2025年12月号
トップインタビュー
テクノロジと人間力で「心躍る価値」を社会へ

2025年7月。新たなコーポレートアイデンティティと「ダイナミックループ」をあしらったロゴを策定したドコモグループ。競争の激しい携帯電話市場で磨き上げた先進的な通信技術で社会生活を支えています。前田義晃NTTドコモ 代表取締役社長にドコモの経営環境やトップとしての心構えを伺いました。
NTTドコモ
代表取締役社長
前田義晃
PROFILE
2000年NTTドコモ入社。2008年コンシューマサービス部担当部長、2017年執行役員プラットフォームビジネス推進部長、2020年常務執行役員マーケティングプラットフォーム本部長、2022年代表取締役副社長を経て、2024年6月より現職。
競争激化と変革へのコミットメント
この夏は新たなコーポレートアイデンティを掲げるなど、変化のあった1年ではないでしょうか。まずはNTTドコモの経営状況からお聞かせください。
携帯電話マーケットにおける競争環境は、昨年も今年も厳しい状況が続いています。私たちは現在もマーケットの中でトップシェアを維持していますが、2006年にモバイルナンバーポータビリティ(MNP)が始まって以来、基本的にシェアを落とし続けているのが現状です。2006年当時は52%あったシェアが、今や40%を切る状況です。この顧客減はモバイル通信の収入減と直結していて、成長領域(スマートライフ領域や法人領域)での拡大をもってしても、ベースの減少を埋め合わせてわずかに成長しているにとどまっていることが事業上の大きな課題です。
この下降傾向を止めなければなりません。そのためには、競合企業に打ち勝つような取り組みを進めていかなければならないと考えています。短期的な視点でみれば、現在も料金競争や端末の値引き、販売チャネルへの投資といった「お金の使い合い」による競争が続いています。この競争には、業界全体で4000億円、5000億円もの巨額の資金が投じられており、この流れが果たして生産的であるのかは業界の課題です。私たちは今まで利益を重視する傾向があったため、販促コストについては他社と比較し抑制的で、それがシェアを奪われていた一因でした。今後はこのコストを業界水準に合わせていくことになりますが、短期的には利益が落ちることは避けられません。しかし、これを実行し、顧客基盤自体を毀損させず強化したうえで、改めてその上に成長を乗せていく構図をつくっていかなければならないと考えています。また、物価上昇とコスト高騰という世の中の経済動向に合わせ、パートナーの方々全体に経済効果が回るように、環境に応じて値上げも考えていかなければいけないという課題はあります。しかし、単純な値上げではなく、付加価値をしっかりお客さまに提供させていただくことを前提に取り組むことが重要です。
確かに、コンシューマにとっては、付加価値の大きさはとても重要だと思います。その期待にはどのようにこたえていかれるのでしょうか。
料金プランや端末価格の競争に加え、ポイント・金融・エンタテインメントなどのサービスを含めた経済圏全体での顧客獲得競争へと本格的に移行しています。しかし、各社が「ポイ活」のようなサービスプランを出し、サービス面で横並びになった結果、端末価格を中心とした値下げ競争に回帰し、非効率な状況です。
私たちはこれを変えるべく、他社が容易に追随できないバリュー提供による顧客獲得というマーケティング変革を行います。その具体的な施策が、通信サービスに差別化された価値をバンドルする「ドコモMAX」です。現時点では、Amazonプライムの無料提供や、スポーツ配信サービス(DAZN、NBA)をバンドルしており、強いIPを持つパートナーと連携することで、お客さまに「指名買い」をいただく仕組みを構築していきます。
このアプローチは、コンテンツやアプリケーションを携帯電話のプラットフォーム上に載せて提供してきた、日本特有のマーケット特性を活かしたものです。dポイントの会員基盤をうまくつくりながら、通信サービスと連携させ、そのうえで金融やエンタメ、そしてマーケティングソリューション事業を展開し、俗に言う「経済圏」を大きくする取り組みを実施しています。
社長就任時から展開されている抜本的な構造改革の基盤となるネットワークについて、詳しくお聞かせいただけますでしょうか。
通信サービス品質の向上は一丁目一番地であり、もっとも重要な取り組みと考えています。お客さまに「ドコモの通信サービス品質はNo.1だ」と実感していただけるように、ネットワークの装置そのものから、構築、運用の方法まで見直します。
大きな改革として、グローバル装置の導入拡大を進め、2025年度から段階的に導入します。また、以前は地域内にさまざまなベンダが混在するマルチベンダ型で基地局を構築していましたが、今後は地域ごとにベンダを統一するクラスター化を行います。これによりベンダのノウハウや独自機能を最大限に活用する基地局配置に変えていき、そのうえで、2025~2026年にかけて大規模な基地局増設に取り組み、他社キャッチアップを行います。足元では、山手線や大阪環状線などの重要導線や人の多く集まる重点エリアを中心に、着実に通信サービス品質の改善は進んでいます。引き続きNo.1をめざして取り組みます。

次世代通信技術による社会課題解決と体験価値の進化
IOWN、6Gについて、NTTドコモの取り組みと今後の展望をお聞かせください。
NTTグループにはさまざまなアセットがありますが、その中でももっとも期待の大きいものの1つがIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)です。NTTドコモでは、事業の核となる通信ネットワーク分野においても、IOWN技術によるネットワークインフラの進化と高度化に取り組んでいます。
現在、APN(All-Photonics Network)のドコモネットワークへの活用を進めており、グループ共用網伝送装置にAPN伝送装置を導入しています。法人向けには、低消費電力で高品質・大容量・低遅延なAPN専用線サービスを2024年3月から提供、2025年10月から柔軟な帯域・経路変更機能を追加した「docomo business APN Plus」の提供を開始しました。
また、ICTリソースの最適な調和をめざしたCF(コグニティブ・ファウンデーション)のモバイルネットワークへの適用として、E2EO(End-to-End Orchestration)の研究開発や、デジタルツインコンピューティングの取り組みとして、交通混雑の解消や都市の防災計画、地域活性化、医療ヘルスケア分野における生活習慣の改善など、人流データをはじめとするビッグデータを活用したさまざまな社会課題の解決に向けた技術開発にも取り組んでいます。
移動体通信サービスを提供するドコモにとって、IOWN技術だけでなく、次世代の無線通信である6G(第6世代移動通信システム)の研究開発も重要なテーマです。当社は多くのグローバルプレイヤーをリードし、2030年ごろの商用化をめざして標準化に取り組んでいます。
6Gでは、5G(第5世代移動通信システム)を大きく上回る「大容量・高信頼・超低遅延・超多数同時接続・超カバレッジ」を実現します。環境負荷の低減や、1人ひとりのお客さまに最適な通信環境の提供、新しい体験価値の創出、AI(人工知能)やロボットとの共生、そしていつでもどこでもつながるネットワークをめざしていきます。
その世界観を先取りするかたちで、大阪・関西万博のNTTパビリオンで、人気女性ユニットPerfumeのライブを追体験しました。離れた場所の空間を丸ごと点群データでリアルタイムに持ち込み、3Dで再現するというリッチなコンテンツ体験は、技術の進化を実感する機会となりました。今後はIOWNや6Gの実現により、新しくリッチな体験価値の提供が可能となり、「こんなに楽しいんだ」「これすごいな」と感じていただける体験を、さまざまな場面で楽しんでいただけるようになるはずです。
万博のPerfumeのライブは新しいエンタテインメントの可能性を強く感じました。そんなエンタメも含め、成長領域であるスマートライフ事業には期待が高まりますね。合わせて、法人事業についても具体的な取り組みを教えてください。
はい。ご期待に沿えるよう、スマートライフ事業の主要分野であるエンタメ、金融、マーケティングソリューションを加速させます。エンタメ分野では、IP開発から配信プラットフォーム、そして国立競技場やIGアリーナなどを運営するベニュー事業まで、バリューチェーン全体にアセットを包有していることがドコモの強みです。これらのアセットを組み合わせ、ファン心理を理解した特別な体験を提供することで成長を図っていきます。
そして、金融事業においても「決済」「投資」「融資」「保険」「銀行」と広くサービスを展開しています。2025年10月に、約900万の銀行口座を保有する住信SBIネット銀行が新たに子会社となり、銀行業へ本格参入しました。これにより、銀行口座と決済・証券等のドコモの金融サービスを一体的に提供し、スマートフォン1つで金融にかかわるすべてをまとめて便利にご利用いただけるようになりました。
加えて、法人事業では、社会課題を解決する「産業・地域DXのプラットフォーマ」をめざします。高品質・高信頼性のネットワークとインテグレーション機能をベースに、総合ICTソリューションをワンストップで提供します。ソリューション分野では、企業のAI導入ニーズにこたえるデジタル・AI基盤「AI Centric ICTプラットフォーム」構想の実現に取り組んでおり、企業のAI変革を支援します。

トップは最終決定者であるという「ファンクション(機能)」
改めて、社名変更にかける思い、そして、競争環境の激しい市場で戦うトップとしての覚悟についてお聞かせいただけますか。
NTTドコモグループは、競争環境の激化に対抗し、強さを増すためにNTTドコモ、当時のNTTコミュニケーションズ、NTTコムウェアの三位一体となって事業運営し、成長していくことをめざしてきました。そして、マーケットに対しては一体化した私たちが強い存在であることをアピールするために「心躍る価値創造」というグループビジョンをつくりました。
2025年はさらに一体感を強化するため、NTTコミュニケーションズを「NTTドコモビジネス」に、NTTコムウェアを「NTTドコモソリューションズ」に社名を変更しました。これは、愛着を持つ社員にとっては受け入れることが難しかったかもしれませんが、お客さまのため、そして自分たちのためにと突き詰めて考えると、この変更は必要であると判断しました。
私が社長を拝命したタイミングは、マーケット環境の厳しさやネットワーク品質に関するご指摘など多くの課題が存在していました。こうした状況において、新しい体制になるということは、課題に対して私たちが変化し、解決し、成長していくという「変化のタイミング」であろうととらえました。
社長としての最大の覚悟は、会社およびグループ全体の最終的な責任をすべて負わなければいけないことですね。そして、社長は最終決定者であるという「ファンクション(機能)」であり、腑に落ちようが落ちまいが、必ず決めなければならない義務があるのです。
正直なところ、中にはつらい決断もありますが、最近、「面白い!」という思いで決断したのは「ドコモMAX」の本格展開ですね。通信に体験価値を乗せる設計は、オペレーション上の負荷や新たな協業スキームの調整など想定外なことばかりで日々試行錯誤を繰り返しています。それでも、お客さまの反応やデータを見ていると、選ばれる理由が増えている実感があります。これは非常に手ごたえを感じた決断でした。
さて、その意思決定においては、私自身はまずお客さま起点でものを考えること、そしてそれが私たち企業としての成長につながるのかという2つの点がもっとも重要だと考えています。そして、それらの判断がグループビジョンにある「心躍る価値創造」、そしてコーポレートスローガンの「つなごう。驚きを。幸せを。」に合致しているかを常に意識することが重要であると考えています。

最後に皆さんへのメッセージをお願いします。
まず、社員の皆さんには「人間力」を大切にしていただきたいと考えています。具体的には実践してもらいたい「人間力」として、以下のグループ行動原則を言語化しました。1番目は当事者意識を持つこと。つまり、通信サービス担当でない社員も品質を意識するなど、すべての仕事に当事者となることです。そして、リスペクトすること。お客さまや多様なビジネスパートナーの声に耳を傾け、期待を超えていくことです。さらに、チャレンジし続けること。お客さまの喜ぶ顔を想像しながら、挑戦し続けることが大切です。最後に、つなぎきる。常に社会の利益を考え、誠実に真摯に「つなぐ」をやりきる責任感を持つことです。組織運営方針として掲げた「オープン&フラット」を体現するように、1人ひとりがバイアスをかけずにフラットに考え、それを物理的にも心理的にもオープンに話し合える環境を築いていきましょう。
技術者・研究開発者の皆さん。社会を変化させ、進化させられる起点になるのがテクノロジであり、それを体現し実装するのはやはり人間の力です。お客さまは新しい価値を求め、マーケット競争は激しい。こうした中で先進的かつ差別化された価値を投入するには、テクノロジの新しさとそれによる価値創造が近道です。私たちは、それを創り上げられる方々を強く欲しています。もっと野心的に、そういった部分をアピールしていただきたいですね。
お客さまへ。ドコモグループは事業運営方針として「お客さま起点の事業運営」を掲げています。これは徹底的にお客さまに向き合うということです。不満や要望、何でも構いませんのでさまざまな声を聞かせてください。私は社長就任以来、お客さまの声を全社員がスムーズに確認可能な仕組みの構築や、経営陣がお客さまの声の状況確認と対策を議論する委員会を設置しました。その声を真摯に受け止め、スピーディにお客さま体験の向上につなげます。
最後にパートナーの皆様へ。グループビジョンの「つなぐ」に込められているとおり、パートナーの皆様との「つながり」が、ネットワーク品質向上も、ドコモMAXも、法人事業のAI Centric ICTプラットフォームも、すべての改革の実現に不可欠です。テクノロジと、お互いの力を掛け合わせながら、今後も共に価値を創造し、日本を活性化し、世界を豊かに、幸せにしていきたいと思っています。
(インタビュー:外川智恵/撮影:大野真也)
インタビューを終えて


白いシャツに紺系のスーツ、副社長時代にお話を伺った3年前と変わらぬ姿でインタビュー会場に現れた前田社長。「(会場の)準備が整ったのであれば、少しでも早く対応しますよ」とお心遣いをいただき、予定よりも早くお話を伺うことができました。ずっしりとした低い声でお話になりながら、前田社長は時折、クシャっとした人懐っこい笑顔で周囲を和ませてくださいます。多くは語られませんでしたが、トップとしていかに重責を担われているかを「大変ですよ」とカラッと笑い飛ばされているご様子に、頼もしさを感じます。そんな前田社長は先日、愛知のIGアリーナで開催されたスティングのライブに赴かれたそうです。「若いころは感じなかったスティングの魅力を感じましたよ」という前田社長。IGアリーナでのライブで披露された『Englishman in New York』という曲の「Be yourself no matter what they say(人が何を言おうと、自分らしくあれ)」という歌詞に、何事にもスタイリッシュに、そして果敢にチャレンジする前田社長のあり方に重なりました。3年前と変わらず、ご自身を貫く姿にオーセンティック・リーダーシップの重要性を感じたひと時でした。