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2025年12月号

明日のトップランナー

「コヒーレント光増幅中継伝送」でさらなる光伝送の長距離化・大容量化へ

インターネットや高速モバイルサービスの普及、モバイル機器の高性能化などによって日本国内の通信量は近年急速に増加し続けています。NTTでは、これまでも基幹ネットワークにおける光通信システムの大容量化・長距離化を推し進めてきましたが、来るべき6G(第6世代移動通信システム)の時代に備えて光通信のさらなる大容量化が必須となります。そして研究領域では、現在使われているデジタルコヒーレント方式の理論限界がみえてきています。そこで今回は、さらなる大容量化・長距離化を実現可能なコヒーレント光増幅中継技術のトップランナー、小林孝行特別研究員にお話を伺いました。

小林孝行
NTT未来ねっと研究所
特別研究員

PROFILE

2004年早稲田大学理工学部応用物理学科卒業。2006年早稲田大学大学院理工学研究科物理学および応用物理学専攻修士課程修了。2006年日本電信電話株式会社入社。2017年電子情報通信学会活動功労賞受賞。2023年 IEICE Communications Society Excellent Paper Award。2023〜2025年電子情報通信学会 光通信システム(OCS)研究会委員長。博士(工学)。

既存インフラを活用して、光伝送の長距離化・大容量化を実現するには

■「コヒーレント光増幅中継伝送方式」というのはどのような技術なのですか。

私の研究を解説させていただく前に、予備知識として光通信の基礎的な伝送方式の進化・変遷についてお話しします。現在の光ファイバによる伝送・通信には特定の波長帯の光が使われています。光の波長は帯域別に波長の短いほうからS帯(Short Band)、C帯(Conventional Band)、L帯(Long-wavelength Band)、U帯(Ultralong-wavelength Band)と呼ばれています。現在、大容量・長距離通信に使用されているのは主にこのうちのC帯とL帯です。これは光ファイバの根本的な特性として生じる伝送距離に応じた減衰や歪みの発生などが少なく、効率良くデータを伝送できるのがこの2つの波長帯になるためです。
NTTにおいては、1985年に日本を縦貫する光ファイバケーブル網が完成しています。当時は、一定の区間ごと(約80km)に3R中継器が設置され、中継部で光信号を電気信号に変換して信号を整形・増幅し直して、再度光信号として送り出す再生中継方式が採用されていました。この方式では、光の明滅(オン・オフ)にデジタルデータ0,1を割り当てており、この明滅の速度を高速化する電気時分割多重(ETDM)技術を適用した送受信機および中継器をアップグレードすることで通信容量を増加させていました。しかしながら、急速な通信量増加に対応するためには、送信機から中継器、光ファイバ、受信機までのシステムが大量に必要になり、例えば1Tbit/s/sの容量を実現するのに1波長10Gbit/sのシステムを100並列組む必要が生じてしまいます。そこで、1990年代後半に導入されたのが光増幅中継器と波長多重(WDM)方式です(図1)。これら2つの技術により、40~80程度の異なる波長の信号を束ねて(波長多重)、1心の光ファイバで並列して伝送することができ、さらに、光増幅器により、波長多重された光信号を光のまま増幅中継することが可能になり、経済的な大容量・長距離通信が実現されてきました。インターネットや携帯電話の爆発的な普及により、さらなる大容量化に向けては、2010年代初頭にデジタルコヒーレント方式が導入されています。この方式では、送信された光信号は、光ファイバを通過する際に信号が受ける動的変化や歪みを送受信機に搭載された信号処理プロセッサでデジタル補正します。この技術によって、従来、光の明滅(オンオフ)だけを用いていましたが、光の波としての性質(振幅・位相・偏波)を使った高度な信号形式が利用可能になり、1波長当り100Gbit/sを超えるような高速光信号伝送が実現されています(図2)。
100Mbit/sの伝送システムが導入された1980年代初頭から40年以上が経過し、基幹ネットワークにおける光ファイバ1心当りの伝送容量は、10万倍以上の10Tbit/s超に大容量化しています。1980年代はテキストデータ程度しか送れない程度だったものが、テキストとともに12 px 12 px程度の絵記号が送れるようになり、それが携帯写真などの画像も可能になり、現在では大容量の動画データでも送れるようになっているということから、一般ユーザの方々が目にする機会がなかなかありませんが、大容量化の変遷を間接的に体感していただいている方は多いと思います(図3)。
現在進行形で続々と生まれている新しいインターネットサービスやモバイル機器の高性能化に伴って、これからも通信量は加速度的に増大していくことが予測されています。その中で、既存帯域C帯およびL帯を用いたデジタルコヒーレント方式の研究が大きく進展しており、大容量化の理論限界がみえる領域まで高度化が進んでいます。この通信量のさらなる増加に備えて研究されているのが「空間多重」や「WDM帯域拡張」と言われる方式です。後者は、C帯より波長の短いS帯や、シングルモード光ファイバの特性から使用が難しいと考えられてきたL帯より波長の長いU帯を新たに波長多重に使用することで、通信容量の大容量化を図ろうというものです。しかし、これには複数の大きな課題があります。新たな波長帯に対応した送受信機や光増幅中継の開発が必要になり、帯域によっては使用する材料から検討が必要になる部品があります。また、U帯から長波長の領域では光ファイバの材料である石英ガラスの特性上、大きな減衰があり、さらに、使用する波長帯域を増やしていくと、光ファイバの持つ非線形性に起因して生じる波長帯間でのエネルギー遷移が無視できなくなり、それぞれの波長帯で均一な信号品質を保って伝送することが困難になります。
ここでようやく私の研究の話になりますが、前述の問題を解決するために「波長帯一括変換」という、光の波としての性質(コヒーレンシ)を利用した光信号処理技術を適用することを考えています。この技術では、NTT独自の高効率なPPLN(周期分極反転ニオブ酸リチウム)導波路と呼ばれる光デバイスを適用しており、複数の光信号を光のまま別の波長帯に一括して変換するものです。これにより、U帯やS帯のWDM信号の送受信や光増幅中継を、C帯やL帯の既存波長帯用装置を用いて実現することができます。この技術によって現状の光ファイバや中継器を活用して波長多重可能な帯域を増やすことができさらなる大容量化が期待できます(図4)。また、波長帯間でのエネルギー遷移の課題に対しては、理論モデルに基づくシミュレーション技術をNTT独自に改良し、波長帯域を拡張した際に生じるパワー遷移を含めた信号伝送条件を最適化することが可能になりました。2024年3月には、これらの技術を適用して、C帯、L帯にU帯を加えた3波長帯域を用いて、100Tbit/s/sの伝送容量で800kmの大容量・長距離光増幅中継伝送に成功しています。さらに、2025年3月にはS、C、L、U帯に加えて、名前が未定義であったU帯のさらに長波長領域(X帯と命名することを提案)に波長帯域を拡張し、160Tbit/s、1000kmの実証実験を行い、さらなる大容量化と長距離化に成功しています。これらは、全くの新技術だけで実現されたものではなく、これまでブレークスルーを起こした、「電気時分割多重」、「波長多重」、「光増幅器」や「デジタルコヒーレント」、そして現在の「波長帯一括変換」を含む「WDM帯域拡張」技術の積み重ねであり、これらを融合したものが私の取り組んでいる「コヒーレント光増幅中継伝送方式」になります。

■この研究で苦労された点や今後の課題点を教えてください。

光伝送システムの研究は、部品や装置、光ファイバ、デジタル信号処理など多岐にわたる要素技術の研究者や装置ベンダ、ひいてはネットワーク事業者までさまざまな人たちとコミュニケーションを取りながら進めます。その中で、「光伝送には光ファイバ特性としてC帯やL帯を使うのが最適で、新たな波長帯を使うのは難しい」という考えから、新たな波長帯拡張の有効性・必要性を理解してもらう必要がありますが、これが簡単ではないということです。さらに、波長帯一括変換のような光信号処理を用いた光伝送システムは、今まで実用化された例はありません。学会や論文など学術領域では波長帯域拡張の必要性を論理的に説明することは可能です。しかしながら、実際の光ネットワークへ導入するためには、すでにC帯やL帯での伝送を前提とした成熟した運用やエコシステムが構築されているところに、新たな波長帯の適用を提案して、採用してもらう必要があり、これが今まさに苦労している点です。
新たな波長帯を適用した波長多重光伝送技術は、現状は実験室において原理実証ができたという段階です。重要な要素技術である波長帯一括変換技術に関しては長期信頼性確立に向けて検討を進めている状況であり、その有用性をアピールしながら、実用化に向けて必要なハードルを着実かつ迅速に1つひとつクリアしていくことが大事だと考えています。

「WDM帯域拡張+PPLN波長帯一括変換」と、「空間多重」との融合で新たな地平へ

■この技術の今後の展望や目標などを教えてください。

実験段階で検証している伝送距離800~1000kmというのは、現在日本でもっともネットワークトラフィックの高い東京―名古屋―大阪のルートをカバーできるものです。まずは、この区間の大容量化に資する技術としてWDM帯域拡張を適用したいと考えています。また、X帯より長い波長帯や、S帯よりも短い波長のO帯やE帯などの活用もできるのではないかと考えています。現在、NTTが推進しているIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想においても、その基盤となるオールフォトニクス・ネットワークにおけるペタビット級リンク容量の実現には、「空間多重」技術と合わせて、「WDM帯域拡張」をキー技術として位置付けており、それらの融合が重要になります。さらに、波長帯一括変換技術によって使用できる波長帯域(波長資源)が増えることで、豊富な波長資源を使ったフレキシブルなネットワーク実現に向けて大きな貢献ができると考えています。

■NTTに入社したきっかけや経緯などを教えてください。

少し個人的な話になるのですが、1997年にNTTがスポンサーをしていた音楽グループのライブで、メンバーがPC上で遠隔の小学生や中学生と動画通話するというフェニックスシステムのCMが流れたのを見て衝撃を受けたのがNTTを意識し始めた瞬間でした。また、ロサンゼルスから東京のスタジオへ、複数のISDN回線を使って音声データを送っているという話も聞き、通信技術の持つポテンシャルに驚かされて、より通信に興味を持つようになりました。その音楽グループの影響で、シンセサイザーに興味を持ったこともあり、将来デジタル楽器に携わる仕事に就きたいと考えていたので、早稲田大学の応用物理学科に進学しました。高校・大学時代は音楽と並行して、インターネットを通じたオンラインゲームに興じていたこともありましたから、急速に進歩・発展していく通信の世界とも無縁というわけではありませんでした。当初はデジタル楽器の製作会社に就職できたらいいと漠然と考えていましたが、いざ就職を考えたとき、趣味である音楽を仕事にすることに疑問を持ち、同じくらい興味があった通信に照準を定めました。そのため、大学・大学院では大容量光ファイバ通信をテーマとして扱う研究室に入りました。この研究室で光ファイバ通信の最新動向などを調べていくと、NTTの研究成果に圧倒される部分がありました。そこで、就職するならNTTが第一候補と考えて、2006年に大容量光ファイバ通信に関する研究がしたいという希望を伝え、入社することができ、希望の部署に配属していただいたという次第です。そして、大容量長距離光伝送技術の研究や光アクセスネットワークなど、NTTでの研究生活を10年以上続け、2019年に工学博士号を取得し、現在も引き続き大容量・長距離光伝送技術の研究開発に携わっています。

■研究するうえで大切にされていることなどはありますか。

研究者としては「最初のマイルストーンを踏む」ということと「自分の想像する半歩先を想定して行動する」という2点です。具体的にはほかの方たちがやっていない領域にいち早く到達することが重要だと考えています。当然、同じ研究をされている研究者もこの広い世界にはいますから、自分が目標と考えることはその方たちも同じように考えているはずと想定して、さらにもう一段高い目標を二段構えで持つことが大事だと思います。それによって「最初のマイルストーンを踏む」確率も上がるわけです。
そういえば、入社したてのころ、NTT未来ねっと研究所の所長からいただいた「初登頂をめざすのは良いが登る山を間違えないように」という言葉も、いつも心の片隅に持って大切にしています。「登る山を間違える」というのはある種の比喩なのですが、具体的に私の研究領域でいえば、大容量かつ長距離を両立することが最終的な目標(山頂)であり、どちらか一方だけを追求していくのは、誤った山を登ることになります。

■現在所属されているNTT未来ねっと研究所について教えてください。

NTT未来ねっと研究所は、「通信大容量化技術を用いて今まで不可能だったサービスや社会を実現すること」を基本理念として通信技術の飛躍的な性能向上と新たな利用領域を開拓し、実用化のベースに乗せていくことがミッションとなっています。光通信や無線通信の物理レイヤの伝送システム研究を行う部署もありますし、ネットワークや通信方式など上位レイヤの研究を行う部署もあり、幅広い研究を行っていますし、さまざまな分野のスペシャリストがそろっていますので、各グループで連携した研究開発を高いレベルで行えることが特徴です。歴史のある研究所であるため研究のノウハウが豊富にあり、最先端の設備もそろった環境として働きやすい研究所だと思います。

■読者や学生、ほかの研究者の方などへのメッセージをお願いします。

学生たちに向けては、その時どきの流行りの研究にとらわれず、自分のやりたいと思ったことをやったほうが良いと思います。すでに発表されて注目されている研究成果は、実際ほとんど終わっていることが多いですし、ライバルも必然的に多くなります。今下火になっている分野の研究でもいつ脚光を浴びることになるかは誰にも分かりませんし、その研究をしている人が他に誰もいなければ、スポットライトを浴びるのはその人しかいません。初のマイルストーンを踏むという意味でも、流行りに左右されずに自分のやりたいことを見定めることが大事です。
私は大容量光ファイバ伝送が専門ですが、学生時代は数学や天体宇宙など、現在とは全く違った研究やバックグラウンドを持った研究者も友人に多くおり、中には現在は、私と同じ研究に携わっているという方もいます。光通信に興味を持っている方は、もし今の研究が別ジャンルのものであってもぜひ一緒にNTTで働けたらと考えています。
共に光通信を研究開発している方たちには、現在、光通信分野は日本が強い技術領域の1つであると思っていますので、お互いに技術レベルを高め合いつつ、競合するだけでなく時には協力し、世界をリードする関係を続けられたらと願っています。

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