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特集1 主役登場

IOWN構想における移動固定融合サービスの実現に向けた取り組み

通信設備の省電力化に向けて

藤本 圭
NTTネットワークイノベーションセンタ
担当課長

皆さんは「省電力」について、意識することはありますでしょうか。日常生活においては、電灯をこまめに消す、「省電力」と書かれた家電製品を購入するなど、積極的に「省電力」に取り組んでくださっている方も多いのではないでしょうか。通信事業者においても、「省電力」は重要な要素です。
通信事業者は、全国にわたり広範囲に通信サービスを提供するために、膨大な数の通信設備を有しており、莫大な電力を消費しています。例えば、携帯電話の通信に欠かせない無線基地局を例に挙げると、総務省の統計によると、日本国では100万局を超える基地局が運用されています。あの巨大なアンテナを持つ100万局もの基地局が24時間休むことなく稼動し続けるのですから、電力消費は相当なものです。さらに、消費電力増加要因として、日本国の通信トラフィックは飛躍的な増加傾向にあり、2050年には現在の4000倍に達するという調査結果も報告されています。仮に予想どおりに通信量が4000倍になると、通信設備の消費電力はどのようになるのでしょうか。また、近年の動向として、AI(人工知能)の普及もめざましく、近い将来には、1人1台のAIコンシェルジュが付く時代も近いように思います。LLM(大規模言語モデル)の学習には、原子力発電所1基1時間分の電力を消費するという試算結果もあります。
では、通信トラフィックや演算量が増加すると、電力消費はどのような展望になるのか、プロセッサの仕組みから、ざっくりと予測したいと思います。通信データの処理等に使用されるプロセッサはLSI(大規模集積回路)として構成されていますが、ムーアの法則によると、集積回路のトランジスタ数は「2年ごとに倍になる」と予測されています。また、デナード則によると、微細化に伴い単位面積当りの消費電力は変わりません。誤解を恐れずに分かりやすく書くと、プロセッサの性能は2倍になり消費電力は変わらないという夢のような話です。これまでは、こうしたプロセッサの技術革新の恩恵により、通信トラフィックが増えても、なんとか消費電力の増加に対応できたかもしれません。しかしながら、ムーアの法則は終焉を迎えつつあります。プロセッサ内のトランジスタのゲート長は、22nm、14nm、10nm、7nmと微細化が進んでいますが、例えば5nmというサイズは、原子25個分程度の長さしかなく、微細化による集積度向上にもいつかは限界が来ると考えられます。では、ムーアの法則が終焉を迎えた後、私たちは増え続ける計算量に対応するためにどのように対応すれば良いのでしょうか。その手段の1つが、プロセッサの数を増やして対応する方法です。しかし、この方法では、増え続ける計算量には対応できますが、プロセッサが増えた分、消費電力も線形で増加してしまうため、大問題となります。最悪の場合、消費電力が4000倍という事態になりかねません。
こういった背景もあり、増え続ける通信トラフィックや演算量に対応するために、消費電力を抑制する技術の早期確立・実用化が求められています。問題は差し迫っており、叡智を結集させ、地球規模で検討すべき課題です。これまでの常識を覆すような抜本的に計算の仕組みを変える研究や、電気から脱却し光への転換を行う研究など、さまざまなアプローチが考えられ、技術革新が期待されます。
私は、昔から「省電力」に興味があり、学生時代には趣味で、NAS(ネットワークに接続された記憶装置)のハードディスクの回転を極力止めて省電力化するために、ディスクへの書き込みを監視して眠りを妨げる処理を改変するなど、Linuxシステムを触って楽しく遊んでいました。省電力化に向けた検討として、こういった「小さなことからコツコツと」というアプローチも大切だと考えています。例えば、仮に基地局の電力消費を10W抑制できたとすると、100万局分の基地局に換算すると、1年間で約8000万kWhの消費電力を削減できることになります。日本の全太陽光発電設備1時間分の発電量に相当します。たった10W/1台の削減でも、これだけの規模感の結果につながります。
将来、通信トラフィック量や演算量が増え続けた結果、「エネルギーが逼迫しているので、今は動画の視聴や、ネットゲーム等の娯楽は差し控えください」といった、やりたいことを我慢しなければならない事態になることは避けたいところです。地球環境に優しく、私たちの暮らしを豊かにする通信サービスの提供に向けて、技術の創出・実用化に、取り組んでいきたいです。

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