私が光ネットワークの研究開発に携わりはじめたのはIOWN（Innovative Optical and Wireless Network）構想が始動し、IOWN Global Forumが設立されてから少し経ったころのことでした。それ以前はより上位レイヤ、具体的にはIP/Ethernet、の仮想化やソフトウェア化を活用した運用技術の研究開発を行っていました。一方で、NTTが光アンプやデジタルコヒーレント技術、またそれを実装したDSP（Digital Signal Processor）などで世界を先導してきたこともあり、光ネットワークの研究開発に挑戦したいという思いも抱いてました。ちょうどそのころ、社内的にも研究領域を光分野へ拡大する動きがあり、これを良い機会ととらえ、私も新しい領域への挑戦することを決意しました。
実際に光ネットワークの研究開発に取り組むうえで、私が特に重要だと考えているのは2点あります。1点目はオープン化やソフトウェア化による運用効率の向上です。私はもともとIP/Ethernet領域で研究開発を行ってきました。そこでは、IETF（Internet Engineering Task Force）やIEEE（Institute of Electrical and Electronics Engineers）による標準化を背景に、異なるベンダ間の相互接続や、ソフトウェアによる統一的な制御が当たり前のものとなっていました。インターネットがBGP（Border Gateway Protocol）を介して多数の組織を結びつけているのは、その典型例です。一方、光ネットワークでは長らく標準的なプロトコルやフォーマットが不足しており、単一ベンダによる垂直統合システムが主流でした。しかし近年、Open ROADM（Reconfigurable Optical Add/Drop Multiplexer）、MSA（Multi-Source Agreement）やTIP（Telecom Infra Project）、OpenZR+MSAといった団体の活動を通じて、光レイヤにおいてもオープン化と標準化の動きが急速的に進んでいます。すでに相互接続可能な信号フォーマットやオープンな制御インタフェースが登場し、リファレンス実装も整いつつあります。こうした環境の変化により、従来は難しかったオープンインタフェースを活用したソフトウェアの制御が現実的なものとなりました。私自身、この流れこそが光ネットワークにおける新しい価値創出の鍵であり、私のこれまでの仮想化やソフトウェア化に関する知見を活かして、デジタルツイン研究を推進するうえで絶好の機会だと感じています。2点目は光特有の物理現象を踏まえた運用技術による差異化です。光通信はIP/Ethernet通信のように0と1の論理だけで決まる世界ではなく、光アンプの雑音、ファイバの非線形光学効果、波長分散といった物理的要因が信号品質に直結します。さらに、それらの影響はネットワークの状態やファイバ・アンプ・トランシーバといった構成要素の固有特性にも大きく左右されます。したがって、光ネットワークの性能を最大限に引き出すデジタルツインの構築には、こうした物理現象や特性を考慮することが不可欠です。私は特に、光トランシーバの影響を高精度にモデル化し、低コストで特性を把握する技術に取り組んでいます。近年は電力制約や地理的制約からデータセンタの分散化が進み、データセンタ間を結ぶ光通信の重要性が高まっています。伝送距離が比較的短いデータセンタ間通信では、従来のメトロやロングホール通信に比べ、光トランシーバが信号品質に与える影響が相対的に大きくなり、そのモデル化や特性把握技術の重要性が増すと考えたからです。そのほか、NTTでは、受信信号を解析することで専用測定機器を使わずに光ファイバの状態を低コストに把握できる伝送路可視化技術にも取り組んでいます。このように光ネットワーク運用の研究開発は物理法則への深い理解が求められる難しさがある一方で、ほかにはない差別化のポイントとなり得る分野でもあり、大きな挑戦しがいを感じています。
NTTはこれまで日本の光通信網を長年安心・安全に運用してきた実績と経験があります。これに加えて、NTTがこれまで培ってきた光技術の研究開発の知見とオープン化・ソフトウェア化の潮流を融合させることができるのはNTTならではの強みと考えています。引き続き、光ネットワーク運用を高度化・自律化する光ネットワークデジタルツインに取り組み、Open APN（All-Photonic Network）がめざすオンデマンドサービスの実現をめざしていきたいと考えています。