NTT技術ジャーナル記事

   

「NTT技術ジャーナル」編集部が注目した
最新トピックや特集インタビュー記事などをご覧いただけます。

PDFダウンロード

特集

IOWNに向けたアクセスネットワーク技術

社会インフラ事業の課題解決を実現する研究開発の取り組み

NTTアクセスサービスシステム研究所では、労働人口減少・老朽化設備の増加・維持管理更新コスト増加・災害多発などの社会インフラ事業を取り巻く課題の解決とスマートワールドの実現をめざし、維持管理・運用業務のデジタルトランスフォーメーション(DX)化、安心・安全な社会インフラ設備の構築、設備・オペレーション等のアセット活用を柱とする研究開発に取り組んでいます。本稿では、これら3つの柱にかかわる技術について紹介します。

粟田 輝久(あわた てるひさ)
NTTアクセスサービスシステム研究所

シビルシステムプロジェクトの取り組み

社会インフラ事業を取り巻く状況として、労働人口の減少、老朽設備の急増、維持管理・更新コストの増加に加え、気候変動や地震動などによる災害リスクが挙げられます。これらの状況の中、社会インフラ設備においては、人手をかけない保守運用、LCC(Life Cycle Cost)が最適となる更新、防災減災、環境負荷低減への対応という課題が急務となっています。NTTアクセスサービスシステム研究所シビルシステムプロジェクトでは、維持管理・運用業務のデジタルトランスフォーメーション(DX)化、安心・安全な社会インフラ設備の構築、設備・オペレーション等のアセット活用という3つの柱の研究開発に取り組み、これらの課題解決を進め、スマートワールドの実現に貢献していきます(図1)。本稿では、スマートワールド実現に向けたシビルシステムプロジェクトが取り組む技術を紹介します。

維持管理・運用業務のDX化

NTTでは、MMS(Mobile Mapping System)やドローン等を使って所外の電気通信設備を撮影し、取得した画像を用いて設備状況を確認し、設備の劣化等を診断しています。一方、シビルシステムプロジェクトでは、画像認識を用いた通信基盤設備の点検診断技術について研究開発を進めてきました。具体的には、画像特徴量解析や深層学習を用いて、路上に設置されている通信用マンホールの鉄蓋の劣化(表面の摩耗や周辺道路との段差)や橋梁に添架されている通信用管路の錆を自動検出する技術などを創出しました。これらの技術は、NTTの設備状況診断業務に利用されていますが、画像認識技術にはさらなる高機能化・高性能化が求められています。現在、沿道の社会インフラ共同点検に資する画像認識技術の研究開発に取り組んでいます。この技術は画像認識AI(人工知能)を用いてMMSで撮影された沿道にある数多くのインフラ設備(ガードレールなどの道路附属物やケーブルや金物などの柱上設備)の画像から、道路附属物と柱上設備の画素領域を識別し、設備に発生した錆の画素領域を検出することを目標としています(図2、3)。そのため、画像認識AIには複数の機能を取り入れています。1つは設備識別AIです。さまざまな形態・構図で写る沿道のインフラ設備を十分に学習させることで、高精度にインフラ設備を識別できるようにしています。もう1つは錆検出AIです。アンサンブル学習*(1)を用いて、柱上設備に発生した画素領域が微小な錆や逆光時に撮影された画像において暗い部分に写る錆の画素領域を検出することができます。現時点で、設備識別性能は約94%、錆検出性能は約98%であり、実地での利用が十分に可能なレベルに到達しています。この画像認識技術を沿道の社会インフラ共同点検に展開していくことで、これまでそれぞれのインフラ事業者が実施していたオンサイト点検業務の一元化を促進し、AIによる設備診断業務の高精度化が期待できます。将来は、共通的なプラットフォーム上で点検時に取得された設備情報を一元的に管理することで、社会インフラの維持管理効率化をめざします。

* アンサンブル学習:複数のモデル(学習器)を融合させて1つの学習モデルを生成する手法。

安心・安全な社会インフラ設備の構築

■構造物の長寿命化技術

NTTは全国にわたり、さまざまな環境における設備を保有しています。人手をかけず膨大な設備の安心・安全な維持に向け、品質維持および運用リソース最適化を両立させることで「安全を担保し限界まで使い切る運用」の確立をめざしています。
現在のインフラ設備点検は、点検周期の最適化を図りながら、一定周期での定期点検を実施しています。点検稼働のさらなる効率化のため、設備を構成する材料、設置環境ごとの劣化メカニズム、および劣化進行速度を解明することにより、劣化事象および環境に応じた将来状態を予測可能とする劣化予測技術の確立をめざしています。これからは、劣化予測技術により、設備ごとに最適な点検時期を明確化することで、定期点検レス化を可能とします。
また、現在のインフラ設備補修は、点検時に劣化事象を確認した場合、劣化事象に応じた判定を実施し、要補修と判断した劣化事象に対して適切な補修を実施しています。さらなる維持管理コスト低減のためには、現在の劣化事象の部分補修から構造体の耐力評価に基づく補強への転換が必要です。各設備の将来の劣化状態を構造計算へ反映し耐力評価を行うことで、構造体としての将来の耐力限界を判断する構造解析技術の確立をめざしています。これからは、この構造解析技術により、構造体として最適な補強タイミングが明確となるため、LCCの最適化を図りながら設備を安全な状態で長く運用することができます(図4)。

■地震動による設備被災予測技術

2011年の東北地方太平洋沖地震などの大規模地震では、通信設備も地震や津波により甚大な被害を受けました。今後も、南海トラフ巨大地震や首都直下地震などによる、大規模な被害想定が政府から発表されており、地震に対する設備の安全性への要求は一層高まっています。
とう道、マンホール、管路といった通信基盤設備については、設備の継手部にフレキシブル性を持たせるなどの耐震対策を加えてきたため、東北地方太平洋沖地震をはじめとする大規模地震に対しても高い耐震効果を発揮してきました。また、管路については、PIT(Pipe Insertion Type)新管路方式などの自立型ライニング技術により、道路を掘削することなくケーブルを収容したままで、旧仕様管路の耐震補強が実施できる技術の研究開発に取り組んできました。
現在は、膨大に存在する管路に対して、耐震補強が必要となる設備を見極めるため、地震に対する設備個々の被災を予測する技術の研究開発に取り組んでいます。具体的には、過去の大規模地震時の被災状況に対して、設備情報や地形・地盤の情報、地震動の情報などの多数のパラメータを照らし合わせた学習用のデータベースを作成し、機械学習と変数寄与度分析により被害推定に有効なパラメータを特定し、簡便に利用可能な予測モデルを構築しました。この予測モデルにより設備個々の被災個所を把握できることから、計画的な事前対策、迅速な緊急点検・応急復旧といったプロアクティブな対応が可能となります(図5)。
本取り組みを通じて、設備情報や周辺の環境情報を用いて機械学習した予測モデルが被災予測に有効な手段であることを確認しました。機械学習に用いる学習用のデータベースの内容は異なりますが、本技術のアプローチ方法はさまざまな被災予測に展開できると考えており、今後は激甚化する風水害の被災予測モデルの構築に取り組みます。また電力、ガス、上下水道などライフライン設備を有する事業者への展開も可能と考えています。

設備・オペレーション等のアセット活用

2001年に一般家庭への光通信サービスが提供開始されてから、光通信サービスの普及が急速に進み、現在のアクセスネットワークはメタルケーブルから光ファイバケーブルに移り替わっています。光ファイバケーブルは、メタルケーブルに比較すると軽量で細径化されているため効率的に収容することができ、通信基盤設備において利用可能な空間が増えています。この空間を有効利用する一例として「通信管路を活用した水素輸送」があり、関連する技術検証を行っています。
水素は、再生可能エネルギーによる水の電気分解やバイオマスの改質で製造することができるため、エネルギー供給・調達リスクの低減に資するカーボンフリーなエネルギーとして、脱炭素社会の実現に向けた次世代エネルギーの1つとして注目されています。現在、水素の輸送手段はタンクローリーなどによる配送が主流となっていますが、輸送コストの低廉化とCO2削減が課題となっています。その解決策の1つとして既存インフラを活用したパイプラインによる輸送方法があります。
パイプラインによる水素輸送は、高圧での圧送が想定されるため気密性を確保した輸送が必要になります。そのためNTTグループでは既設の通信管路に気密性の高い水素輸送用のパイプラインを収容する2重配管方式を検討しています(図6)。この方式では、水素輸送用のパイプラインを既設の通信管路、およびマンホール内で敷設可能とするためフレキシブルな構造とする必要があるため、パイプラインの素材評価や施工性の検証を行っています。また水素漏洩時における安全性評価や通信設備に与える影響の評価、および対策技術について検討しています。
本取り組みを含めNTTグループで培った「運用ノウハウ」「通信設備」「通信技術」の各アセットを活用して新たな社会的価値を創出するための技術開発に取り組んでいきます。

おわりに

「維持管理・運用業務のDX化」「安心・安全な社会インフラ設備の構築」「設備・オペレーション等のアセット活用」についての取り組みと技術を示しました。今後、これらの研究開発をより一層推進し、同じような課題を抱える社会インフラ事業へ技術・ノウハウを還元することで社会全体の課題解決へ貢献していきます。

■参考文献
(1) 川口・中谷:“推定結果の確からしさも評価するFalse-aware AI(FAI),”電子情報通信学会誌,Vol.104,No.2,pp.149-155,2021.

粟田 輝久

労働人口の減少、老朽設備の急増、維持管理・更新コストの増加、災害リスクなど社会インフラ事業における課題への対応は急務です.NTTアクセスサービスシステム研究所ではこれら課題を解決する技術の実現に向け、研究開発を推進していきます。

問い合わせ先

NTTアクセスサービスシステム研究所
シビルシステムプロジェクト
TEL 029-868-6202
E-mail asip-pmhosa-p-ml@hco.ntt.co.jp