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2026年7月号

明日のトップランナー

機械振動で光を操る革新デバイスの創出

微小な機械振動子に発光体を組み込むことで実現した「振動で光を制御できる省エネルギー型オプトメカニカル素子」。この素子にソフトマテリアルを融合させる全く新しい手法で、性能の飛躍的な向上と多機能化を図る研究が進められています。電気や磁場ではなく機械振動を用いて高度に光制御できる本技術は次世代の革新技術です。今回はこの「オプトメカニカル素子」のトップランナー、岡本創特別研究員にお話を伺いました。

岡本 創
NTT物性科学基礎研究所
特別研究員

PROFILE

2000年早稲田大学 理工学部材料工学専攻 修士課程修了。同大学の大学院材料工学専攻博士後期課程へ。2004年博士(工学)号取得、同年、NTT物性科学基礎研究所 博士研究員。2005年日本電信電話株式会社入社。ナノメカニカル素子の研究に従事。主な受賞歴として、2010年&2025年 応用物理学会優秀論文賞、SSDM(International Conference on Solid State Devices and Materials)2010 Paper Award、2014年 文部科学大臣表彰若手科学者賞。

無限の可能性をはらんだ「新機能素子」をつくり出すために

■研究の基礎になる「機械振動子」と「オプトメカニカル素子」について教えてください。

一般的に「機械振動子」とは、ばねや質量、ダンパーなどの機械要素で構成され、一定の力を加えると周期的に往復運動(振動)する系を指し、弾性変形を周期的に繰り返すことにより機械的な振動が継続する人工構造体です。身近なもので例えれば、鐘や鉄琴など楽器の振動板もこの1種となります。NTTでは2年ほど前に公式発表していますが、通信波長の光に共鳴する希土類元素(エルビウム)を添加した表面弾性波素子〔機械振動の一種である表面弾性波(=超音波)を用いて電気信号をフィルタリング・共振・遅延させる高周波デバイス〕を作製することにより、数ミリ秒の長い寿命を持つ光励起電子とギガヘルツ超音波のハイブリッド状態を生成することに成功しました。これにより、低電圧な超音波励起でコヒーレンスの高い希土類電子を制御でき、将来的な省エネ量子光メモリ素子への応用が期待されています(図1、2)。
この素子では、軽量な圧電材料である窒化アルミニウムを振動励起・検出用の圧電薄膜として用い、かつ櫛型電極の間隔を800ナノメートルにまで狭めることにより、2ギガヘルツの高速な表面弾性波を励起することができます。表面弾性波により生み出される結晶の歪みは表面近くで最大となりますが、結晶内部にもある程度染み出します。この染み出した歪みを用いることにより、結晶に埋め込んだ発光体に歪みを与えて、その発光特性を制御することができます。
このように表面弾性波素子を用いて、結晶内部に埋め込んだ発光体を制御することに成功しましたが、残念ながら、結晶に埋め込むことができる発光体の種類には制限があり、素子設計の自由度において大きな課題がありました。このような制限による高機能化や多機能化への課題に直面した状況の中、私たちは新たなアプローチを模索していました。そんなあるとき、同研究所の別グループでポリマー材料を扱っている研究者と意見交換をした際に、シリコーン系ソフト材料の1つであり、ソフトコンタクトレンズの素材でもあるポリジメチルシロキサン(PDMS)を表面弾性波素子と融合するというアイデアが浮かびました。それは私にとってはまさに目から鱗の発想で、すぐに本研究を開始することになりました。

■「微小な機械振動を用いた新機能素子の創出」について教えてください。

「オプトメカニカル素子」は、発光デバイスなどの光学素子に機械的な自由度を付加した機能素子として注目されています。しかし、前述したとおり、この機械振動子の結晶内部に埋め込むことのできる発光体の種類は非常に限られているため、高機能化や多機能化といった点で大きな課題が残ります。このような課題に対して、私の研究ではさまざまな発光体を液体に混ぜて用意することのできるポリマー薄膜を、1辺が数ミリメートル程度の小さな結晶片に造り込んだ表面弾性波素子の上に配置した「ポリマーハイブリッド表面弾性波素子」の提案・実証に取り組んでいます。これは、通常は機械振動子の結晶内部に埋め込むことが難しいさまざまな発光体をポリマー薄膜に埋め込むことで、「オプトメカニカル素子」のさらなる高性能化、多機能化を図るのが目的です(図3)。
表面弾性波により生み出される歪みは基板結晶内部に染み出すことは前述しましたが、素子表面にポリマー薄膜を形成した場合にはポリマー薄膜にも歪みが染み出すことが想定されます。この効果を活用して、ポリマーに含有した発光体に歪みの影響を与えるのが本研究のねらいです。これを実現するにはポリマーの膜厚を歪みが十分に浸透できる程度の薄さ(数ミクロン以下)まで薄膜化する必要があります。また、そのようなポリマー薄膜の微細なパターンを2つの櫛型電極パターンの間に組み込む融合プロセスが必要となります。

■研究で苦労されている点や今後の課題について教えてください。

この研究を進めるには、まずポリマーの薄膜を用意する必要がありますが、これが容易ではありません。なぜなら、硬化プロセスを実施する前のポリマー前駆溶液はハチミツのように粘性の高い液体であるため、スピン塗布などの技術を用いても数マイクロメートル以下の薄い膜を形成することは技術的に困難です。さらに、所望のパターン形状を得るためには、後工程で膜を薄くし、加えてエッチングなどで不要部を除去するなどの加工プロセスが必要となり、これらをナノスケールの精度で実現するのは非常に困難です。このような技術課題を解決する手法の開発から取り組まなければならない点が、本研究が挑戦的である理由の1つです。このような課題に対して取り組みを進めた結果、ごく最近、任意の膜厚のポリマー薄膜による所望のパターンを紫外線描画で形成する新技術の開発に成功しました。この技術により、複雑な工程を要することなく、数ナノ~数百ナノメートル厚さのPDMS薄膜パターンを基板上に簡便に作製することができます。
次の挑戦的な課題は、「いかにして歪みの影響をポリマー薄膜内部の発光体に伝えるか」です。ポリマーは、紫外線を当てるなどの硬化プロセスを実施した後、ゴムのような柔らかい固形状態となります。このようなゴム状態では歪みの影響が内部の発光体まで十分に及ばないことが想定されます。なぜなら、ゴム状態はポリマーを構成する分子の鎖が自由に変形できる状態であるため、歪みが分子鎖の変形で緩和されてしまい、それがショックアブソーバのようになり、ポリマー間に挟まれた発光体に影響が届かないためです。これに対して、ポリマーがゴム状態からガラス状態へと強固化できたとすれば、ポリマーはもはやショックアブソーバとして機能せず、発光体に歪みの影響を直接届けることが期待できます。このようなゴムからガラスへの状態変化はガラス転移と呼ばれ、ポリマーを冷却した際に現れる現象として知られていますが、同様の現象がポリマーに機械刺激を与えた際、その速度がある値を超えた場合にも現れることが予想されます。例えば速度200km/hのパワーボートがクラッシュすると、投げ出されたときの水面の強度はコンクリート並みの硬さになるといわれていますが、これと似たような原理です。つまり、高速な機械刺激を与えた際には、ソフトなポリマーがあたかもハードに振る舞う、といった現象が起こり得ます。私たちは現在、ギガヘルツ領域の高速な機械刺激で強固化が期待されるPDMSポリマーを用いて、PDMSに混ぜ込んだ発光体を機械振動で制御する取り組みに挑んでいます。

将来は複合機能型メカノ電子・光デバイスで大幅な小型化・省エネ化を実現

■この研究によって実現される事象や応用先を教えてください。

本研究の将来的な目標は、複数の機能を1つに統合した「複合機能型メカノ電子・光デバイス」の実現にあります。従来の考え方に立つと、多機能化のためには複数の素子を物理的に集積する必要があり、デバイスの肥大化が課題でした。しかし、本研究により、異なる機能を持つ材料を一緒に混ぜ込むことによって単一素子での多機能化が可能になれば、劇的な小型化と省エネ化が達成されます。また、デバイス応用だけでなく、開発過程で得られるポリマー材料の学術的知見も非常に重要です。特に、ギガヘルツ帯の高周波領域におけるポリマーの挙動は、これまで実験装置の不在により未解明でありましたが、本研究のアプローチによりこれが可能となるのが大きな強みです。本研究は、メガヘルツ以下の低周波領域の研究にとどまっていた従来の材料科学に対し、高周波応答という新たな評価軸を提示する画期的なアプローチとなります。この研究はまだ提案ベースの域を出ませんが、今後の展望としては、まず3年後までにメガヘルツ~ギガヘルツ帯域でPDMSの機械応答や動的粘弾性を評価できる系を構築することが目標です。そして、5年後には、さまざまな発光体のメカニカル制御に取り組み、2030年代前半には、異種発光体を混合した全く新しいかたちの「複合機能型メカノデバイス」を創出したいと考えています。

■研究を進めるうえで大切にしていることがありましたら教えてください。

特にこれといったモットーはないのですが、強いていえば「まだ誰もやっていないことをやろう」です。誰かの役に立つことをやらねばといった大それたことは考えておりませんが、まだ誰も知らないことや誰もアクセスできていない領域を開拓できるならば、それはやりがいがあることだと個人的には感じています。ある意味で「教科書の新しいページをつくっていく」という作業に自分も加われるのであれば、それは研究者としてとても有意義なことだと思います。また、研究を進めるにあたっては「何でも楽しんでしまおう」と考えることにしています。よく壁にぶつかるとか壁を乗り越えて、なんてことをいわれますが、基礎研究の世界というのは壁しかないという感じです。壁は乗り越えるものではなくて、どこに向かっても突き当たるものという感覚です。研究を一歩進めると新しい問題が生まれる。その問題をなんとか解決して、また一歩進めるとまた新たな問題発生というように。ですから、壁に当たることそのものを楽しんでしまおうというメンタルでいないとなかなか継続的にやっていけない。基礎研究というのは、ポジティブ思考で、なおかつある種鈍感なメンタルでないと周りから潰されてしまいますから。

■所属されているNTT物性科学基礎研究所について教えてください。

NTT物性科学基礎研究所は企業内組織でありながら、大学の研究室が複数集まったかのような独自の形態を持つ研究所です。研究領域は半導体や電子・光物性から、生体模倣技術、量子技術に至るまで極めて多岐にわたります。民間企業の研究所としては珍しく、目先の製品開発にとどまらない「基礎研究」に特化している点が最大の特徴です。ただ、現在の日本で企業として基礎研究所を維持しているところはほとんどなくなってきています。実験設備などの充実度も大学の施設とは比べ物にならないですし、貴重な存在だと思います。本当に基礎研究をやりたいと考えている方にとってはとても良い環境だと思います。まだ誰もやっていないことにチャレンジし、新しい研究成果を学術論文として世に出していくのが研究所としての大切なミッションです。研究者全員が教科書を新たにつくっていくという意気込みです。
また現在、NTT全体としてはリモート勤務を推奨していますが、物性科学基礎研究所に限っては実験装置や設備全体が会社にあるため、多くの社員は適用除外されています。研究に際しての実験はもちろんですが、私は研究グループのリーダーもしているので、社員の安全管理や研究補助などもあって毎日出社しています。

■最後に研究者、学生へメッセージをお願いします。

基礎研究の成果は、通信量の倍増や効率の数パーセント向上といった即物的な数値として直ちに現れるものではありません。「今すぐ何かの役に立つ」という実用性とは一定の距離を置いています。しかし、その探求から得られる新たな知見や技術の芽は、巡り巡って将来の産業構造や学術のあり方を根底から変える可能性を秘めています。目に見える数値を超えた未来の発展を支える「種」を蒔くことこそが、基礎研究の真の意義であると考えています。最近感じているのは、若手の研究者の方々がとにかく早めに良い成果や業績をあげておきたいという方向に走りがちだということです。もちろん、そうした傾向は良い面もあるのですが、中には腰を据えて長期間続けないと結果が出ない重要な研究もあります。そうした研究がなおざりにされてしまうのはネガティブな面もあるということです。特に将来のある若手研究者の方々には、失敗を恐れずにチャレンジする姿勢を大切にしてほしいと思います。私も基礎研究者として、この部分を大切にしていきたいと考えています。
私が現在進めている異分野を融合した新規研究は非常に挑戦的ではありますが、新たなブレークスルーを生み出す可能性を秘めており、やりがいを感じています。このような異分野融合型の研究を進める際には、さまざまな分野の方々の知見を取り入れることがとても大切と感じています。海外の方との積極的な交流も重要です。私のグループでは、米国やフランス、オランダといった海外からの学生インターンも多数迎え入れており、年齢を超えた「研究人」としての交流を進めています。実際に皆さんとても優秀で、彼らと行った成果が論文となるケースも多いです。年齢・国籍・分野を超えた人間の交流が新たな気付きやひらめきを生み出し、「教科書の新しいページをつくっていく」ことを願っています。

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