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2026年9月号

挑戦するイノベーター

フィジカルAIのプラットフォーム化で世界の企業現場を変革

AI(人工知能)がロボットなどの物理的な身体を持ち、実環境を認識・学習して自律的に行動する「フィジカルAI」。人の作業を代替するだけでなく、人がより高度な業務へ集中できるよう支援する技術として、世界中で期待が高まっています。こうした潮流のなか、NTTデータグループ 技術革新統括本部の田端佑介氏は「感覚情報の統合」「ロボットの自律行動」「業務システムとの連動」を通貫で束ねるトータルプラットフォーム化に着目し、市場で差別化、あらゆる企業の現場で機能する「知能のかたち」を具現化し、注目されています。本取材では、国内外の有力企業との最新コラボレーション事例や社会実装に向けた今後の展開、さらに、「現場・顧客第一主義」をモットーに技術を社会へ還元し続ける、同氏のエンジニアとしての信念と心構えに迫りました。

田端佑介
シニアエキスパート
NTTデータグループ 技術革新統括本部 Innovation技術部

フィジカルAIとともに社会課題の現場に向き合う

現在注力されている技術領域について教えてください。

私が現在取り組んでいるのは、いわゆるフィジカルAIと呼ばれる領域です。フィジカルAIはロボットやセンサが取得した現実世界の情報をAIが理解し、人やシステムと連携して行動につなげる技術です。一般的なAIの主流がデジタル空間中で分析や判断をするのに対して、NTTデータではこれを一歩深め、AIをロボットへ導入して現実の環境を理解させ、自律的に判断・行動、そして必要に応じて人へも指示を出すような、実世界の中で具体的に活かせるシステムを開発しています。私が所属している組織は、技術の調査や構想にとどまらず、ビジネスのインキュベーションから実証、お客さまへのサービス提供までを一気通貫で見定めた技術開発に取り組んでいます。そのため、机上で技術を評価して終わりではなく、現場で使えるかどうかを常に問われる環境にあり、私はそこに大きなやりがいを感じています。
私たちの取り組みは、大きく分けると3つです。1つがフィジカルAIそのもので、環境を認識し、状況を判断し、行動につなげる技術で、ロボットやセンサを通じて最適な行動を選択するものです。私たちはこの技術を用い、さまざまなお客さまを通じて、現場の人手不足などの社会課題に取り組んでいます。次にロボット活用です。私たちはロボット本体をつくってはいませんが、既存のロボットに必要な機能を載せ、お客さまのニーズに合わせて仕上げる二次開発を担っています。例えば、従来の固定カメラでは難しかった、広範囲で能動的に監視・巡回し危険を検知する自律的なシステムを開発しています。最後に解析AIです。画像、音、センサデータなどを統合して人間の五感に匹敵するようなレベルで設備や環境の状態を把握し、異常の兆候を読み取ります。
また私たちは、この3つを一体の仕組みとして構築していくことが重要だと考えています。現場では、人手不足、長時間労働、危険作業、熟練者依存といった課題が重なっており、単にロボットが動くだけでお客さまの課題を解決できるとは限らないからです。

国内企業との連携ソリューションの実例についてお聞かせください。

各企業とのコラボレーションについてお話しさせていただきます。まず三菱ケミカル社との工場自動点検についてです(図1)。化学工場は広大で、点検個所も多く、しかも24時間体制で人が見回っているケースも少なくありません。一方で、すべての個所が無線化されているわけではなく、人が足を運ばざるを得ない領域も残っています。そこで私たちは、犬型ロボットを用いて、点検ルートを自律的に巡回し、これに搭載された機器・センサで配管やモータなどの状態を画像や音で取得し、異常兆候を検知する基盤システムをつくってきました。固定カメラでは届かない場所へ能動的に見に行けることが、この方式の利点です。
この案件では、NTTグループ各社とも連携し、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)も踏まえながら、APNやWiGig*1といった先進的な通信技術も含め検証してきました。例えば、岡山事業所のロボット情報を東京オフィスで受信したり、逆にオフィスから遠隔でロボットへ指示を出して現場の応答を確認する、といった試みも行っています。もちろん、現時点では将来を見据えた実証の段階ではありますが、低遅延かつ大容量の通信を前提に、将来の遠隔監視や遠隔支援のあり方に変革をもたらすべく取り組んでいます。一方で、現実路線も重視しています。すぐに運用できる構成も必要とされ、既存のWi-Fiなどを用いた系も同時に構築し、今使える技術と将来技術の両面をにらみながら進めています。
点検業務では、人間の五感に近いレベルで設備状態を把握することが求められます。目視だけでなく、普段と違う音がしていないか、微細な振動が出ていないか。そうした情報を統合的に観察しなければ、本当の意味で人の代替や補完にはなりません。私たちは画像解析だけでなく、音やその他のセンサデータを扱う解析AIにも力を入れています。これが単なる巡回ロボットとの差別化要素だと思っています。ロボットを移動体として使いながら、その先にある判断の質を上げる。つまり、見に行くことと、理解・分析することの両方を設計しているわけです。
この三菱ケミカル社との取り組みは、私にとって特に印象深いものです。技術的には、およそ150 m×150 m規模のエリアを、ロボットが人手を介さず自律的に巡回、情報を収集し解析までできたのは、大きな前進でした。しかし、そこからが本当のスタートでした。実証ではうまくいっても、現場からは「ロボットが動いたこと」より、「作業が本当に楽になるのか」「運用コストに見合うのか」「既存業務に組み込めるのか」といった本質的な問いが返ってきます。私は、この反応こそが大事で自身の糧になっていると感じます。技術が出来上がったから価値になるのではなく、使われて初めて価値になる。そのことをこの案件から何度も学ばせてもらいました。またフィジカルAIも同様であり、ロボットやAIの性能だけではなく、業務全体の変革につながる仕組みとして成立させることが重要だと学びました。
次に三井不動産社とは、ビルの機械室などを対象とした点検保守業務の自動化を進めています。建物内ではスマートメーターや遠隔監視が進む一方で、依然として人が現場へ行かなければならない作業は残ります。そこで、私たちはロボットによる巡回点検に加え、生成AIを用いた業務日誌やレポートの作成支援など業務システムとの連携までを視野に入れることをめざしています。ここで注力しているのはロボット単体の高度化ではありません。現場でのデータ取得から分析、報告、保守計画の立案までを一連の業務プロセスとしてとらえ、フィジカルAIと業務システムを連携させることです。私は、このような現実世界のデータと企業システムをつなぐ「社会実装」の部分こそが、NTTデータの強みであると考えています。
ビル設備管理の分野では、設備ごとに管理システムが分かれており、点検結果も人が確認しながら複数のシステムへ入力しているケースが少なくありません。私たちはロボットを単なる移動体として利用するのではなく、設備データの取得、AIによる分析、生成AIによるレポート生成、業務システムとの連携までを一体として設計しています。人、既存システム、ロボットの作業分担や効率の良い点検の姿を描き、現場で収集した情報を業務プロセスへ直接つなげることで、人とシステムが協調して働く新しい点検保守の形を目指しています。
さらにデンソー社との取り組みでは、コンビニでの作業効率化支援を題材に、人とロボットが協働する運用を検討しています。店舗での飲料補充といった定型作業は一見自動化しやすそうですが、実際は店内の混雑状況、在庫状況、店員の手の空き具合などが絶えず変化します。そのため、私たちは店舗全体をデジタル化し、欠品、混雑、作業優先度を踏まえながら、人がレジへ向かうべきか、ロボットが補充を進めるべきかを判断する「モノ管理システム」を開発し、現在、現場トライアルを実施しているところです。そのように、ロボットと協働して人間の手を空け、効率良く作業することができるようになります。ここでも重要なのは、ロボットアーム単体の制御ではなく、人とロボットの役割分担を全体最適でとらえることです。多能工化や協働というテーマに対し、店舗全体の運用視点からアプローチしていることに独自性があります。

*1 WiGig:60GHz帯などを用いる高速無線通信技術の総称。近距離で大容量通信に適しています。

NTTデータグループのグローバルネットワークを活かし、海外企業とも連携されているそうですね。

海外でのソリューションとして、イタリアの電力やガス会社とインフラ点検の自動化に取り組んでいます。Areti社(電力会社)との例ですが、海外では地下トンネルや送変電設備の暑熱や空気の環境に課題があり、人が入る前に安全確認すべき現場があります(図2)。実際このような現場では、作業員が背中にローラー付きの板を背負い、それを転がしながら点検を行っています。こうした場所では、まずロボットが先行して状況を確認し、必要に応じて複数のロボットを使い分けながら点検する仕組みを構想しています。日本では必ずしも海外と同じ条件ではありませんが、危険個所への先行投入の考え方は有効であると評価されています。
次に、Snam社(ガス会社)との取り組みを紹介します。海外では広大な土地の中を、長距離にわたりパイプラインが敷設されています。日常、保守作業員はこの近傍を歩き目視点検しているのが実情で、大変な労力がかかっています。これに対して、私たちはドローンを高所で高速に飛行させ、作業者が立ち入れないエリアや広い範囲を短時間で撮影し、パイプラインや路面のひび割れの発生、不審物や建設機械の存在について、遠隔地でその状況を確認することができます。
このように、海外ではインフラ設備の設置環境は日本と異なる面も多く、こういったソリューションニーズはむしろ海外に強くあり、NTTデータの自前の海外ネットワークを活かすことで先行事例をつくれる領域だと思っています。

改めて、NTTデータならではの「フィジカルAI」のアプローチについて伺えますか。

こうしたフィジカルAIの一連の取り組みを通じて、私たちが明確に意識しているのは、ロボットを導入すること自体を目的にしないということです。ロボット、解析AI、業務システム、人への指示、レポート生成までを含め、初めて現場のDX(デジタルトランスフォーメーション)化が実現します。これらのさまざまな要素をつないで全体を設計し、仕組みをつくる、つまりプラットフォーム化していくのが私たちNTTデータの戦略です。また、私たちは現場に持ち込み、課題を洗い出し、改善を重ねることで、お客さまニーズへ徹底的に寄り添います。
フィジカルAIは黎明期にあり、ロボットの安定性も発展途上で、実証段階の色合いの濃い案件も少なくありませんが、この地道なアプローチが功を奏し、最近は少しずつ手ごたえを感じ始めています。先日、私たちの戦略や姿勢が外部からも高く評価され、Gartnerの『Emerging Market Quadrant for Physical AI Services - Established Vendors』で『Market Shapers』の1社として掲載されました。私たちにとってこのレポートは大きな励みになっています。

フィジカルAIの社会実装をさらに進め、同時に最先端の技術も貪欲に取り入れていく

今後の展望について教えてください。

私たちは、従来のITでは取り扱えなかった物理的な自動化を視野に入れ、フィジカルAIを現場で継続的に使われる仕組みへと引き上げていきます。そのためには、まず価値の定義を明確にする必要があります。ロボットが動いた、AIが判定した、だけではなく、それによって人の負荷がどれだけ下がるのか、危険作業をどこまで減らせるのか、運用のどこが変わるのかを、お客さまの業務言語で示していきたいです。
技術面では、VLA(Vision-Language-Action)*2やワールドモデル*3といった新しい枠組みを積極的に取り入れていきます。生成AIの拡張として、ロボットが見たものを理解し、人の指示を踏まえて行動を計画し、環境変化に応じて動きを修正する流れは、今後さらに重要になります。ただし、現状の技術はまだ不安定で、そのままでは実運用に耐えない場面もあります。だからこそ、デジタルツインやシミュレーションと連携し、実世界の状態をデジタル側で再構成しながら、より安全で安定した行動につなげる補助技術が必要です。私たちは、最先端のモデルを試すだけで満足せず、それを現場で使える水準までもっていくことに力を入れていきます。
またこれまでに触れてきましたが、個々のロボットを賢く動かすだけでなく、複数ロボット、業務システム、人、計測設備、生成AIエージェントなどあらゆるものが連携して動くトータルなオペレーションを実現したいと思います。ロボットを賢くするだけではなく、企業業務そのものを再設計するためにフィジカルAIを使います。点検、報告、保守判断、作業指示までが通貫につながれば、物理空間の自動化は一段上のレベルへ進みます。NTTデータグループとしては、グローバルのイノベーションセンタどうしの連携も大きな強みです(図3)。国内外の現場で得た知見を共有しながら、共通課題で再利用可能な仕組みをつくり、先行的な実用化を進めていきたいと考えています。

*2 VLA:視覚情報と言語指示を基に行動生成まで扱うロボット向けAIの枠組み。
*3 ワールドモデル:環境や物体の状態遷移を内部表現として学習し、将来の変化や行動結果を予測するためのモデル。

ご自身が掲げる技術者のモットーと後進へのメッセージをお聞かせください。

私の研究開発の出発点は、大学時代に取り組んでいた画像認識やセンシングなどデータ処理系の技術にあります。入社後は、今のロボットとは違う、交通システムの領域でモバイルデータ解析などを通じて、人の移動需要や交通需要を推定するテーマに長く携わってきました。一時期は医療に近い分野で、遺伝子解析にかかわっていたこともあります。分野としてかなり幅はありますが、自分の中では一本筋が通っています。それは、データをどう読み解き、現実の課題解決にどう結び付けるかという関心です。4、5年ほど前からロボットやフィジカルAIの領域に戻り、現在は、自律走行やシステム統合も含めたかたちで、実世界に出ていく知能をつくることに注力しています。
私は、研究して終わりというかたちではなく、現場で使える技術をつくることをモットーとしています。もちろん新しい技術を追うことは大切ですし、最先端を知らなければ戦えません。ただ、技術はあくまで手段であって、それが誰にどんな価値を届けるのかがより重要だと思っています。そのため、現場に持ち込み、実際に使ってみて、何が足りないのかを見つけ、改善のループを回すことを何より大切にしています。技術的には成功していても、運用に乗らない、費用対効果が合わない、手間が増える、フォローが足らない。そうした理由で使われないケースは珍しくありません。しかし、その「使われない理由」を直視することこそが、研究開発者にとっては辛いですが大きな学びになると思っています。私自身、そこで何度も悔しい思いをしてきましたが、その経験が今の姿勢の土台になっています。
最新の情報収集や最先端技術のキャッチアップについては、自分一人で全部を追うのではなく、仲間と手分けして進めることを意識しています。日々、目まぐるしいスピードで情報や技術が更新されていくため、チームには、画像解析に強い人、ロボット駆動に詳しい人、システム開発の経験豊かな人等がおり、それぞれが得意分野の知見を持ち寄っています。私は比較的、ビジネスや実装の観点で現場と向き合うことが多いので、お客さまとの対話や展示会、海外イベントなどから学ぶことも多いです。NVIDIA GTCのような場にも足を運びますし、ロボット系の学会や競技会、社外との勉強会やコミュニティにもできるだけかかわり、できれば運営側にも立っていきたいと考えています。
さらにNTTデータのイノベーションセンタでは、世界各地にある海外拠点のメンバとの意見交換がとても刺激になります。月1回の勉強会で、論文や事例、顧客の反応まで含め共有したり、各国の中で進んでいる技術を他国でも取り入れていくなど、こうしたNTTデータグループならではの国際的なネットワークは大きな財産になっています(図3)。
後進の方々に伝えたいのは、技術力を磨くことは大前提として、それ以上に「誰に価値を届けるのか」を考えてほしいということです。論文や特許をめざすこと自体は大切ですが、それだけに閉じず、小さくてもいいのでモノを動かしてみる、現場を見る、ユーザと触れ合う、お客さまと会話する。この経験が、結果的にはもっとも大きな成長につながると感じています。技術をつくることと、使われることの間には大きな溝があります。それを埋めようとする姿勢こそが、実装力であり、研究開発者としての強さになるのではないでしょうか。私自身もまだ道半ばですが、だからこそ、現場から逃げず、価値につながる技術をつくり続けていきたいと思っています。

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