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2026年10月号

挑戦するイノベーター

経済的な損失を考慮した耐震性能評価法で、コストパフォーマンスの高い地震への備えを提案

近年の地震では、骨組みに大きな損傷がなくても、内外装や設備の被害によって建物の機能が低下し、事業停止や復旧の長期化という深刻な損失をもたらす事例が相次いでいます。この教訓を踏まえ、地震対策の効果を「物理的な性能の優劣」ではなく「生じ得る損失の大小」で表すことで、経営的な視点から地震対策への投資を促進する提案が主流になりつつあります。建築ソリューションに携わるNTTファシリティーズの千葉大輔氏は、こうした被害の広がりまでを見据えた評価ツールの開発をリードする、本取り組みの中心人物です。本取材では最新の取り組みや今後の展開、そして研究と現場を往還してきた経験に基づく、技術者としての心構えに迫りました。

千葉大輔
建築ソリューション担当 主任研究員
NTTファシリティーズ サービスイノベーション部 研究開発部門

耐震対策は性能からコストの時代へ、地震損失は構造部材から建物機能全体を含める時代へ

現在、手掛けている開発の概要をお聞かせください。

最近、私が中心で取り組んでいるのは、地震に対する建物の備えを、単に「どれだけ強靭か」という話ではなく、「被害をどれだけ小さくできるか」「そのための投資がどれだけ合理的か」という視点で評価し、お客さまに分かりやすく提案できる仕組みの開発です。NTTファシリティーズは建物の企画、設計、施工、維持管理まで幅広く営んでいますので、耐震改修の相談も多くいただきますし、新築の段階で必要な耐震性能をどう設定するかといった議論にもかかわります。ただ、そこでいつも感じてきたことは、専門家が当たり前のように使う「抵抗力」「変形量」といった言葉だけでは、お客さまの意思決定に十分つながらないということです。耐震性能が何パーセント向上するといわれても、経営上の効果が見えにくく、投資額との比較判断も難しくなります。
これまで耐震対策の提案では、対策を行った際の性能向上だけでなく、対策への投資に対して損失がどの程度低減されるかを合わせて評価し、結果としてコストパフォーマンスの高い対策案を示すことが重要だと考えてきました(図1)。このような考えは以前から提唱されていましたが、具体的にどう評価し、どう提案に落とし込むかという方法論は、十分に確立されていませんでした。そこで私たちは、地震による建物の損失評価について、実務で幅広く使えるよう簡便化したかたちで整理し、提案手法として確立することをめざしました。
ここで大きなポイントになるのが、「地震による建物の損失」にどこまで含めるかです。従来は、建物の骨組み、いわゆる構造体の損傷を中心に評価することが多かったのですが、お客さまにとって実際に重要なのは、それだけではありません。近年の地震被害をみても、震度4から6弱といった発生頻度の高い揺れでは、骨組みそのものに大きな損傷がなくても、天井、外壁、ガラス、内装といった部位が被害を受けたり、設備が停止することで、建物の機能が大きく低下することがあります。営業停止や執務継続の困難、復旧対応の遅れといった影響は、修繕費という直接的なコストだけでなく、事業停止や機会損失といった間接的な損失として現れます。場合によっては、こちらのほうがはるかに大きくなることもあるのです(図2)。
そこで開発したのが、構造体だけでなく、内外装や設備も含め、損傷の程度や機能低下、復旧までの時間、そしてこれらの損失をトータルで見積もれる、レジリエンス評価ツールです。誰もが扱いやすいよう、Excelベースでまとめています(図3)。専門的な解析ソフトを自在に扱える構造設計者だけでなく、意匠設計、設備設計、さらには提案部門の担当者でも、ある程度使えることを意識しました。ここは私たちの差別化の1つだと思っています。高度で厳密な手法を少数の専門家だけが使える状態では、現場に広がりません。提案の場で機動的に使え、お客さまとの対話を支える道具になって初めて、技術が価値を持つと考えているからです。

本ツールの特徴、製作の意義、開発で苦労した点を教えてください。

このツールでは、例えば新築案件で、耐震構造にするのか、免震構造にするのか、あるいは対策レベルをどの程度にするのかなどを比較検討できます。投資額は増えるが損失はどれだけ減らせるのか、ある点を超えると追加投資の効果が小さくなるのではないか。そうした関係を見える化し、総コストで最適な水準を検討できます。また、既存建物であれば、どの階を優先して補強するか、どの部位の対策が損失低減に効くのかといった、きめ細かな比較も可能です。新築にも既存にも使える汎用性の高さは、このツールの重要な特徴です。
開発にあたって苦労した点は、大きく2つあります。1つは、間接損失*1の扱いです。構造体の損傷確率や応答評価については、既往研究や実験、学会等で蓄積された知見を比較的活用しやすい面があります。一方で、設備や機能の停止期間、いわゆるダウンタイムがどれくらいになるかという領域は、まだ学術的にも十分に成熟しているとはいえません。実験だけで答えが出るものではなく、過去の地震被害の分析や復旧工事の知見も踏まえ、仮定を置いてモデル化していく必要があります。つまり、厳密さを追求しすぎると使えないものになり、簡便さを優先しすぎると現実から離れてしまう。そのバランスをどう取るかが難しいのです。現時点では、まず実務に乗るレベルで全体像を評価できるかたちをつくり、今後さらに実データで精度を高めていく段階にあります。
もう1つの苦労は、実際の現場が想像以上に多様であることです。私は研究開発だけでなく、セールスエンジニアリングの部署でお客さまと接する経験もしてきました。その中で強く感じたのは、既存建物では、図面や構造計算書が当然のように残っているわけではないという現実です。エンジニアの立場だと、評価の前提情報はそろっていて当たり前と思いがちですが、実際には長年の運用の中で資料が散逸していることも少なくありません。そうなると、耐震性を評価する以前に、図面を復元し、建物の現況を把握するところから始めなければなりません。まさにゼロではなく、マイナスからのスタートです。一方で、この実態を知ったことは、研究開発の方向性を考えるうえでも大きな気付きでした。高度な技術だけではなく、情報が不十分な現場でも提案可能な仕組みでなければ、本当の意味で社会実装にはつながらないからです。
また、建物は工業製品のような大量生産品ではなく、一品生産品です。用途も規模も構造種別も立地条件も異なり、同じものがありません。加えて、入力される地震動も一様ではありません。活断層型の地震と海溝型の地震では揺れの特徴が違いますし、高層か低層か、鉄筋コンクリートか木造かによって応答の仕方も変わります。そうした「個別性の大きさ」が、この分野の難しさであり、同時に面白さでもあります。私は、そうした複雑さを一足飛びに消そうとするのではなく、まずは実務上意味のあるレベルで類型化し、説明できる状態にすることを重視しました。その意味で、今回のツールは複雑な現象を乱暴に単純化したものではなく、実務で使うために必要な筋道を整理した成果と位置付けています。
さらに外部との連携も進めています。大学との共同研究を通じて手法の妥当性や考え方を検討してきましたし、建築学会でも試算結果や適用の考え方を報告しています。研究として閉じるのではなく、学術的な妥当性を意識しながら事業実装につなげていくのが今回のテーマです。現時点では、この評価によってお客さまの最終的な投資判断まで至った実績はまだこれからですが、実案件への適用検討はすでに進んでいます。提案ツールとして事業部門と一体で活用し始めている段階です。
この成果の意義は、単に新しい計算ツールをつくったということではありません。耐震対策を、専門家の中だけで通用する言葉から、経営判断、事業継続、資産価値保全という社会一般の広い言葉にも通じる基盤を整えたことです。お客さまに「強靭な建物です」と言うだけでなく、「この投資が、どの損失を、どれだけ減らすのか」を示せれば、大きな競争力になります。私たちはこの成果を、当社の建築ソリューションの武器として育てていきたいと思います。

*1 間接損失:地震などの自然災害によって直接の物的被害(建物・設備の損壊等)が発生しない場合でも、経済活動の停止や効率低下などにより生じる逸失利益を指します。

今後の開発ツールの展開と耐震研究の展望をお聞かせください。

まず取り組みたいのは、現行の評価手法の妥当性を、実際の地震記録やモデルケースでさらに検証していくことです。特に、間接損失やダウンタイムの評価は、まだ仮定を置いている部分が少なくありません。過去被害の分析や実案件での試算結果を積み重ねながら、精度を上げていきます。今年度中には開発として一区切りを迎える見通しで、来年度以降は事業部門での提案活動に本格的に組み込んでいく予定です。
適用先としては、当社で多くの実績のあるデータセンタはもちろん、一般建物やファシリティマネジメント領域へも裾野を広げ、オフィス、商業施設、ホテル、学校施設、製造業施設など、多様な建物への提案力を高めていきます。例えば最近活況の半導体関連施設をはじめとする工場群では、敷地内に複数棟の建物がある中、どこを優先して対策すべきかとの議論が出てきます。そのようなときに、損失低減効果を比較しながら説明できれば、お客さまは投資の優先順位付けで参考になります。
さらにその先の研究テーマとしては、地震による建物の揺れの大きさを、もっと簡便に評価する仕組みづくりに力を入れたいと考えています。今の損失評価でも、前提として「その建物がどれだけ揺れるか」を見積もる必要がありますが、ここには依然として高い専門性が必要です。このハードルを下げない限り、評価を広く普及させるには限界があります。そこで、当社が保有する「揺れモニ®」*2による実測データを活用し、機械学習を適用することにより、地震や建物の特徴に応じて建物全体の揺れをより簡単に推定できる方法を探っていきます。現在、観測対象は全国さまざまなタイプのビルにおいて約200棟まで拡大しました。これらから得られる膨大で多様なデータこそが、他社との大きな差別化要因と考えます。まずはオフィスビルなどに対象を絞って分析を深め、そこから展開していくイメージでいます。

*2 揺れモニ®:建物各階に加速度センサを設置して地震時の揺れを計測し、建物の構造体(骨組み)の安全度を速やかに3段階評価することで、地震被災直後における迅速な判断やその後の効率的な復旧対応をサポートする構造ヘルスモニタリングサービス。

セールスエンジニアとしての現場経験が開発に活きている

入社から今日までの歩みをお聞かせください。

私のキャリアは、研究と現場を行き来してきた歩みだったと思います。入社後、6年ほど研究開発部門で仕事をし、その後2年ほど設計部門を経験しました。そこから再び研究開発に戻り、さらに課長級になるタイミングでセールスエンジニアリングの部署に移り、5年ほど営業に近い立場でも仕事をしました。現在は再び研究開発部門で、レジリエンス性能評価手法の開発をテーマに取り組んでいます。社会人として半分以上は研究開発に携わっていますが、構造エンジニアとして設計業務、セールスエンジニアとしてサービス提案業務も経験し、かつ直接お客さまに接する機会を得られたことは自分にとって大変有意義であったと実感しています。
特にセールスエンジニアの経験は、今の研究にも直結しています。先ほど触れたとおり、既存建物では図面や計算書が整っていないこともあるなど、技術以前の段階に実情の壁があります。研究開発の中だけにいると、前提条件がそろっている世界で物事を考えがちですが、現場でその現実を目の当たりにしたことで、「正確な技術」だけでなく「使われる技術」をつくらなければいけないと強く感じるようになりました。今回のツールを、専門家だけではなく提案にかかわる人たちが扱えるかたちに具現化しようとしているのも、そうした経験が背景にあります。

地震という予測不能な自然現象や、建物という一品生産品を相手に、あらゆるパターンを想定しながら日々格闘

日頃大切にしていることを教えてください。

先入観を持ちすぎないことです。地震という自然現象を相手にしている以上、自分が出した結果を鵜呑みにしないようにしています。数値解析や評価の技術には、理論的に構築されたものも、経験的に積み上げられたものもありますが、地震は必ずしも想定どおりには振る舞いませんし、建物も一品生産品で1棟1棟条件が異なることは先に述べたとおりです。だからこそ、ある一方向からの見方に引っ張られすぎると、大事な事実を見落としてしまう可能性があります。私は、もっともらしい結果が出たときほど、「本当にそうなのか」「別の見方はないか」と一度立ち止まって考えるようにしています。それは研究のためだけでなく、現場で責任ある提案をするうえでも必要な姿勢だと思っています。
耐震工学は経験工学として進歩してきました。過去の地震で何が起きたのか、どの部材がどのように壊れたのか、どんな設計が有効だったのか。そうした知見の積み重ねが耐震技術や基準に反映され、社会全体の安全性を支えています。一方で、次に起こる地震が過去と同じとは限りません。だから私は、体系化された知識を大切にしながらも、現場の事実から学び続けることが必要だと思っています。新しい技術が注目される時代ですが、その根底には観測、検証、確認という地道な営みが欠かせません。AIについても同じで、私はそれを否定するつもりはありませんし、むしろ活用すべきだと思っています。ただし、あくまで道具であって、考えることそのものを代替してくれるわけではありません。使う側に、何を確かめ、何を疑うべきかという視点がなければ、危うい結論に引っ張られることもあるのです。

後進へメッセージをお願いします。

この分野に限ったことではありませんが、「自分でやってみて、自分で納得するところまで持っていってほしい」と伝えたいです。誰かが言っていたから正しい、文献に書いてあるからそのまま使う、という姿勢だけでは、新たな課題は見出せません。もちろん、先人の知見に学ぶことは大切ですが、その理論や手法を自らの頭と手で一度たどり直し、再現できるか確かめることが重要です。時間も手間もかかりますし、今は働き方改革もありますから、容易なことではありません。それでも、できる限り独力で検証してみることが、技術者としての足腰を強くします。便利なツールが増えている今だからこそ、それらを活用しながらも、最後は自分で理解し、自分で責任を持てるところまで掘り下げてほしいと思います。
地震は忘れたころにやってきます。大きな地震が来ないに越したことはありませんが、来ることを前提に備えるのが私たちの役目です。その備えを少しでも実効性のあるものにしていくために、常に一人称で取り組んでいただきたいと思います。

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