2026年11月号
特集1
人の「次の一歩」を先読みするモビリティへ

今泉健太
NTT人間情報研究所 サイバー世界研究プロジェクト
サイバーフィジカルシステムグループ
研究主任
自動運転車などのモビリティが人と共存する社会を実現するには、周囲にいる人の現在位置を認識するだけでなく、「その人がこれからどのように動くのか」を予測することが重要です。例えば、歩行者が直進するのか、横断歩道を渡るのか、立ち止まるのかによって、モビリティが取るべき行動は大きく変わります。人の将来の行動をあらかじめ予測できれば、より早い段階から安全で自然な回避や減速などの判断につなげることができます。私たちは、歩行者の過去の動きや周囲の環境情報から、数秒先までの歩行軌跡を予測する技術の研究に取り組んでいます。歩行者の行動には大きな不確実性があります。同じような位置や速度で歩いていても、直進する場合もあれば、途中で方向転換したり停止したりする場合もあります。そのため、将来を1つに決め打ちせずに、起こり得る複数の行動を予測することが重要です。一方で、単に多くの候補を予測するだけではなく、道路構造や交通ルールなど周囲の状況に沿った現実的な予測である必要があります。「多様な可能性」と「現実的な行動」を両立した軌跡を推定することが、この研究の大きな課題です。
中でも私は、交差点を対象とした歩行軌跡推定に取り組んでいます。交差点では、歩行者、自動車、自転車などさまざまな人や乗り物が行き交うだけでなく、信号機の状態によって歩行者が移動できる領域が時間とともに変化します。例えば、横断歩道に近づく歩行者でも、信号が青であればそのまま横断する可能性が高まる一方、赤であれば手前で停止することが考えられます。さらに、すべての歩行者が必ずしも交通ルールに従うとは限らないことも、交差点における予測の難しさの1つです。
そこで私は、歩行者の過去軌跡に加えて、信号機の状態、道路や建物といった静的な環境、周囲の歩行者や車両などの動的な環境を予測モデルに取り入れ、交差点における人間の行動選択をより反映した歩行者の将来軌跡を予測する技術を検討しています。また、実際の交差点で取得したデータを用いながら、どのような情報をモデルに与えれば人の行動をより正確にとらえられるのか、複数の将来の可能性をそれぞれ異なる軌跡としてどのように予測すればよいのかを試行錯誤しています。人なら自然に理解できる状況をモデルに理解させることの難しさを感じる一方、環境情報を与えることで予測が改善し、人の行動らしい軌跡が得られたときにはこの研究ならではの面白さを感じます。
将来的には、人の「次の一歩」を先読みし、モビリティがその行動や意図に応じて自然に減速したり道を譲ったりできる技術につなげたいと考えています。例えば、歩行者が「車は自分に気付いているのか」と不安を感じることなく安心して横断でき、モビリティ側も人の動きや意図を踏まえて自然に行動できるような、人とモビリティが互いに安心して共存できる社会の実現をめざして研究を進めていきます。
