2026年1月号
明日のトップランナー
既存の光通信設備が「光ファイバセンシング」技術で社会貢献の未来へと導く

「光ファイバセンシング」というのは、通常は通信で利用される光ファイバをセンサとして活用し、光ファイバ周辺で起こった振動や温度などの変化を観測する技術です。これをNTT独自の光計測技術と融合して高精度化し、通信のために全国に張り巡らされた光ファイバケーブルをそのままセンサとして活用した環境モニタリングシステムが検討されています。今回はこの技術と関連機器の研究開発におけるトップランナー高橋央特別研究員を招いてお話を伺いました。
高橋 央
NTTアクセスサービスシステム研究所
特別研究員
PROFILE
2008年 東京理科大学工学部電気工学科卒業。2010年 東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻修了。2024年 横浜国立大学大学院理工学府数物・電子情報系理工学専攻博士課程修了。2010年日本電信電話株式会社アクセスサービスシステム研究所入社。光ファイバセンシングの研究に従事。2023年 特別研究員。国際標準化:IEC TC86 SC86C WG2 エキスパート。2025年 北海道大学 大学院情報科学院/大学院情報科学研究院 客員教授。
「光ファイバセンシング」技術が自然災害大国日本の安全を変える
■「光ファイバ神経網による環境モニタを実現する光計測技術」について教えてください。
まず私の研究の1つである「光ファイバセンシング」について説明します。今や通信網としての光ファイバは日本全国に張り巡らされており、世帯カバー率でいえば97.09%にもなります(2024年3月末)(1)。NTTでは、日本全国に光ファイバを敷設するための設備も保有しており、膨大な数の光通信ネットワーク設備を保守運用しています(2)(図1)。この光ファイバケーブルを通信用途ではなく、一種のセンサとして活用して、各地の光ファイバ自体の状況(振動、温度変化、歪みなど)を取得・解析することで、全国各地に敷設された光ファイバ周辺のさまざまな環境をモニタリングできるようにするのが、この「光ファイバセンシング」という技術です。
この技術には、敷設されている光ファイバの異常や故障個所を特定・診断するために研究・開発されてきた技術(OTDR: Optical Time Domain Reflectometer)という側面もあります。具体的には光ファイバの末端に光測定器を接続し、光ファイバケーブル内に特殊な光信号を送り、レーダのように反射して戻ってくる「後方散乱光」を、光計測技術で観測・解析して、敷設された光ファイバの状態(異常や故障個所など)を知ることができるというものです(図2)。
この考え方を一歩進めて、「後方散乱光」を「光センシング」装置で受信し、特殊な信号処理方式で所望の信号を取り出すことで、特定の場所にある光ファイバ周辺で発生している振動や温度変化、歪みなどの状態をモニタリングすることが可能になります。これを「周波数分割多重(FDM:Frequency Division Multiplexing)」と呼ばれるNTT独自の光計測技術を用いることでさらに詳細に観測・解析し、その光ファイバが敷設されている場所周辺の環境状態を可視化できます。これが「高精度光ファイバセンシング」技術です。現在、私のグループでは光ファイバケーブル周辺の物理現象(振動・温度変化など)によってわずかに変化する光ファイバの状態が極めて高精度に計測可能な、高精度光ファイバセンシング技術を確立することをめざしています。
そして、この技術の利点は既存の光ファイバケーブルをセンサとして利用するため、新たなセンサの敷設が不要になる点や電気式ではないため無給電で連続的にモニタ可能である点、また現地にいかずとも遠隔から計測し24時間365日モニタリングを続けることができる点です。特徴として光ファイバケーブルは、都市部では地中に埋められているものが多いため、この技術が実用化されれば地中の状態を詳細に観測することができます。2016年に福岡県博多駅前で発生した陥没事故や2025年1月の埼玉県八潮市の地盤陥没事故などのような重大事故も、将来は未然に防ぐことができるようになると期待しています。この技術を実用化するための計測機器の開発・装置化やさまざまな環境変化を観測する光計測方式の研究・開発が、私の研究「光ファイバ神経網による環境モニタを実現する光計測技術」となります。現在、光ファイバセンシングは国内だけでなく海外、他機関・大学などでも数多く研究されているテーマです。しかし、既設の光ファイバネットワークでの実用例はまだそれほど多くありません。これは、光ファイバセンシングで初期に実用化されたプラントモニタリングのように、光ファイバをモニタリングしたい部分に直接接触させて測定する従来のセンシング技術と比較して、既設の通信用光ファイバネットワークをセンサとして扱う方式では、周辺の環境で発生した現象が地中などを通る光ファイバケーブルまで届きにくいということが原因です。そこで私のグループでは、「FDM」という信号処理技術を使って、従来の技術では観測することが難しかった微細な変化や光ファイバ全域のモニタリングを可能とし、この問題点の解決に取り組んでいます(図3)。この技術は実証実験を重ね、実用化まであと一歩まできています。そしてもちろん、最終的には実社会への実装をめざして研究を続けています。



■この研究を始めたきっかけについて教えてください。
私が光ファイバセンシングを学び始めたのは、大学院で光ファイバセンシングの研究室に入ったことがきっかけでした。その後、NTTに入社してから8年後の2018年にNTT東日本の技術協力センタに転籍して、「特異故障」の原因究明をする部署に配属されました。ここは原因が不明の故障に対応して、実際に計測機器を持って1件1件それぞれの故障現場に赴き、原因を究明し対応するという部署でした。実際の現場を体験していく中で日々の煩雑さに追われながら、大学時代に研究していた光ファイバセンシングがあればと実感し、研究所に戻った2021年の当時すでにNTTで始まっていた光ファイバセンシング研究のグループに参加することになりました。
光ファイバセンシング技術自体も日々進歩しており、「DAS(Distributed Acoustic Sensing:分布型振動センシング)*」が装置になって市場に出てきたことで既設の光ファイバを活用した環境モニタリングが注目され始めました。膨大な光ファイバネットワークを一括で測定して街全体を可視化できれば、すでに膨大な光通信設備を持っている通信キャリアとしての強みを最大限活かすことができますし、この技術の実用化は、通信の会社でありながら光ファイバセンシング技術自体の研究にも取り組んでいる私たちにしかできないと自負して研究開発を進めています。
* DAS:光ファイバに入射した光の後方散乱光(レイリー散乱)を観測し、その位相やスペクトルの変化から光ファイバに沿った振動(音響)の分布を高密度に計測する技術。
■現在、この研究において課題や問題点などありますか。
現在の課題の1つは、既設の光ファイバネットワークを使用した光ファイバセンシングで得られる結果が各地点によって異なってしまうという点です。既設の光ファイバを使用するというのは、この技術においてコスト的に大きなアドバンテージであるのは事実ですが、逆にそれが問題点でもあります。というのも本来、光ファイバネットワークは通信のために敷設されたものであり、それ以外の用途は想定されていません。そのため、例えば地中で水道管や電力ケーブルなどの通信以外のインフラのすぐ隣に敷設されていたり、交差点などの道路状況により敷設されている通信管路の深さが深かったり浅かったりと、敷設環境はさまざまです。そのため、観測できる振動や温度などの信号が敷設環境の違いによって変化してしまい、バラつきが出てしまいます。それ以外にも、光ファイバケーブルは通信管路の中に敷設されているのですが、通信管路自体にも材質や太さなどさまざまな種類があるので、その違いによっても信号が変化して同じセンサ感度として扱うことが困難であり、中には正常な結果が全く得られないこともあります。こうした敷設環境によって変化してしまう信号の中から、現実に光ファイバの周りで起こっている環境情報を抽出・解析するために、光ファイバセンシング技術の方式検討と得られたセンシングデータの解析技術の両面で検討を進めています。それぞれの場所の光ファイバの敷設環境を把握し、信号が得られない原因を突き止めたうえで、真に光ファイバの周りで起こっている現象だけを抽出するための高度な信号処理を行うことができれば、さまざまな敷設環境であっても一様なセンサ感度を実現することができます。私たちの研究所のメンバやNTTのグループ会社と連携しながら、さまざまな実証実験を繰り返し、解析ノウハウを蓄積し、最適な解析処理の提案・実装を続けているという状況です。
また、実用化やこの装置の普及という観点からいうと、コストパフォーマンスの問題があります。サイズやコストを考慮しなければ非常に精度の高い装置をつくることは可能だと思いますが、いかに普及させるかを考えれば、装置の小型化や性能を最低限確保しつつ、コストをできるだけ下げるといった条件を見極めることが重要です。トレードオフになるこの性能とコストの関係をいかに最適化していくか、実際に装置を作製する企業の方々とどう擦り合わせしていくかがもう1つの課題となっています。
これまで私たちの研究グループでは通信回線の保守・保全用途として設備異常のモニタリング、工事検知モニタリングの実証実験を、非通信用途としては地震・地盤モニタリングや交通量モニタリングなどの実証実験を実施してきており、今後も光ファイバセンシング技術の性能向上および装置実装と併せて、ユースケース実証と解析ノウハウの蓄積に取り組んでいきます。
地盤沈下のリスク評価や地震観測など秘めたる可能性は無限大
■この研究の応用例や将来の展望などについて教えてください。
これまでは主に光回線の保守や保全のために研究・開発されている光計測技術ですが、それだけでも大幅な低コスト化、省力化が可能となります。具体的には、目視確認が必要になる現地調査や故障が発生してから事後対応となる故障・異常の事例に対しても、事前に膨大な設備の異常の兆候を判断できるようになれば詳細点検が必要な設備を可視化できます。点検が必要な設備を特定し、例えば、点検の優先順位をつけることで点検作業者の稼働の平準化などに貢献できる可能性があります。
そのほか、通信以外の用途でもさまざまな可能性を秘めています。NTTと産業技術総合研究所(産総研)が共同で進行している「道路陥没リスクの早期発見に向けた光ファイバによる地盤モニタリング」もその1つです(3)。高精度な光ファイバ振動センシング技術を持つNTTと、微動アレイ探査技術および地盤解析の知見を持つ産総研とで、道路陥没リスクの早期発見に向けたモニタリングシステムの実現に向けて、実証実験を実施することとなりました(図4)。路面下の地盤をモニタリングし、空洞を早期発見することで、前述のような陥没事故のリスクを減らし、安全な社会の実現に貢献するというのがこのプロジェクトの目的です。そしてこの技術がさらに発展すれば、将来は地盤を事前に検証することによって、その地盤に建てられる大型の建築物やインフラなどの安全性を確認することができる可能性があります。現在、日本全国に数百mから数km間隔で設置されている各種地震計や地殻変動センサにより地震観測が行われていますが、もし将来、そのセンサのデータに加えて、より密かつ膨大な光ファイバセンシングデータの高度な連携により精度向上ができるようになれば、都市防災・減災やインフラ維持管理の高度化への貢献が期待されます。加えて即時的な交通量のモニタリングや、交通振動を用いる路面状態の可視化、例えば北国の自動車の走行で発せられるロードノイズから除雪判断・支援をすることなども可能になるはずです。さらに、地震、地盤、気象といった地球科学への応用など、さまざまな分野への貢献の可能性も視野に入れています。このように、この技術が実用化し全国に普及すれば、それぞれのジャンルの専門家たちと協力して、さらに多くの安全・安心への貢献ができるようになるはずです。

■研究するうえで大切にされていることや考え方などはありますか。
何事も視点を変えて考えてみるということです。研究に限らない話ですが、私たちは生きていれば何らかの障害に直面することがあります。正面突破でその障害を乗り越えていくこともできますが、別のルートを模索することや、少し視点を変えて、ときにはその障害の横をすり抜けていくというような道を探すことも大事だと考えています。プロジェクトを前進させるためにいろいろな可能性を考えるということです。
私個人の経験でいえば、大学院進学のタイミングで光ファイバセンシングを研究されている恩師の研究室を知ったのですが、当時の光通信においては光ファイバ内で発生してしまう散乱光はノイズとして扱われており、この散乱光をいかにして減らすことができるかという研究が重視されていました。その中で、この不要とも考えられていた散乱光から信号を取り出すことで光ファイバをセンサとして活用する研究は画期的でした。光通信と光ファイバセンシング、どちらも同じ光ファイバに関する研究なのですが、視点を変えれば新たな研究分野が生まれるという考え方を知ったことは、私にとって大変重要な出来事でした。
また、それ以外にもチームとして個々の強みを掛け合わせて研究を前に進めていくことも同時に心掛けています。私が大きな障壁だと感じていたことが、ほかのジャンルの研究者たちや技術者たちにとっては日常茶飯事ですでに対策が整理されていて、当たり前に解決できる事象だったという経験もあるので、人とのコミュニケーションも大事にしています。
■所属されているNTTアクセスサービスシステム研究所について教えてください。
NTTアクセスサービスシステム研究所では、世界の最新技術の追求や全く新しい技術の創出といった学術的価値の高い研究開発を進めるとともに、創出した独自の技術に基づく国際標準化活動も推進しています。こうした新技術の実用化によってNTTグループをはじめとした世界の通信インフラ技術を支え、具体的価値の提供を目的としています。そのための一貫として、研究者や技術者以外にもNTTグループ会社だけでなく、通信建設会社の現場のプロフェッショナルの方々も、2年間程度お招きして意見交換しています。この方々とチームを組んで、私たちが知らないような現場の知識を教えていただきながら研究を進められる研究所なので、技術の実用化を考えるうえでとても良い環境だと思います。
私は「光ファイバ計測」を中心にこれまで研究開発を行っており、この分野には精通していると自負しています。しかし、これから「光ファイバセンシング」を実用化し、光ファイバ神経網の実現をめざしていく中で、私1人の知識や働きだけでは全く足りないことは明白です。測定装置の試作やさまざまな実証実験では、測定器メーカの方々や外部の専門家とも日々意見交換させていただきながら検討を進めています。中には、私たちからすると理解し難いようなことが、その業界では当たり前だったなどということが何度もありました。ですからNTTグループ内での連携はもちろん、将来連携させていただく多くの方ともそれぞれの強みの掛け合わせで、ぜひこの技術の実用化と普及を進めていきたいと考えています。
そして、若手の研究者たちや学生諸君には、例えば背景の異なる研究をしている方と意見交換することで全く新しい研究がスタートすることもあります。ご自身の研究ジャンルが通信とは異なるなどということにこだわらずにNTTの門戸を叩いてください。ぜひ、皆さんの強みと私の強みを融合させて、これまでにない革新的な研究とその実用化に共にチャレンジしていきましょう。

■参考文献
(1) https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban07_02000082.html
(2) https://www.ntt-east.co.jp/databook/setsubi.html
(3) https://group.ntt/jp/newsrelease/2025/10/21/251021a.html
