などの特定エリアの当日の人口増減を把握して管理下の道路の渋滞発生を予測できます。スマートフォンアプリなどを通してドライバーに精度の高い渋滞予知情報を提供しているので、渋滞解消にもつながります。このような事例もサイバー・フィジカル融合の一環で、集積した情報のどこに価値を見出すかという先見性や企画力、分析力等をサービスとして具現化した一例なのです。
R&D部門発のサービスの話をしてきましたが、ドコモでは社員のさまざまなアイデアを新事業に活かせるようにR&D部門がその仕組みをサポートしています。社員から提起されたアイデアを実用化・事業化の可能性を評価して現実のものとしていきます。このようにR&Dや直接サービスにかかわっている社員以外が持っている可能性も大切にしたいし、光る何かが隠れていると信じています。

谷常務がこれまでトップとして大切にしてこられたことを教えていただけますか。

社会は今、新型コロナウイルスの感染拡大によって環境が大きく変化しています。これをチャンスとしてうまくとらえて、新しいアイデアを次々と出していくタイミングであると考えています。こうした変化の激しい環境において重要視していることが3つあります。変革、挑戦、実行です。よく聞くワードかもしれませんが、これらに対して次のような思いを持っています。まずは変革です。あらゆることが変革のチャンスであるとポジティブにとらえることです。2番目の挑戦については、自ら意思を持ってストーリーを描く、構想することです。全体像を描いて行動することが大切です。最後の実行はいうまでもありませんが、とにかく実行すること、できることから始めることです。スモールスタートで構わないのです。少しずつの積み重ねが大きな結果を生むと考えています。
ドコモでは多くの人が研究開発に取り組んでいるため、それぞれの業務の方向が異なってくることもあります。そういうときには、原点に立ち返ることが重要です。担当者とのディスカッションの中で、「これって何のためにやっているんだっけ?」としばしば問うようにしています。話を聞いていると、より広い視野で議論することが必要だなと感じることがあるからです。そんなときこそ、原点を共有するためにコミュニケーションを充実させようと心掛けています。
話を聞くのはとても重要です。トップから一方的に伝えるのではなく、担当者の考えていることや気持ちを聞きたいと常に思っています。最初は理解するのが難しいと感じることも時々あるのですが、しっかり聞くとその人の本意がみえてきます。こじれそうな話も、「あれ?何のためにやっているんだっけ?」と、フランクに返すと、場も和み、「原点」に立ち返ることができ、それを共有し、共に前進することができるのです。耳を傾けることは多様性の理解や潜在能力を発掘することにもつながりますからね。

ストーリーと本質を把握するために原点に立ち返る

評判どおり、谷常務は話しやすい上司なのですね。

ただ、どうしても社員の皆さんは上司という立場の私に遠慮してしまうこともありますから、そこはなるべく私から話を聞くように心掛けています。個別に時間を取ることが難しいので、極力打合せのときに声をかけるようにしています。それでも時間がないときもあり、仕方がなく部下の話を遮ってしまうこともあります。また、社員によっては、打合せ等のスケジュールが埋まっている合間の私の手が空きそうなタイミングをうまくねらって訪ねてくることもありますが、できるだけそういう時間も大切にしています。
昨今はテレワークをしていますから、ちょっとした日常のコミュニケーションを自由に図れず歯がゆいこともあります。それでも可能な限り話す機会を設けています。先ほどお話したとおり、私はすべての方の話に耳を傾けるのと同時に、変革、挑戦、実行を実現するために何事もポジティブにとらえることを大切にしてきました。
これをうまく展開するにはメリハリも大事なのです。これは重要だと思うことには特に力を注げるように取捨選択し、力の入れどころをしっかりとつかむことです。例えば、資料作成するとき、その資料の意図がしっかりと理解できるように書かれていることは大切です。そして、次に大事なのはどこで誰に、どれくらいの時間を使って伝えるかということです。上司とお客さまでも全く違うし、講演会と経営会議でも違います。30秒で伝える内容と1時間で伝える内容も違います。こうしたシチュエーションをしっかりと把握した伝え方の工夫はとても大切です。作図、表現、文言等、すべて目的に応じて適用する必要があるのです。ですから私は資料を作成した人に「これは何のために使うんだっけ?」と、ストーリーと本質を把握するために原点に立ち返る質問をよく投げかけます。私はこれを常に意識していますし、社員の皆さんにもぜひ意識していただきたいと思っています。

CTOとして、技術者の皆さんにも一言お願いいたします。

私は入社して約20年間、ドコモのR&D部門に在籍し、関西支社の設備系の部署、IoTビジネス関連の部署を経て、約9年ぶりにR&Dイノベーション本部へ戻ってきました。この約9年の間に技術は目覚ましく進化しています。2020年6月まで在籍していたIoTビジネスを手掛ける部署では、新技術を活用しながらパートナーとともに新しいビジネスモデルをつくり、収益を上げることを目的に仕事をしてきましたが、その期間は、外からドコモのR&Dを見ていたことになります。昨年R&Dイノベーション本部長(CTO)に就任して、改めてドコモは素晴らしい技術を数多く保有しており、今まで以上にこれらの技術をビジネスに活かすことができると実感しました。
自らの技術に誇りを持って、かつその技術の意味や意義、位置をしっかりと把握していただきたいです。このように心掛けていると、チャンスが見えてくると思います。保有している技術が社会課題の解決に役立つ場面はあらゆるところにあります。チャンスが見えたら実行あるのみです。変革、挑戦、実行の3つは技術者の皆さんにもぜひ心掛けていただきたいと思います。
(インタビュー:外川智恵/撮影:大野真也)

■参考文献
(1) https://www.nttdocomo.co.jp/biz/service/spatial_statistics/
※インタビューは距離を取りながら、アクリル板越しに行いました。

インタビューを終えて

「常務はとてもお話のしやすい方なのですよ」。インタビューの準備をしているときに、社員の方が微笑んで常務のことを教えてくださいました。ほどなくして現れたスラリとした長身の谷常務。社員の方がおっしゃった意味がよく分かりました。白い歯を見せて笑顔でお話を聞いてくださるのです。「これから3つ話します」等と前置きをし、聞く側に心の準備をさせ、丁寧に解説してくださいました。そして、必ず笑いながら謙遜なさる。そんな谷常務の姿勢に社員は安心感を抱くのだと実感しました。
谷常務のご趣味は体を動かすことと食べること、そして温泉等でリラックスされること。コロナ禍にあって思うようにはいかないようですが、週に一度はジムで鍛えて、週末は奥様と相談して評判のレストランを訪ねられています。一期一会を座右の銘に楽しく生きているという谷常務。こうした考え方は2011年に関西支社のネットワーク部長として単身赴任した際の経験によるものだといいます。「設備の仕事は今までにない経験でした。多くの方々のご協力や仕事のやり方に大いに学びました」。環境の変化が人にもたらす影響を実感した谷常務が、世界的な変革期に使命感を持って臨まれている気概を感じたひと時でした。