NTT技術ジャーナル記事

   

「NTT技術ジャーナル」編集部が注目した
最新トピックや特集インタビュー記事などをご覧いただけます。

PDFダウンロード

Focus on the News

世界で初めて半導体ソフトエラーを引き起こす中性子のエネルギー特性を測定

NTTおよび名古屋大学、北海道大学は共同で、中性子の持つエネルギーごとの半導体ソフトエラー発生率を“連続的な”データとして実測することに成功し、その全貌を世界で初めて明らかにしました。
この「ソフトエラー発生率の中性子エネルギー依存性のデータ」は、宇宙線による半導体影響の研究・対策においてもっとも重要なものですが、これまでは飛び飛びのエネルギーでの測定値しかなく、連続的な測定データを得ることは不可能でした。本研究では、光速に近い中性子の速度を測定可能にする超高速エラー検出回路を開発し、1 MeVから光速に近い800 MeVまでの非常に広範囲なエネルギーの中性子によるソフトエラーの測定を可能としました。
今回測定に成功したソフトエラー発生率のデータは、その発生に関するもっとも基本的かつ重要なデータの1つです。このデータにより、地上のみならず、上空・宇宙・他惑星などあらゆる環境下での中性子起因ソフトエラーの故障数を算出できるようになります。今後、宇宙ステーションにおける半導体信頼性の評価、半導体の材料レベルのソフトエラー対策、加速器によるソフトエラー試験、さらにはソフトエラーの発生過程シミュレーションへの適用など、さまざまな領域への貢献が期待されます。
本成果は2020年11月19日にIEEE Transactions on Nuclear Scienceにて公開されました(1)、(2)。

■背 景

高性能な電子機器が、さまざまな分野で私たちの暮らしを支えている一方で、宇宙現象による「ソフトエラー」が増加しています。宇宙から降り注ぐ宇宙線が、大気圏にある酸素や窒素に衝突すると、中性子が発生します。この中性子が、電子機器の半導体に衝突すると、保存されたデータが書き変わる現象「ソフトエラー」を引き起こし、場合によっては社会インフラに重大な影響をおよぼす可能性があります。

■研究の成果

本研究では、光速に近い中性子のエネルギーを飛行時間法で特定するため、数ナノ秒(10億分の数秒)でソフトエラーを検出できる高速エラー検出回路を開発しました。実験は米国ロスアラモス国立研究所の高出力800 MeV陽子線形加速器施設において、それぞれデザインルールの異なる3種類(28 nm、 40 nm、 55 nm)のFPGA(Field Programmable Gate Array)について行いました。この実験では、図1に示すようにエネルギーごとのソフトエラー発生率を連続的に高分解能で実測することができました。
ソフトエラー発生率のエネルギー依存性は、大まかには3種類のFPGAでほぼ同様の傾向がみられ、3 MeVから20 MeVで急速に増加していて、それ以上はほぼ一定のままであることが分かりましたが、詳細に見るとそれぞれ別々の振る舞いをしていることが分かります。

■技術のポイント

(1) 飛行時間法
中性子の(運動)エネルギーEは中性子の速度、すなわち、中性子をある一定の距離を飛行させたときの時間を測定することにより測定可能となります。それは特殊相対性理論によって式(1)で表され、中性子の静止質量m0と速さvに依存します(c:光速)。
そのため、今回の実験では、125ピコ秒(1兆分の1秒)という非常に短時間で中性子を発生させ、20 m飛行させたときの時間を測定することにより、このようなほとんど光のスピードとなった中性子エネルギーの測定を可能としました。

(2) 超高速エラー検出回路(NTT、名古屋大学、北海道大学)
ソフトエラーを発生させる中性子は非常に高速で、そのエネルギーを識別するにはナノ秒オーダの分解能でソフトエラーを検出する必要があります。しかしながら、通常のSRAM(Static Random Access Memory)などのメモリはデータを順次読み出すため、ソフトエラーを検出するのに十分なデータ(メガビットオーダ)をスキャンするには数ミリ秒(1000分の1秒)必要なため、飛行時間法による中性子エネルギーの測定は不可能でした。そこで、FPGAを用い、ソフトエラーに起因する論理回路の誤動作を超高速で検出する回路を開発しました(図2)。
これにより、FPGAの論理回路を構成する数十Mbitに相当する容量のCRAMに発生したソフトエラーをFPGAの動作周波数(ナノ秒オーダ)で検出することが世界で初めて可能となりました。この高速エラー検出回路を用いてソフトエラーを引き起こした中性子のエネルギーを特定しました。
(3) 高出力800 MeV陽子直線加速器施設と中性子計測技術(ロスアラモス国立研究所)
今回、ロスアラモス国立研究所の大型加速器を用いて、開発した超高速エラー検出回路での連続的なソフトエラー発生率の測定を行いました。本加速器は、陽子を光速の約90%の800 MeVまで加速し、ターゲットであるタングステンに当てることによって、800 MeVまでの、自然界とほぼ同じエネルギー分布の中性子を照射できます。また、本施設ではフィッション・チャンバーと呼ばれる特殊な中性子検出器によって照射した中性子のエネルギースペクトルを測定しています。

■今後の展開

今回得られたデータにより、地球上のみならず上空・宇宙・他惑星などあらゆる環境における中性子によるソフトエラー故障数を算出できるようになりました。また、ソフトエラー試験に最適な加速器の選択や、中性子源の開発、半導体の材料レベルのソフトエラー対策、さらには発生過程シミュレーションへの応用など、さまざまな領域の研究開発を劇的に促進・向上できる可能性が広がっています。

■参考文献
(1) https://ieeexplore.ieee.org/document/9201514
(2) https://youtu.be/nPWsmpF9qiY

問い合わせ先

NTT情報ネットワーク総合研究所
企画部 広報担当
TEL 0422-59-3663
E-mail inlg-pr-pb-ml@hco.ntt.co.jp
URL https://www.ntt.co.jp/news2020/2011/201125a.html

研究者紹介

不可能を可能にした中性子ビームの新しい使い方

佐藤 博隆
北海道大学 大学院工学研究院
応用量子科学部門 物質量子工学分野 中性子ビーム応用理工学研究室
准教授

今回の研究における重要な技術の1つが、中性子の飛行時間(TOF)分析による広エネルギー帯域にわたる中性子のエネルギー分解です。この技術自体は決して珍しいものではなく、私自身も北海道大学(北大)の電子加速器駆動パルス中性子実験施設「HUNS」において頻繁に利用しています。しかし、それは低速中性子の場合の話で、HUNSにおける高速中性子を利用したソフトエラー加速試験においては利用していません(できません)。1番目の理由は、HUNSの中性子源の長いパルス幅(4マイクロ秒)では高速中性子のTOF分解ができないためです。2番目の理由は、高速中性子の検出効率が極めて低いうえに、超高速TOF分析が求められるためです。また、そもそも中性子強度が十分ではありません。
以上のような理由から、中性子実験に慣れている私ですら難しいと感じる「高速中性子起因ソフトエラーの発生確率の中性子エネルギー依存測定」という研究課題を、NTT岩下秀徳氏を中心に解決することができました。間違いなく、発想力と実行力の賜物です。ちなみに、中性子が速すぎてTOF分析の際に特殊相対性理論を使う必要があったことに途中で気付き、岩下氏と計算法を確認し合ったことは良い思い出です。
学生時代に北大の鬼柳善明教授研究室の同期であった岩下氏から「HUNSで宇宙線対策のソフトエラー実験ができないか」と電話を受けて8年以上が経ちます。研究ステージはどんどん新たな局面を迎えており、今後まさに「宇宙全体」に貢献できそうな勢いの研究活動に発展してきています。私も微力ながら貢献していく所存です。

研究者紹介

米国ロスアラモス国立研究所での中性子照射実験

岩下 秀徳
NTT宇宙環境エネルギー研究所
レジリエント環境適応研究プロジェクト プロアクティブ環境適応技術グループ
主任研究員

今回測定したデータは、中性子によるソフトエラーを研究するうえで、もっとも重要な基礎データです。2013年にNTTがソフトエラーの研究を始めた当初から、この実測データが存在しないことが大きな課題でした。また、今回の測定手法である飛行時間法を可能とする超高速エラー検出回路自体は2016年に私たちが考案したものですが、実験可能な施設は国内にはありませんでした。そこで、海外で測定が可能な施設を探索し、海外研究者との調整を経て、ついに米国ロスアラモス国立研究所が保有する加速器施設で実験ができるようになったのです。
今回の実験は、中性子エネルギーごとに、ある程度ソフトエラーを発生させる必要があったため、合計で1万回以上のソフトエラーを発生させる必要がありました。そのためには、中性子線を30時間以上照射する必要があり、深夜も自動で測定ができるように測定機器を開発しました。さらに、このような大量の中性子線を照射するとFPGAや周辺回路でもさまざまな誤動作が発生します。そこで、まずは国内の加速器施設にて、どのような誤動作が発生するのかを確認し、それを復旧させるための処理について何度も確認実験を行い、ロスアラモス国立研究所にて念願の照射実験に挑みました。
全く新しい手法による測定のため、うまくデータが取れるかどうか、かなり心配しましたが無事にデータが測定できたときは感動しました。この結果は、中性子によるソフトエラー研究の基礎データとなるため、応用範囲が広く、今後、幅広い領域に貢献できるよう研究に取り組んでいきたいと思います。