2026年1月号
挑戦する研究開発者たち
エバンジェリスト、ソリューションエンジニア、二足のわらじでIOWNの社会実装にチャレンジ

IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)の社会実装に向けては、APN(All-Photonics Network)による高度なネットワークを構築していくことはもとより、その高速大容量、低遅延の特長を活かした斬新なサービスの提案が強く求められています。そのためには全世界のパートナーとの連携など幅広な共創活動が重要になってきます。NTTドコモビジネスにおいてIOWNのエバンジェリストである莊司哲史氏は、自身の光デバイスに関する豊富な知識や経験を活かすことで、NTTのIOWN構想を社会へ広く深く伝えるとともに、NTT各グループ会社や外部企業との連携を促進し、高度な遠隔コミュニケーションの実現に向けたソリューション開発にも取り組んでいます。今回、エバンジェリストとして、そしてソリューションエンジニアとして取り組んでいるホットな話題や、二足のわらじで業務推進するうえでの思いについて伺いました。
莊司哲史
エバンジェリスト
NTTドコモビジネス イノベーションセンター
IOWN構想のエバンジェリスト、IOWN開発のソリューションエンジニアとして、さまざまな企業との共創を実現
現在手掛けている、IOWNのホットなソリューションについて教えてください。
現在、私は2つの組織に所属しています。1つはIOWN推進室で、ここではエバンジェリストとしてIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想を社内外に分かりやすく伝えていく活動を行っています。また、一方のソリューションサービス部デジタルイノベーション部門では法人営業組織のソリューションエンジニアとして、少し先を見据えたIOWNのソリューション開発を行っています。具体的にはIOWN APN(All-Photonics Network)で触覚などをリアルに伝えるサービスを提案し、現在そのユースケースについて開拓しているところです。
まず最近のホットな話題として、「NTT docomo Business Forum '25」で公開された、IOWN APNを活用し、視覚・聴覚・触覚を遅延なく伝送する新たなソリューションコンセプト「FURELIA」について紹介します(図1、2)。2025年の展示では、これまでの触覚中心の内容に加え、視覚によるリアルな映像動画を前面に出してアピールしました。
FURELIAを開発した背景には、高齢化や地域による医療・福祉格差の問題があります。日本の全人口の5人に1人が後期高齢者となり急速な高齢化が進んでいます。一方で、医療や介護の現場では深刻な人手不足や、住む地域によって医療や福祉サービスの充実度に差が出ている点も課題になっています。そして、社会保障費用の増大も懸念される中、心身ともに自立し、健康的に生活できる期間「健康寿命」がかつてよりも重要視されています。地方自治体や各企業も健康増進の取り組みを推進し、持続可能な社会を構築しようとしています。
これらの課題は音声や映像のコミュニケーションだけでは解決できません。その一助として、本ソリューションは3DHaptics*1による錯触力覚*2を活用した動作のサポートであったり、振動触覚を用いたリズムの伝達といった複数の感覚情報を遠隔地へとリアルタイムに伝送し、多くの方々に対して離れた場所からリハビリテーションやトレーニングの指導を実現するというものです。
現在の状況ですが、IOWN APNを伝送路に、OPEN HUB Window*3、3DHapticsデバイス「echorb」*4を用いて、視覚、聴覚に加え触覚情報を遅延なく伝送できることを確認しています。例えば都心にいるトレーナーが、地方の体験者へリハビリテーションやトレーニングを指導することが可能になると見込んでいます。IOWN APNにより、遅延や揺らぎに敏感な触覚情報をスムーズに伝送でき、複数の感覚情報を制御せずとも自然に同期して送受信することができます。これにより、遠隔地にいてもトレーナーが隣で身体動作のサポートを行うかのような臨場感ある運動体験ができます。
実証実験では、echorbと足踏みのリズムを振動で伝える「バイブロスケープ」でも使われている足台を用いました(図3)。echorbは脳の神経を騙す特殊な振動を発するデバイスで、これを手で持つことにより人間は誰かに引っ張られた気持ちになるなど、身体の動きを誘発することができるのです。これにより、両手を広げた肩甲骨のストレッチ運動では、トレーナーが実際に両手を取って広げるかのように、肩甲骨を寄せる・広げるストレッチを遠隔地でも体験できます。また、両手を伸ばした前屈運動のサポートでは、伸ばした両手がトレーナーに引っ張られているかのように体の伸びを体験できます。
大阪・関西万博のNTTパビリオンでは、人気女性音楽ユニットPerfumeのコンサートが床の振動も含め他会場で再現され、リズム感やリアリティを訴求でき、離れた場所でもライブの臨場感を得ていたのは記憶に新しいと思います。本実験では同様の振動する足台を使い、トレーナーの足踏みの振動リズムをリアルタイムに感じながら、手の動きも誘導されることで、遠く離れていても一緒に臨場感ある足踏み運動を体感できます。
直接「人が触れ合う」「指導する」「伝える」といった触覚を使うことにより、より新しく豊かなサービスが創れるのではと思い、新たなデバイスによるソリューションを考案し、IOWN構想の1つの出口として検討していきます。
*1 3DHaptics:特殊な振動パターンを組み合わせることで、力覚・圧覚・触覚の3つを組み合わせ、リアルで豊かな感触を実現する技術です。株式会社村田製作所の登録商標です。
*2 錯触力覚:皮膚に非対称波形の振動刺激を与えることで、「力の錯覚」が発生します。
*3 OPEN HUB Window:NTTドコモビジネスが2022年2月に開設した最先端技術を備えたワークプレイス「OPEN HUB Park」発のコミュニケーションツール。
*4 echorb:3DHaptics技術や各種センサ技術が搭載されている、株式会社村田製作所とミライセンスが開発した触覚デバイス。



今後のビジネスの展望についてお聞かせください。
私たちは実証実験を終えたところで、どうサービスとして組み立てていくかはこれからになりますが、実際にビジネスをされている方々と「実際に困っている課題はこうなんだよ」「これを導入していくにあたってはこんな課題感があるでしょう」など、あらゆる方々とさまざまなディスカッションをし、共創活動を強力に進めていきたいと思っています。そういう意味でパートナーをさらに呼び込み、さまざまな技術を組み合わせることで、新たなソリューションにしていきます。
NTT docomo Business Forum '25への出展では、各社メディアに取り上げていただいたこともあり、反響も大きく、その後も福祉関係の方から問合せがありました。この領域は一丁目一番地ですから、リハビリテーションと健康増進への活用や、身体が不自由な方の生活における行動支援、関連でスポーツなどのレッスンサポートや遠隔地から体感できる旅行体験など、ユースケースを広げ検証を進めていきます。
また、医療・介護以外の分野でもさまざまな可能性があります(図4)。例えば小売のセグメントであれば、実際に買い物に行き、現物を見ないと判断できないことが多々あります。そこで、「現物を隅々まで見て、できれば触ってみたいな」と思ったときに、その「詳細まで見たいな」という要望は高精細な画像通信で、また 「触ってみたいな」という要望は、前述の触覚通信である程度は満たせるのではないかと考えています。例えば、店員さんが手に取った商品を高精細に見せながら、「ここは小さな七色の花柄模様になっています」「細かなディンプルが入っています」と、微細に見せることができます。さらに触覚に反応するデバイスを持ちながら、「ここがツルツルになっています」「裏面は少しゴワゴワしています」などと手触り感をリアルに伝えることもできます。言葉だけでなく、高精細な画像やダイレクトな手触り感がお客さまへ伝わるようになると、新たなリモートショッピングのビジネス領域が生まれてくるのではないかとイメージしています。
一例ですが、百貨店で高価な商品をお客さんに選んでいただく際には、現物を見ていただくことが重要です。日本中に数個しかないものを求め、原宿店を訪問したが、銀座店にしかない場合はどうするのか。わざわざお客さまに銀座に行ってくださいとはいえないですよね。拠点間を結んだ高精細な映像やリアルな触覚を通信で伝え、ビジネスチャンスを逃すことなく、リッチな層に対してもアピールできるのではないかと考えます。
製造のセグメントでは、単純作業では済まないところ、つまり道具類の上手な使い方や熟練技能者のコツなどを教えるうえで、現地に行かないと難しい内容、あるいはトラブルがあるたびに呼ばれるのを避けたいときなど、リモートから指示する、教えるというニーズがあります。このような需要は建設・電気・通信などの各種インフラ工事会社においても同様です。ここでは作業時の力覚感をリモートで指示することができるのではと考えており、課題感については、まさにものづくりや工事の高度技能者にお聞きする必要があります。まだ海外の拠点では、IOWN APNの活用は将来的な構想になりますが、例えば東南アジアの工場の方々にレクチャーするときなどに、役立つのではないかと思います。
また関連のテーマとして、製造業に従事されている熟練者の技能伝承を目的に、触覚も含めた内容をアーカイブ化し、必要なときに再生できるようにするアイデアも現在ディスカッションしています。

IOWN構想のエバンジェリストについて教えてください。
エバンジェリストとして、お客さまをはじめさまざまな方々へIOWN構想を語り伝えています。NTTドコモビジネスにはIOWNのエバンジェリストが3人おり、私はデバイスなど物理層に関する分野を中心に担当しています。ちなみに、他の2人はGPUの分散配置技術やマーケティングの専門家です。IOWNはいまだ構想の域を脱しいない部分もあり、エンジニア目線では、まだ“ふわっと”したところがあります。例えば“2032年以降は具体的にこれが実現できる”とは語りづらい部分があるのも事実です。
そのような中、私はNTT研究所在籍時にシリコンフォトニクスの研究開発に従事していたことから、IOWNのキー技術である光電融合デバイスについて、技術の流れや位置付けを含め詳しく説明することができます。事実、光電融合デバイスについては深く聞かれる機会も多く、それをきっかけに、NTTグループ各社やNTTドコモビジネスのお客さまとともに、IOWNの共創活動に結びつけながら取り組むケースもあります。
私が研究所時代に携わった、今となってはIOWNの肝である光電融合デバイスの基ともいえる、シリコンフォトニクスデバイスのブレークスルー開発について触れておきます。私は、LSIの研究グループが光デバイスの加工を始めた際に、光を理解している研究者として配属され、当初は基礎研究目的で試作デバイスの光学特性を評価していました。その時代の光ファイバ接続技術(先球ファイバ)では、99%以上の光がロスしてしまい、実用化するにはほど遠いと予見され、まずこの問題を解決する必要があると自ら課題を設定し研究を始めました。
当時、シリコンの光導波路(直径0.3ミクロン)と通信用光ファイバ(直径10ミクロン)の接続は極めて困難で、シリコンフォトニクスは一部の大学や研究所、NTT物性科学基礎研究所が基礎検討している程度で、実用化のイメージはありませんでした。
そこで、逆テーパー型のスポットサイズコンバータを開発し、高効率の接続に世界で初めて成功しました(1) (図5)。これにより、シリコンフォトニクスの研究開発が加速し、その後の実用化に道を拓いた1つの成果となりました。このスポットサイズコンバータを使って、通信用レーザ光源での四波混合の発生も実現し、その後のIOWNへの導入が目されている波長帯変換技術の源流にもなったと認識しています。
現在IOWNは日本の、詰まるところはNTTの光の技術史として語られることが多く、その技術の根源は研究所にあり、今では光電融合技術でNTT研究所が脚光を浴びているところです。そういった話を当事者の一人として理解していると同時に技術の限界がどこにあるのかも含め、お客さまに説明できることは強みといえます。
かつてデバイスの研究に従事していた一員として、研究開発の成果は製品化まで見据えないと ビジネスへ結びつかないことを痛感しています。ものづくりは研究所単体では限界があり、FURELIAのサービス開発でも強い開発力を持つ株式会社村田製作所(IOWN Global Forumメンバ企業)をパートナーとし、強力に推進できるフォーメーションを整えました。
IOWNは、ともすると光のネットワークの話に終始しがちですが、IOWN Global Forumメンバでデバイスなどに強みを持つ企業とも新しいビジネスをつくっていけたらと思います。

趣味の農作物栽培で自作のデバイスを活用
週末はどのような趣味で過ごされていますか。
自分で組み立てたロードバイクで、100km以上のロングライドや、ヒルクライムレースに出場したり、職場のランニングサークルに所属し、仲間と皇居ランをしたり、どきどきマラソン大会にも出場するなど体を動かすことが好きです。
また最近は農作物を栽培するコミュニティに参加させていただき、山中の小さな耕作放棄地を再開墾して小麦や蕎麦を育てています。自宅から遠く、なかなか毎週行くことはできませんが、自作のIoT(Internet of Things)デバイスで土中水分をセンシングして、クラウドから常時監視できるようにしています。種をまくと芽が出ているのかが、自分ごととして気になり、技術者としてはそれを観察する手段も自らつくりたくなります。趣味の話とはいえ、コストを意識しながら材料を調達し、自らの手でモノをつくることは、仕事の面でも、開発した成果を社会実装していくうえで役に立つ営みなのかもしれません。
後進に向けてメッセージをお願いします。
漫画『宇宙兄弟』の主人公ムッタのセリフに「本気の失敗には価値がある」「本気でやった場合に限るよ」という言葉があります。自分の経験上、その時々で本気で取り組んだものは、失敗しても何かが残っているなと感じています。本気でやったことはたとえ失敗してもいつまでも残っていますし、自分の財産になっているのです。
また、IOWNをテーマに取り組んでいる現場の研究者たちは期待度、注目度も高く、大きなプレッシャーの中で大変だと思いますが、NTTのデバイス研究がこれだけ追い風で、社会実装まで期待されているのは大変名誉であり、チャンスでもあると思います。したがって、ゴールをしっかり定めて、そこへの道筋は自分たちが試行錯誤しながら自由に考え、楽しく取り組んでいただきたいと思います。
■参考文献
(1) T. Shoji, T. Tsuchizawa, T. Watanabe, K. Yamada, and H. Morita: “Low loss mode size converter from 0.3 µm square Si wire waveguides to singlemode fibres,” Electron. Lett., Vol. 38, No. 25, pp. 1669–1670, Dec. 2002.
