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基地局アンテナチルト角自動算出技術の取り組み
増え続けるモバイルトラフィックの中でも通信品質を維持するためには、基地局アンテナのチルト角を適切に調整することが重要です。近年では、O-RAN(Open Radio Access Network)の普及に伴い、基地局パラメータを自動的に制御するための仕組みが整備されつつあり、チルト角の自動最適化が期待されています。本稿では、建物による遮蔽を考慮したカバレッジ判定と部分的な観測値情報を用いたユーザ分布推定により、チルト角を自動算出する技術について説明します。
木村 拓人(きむら たくと)/金正 英朗(きんしょう ひであき)
塩津 晃明(しおづ あきひろ)
NTTネットワークサービスシステム研究所
基地局チルト角自動算出の重要性
モバイルネットワークにおけるトラフィック量は急速に増大しており、国内の月間モバイルトラフィック量は10.4Tbit/sにも達しています(1)。このような大量のトラフィックを品質低下させることなくネットワーク内に収容するためには、無線基地局のパラメータを継続的に調整し、ネットワーク全体の通信品質を最適化することが重要となります。
近年では、O-RAN(Open Radio Access Network)の普及に伴い、基地局パラメータを外部アプリケーションから制御するための仕組みが整備されつつあります。O-RANでは、基地局パラメータの長期的な最適化を担う機能としてNon-RT RIC(Non Real-Time RAN Intelligent Controller)が定義されており、そのうえで動作するrAppと呼ばれるアプリケーションに独自の最適化アルゴリズムを実装することができます。図1にrAppを用いた基地局パラメータ制御の概要を示します。rAppは基地局から収集したデータを基に最適なパラメータを算出し、その結果を基地局へと適用することで、基地局パラメータを最適化します。このとき、基地局パラメータの最適化にあたっては、無線品質だけではなく、電波干渉、ユーザ分布、建物遮蔽など複数の要因を考慮する必要があります。これらの要因は複雑に相互作用するため、ネットワーク全体として最適なパラメータを決定することは容易ではありません。そのため、機械学習技術を活用した基地局パラメータ最適化技術が強く求められています。
基地局で設定可能なパラメータにはさまざまなものがあります。その中でも、特にエリア品質に大きな影響を与えるパラメータの1つが基地局アンテナチルト角(チルト角)です。チルト角は、基地局に搭載されたアンテナの傾きを表すパラメータであり、水平方向を0度としたときの俯角で表されます。この角度は、数度の範囲内であれば遠隔から変更することができます。
例えば、チルト角を小さく設定すると、電波の到達範囲が広がるため、通信不能なエリア(カバレッジホール)の発生を抑制できます。一方で、他基地局との干渉が増加し、収容ユーザ数も増加するため、輻輳が発生しやすくなります。反対に、チルト角を大きく設定すると、電波の到達範囲は狭くなるため、他基地局との干渉や収容ユーザ数増加による輻輳の発生を抑制できます。一方、カバレッジホールが発生しやすくなります。そのため、エリア内におけるユーザ分布を適切に推定したうえで各基地局に収容されるユーザ数を分散することで、電波干渉やカバレッジホールの発生しにくいチルト角を自動算出する技術が求められています。

既存の基地局チルト角制御における課題
私たちはこれまで、エリア内のメッシュ(エリア内を縦横数m単位の正方形で分割したときの各区画)単位でのユーザ数の推定結果に基づき、ユーザをアンテナ間で分散収容し、カバレッジホールを発生させにくい基地局チルト角を自動算出する技術を開発してきました(2)(3)。本技術を適用することで、多くのエリアではオペレータが設定した場合とほぼ同程度の通信品質を実現するチルト角を自動的に算出することができることを確認しています。しかし、この技術には2つの課題があります。
1番目の課題は、建物による遮蔽の考慮ができていない点です。端末と基地局の間に建物等の遮蔽物がある場合、遮蔽物がない場合と比べると端末での受信電力は減衰します。従来技術ではこの影響を考慮できていないため、受信電力を実際よりも高く推定し、想定していないカバレッジホールの発生を見落とす可能性があります。
2番目の課題は、メッシュ単位のユーザ数推定値と観測値が乖離してしまう場合がある点です。従来技術(2)(3)におけるユーザ数推定では、各アンテナに収容されたユーザ数から、各メッシュのユーザ数を推定しています。しかし、従来技術では、アンテナのカバーエリア内ではユーザが滑らかに分布することを仮定しているため、駅周辺など、ユーザが局所的に集中するメッシュが存在する場合には、推定値と観測値が乖離しやすくなります(図2)。

基地局チルト角自動算出技術
本稿で紹介する基地局チルト角自動算出技術は、カバレッジ推定技術、ユーザ数推定技術、スループット推定技術、チルト角算出技術の4つの要素技術から構成されています(図3)。カバレッジ推定技術では、特定のチルト角設定に対して、各メッシュのRSRP(Reference Signal Received Power)を推定し、その値が一定値以上であるかを判定します。ユーザ数推定技術では、各メッシュにおけるユーザ数を推定します。スループット推定技術では、カバレッジ判定結果と推定ユーザ数から、各メッシュで得られるスループットを推定します。チルト角算出技術では、探索対象となるチルト角の組合せを効率的に算出します。これら4つの要素技術のうち、スループット推定技術とチルト角算出技術は既存技術(2)(3)を用いるため、本稿ではカバレッジ推定技術とユーザ数推定技術、およびこれらの改善がチルト角算出結果に与える効果について説明します。

■カバレッジ推定技術
前述したように、従来のカバレッジ推定技術では、建物による遮蔽を考慮せずにカバレッジを推定しています。そのため、建物による電波強度の減衰が発生するメッシュのカバレッジを過大に推定してしまうという課題がありました。建物による遮蔽を考慮する方法の1つとして、PLATEAU等の建物3Dデータを利用する方法があります。しかし、こうした建物3Dデータはあらゆるエリアに対して整備されているわけではないため、全国一律に適用することはできません。
そこで本技術では、国土地理院の発行する建物外周線情報(4)ならびにe-Statの発行するメッシュ境界線情報(5)を利用して各メッシュの建物占有率を計算し、建物占有率に応じたRSRPの推定を行います。これらのデータは、3D建物データほどの詳細ではないものの、日本全国分のデータが整備されており、今後も継続的な更新が期待できるため、本技術ではこれらを採用しました。
建物占有率データを用いたRSRP推定のイメージを図4に示します。RSRPは、送信アンテナと受信メッシュの中心の組合せごとに計算します。一般にアンテナと受信端末との間の距離が大きいほど、また送信アンテナと受信メッシュの中心を結ぶ線分が通過するメッシュの建物占有率が大きいほどRSRPは減衰します。本技術ではこれらの関係に基づき、建物による遮蔽の影響を考慮してRSRPおよびカバレッジを推定します。

■ユーザ数推定技術
既存のユーザ数推定技術は、各アンテナのカバー範囲に含まれるユーザ数を入力として各メッシュのユーザ数を推定しています。しかし、駅やショッピングモールなど、人が集中する場所が推定エリア内に含まれると、推定精度が低下しやすいという課題がありました。
本技術では、アンテナ単位のユーザ数データに加え、一定の条件を満たしたメッシュ単位のユーザ数データを利用することでこの課題を解決します。メッシュ単位のユーザ数データは、アンテナ単位のユーザ数データと比較してユーザの位置をより細かく把握できるという特徴があります。一方、一定の条件を満たすユーザだけを対象としたデータであるため、各メッシュのユーザ数としてそのまま利用することはできません。ただし、このデータからは、少なくともその人数以上のユーザが当該メッシュに存在しているということが分かります。そこで本技術では、この情報を制約条件として利用することで、各メッシュのユーザ数推定精度を向上させます。
ユーザ数推定技術の全体構成を図5に示します。まず、前述のカバレッジ推定技術を使ってメッシュ単位のカバレッジを判定します。その後、空間特性モデルの種類およびモデルパラメータを探索し、空間特性モデルを構築します。空間特性モデルとは、エリア内におけるユーザの空間的な分布特性を表すモデルです。構築した空間特性モデルを用いてメッシュ単位の端末数を推定し、アンテナ単位の端末数観測値およびメッシュ単位の部分観測値に基づいてユーザ数推定値を評価します。アンテナ単位の端末数観測値については推定値との差が小さいかどうか、メッシュ単位の部分観測値については推定値が部分観測値以上になっているかどうかを評価します。この探索と評価を繰り返していくことで、メッシュ単位のユーザ数推定値を更新していきます。推定結果を評価する際に部分観測値との比較を追加したことで、ユーザ数が局所的に集中するエリアにおいても、ユーザ数推定精度が向上することを確認できています。

■チルト角算出に与える効果
シミュレーションにより、本稿で説明したカバレッジ推定技術およびユーザ数推定技術が、最終的なチルト角算出結果に与える効果を評価しました。その結果、本技術を用いて算出したチルト角は、従来のチルト角設定と同程度のスループットおよびRSRP目標値達成率を維持しながら、電波干渉の影響を表すSINR(Signal to Interference plus Noise Ratio)を改善できることが確認されました。これらの結果から、建物遮蔽を考慮したカバレッジ判定および部分的な観測値情報を使ったユーザ数推定により、通信品質を維持・向上できることが分かりました。
今後の展望
本稿では、基地局チルト角最適化の重要性について述べ、基地局チルト角を自動算出する技術について説明しました。今後は、チルト角に加えて送信電力や基地局のスリープ状態など最適化対象を拡張し、複数の基地局パラメータを統合的に制御する技術の確立に取り組んでいきます。また、本技術をO-RAN環境上のrAppとして実装し、実機環境における評価を進めることで、有効性の確認も進めていきます。
■参考文献
(1) https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/field/data/gt010602.pdf
(2) https://journal.ntt.co.jp/article/36064
(3) H. Kinsho, R. Tagyo, A. Shiozu, and K. Yamagishi: “User Distribution and Throughput Model-Based Antenna Tilt Optimization,” in IEEE Access, Vol. 13, pp. 203808-203823, 2025.
(4) https://www.gsi.go.jp/kiban/
(5) https://www.e-stat.go.jp

(左から)塩津 晃明/金正 英朗/木村 拓人

今後もモバイル通信品質を維持しながらオペレーション稼働負荷を削減する研究開発を続けていきます。