グループ企業探訪
シリコンバレーでオープンイノベーション志向の研究開発・ビジネス開発によりNTTグループに貢献する会社
生成AI(人工知能)やその核である大規模言語モデル(LLM:Large Language Models)が世界的に注目され、目まぐるしい進化を遂げています。こうしたイノベーティブな技術は、そのほとんどがGAFAMや多くのスタートアップがひしめく米国シリコンバレー発です。NTTドコモR&Dのグローバル拠点として、研究開発・ビジネス開発を推進するDOCOMO Innovations, Inc.の秋永和計社長に、オープンイノベーションとグローバリゼーションを意識した開発とNTTグループへの貢献について伺いました。
DOCOMO Innovations
秋永和計社長
シリコンバレーでオープンイノベーションとグローバリゼーションを意識した研究開発・ビジネス開発
■設立の背景と会社の概要について教えてください。
DOCOMO Innovations,Inc.(ドコモイノベーションズ)は、NTTドコモのグローバルR&D拠点の1つとして、2011年に米国シリコンバレーで、オープンイノベーションを実践することを目的に設立されました。元々当地にはIEEE(米国電気・電子学会)での標準化への貢献や米国の技術の調査研究のためのNTTドコモUS研究所がありましたが、それらの技術開発の機能を活かしたまま、オープンイノベーションとグローバリゼーションを意識したビジネス開発の機能をもたせたのが、現在のドコモイノベーションズです。
以前はPalo Altoにオフィスがありましたが、2023年5月よりNTT Research,Inc.が運営するNTTグループが集結するセンタに移転し、シリコンバレーの地の利を活かした技術開発・ビジネス開発力をアセットに、NTTドコモR&DおよびNTTグループと連携して事業拡大に取り組んでいます(図1)。
■具体的にどのような事業展開をしているのでしょうか。
ドコモイノベーションズは、クラウドとAI(人工知能)、データサイエンスを中心としたイノベーションを担当する「AI & Data Analytics Innovation Group」、オープンイノベーションを中心にビジネス機会を探索研究する「Open Innovation Strategy Group」、イノベーティブなデバイスなどを探索する「Product Planning & Strategy Group」、コンシューマサービスへの連携可能なビジネスを探索する「Business Development Group」の4つの組織から構成されています。
ドコモイノベーションズにおける注目している技術領域は、5G(第5世代移動通信システム)/6G(第6世代移動通信システム)/NTN(Non-Terrestrial Network)、Edge Computing、AI/LLM(Large Language Models)/GenAI(生成AI)、XR(eXtended Reality)、IoT(Internet of Things)、Web3関連技術、ロボット技術、センサ技術、量子コンピュータなどと広範にわたっており、さらにNTTグループの将来技術であるIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)も含めて、この4組織でNTTドコモおよびそのグループのみならず、NTTグループ全体に対して有用な情報を展開し、技術検討やPoC(Proof of Concept)などを行いながら「使ってもらえる技術やサービス」を創出することを目的に業務を行っています(図2)。
AIをはじめ広範な技術領域において、日本からはみえない情報、現地ならではの情報を収集してNTTグループに提供
■事業を取り巻く環境はどのような状況でしょうか。
米国シリコンバレーという、GAFAMやスタートアップがひしめく地域において、AIとLLMを中心とするパラダイムシフトを無視することはできません。このパラダイムシフトは、通信事業者だけではなく、あらゆるサービスやその開発のやり方を変えてしまうくらいのインパクトを持って受け入れられている中で、多くのビジネスアイデアと新しい技術が日々生み出されています。また、AIに限らず、ネットワーク領域における宇宙利用や、センサやディスプレイデバイスに代表される変革としてのヘルスケアデバイスの進化や、XR関連グラスの進化、BMI(Brain Machine Interface)など多くの新しい製品・サービスが日々生まれています。これらの多くの情報の中で、NTTドコモやNTTグループに対して有用な情報を選別し、タイムリーに各社にインプットしていくということを心掛けています。特に日本からはみえない情報、現地ならではの情報を収集することを心掛け、関連する企業や団体からの情報をタイムリーに収集しています。
■どのような事業に注力されているのでしょうか。
昨今のAIブームを受けて、さまざまなサービスが生まれつつありますが、緒に就いたばかりのサービスが多いこともあり、非常に多くの課題があります。特にAI・LLMをサービスに利用しようとした場合に、コストとセキュリティの課題はインパクトが大きいため、意識的な情報収集と技術開発を始めました。コストに関しては、自らもLLMのコスト削減方法についての技術開発を行いつつ、AIチップなどのシリコンバレーならではのさまざまなアイデアに注目し、情報を収集しています。セキュリティについては、米国での活用事例などを見つつ、実際に起こり得る課題等を適用例から具体的に整理・発見するところに注力しています。
このほか、違った観点の大きな注力テーマとして「文化の理解」があります。米国でのビジネスの成功やオープンイノベーションを推進するためには、その背景である文化の理解が欠かせません。サービスが流行する理由や環境を理解しないまま、可能性のみで日本にそのサービスを適用しようとしても失敗することが多いと考えていますし、実際にそのような事例もあります。もちろん言語的な意味での違いだけではなく、米国に住んでみないと理解できないような生活に根付く文化の違いに関する情報をドコモイノベーションズは持っています。これらも重要なテーマ・知見と位置付け、ビジネス開発などに応用しています。
■具体的にどのような取り組みをされているのでしょうか。
近年の大きな開発例の1つに、Federated Learning(連合学習)の実装技術の開発があります。これは、データをお互いに共有せずに、そのナレッジや学習結果のみを共有する方法で、機微な個人情報を保護しつつ、業界横断の新しいナレッジを共有できるというものです。AI・LLMを用いたサービスが中心となる世界で必要となる技術で、NTT研究所や米国に拠点を置く会社と協力して開発を行っています。これ以外にも生成AIを用いた3Dコンテンツ生成技術や、RAN(無線アクセスネットワーク)に対してのシミュレーションや最適化への応用技術など、NTTドコモグループやNTTグループ全体で将来的に利用されると思われる技術を先行して調査研究・開発しています。
また、2023年から始めた取り組みとしてOpen Innovation Bootcamp(OIB)があります。これは前述した「文化の理解」を具体的に感じてもらいつつ、ビジネス開発に直結する取り組みとして始めました。日本から参加者を募り、米国で1週間滞在し、その間にさまざまな視察や有識者との会合、ビジネス案の創出を行い、最終日に幹部や上長の前でプレゼンテーションするというプログラムです。参加者は渡米前から、自らのビジネスにおける課題の本質を分解し、ビジネスアイデアをまとめるなどの準備を行い、それを米国の環境の中でブラッシュアップ、場合によっては検討のやり直しも必要になるという、非常にタフなプログラムですが、グローバルビジネスの視点を学ぶ機会として非常に高い評価をいただいています。
先進的なサービスが多数存在するシリコンバレーで、中長期的な観点からNTTグループに貢献
■今後の展望についてお聞かせください。
ドコモイノベーションズはR&Dの子会社ですので、研究開発の観点を軸として新しいものを積極的に取り込んでいくことをめざしています。特にNTTドコモでは取り組みにくいテーマや、すぐにビジネスにならないようなことでも、先進的なサービスが多数存在するシリコンバレーで、中長期的な観点からも探索していくことを心掛けています。また、ビジネスを実現するための技術に伴うコストやリスクなどにも目を配り、NTTドコモグループの事業会社に対して、「実現可能なパッケージ」として提供するということに気を配っています。従来はNTTドコモのR&Dやプロダクトマーケティング本部、スマートライフカンパニー(現コンシューマサービスカンパニー)への貢献がほとんどでしたが、NTTグループ全体への貢献ができるように体制を切り替えています。
担当者に聞く
情報伝達手段の進化で不可能を可能にする
AI & Data Analytics
Innovation Group,
Senior Research Engineer
David Ramirezさん
■担当されている業務について教えてください。
私はドコモイノベーションズの研究者として、「どこまでが私たちの手の届く範囲なのか」を調べる長期的研究、「そこにどうやって到達できるのか」を調べる中期的研究、「現在の立ち位置から、次のステップは何か」を調べる短期的研究の3つの性質の研究を担当しています。
私の研究は、対外発表を通じてNTTドコモが無線通信研究コミュニティ内で高い評価を獲得することに貢献しています。例えば、北米のNextG Allianceへ参画し、次世代ワイヤレスネットワークへの技術的アプローチを議論し、NTTドコモにおけるネットワーク戦略の策定に役立っています。また、ネットワーク最適化に関しては、アルゴリズムによる解決策と評価を通じて、商用ネットワークの改善に貢献しています。
多くの学術論文は、特定の前提条件における最適解が示されますが、実際にどの前提条件が適用され(ネットワークパラメータの最適化)、それがどのようにネットワークにインパクトを与える(期待されるパフォーマンスを示す)のかを見極める、という課題に直面することがよくあります。この課題に対処するために、通信ネットワーク、情報理論、最適化に関する専門知識等の研究文献調査、数学モデルとソリューション作成、シミュレーションによる評価を行い、NTTドコモのネットワークにフィードバックします。
■今後の展望について教えてください。
人々のために情報伝達手段を進化させることをめざしています。技術の進化により、ネットワークを介してさまざまなことが実現され、世の中を便利にしました。しかし、現在においても、不可能だと思うことがあります。例えば、日本中にセンサを配置して高精度の測定を行うことは、東京のダウンタウンにあるものよりも高密度のデバイスをネットワークに配置する必要があり、現実的には不可能だと思います。
しかし、Joint Communication and Sensing (通信とセンシングを統合した技術)を使用すると、現在使用しているテクノロジを最小限または全く変更することなく、セルラネットワークで環境を感知することが期待できます。エッジコンピューティングとデータ分析により、ネットワークのアクセスポイントでのデータ量を削減することが期待できます。不可能を可能にするために、情報伝達手段を進化させていきたいと考えています。
オープンイノベーションによる新しい価値創造の実現をめざすOIB
Open Innovation Strategy
Group, Strategic Alliance
Manager
椎野 彰太さん
■担当されている業務について教えてください。
オープンイノベーション戦略担当は、シリコンバレー拠点の強みを活かし、有望スタートアップのビジネスアイデアや新しい技術の発掘・目利きを行い、ドコモ本社事業部へ情報を発信し、事業開発に向けた連携を促進するイノベーションハブの役割を担っています。
その中で、外部企業との技術・アイデアの流動性を高め、新たな製品やサービスの提供価値を生むための手法として知られる「オープンイノベーション」を実行できるプロセスの確立、および人材の必要性が増しています。
そこで、シリコンバレーの新しい技術やビジネスアイデアを日本市場で活用し、実際に事業導入して継続する仕組みとしてOIBを2023年に立ち上げました。
■今後の展望について教えてください。
OIBは、成長領域の事業リーダーを対象にシリコンバレー流の情報収集手法、事業への取り込み手法、商習慣の違いをとらえた協業手法を、現地ならではの体験を交えながら学習し、オープンイノベーションによる事業開発の検討を行うプログラムです。このプログラムを通じて商用化まで進んでいるプロジェクトもあり、着実な効果が現れています。
今後は、ドコモグループにとどまらずNTTグループ全体にも視野を拡げ、OIBを軸としたオープンイノベーションによる新しい価値創造を実現していきたいと考えています。
既存事業との相乗効果を生むビジネスモデルの設計に取り組む
Product Planning &
Strategy Group, Manager
松嶌 信貴さん
■担当されている業務について教えてください。
サービス・デバイス一体での新たな価値創出の強化を目的に、ヘルスケア、スマートホームおよびAIを注力領域として、NTTドコモでの事業創出・強化への貢献をめざしています。主な業務は現地企業・スタートアップの技術検証、パートナーシップの形成、日本のNTTドコモに最適化したビジネスモデルの立案および事業開発です。一方、新しいプロダクト単独ではインパクトのある収益の達成は容易ではないため、既存事業との相乗効果を生むビジネスモデルの設計が課題となります。そのため、注力領域と協調性のある既存事業・中期戦略を持つ組織とも直接協力し、現地企業紹介にとどまらず、継続的に事業設計・創出に協力しています。
■今後の展望について教えてください。
既存事業と組み合わせて好循環になるプロダクトを事業化できることが理想的です。そのため、米国の成功事例と日本のビジネス環境を理解し、プロダクトとビジネスモデルをセットで提案していきます。
私の担当業務においては、スマートフォン上で動作するオンデバイスAIに注目しています。オンデバイスAIによりプライバシーを侵害せず、デバイスワイドな支援が可能になるため、スマートフォンの利用方法やデバイス・サービス市場を革新できる可能性があると期待しています。従来のアプリ単位でのサービス提供が、よりパーソナライズされ、さらにはアプリ横断的なユーザの目的達成もサポートできると考えています。NTTドコモが以前から継続的に取り組んできたコンシェルジュ機能との親和性も高く、ご協力いただいてきたパートナー企業様も含め、エコシステム全体の発展に貢献したいと考えています。
ア・ラ・カルト
■民間外交官
米国ではNTTやNTTドコモという会社名は業界以外ではあまり有名ではありません。そのため、社員の採用などでは非常に苦労しますが、現地で採用された社員は、日本の文化や日本での貢献に興味があるメンバーが多く、積極的に日本の状況を知ろうとしたり、日本のメンバーとのコミュニケーションを取ろうとしてくれるそうです。中には日本語が話せる社員もいますが、対話は英語になります。逆に、日本からの社員は、言語を超えた文化の交流を通して民間外交に貢献している気持ちになるそうです。
■出社日のランチでコミュニケーション
ドコモイノベーションズではテレワークが基本ですが、月曜日と水曜日の週2回を出社日としているそうです。この日にチームでの議論や、全体の勉強会などを行うとともに、会社から提供されるランチを摂りながら皆で会話をし、コミュニケーションを図りながらクリエイティビティを高めているとのことです。GAFAMをはじめ、ベイエリア全体でも出社日を設ける流れが多くなってきているそうです。対面環境のほうが生産性向上を図ることができる、と信じている経営者が多い印象ですが、まだコロナ禍後の試行錯誤の状態のようです。一方で、出社日が多くなったことで、高速道路をはじめ周辺の道路の渋滞も多くなってきており、通勤の苦労が増えたとのことです。
■社員家族全員でクリスマスパーティ、サンタも登場
ドコモイノベーションズでは前身のNTTドコモUS研究所の時代から、社員の家族全員を招待して、日頃の苦労を労いつつ家族での交流を図る、クリスマスイベントを開いています(写真)。コロナ禍で数年実施できなかったのですが、2023年に復活させたそうです。社員は正装して参加し、子ども全員にサンタさんからクリスマスプレゼントがあり、とても楽しいイベントのようです。以前から在籍している社員のお子さんが、小さいころに参加したことをいまだに覚えていて、良い思い出になっているとのことです。