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IEEE 802.11bn無線LAN標準化の最新動向

Wi-Fiとして認知されているIEEE 802.11無線LANシステムは、PCやスマートフォンだけでなく家電やIoT(Internet of Things)機器などにも使用され、その適用領域はコンシューマ市場に加えて、工業や農業、スタジアムWi-Fiなどのビジネス市場にも拡大しています。本稿ではIEEE 802.11無線LANシステムの次世代規格であるIEEE 802.11bn(Ultra High Reliability)の最新動向を紹介します。

岸田 朗(きしだ あきら)
NTTアクセスサービスシステム研究所

IEEE 802.11WGによる無線LAN標準規格の策定

現在「Wi-Fi*」として広く認知されている無線LANシステムの技術仕様の策定は、IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers)の標準化組織である作業班IEEE 802.11 WG(Working Group)(1)にて行われています。IEEE 802.11 WGはいくつかのサブグループで構成されており、技術仕様の策定を行うTask Group(TG)、Task Groupのスコープを制定するStudy Group(SG)、特定のテーマに関して標準化の可能性を検討するためのTopic Interest Group(TIG)、その他いくつかの常設委員会(Standing Committee:SC)や特定の課題の検討を行うAd-Hoc Groupなどがあります。TGにより策定された技術仕様は「IEEE 802.11xx(xxはアルファベットによるナンバリング)規格」としてリリースされます。本稿では以後「IEEE 802.11xx規格」を「11xx」と略記します。表に2026年8月時点でのIEEE 802.11 WGのサブグループと各グループの検討課題を示します。

*Wi-Fiは、Wi-Fi Allianceの登録商標です。

超高信頼無線LAN IEEE 802.11bn

現在、IEEE 802.11 WGのサブグループTGbnでは、11beに続く次世代の主力無線LAN規格として、IEEE 802.11bn(11bn)の策定が進められています。11bnではUHR(Ultra High Reliability)をプロジェクト名とし、これまでの主力規格で主要な進化軸であった高速・大容量化に加え、通信の信頼性向上を新たなターゲットとしています。UHRでは、MAC層におけるデータ転送の信頼性をスループット、遅延、パケット損失の観点から定義し、11beのEHT(Extremely High Throughput)動作と比較して、少なくとも1つの動作モードにおいて以下の性能改善を実現することを目標としています。
・最低1つのSINR(Signal-to-Interference-plus-Noise Ratio)条件において、スループットを25%向上
・遅延分布の95パーセンタイル値を25%削減
・APを中心とする通信エリア(BSS:Basic Service Set)間の遷移などの特定のシナリオにおいて、MAC層のデータ単位であるMPDU(MAC Protocol Data Unit)の損失を25%削減
これらに加えて、モバイルAP(Access Point)を含むAPの消費電力削減機能や、P2P(Peer-to-Peer)通信の改善も11bnのスコープに含まれています。11bnは2.4GHz、5GHz、6GHz帯を用いる既存のIEEE 802.11規格との互換性および共存性の確保を図っています。
これらの目標はTGbnの前身となるUHR SGにおいて議論され、標準規格のスコープや必要性などを定めるPAR(Project Authorization Request)に明記されています。またUHR SGでは、標準化プロジェクトの位置付けや実現可能性などを明確化するCSD(Criteria for Standards Development)も策定されています。CSDには市場性、技術的・経済的実現可能性などの評価観点が記載されており、想定される市場やユースケース、候補技術などに基づいて11bnの標準化プロジェクトの妥当性が示されています。
11bnでは、従来の住宅やオフィス・企業用途に加え、産業オートメーションやロボティクス、スマート農業などへの無線LANの適用拡大が想定されています。また、高品質ビデオ会議、エッジコンピューティング、ゲーム、AR/VR、Metaverseなど、低遅延・低ジッタかつ安定した通信を必要とするアプリケーションも対象としており、これらを支える高信頼な無線LANの実現をめざしています。
UHR SGは2022年9月に、TGbnは2023年11月に発足し、2028年5月の標準化完了をめざして活動しています。2026年8月現在、規格ドラフトDraft 2.0がリリースされており、主要な機能がドラフトに盛り込まれています。現在は各機能の詳細仕様に対するコメントの募集・解決と、その結果を反映した規格ドラフトの更新が進められています。図1に11bnのタイムラインを示します。

■主な新規機能

11bnでは、スループット向上、低遅延・高信頼化、シームレスモビリティ、省電力化、AP間協調・P2P通信高度化などが規定予定です。これらにより11bnは、従来のWi-Fiにおける高速化に加えて、より低遅延かつ安定した通信の実現をめざしています。
(1) スループット・周波数利用効率向上機能
11bnでは、限られた周波数資源をより効率的に利用するため、NPCA(Non-Primary Channel Access)やDBE(Dynamic Bandwidth Expansion)などが規定されています。従来のWi-Fiでは、通信開始時に基準となるプライマリチャネルがほかのAPまたはSTA(Station:端末)によって使用されている場合、ほかの周波数が空いていても通信機会が制限されることがあります。NPCAでは、プライマリチャネルに他BSSの通信が検出された場合に、APとSTAが別のチャネルへ切り替えて通信することで、空いている周波数を有効活用します。図2にNPCAの概念図を示します。
またDBEでは、通常使用するBSSのチャネル帯域幅を一時的に超えて、APが対応可能な範囲まで通信帯域を拡張します。これにより、周辺の周波数が空いている場合にはより広い帯域を利用した高速通信が可能となります。DBEに対応しないSTAは従来のBSS帯域幅のまま通信できるため、既存端末との共存も可能となります。また、UEQM(Unequal Modulation)では、複数の空間ストリームごとに異なる変調多値数を適用することで、ストリーム間で受信品質が異なる場合にも効率的なデータ伝送を可能とします。
(2) 低遅延・高信頼化機能
11bnでは低遅延・高信頼化機能としていくつかの機能が規定されています。代表的なものがP-EDCA(Prioritized EDCA)です。Wi-Fiでは複数のSTAが無線チャネルの利用権を競合して獲得しますが、P-EDCAでは低遅延通信に対する再送時のチャネルアクセスを改善することで、通信待ち時間が増加する確率を低減します。
また、STAが低遅延トラフィックを保持していることをAPへ通知するLLI(Low-Latency Indication)や、APのMAC層で検出した輻輳状態を上位レイヤへ通知し、L4S(Low Latency、Low Loss、and Scalable Throughput)による輻輳制御との連携も規定されています。さらに、IM(Interference Mitigation)では、データ伝送中に干渉状態を継続して推定するための新たなパイロット信号を追加し、通信の信頼性を高めます。
加えて、上りOFDMA通信ではDRU(Distributed-tone Resource Unit)が導入されています。従来のRU(Resource Unit)が連続したサブキャリアを中心に構成されるのに対し、DRUではRUを構成するサブキャリアを周波数方向に分散して配置します。これにより、上りOFDMA通信時の送信電力のブースト効果を高め、受信品質の向上に寄与します。
また、ELR(Enhanced Long Range)では、データの周波数方向への複製や信号検出機能の強化により、低SNR環境における受信性能を改善し、長距離通信の信頼性向上を図ります。
(3) シームレスモビリティ
11bnでは、移動するSTAが接続先APを変更する際の通信断やデータ損失を低減するSMD(Seamless Mobility Domain)BSS Transitionが規定されています。複数のAPを仮想的な一群のSMDとして管理し、移動先となるAPを事前に探索・準備したうえで接続先を切り替えることで、AP間遷移のたびにReassociationを行うことなくデータ通信が失われる時間を短縮します。さらに、移動元APから移動先APへの通信状態の引継ぎや、下りデータの転送機能なども定義されています。
(4) 省電力・通信可用性制御機能
11bnでは、STAやモバイルAPの消費電力を低減するDPS(Dynamic Power Save)も規定されています。DPSでは、通信帯域幅、空間ストリーム数、変調方式などの通信能力を抑えたLC(Low Capability)モードを規定し、高い通信性能が必要となった場合にHC(High Capability)モードへ移行します。これにより、必要な通信性能を確保しながら消費電力を削減することが可能となります。
また、端末が一時的に通信できない期間をAPへ通知し、無駄な送信や再送を抑える機能であるDUO(Dynamic Unavailability Operation)や、周期的に通信できない期間を事前に通知・設定することで、通信スケジューリングの効率化や端末・APの省電力化を図るPUO(Periodic Unavailability Operation)が定義されています。
(5) AP間協調・P2P通信高度化
11bnでは、複数のAPが協調して無線資源を利用するMAPC(Multi-AP Coordination)が規定されています。MAPCには、複数APが協調してビームフォーミングを行うCo-BF(Beamforming)、送信条件を調整して同時通信を行うCo-SR(Spatial Reuse)、AP間で通信時間を分割するCo-TDMA、低遅延通信期間をAP間で協調するCo-RTWT(Restricted Target Wake Time)などがあります。図3にCo-TDMAの概念図を示します。さらにCo-CR(Coordinated Channel Recommendation)では、複数APが協調してP2P通信に適したチャネルを端末へ通知します。これにより、通常のAPを介した通信とP2P通信との競合を低減し、P2P通信の遅延や通信品質の改善を図ります。

■標準化におけるNTTのアクティビティ

11bnにおいてNTTは、TGbnの前身となるUHR SGの段階から規格の立ち上げに参画し、無線LANの低遅延化・高信頼化の重要性を継続的に訴求してきました。従来の主力無線LAN規格では最大通信速度や周波数利用効率の向上が主要な進化軸となっていましたが、NTTは11be以前のRTA(Real Time Application)TIGにおける活動(2)などを通じて、低遅延・高信頼な通信品質を必要とするアプリケーションへの無線LANの適用拡大を提案してきました。これらの活動を11bnの立ち上げ議論にも反映し、UHR SGにおいてはPAR/CSDの提案・策定を他社と共同で行う(3)~(5)ことで、高速化を中心としてきた従来の主力規格から、通信の信頼性向上を主要な目標とする11bnへの標準化の方向性の転換に貢献しました(6)。また、産業オートメーション、ロボティクス、物流、スマート農業など、従来のコンシューマ用途に加え、ビジネス・産業分野への適用拡大を提案し、これらのユースケースをPAR/CSDに反映することに貢献しました(7)
TGbn以降は、TGbnの議長団の一員(Secretary)としてNTTの淺井特別研究員が就任し、現在に至るまで標準化会合の運営に貢献しています(8)。さらに、NTTは各機能の仕様文書の作成・改訂を取りまとめるPoC/TTTにも参画しています。加えて、ドラフト文書草案であるPDT(Proposed Draft Text)の作成、規格コメント入力などにも参画し、11bn機能提案・仕様化に他社と連携して取り組んできました。これらの活動をとおして、低遅延・高信頼化機能やAP間協調機能などが11bnの規格ドラフトに盛り込まれています。

11bn後継の次世代無線LAN:WLAN Intelligent Networking

現在11bnの標準化議論と並行して、11bnの次の主力規格となる次世代無線LANの規格策定に向けた議論が開始されています。規格名称やナンバリングは未定ですが、一部の主要企業では便宜上「11bX」と呼称されています。2026年1月にIEEE 802.11 WGのWNG(Wireless Next Generation)SCにて新規SGの設立に向けた議論が提起され、2026年7月にSG設立が承認されました。同SGはWIN(WLAN Intelligent Networking)SGとして2026年9月より活動を開始し、規格のスコープやKPI、対象周波数帯、候補技術などを定めるPARおよびCSDを策定する予定です。現時点では具体的なスコープは未定ですが、11bnで進められた低遅延・高信頼化のさらなる高度化に加え、遅延・ジッタの予測可能性向上、AIトラフィックやPhysical AI・ロボティクスへの対応、高密度環境における通信性能向上、上り通信の強化、省電力化などが候補として議論されています。主要企業からは2027年5月のTG設立、2032年ごろの標準化完了を想定したスケジュール案が示されています。

まとめ

本稿では、超高信頼無線LAN IEEE 802.11bnの規格策定グループTGbnおよび次の主力規格を議論するWIN SGの標準化動向およびNTTのアクティビティについて解説しました。

■参考文献
(1) https://www.ieee802.org/11/
(2) K. Meng, A. Kishida, et.al: “IEEE 802.11 Real Time Applications TIG Report,” IEEE 802.11-19/2009r6, March 2019.
(3) https://development.standards.ieee.org/myproject-web/public/view.html#pardetail/10639
(4) L. Cariou, A. Kishida, et.al: “802.11 UHR Proposed PAR,” IEEE 802.11-23/0078r7, March 2023.
(5) L. Cariou, A. Kishida, et.al: “IEEE 802.11 UHR Proposed CSD,” IEEE 802.11-23/0079r10, March 2023.
(6) A. Kishida, Y. Asai, K. Nagata, R. Nagatsu, and Y. Takatori: “Use Cases for Wi-Fi Business Solutions in UHR,” IEEE 802.11-22/1493r0, Sept. 2022.
(7) A. Kishida, Y. Asai, K. Nagata, R. Nagatsu, and Y. Takatori: “Considerations on UHR PAR and KPIs,” IEEE 802.11-22/1919r4, Jan. 2023.
(8) https://www.ieee802.org/11/Reports/tgbn_update.htm