NTT技術ジャーナル記事

   

「NTT技術ジャーナル」編集部が注目した
最新トピックや特集インタビュー記事などをご覧いただけます。

PDFダウンロード

Focus on the News

生体音を遠隔に伝送できる装着型音響センサアレイシステムを開発

NTTは、多数の音響センサにより生体の各部分から生じる音響信号(生体音)を収集し、ネットワークを通じて遠隔伝送する機能を備えた装着型(ウェアラブル)の音響センサアレイシステムを開発しました。
開発したシステムは、多チャネルの音響センサを備えた検査着、送信端末、および受信端末から構成されます。対象者が検査着を着用すると、音響センサが各部分の生体音をとらえ、送信端末を通じて遠隔にある受信端末に送信します。受信端末を操作することで、対象者の身体各個所の生体音を聴取したり記録したりすることができます。
本システムが医療用として実用化されれば、医療者が患者と直接接触することなくさまざまな場所の生体音を聴取することが可能となり、オンライン診療などに有用であると期待されます。また本システムは、さまざまな場所の生体音を同時にかつ高音質で収集する機能を持つため、生体音に基づく体の状態の可視化など、新しい技術の研究開発に役立つと考えられます。

■背 景

生体からは、心音や呼吸音をはじめとしてさまざまな音(生体音)が発生しています。これらを聴き取ることで体の状態を把握することは聴診と呼ばれ、健診や医療の現場で長年にわたり活用されています。聴診は、体への侵襲がなく繰り返し実施できる、その場ですぐに結果が得られる、大規模な設備が不要であり在宅や介護などの居住系施設などでも実施できる、といった長所があります。その一方で、聴診は患者と医療者とが1対1の接近した状況で行われますので、新型コロナウイルス感染症のような感染性疾患の場合には実施に困難を伴います。オンライン診療で電子聴診器を用いる場合でも操作者との近接は避けられません。患者自身が聴診器を当てることはできますが、非医療者が行う場合には位置の設定などに不便さや困難さを伴いました。さらに、高齢者人口の増大等により患者数が増加した場合に、聴診を実施する専門医の負担増にどのように対応するかも懸念事項です。

■システムの概要

本システムは、検査着、送信端末、および受信端末から構成されます。検査着には内側に多数の音響センサが設置されています。聴取の対象者がこの検査着を着用すると、それぞれの音響センサが体の各部分における音をとらえます(図)。これらの音は送信端末から、ネットワークを介して遠隔にある受信端末へと伝送されます。
受信端末では、画面上に人体の形が表示されており、音を聴きたい個所を指やマウスなどで指定することで、その個所における音(複数のセンサの信号から合成された推定音)を聴くことができます。また、各センサがとらえた音響信号波形が表示されており、波形を指定することで、その音を直接聴くこともできます。受信したすべての音響信号の記録や再生も可能です。
本システムでは、生体から生じる音響信号を網羅的に取得できるよう多数のセンサを使用します。現在の試作機では、18チャネルの音響信号と1チャネルの心電波形を同時に収集します。従来の聴診で主に用いられている
周波数帯域だけではなく、それ以外の帯域も含め、より多くの情報を多次元的に得られるように設計されています。
本システムは、NTTの医療健康ビジョンのもとに研究開発されました。

■テレ聴診への活用

本システムが医療用として実用化されれば、遠隔での聴診(テレ聴診)が可能になると考えられます。本システムでは、患者が各自の体型に合った検査着を自ら着用することで、音響センサが体に装着されます。したがって、スマートフォンを用いた画像通信などによって患者と医療者とがコミュニケーションをとりながら、患者と医療者とが直接接触することなく、検査着が覆う領域(例えば胸部)の聴診を行うことができると期待されます。

■AI聴診(音に基づく体内状況の分析)への活用

本システムは、さまざまな場所の生体音を同時にかつ高音質で収集する機能を持つため、日常生活における健康のセルフケアに向けた新しい技術の開発にも役立つと考えられます。
その例として、NTTでは、生体音に基づいて体内の状況を分析する「AI聴診」の研究を進めています。例えば、とらえた生体音を基にどのような体の状態であるかを文章で説明する技術もその1つです。この技術は、音の信号の時系列を、単語の系列に変換する系列変換モデルと呼ばれる手法に基づいています。これにより、異常の有無や病名といった分類の情報だけではなく、例えば病状や異常が疑われる個所の推移、疑われる異常の程度の情報などを含めて、指定した詳しさの文章を生成することができると期待されます。

■将来の展望

本システムは、今後、使いやすさや聴きやすさのさらなる向上を図り、テレヘルス時代の診療支援の一環として、病気の予防や早期発見に資する「テレ聴診器」として早期の実用化をめざします。また、日常生活の中でとらえた生体音やその変化から、異常が疑われる個所を図示したり、その音の意味するところを文章にしたりする技術の研究をさらに進めるとともに、生体モデルやビッグデータに基づく予知・予防指標の定量評価による健康マネジメント支援など、Well-Being 向上への活用をめざします。

問い合わせ先

NTT先端技術総合研究所
広報担当
TEL 046-240-5157
E-mail science_coretech-pr-ml@hco.ntt.co.jp
URL https://www.ntt.co.jp/news2020/2011/201117b.html

研究者紹介

音から出来事や様子を推理する

柏野 邦夫
NTTコミュニケーション科学基礎研究所 メディア情報研究部
NTT物性科学基礎研究所 バイオメディカル情報科学研究センタ

近くで子どもが遊んでいる、雨が激しくなってきた、など、直接見えないことでも、音から周囲の出来事や様子が分かることがあります。このような機能は聴覚的情景分析と呼ばれます。私は、この機能をコンピュータで実現することをめざした研究に約30年前の学生時代から取り組んできました。近年関心を持つ研究者も増え、研究分野として広がりをみせています。
医療や健診の場では、直接見ることができない器官の動きや体内の様子を知るために、約200年も前から聴診が行われてきました。今では高度な検査機器で体の中を目視できるようになりましたが、聴診が重要でなくなったわけではありません。聴診は場所を選ばず実施できるうえ、経験を積んだ医師には体内をイメージできるほどの情報が得られるそうです。聴診の自動化や高度化は、健診、オンライン診療、在宅や居住系施設での医療、日常の健康のセルフケアなどさまざまな場面において、むしろこれから一層活用が期待されるのではないでしょうか。
私たちの研究チームでは、研究の蓄積と最新の知見、そして心電信号のセンシングや解析などNTTのユニークな技術も活用して、生体内の情景分析に新たに挑戦しようとしています。技術的には、結果(観測)からさまざまな手掛かりを使って原因(出来事や状態)を解明しようとする、推理小説のような問題(逆問題)です。難問ですが、医療や健康に貢献するデジタルツインとしての結実をめざし、果敢に挑戦していきます。