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特別連載

ムーンショット・エフェクト ── NTT 研究所の技術レガシー

第7回 新しい発想の光ファイバ

ノンフィクション作家の野地秩嘉(のじつねよし)氏より「ムーンショット・エフェクト──NTT研究所の技術レガシー」と題するNTT研究所の技術をテーマとした原稿をいただきました。連載第7回目は「新しい発想の光ファイバ」です。本連載に掲載された記事は、中学生向けに新書として出版予定です(NTT技術ジャーナル事務局)。

■線路屋と光ファイバ

「線路屋」の中島和秀は茨城県の筑波にあるNTTアクセスサービスシステム研究所で光ファイバの研究をしている。線路屋と言っても鉄道の線路を研究しているわけではない。通信線もまた「線路」だ。NTTでは屋外の通信線にかかわる技術分野を「線路」と呼び、研究開発から設計、建設、保守まで線路に関係する仕事をする人を「線路屋」と呼んでいた。
中島は1994年の入社以来、光ファイバに関わってきた。上席特別研究員であり、世界初の「曲げフリー光ファイバ」を開発した権威である。しかし、中島はあくまで謙虚で、「私はただの線路屋です」としか言わない。
彼はトレードマークのサスペンダー姿で、私に光ファイバと光ネットワークについて講義をしてくれた。彼がサスペンダーを愛用しているのは実験中にシャツが裾からはみ出して、機器に触れるのを防ぐためだという。
そこまで細部に心配りをしながら日々、研究しているのであり、おしゃれのためのサスペンダーではない。
彼は言った。
「光ファイバは物理基盤であり、社会インフラを発展させる可能性を持った基盤でもあります」。
さて、中島が光ファイバでやった業績は多々あるのだが、私たち素人が瞬時に、「なるほど」と理解できるのは、おそらく、そのうちのふたつだろう。
ひとつは新しい種類の光ファイバを研究開発していること。
もうひとつは曲げたり、折ったり、結んだりできる「曲げフリー光ファイバ」を開発し、特許を持っていることだ。

■光ファイバ、その歴史

中島は自らのふたつの業績を説明する前に、光ファイバについて簡単に歴史を教えてくれた。
「光ファイバについて、最初に理論を発表したのはノーベル物理学賞を受賞された香港人のカオさん(チャールズ・クエン・カオ)です。1965年、カオさんは石英ガラスの中の不純物をとりのぞけば非常にエネルギーロスが少なく、遠くまで高速に光を伝達できるという理論を発表しました。
その後、アメリカのガラスメーカ、コーニング社が測定できるレベルの範囲内で低損失な光ファイバの実現性を初めて実証したのです(1970年)。そこからは米国の通信会社AT&T(当時)、当時の電電公社(現NTT)、日本のメーカ各社を交えたグローバルな研究開発競争が始まったのです」。
NTTは競争のなかの先頭集団にいた。民営化した1985年には北海道の旭川と鹿児島間をつなぐ日本を縦貫する光ファイバケーブル網を完成させている。国内の主要な幹線を完成させたうえで、光ファイバについてシステム、構造、材質の3つの要素を同時に進化させていった。
中島は研究の進み方について語る。
「80年代から90年代の間は、いかに通信の速度を速くするかが研究者たちの課題でした。1秒間に何ビットの情報を送れるかをどんどん上げていく研究だったんですね。
そして、私がNTTに入社した1994年からは、その次のフェーズです。それまでひとつの波長の光でしか通信していなかったのですが光ファイバ1本のなかで10個の波長の光を使って、10倍送るという研究を始めました。
光ファイバで送る情報量を増やすとは光を明るくするのではなく、点滅を速くすることです。1秒間に10回パチパチするのを100回パチパチするようにしたら10倍のデータが送れる。今の光通信は基本的にデジタル通信ですから、光のオン、オフを1か0に対応させることで信号を送ります」。
この時、使っていたのが従来型の光ファイバである。その断面構造を見ると、2つの層になっている。
コアと呼ばれる中心層。そして、その周りにあるのがクラッドと呼ばれる外側部分だ。クラッドは光に対して透過率が高い石英ガラスでできており、コアは石英ガラスにゲルマニウムという物質を混ぜてある。
光には屈折率の異なる物質の境界で屈折して透過したり、条件によっては反射する性質がある。光ファイバはコアとクラッドという2種類の異なるガラス部材でできていて、コアの屈折率はクラッドのそれよりも高い(大きい)。そのため、全反射(コアとクラッドの境界においてすべての光が反射される)や屈折作用により光は中心部のコアに閉じ込められる。

■次世代型への取り組み

中島は入社後、光ファイバの研究を始めたのだが、「(敷設が進んでいた)従来型を改良しろ」と指示されたわけではなかった。送る波長の数を10倍にするには次世代型のそれを開発してみろと示唆されたのである。
いわば、携帯電話(ガラケー)がやっと普及し始めた時代に、5Gスマホの研究をしろと命令されたようなもので、当時の中島にとってみれば「途方もない」テーマだった。
中島がやってきた研究開発の目的は光ファイバの低損失化と大容量化である。
光が遠くまで進む際、距離が遠くなればなるほど減衰してしまう(光が弱くなる)。それをいかに抑えるかが低損失化であり、少しでも多くの信号を送ることが大容量化だ。そのために次世代型の光ファイバを模索する。
日々、研究に時間を費やしていた中島はひとつの論文を見つけた。
研究とは天啓がひらめくのをじっと待つことではない。そういうこともあるだろうが、ほとんどは世界や国内で発表された研究論文を読んだり、また、その内容が正しいかどうかを実験してみることだ。
彼が注目したのは新しい構造に関する論文だった。1997年、『Optics Letters』という学術誌に掲載されたもので、イギリスのバース大学で研究しているT.A. Birks、J. C. Knight、St. J. Russellの3人の名前が記してあった。
内容は次のようなものである。
「純石英ガラス(混ざりものがないガラス)の断面内に、多数の空孔を六方最密構造状(ハチの巣状)に配列し、空孔で囲まれた中心に光を伝搬させる光ファイバを作製した。本光ファイバは任意の波長で単一モード(高速)光通信が実現できることを確認した」
素人には「ガラス棒に小さな孔をいくつも空けると高速の光通信ができるはず」としか読めない。
中島は「まあ、それはそうなんですけれど、こういうことですよ」と私にわかるように内容を翻訳してくれた。
「それが空孔構造光ファイバと言われるものです。
前述しましたが、従来型の光ファイバはコアとクラッドという2つの層からなるものでした。ところが、空孔構造光ファイバはコアもクラッドもない1本のガラスの棒です。そして断面を見ると、光ファイバの中心を取り巻くように微細な空孔(空気を通す孔)が空いていて、その中心部分に孔は空いていません。
バース大学の3人がそうした構造の光ファイバを作ってみたところ、光をちょうど孔のない中心部分にうまく閉じ込めることができたというのです。
学会発表を知り、では、我々も新しいタイプの光ファイバにチャレンジしようとなりました」。
つまり、2つの層に分けなくとも、ガラス棒に小さな孔を多数、空けることができれば同じかそれ以上の能力を持つ光ファイバができるということだった。

■新構造

論文に出ていた空孔構造光ファイバにはそれまでのものとは違う働きが3つあった。
ひとつは屈折率の変化をつけられること。従来型の光ファイバの場合はコアもクラッドも基本的には同じガラス素材だから、屈折率を変化させようと思ってもせいぜい1%くらいだった。
ところが、ガラスと空気の屈折率はかなり異なる。ガラスは1.5だが、空気は1だ。ガラスと空気の屈折率の違いは大きいので、空孔構造光ファイバはその違いを利用したのである。
屈折率を大きく変化させることができると、何がいいかと言えば、設計できる自由度が広がることにつながる。それがメリットだ。
ふたつめはガラスという単一の材料と空気の孔だけのシンプルな構造なので、ゲルマニウムなどの混ぜものをしてコアを形づくる必要はない。不純物がないので従来型を上回る低損失性が期待できる。
3つめは従来型よりもまっすぐ進む光を数多く使えること。
空孔構造光ファイバは、空気孔の直径と孔の間隔の設定を変えることで、従来、もっとも効率の良い特定の波長の光(特定の色の光)だけで行った信号伝送を数多くの波長帯域を使って伝送できるようにした。つまり光の通り道が増えたのである。
「どんな色(どんな波長)の光も送ることができることにつながるのです。太陽光はあらゆる波長の光が混ざって白色光となっている。空孔構造光ファイバは、従来型の光ファイバに比べて10倍以上も広い範囲の波長の光を伝送できるポテンシャルを持っています」(中島)。
中島たちは石英ガラスと空孔だけの光ファイバの研究を始めた。だが、それと並行して、空孔は使うけれど、従来型のコア部分を残した「空孔アシスト型光ファイバ」も開発している。
これはコアとクラッドの構造はそのままにして、クラッドに空孔を空けた光ファイバだ(図1)。つまり、従来型と空孔構造光ファイバを足して2で割った中間型であり、従来型の足りない部分を空孔がアシストして、能力を引き上げたものと言える。
中島は「はい、その通りです」とうなずいた。
「空孔構造光ファイバは1997年の論文の段階では光が1キロ行ったら100分の1に減衰してしまうというもので、とても使い物になりませんでした。しかし、我々が開発した空孔アシスト型にしたら、従来の光ファイバと同じぐらいの損失(減衰)で済むようになったのです。
みなさんのためにわかりやすく整理しますね。
空孔アシスト型光ファイバは従来の光ファイバと同じだけれど、クラッドに空孔が空いている。
一方、空孔構造光ファイバはガラスと空気の孔だけ。ただし、空孔の直径はアシスト型よりもうんと小さく、しかも無数に空いていなくてはなりません」。
ガラスに孔を空けるだけならば空孔構造光ファイバの方が製造は簡単だろうし、安価になるのではないか。
そう私は思った。
しかし、それはまったく間違っていた。
中島はさらにわかりやすく丁寧に教えてくれた。
「空孔構造光ファイバは製造が非常に難しいのです。ガラスに微細な空気の孔をたくさん空ける作業はひどく困難なのです。
超音波ドリルで孔を空けていく手法なのですが、ガラスにまっすぐに孔を通すことが難しい。ほんのちょっとの狂いが生じてもいけないし、微細な孔同士がくっついてもいけない。
製造方法ですが、まず母材(光ファイバへの加工前の材料)のガラス棒を用意します。直径10センチメートル、長さ2メートル程度としておきましょう。その大きさの母材を髪の毛よりも細い太さまで溶かして引き伸ばすことで、光ファイバができるのです。
おわかりになると思いますが、直径が太い母材に多くの空孔を空けることはできますね。ただ、長さを稼ぐのは簡単ではない。途中で曲がってしまう。曲がると、ガラス内の無数の孔がくっついてしまうかもしれない。製造技術の難度が高いから工作料が高くなる。
単純な工作ですけれど、しかし、まだ製造技術が追いついていないのです。ですから、ある程度以上の長さのケーブルを作る技術はまだ確立していません。仮に、できたとしても大変なコストがかかるでしょう」。
空孔アシスト型光ファイバならば孔の直径はやや大きくてもいいので、こちらは実用化されている。中島たちが開発し、特許も持っている。すでに量産もされて、市販されている。

■曲げフリー光ファイバ

そして、空孔アシスト型光ファイバを開発している際、生まれたのが「曲げフリー光ファイバ」だ。
中島は言う。
「2000年頃から、いかに家庭まで光を届けるかという、いわゆるFTTH(ファイバー・トゥ・ザ・ホーム)が課題になってきました。そして、家庭にも光ファイバを引くことが増えていったのですが、その際、現場から取り扱い性が悪いとクレームが入ってきたのです。従来型光ファイバは曲げの直径が60ミリ以上は必要でした。それよりも、小さく曲げようとすると、光がコアの外に漏れて減衰していったのです。
その頃の光ファイバは扱い方を知っている人でないと曲げることのできないものでした」。
家庭で使っている銅線のコードは床を這わせたり、直角に曲げたり、あるいは束ねたりすることができる。
しかし、従来型の光ファイバは直径6センチの円を作るのが限界だった。それよりも小さな円を作ろうとすると、たちまち信号が通わなくなった。
そこで、中島たちは設計の自由度がある空孔アシスト型光ファイバを改良して、どこまで曲げられるかを試してみた。改良した空孔アシスト型で実験を繰り返しているうちに、60ミリ直径だった曲げる限度を30ミリ、15ミリ、10ミリと小さくしていくことに成功したのである。空孔の大きさ、数、位置などを少しずつ変えていって、地道な努力で曲げる半径を小さくしていくことができた。
こうして、2005年には実用化され、今では直角、折り返し、結び、束ねもできる光ファイバになっている(図2)。
曲げフリー光ファイバの本格的な導入が始まったのが2007年。その後、FTTHの契約は増えた。それはそうだろう、曲げられる光ファイバがあれば家庭内の通信機器に使うことができるのだから。曲げフリー光ファイバは光ネットワークの一部となったのである。

野地秩嘉(のじつねよし)

1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。日本文藝家協会会員。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『ニューヨーク美術案内』など多数。『トヨタ物語』『トヨタに学ぶカイゼンのヒント』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著は『日本人とインド人』(翻訳 プレジデント社)。