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工事現場にて回線利用状況が確認できる光ファイバ側方入出力技術

NTTアクセスサービスシステム研究所は、光アクセス網の所外スプリッタ下部にて心線対照および現用・非現用判定を行う光ファイバ側方入出力技術を開発しました。この技術は、曲げることでコアの中を伝搬する光信号が漏洩する光ファイバの特性を利用することにより、工事現場にて光ファイバの回線利用状況を確認できます。ここでは、開発した光ファイバ側方入出力技術の概要とその応用について紹介します。

飯田 裕之(いいだ ひろゆき)/植松 卓威(うえまつ たくい)/
納戸 一貴(のと かずたか)/廣田 英伸(ひろた ひでのぶ)/
井上 研司(いのうえ けんじ)
NTTアクセスサービスシステム研究所

光通信サービスの回線開通工事

2021年現在、光ファイバを用いた光通信サービスは、NTT東日本・西日本で2200万加入を超え利用されており、社会基盤として必要不可欠なものとなっています。通信事業者が光通信サービスを高品質かつ安定的に提供し続けるためには、膨大な設備量となった光ファイバ網の施工品質の維持、および保守運用業務の効率化が今後ますます重要となっています。
光ファイバ網を施工するもっとも頻度の高い工事は、光通信サービスの回線開通工事になります。光通信サービスを加入者宅に提供する回線開通においては、お客さま宅に設置する回線終端装置(ONU: Optical Network Unit)まで光ファイバを敷設する工事が必要になります。そのため回線開通工事においては、光ファイバの誤切断・誤接続を防ぐために、工事対象の光ファイバを現地で特定する作業が発生します。

従来光ファイバ心線対照の課題

一般に工事対象の光ファイバを特定する方法として、光ファイバ心線対照技術が広く使われています(1)。光ファイバ心線対照は、通信局舎から試験光を工事対象の光ファイバに入射し、工事現場にて光ファイバに曲げを加え漏洩する試験光を検知することで対象の光ファイバを特定する技術です(図1)。ここで、通信局舎から加入者宅までの光アクセス網は、通信方式としてPON(Passive Optical Network)方式が採用されており、所外光スプリッタを用いて1本の光ファイバを複数の加入者で共用する設備構成となっています。このような設備構成は、設備構築の観点では経済的であるといった利点がある一方で、光ファイバの設備運用の観点からは、各種媒体試験が所外スプリッタ下部ではできないといった課題があります。具体的な例では、従来の光ファイバ心線対照は、所外スプリッタ下部ではできません。これは、通信局舎から入射する試験光が所外光スプリッタによって分岐下部の光ファイバすべてに分配され、どの光ファイバからでも試験光の漏洩光が検知されてしまうことに起因しています。所外スプリッタ下部の光ファイバは、光アクセス網において膨大な設備数を有しており、媒体試験の困難さからその設備管理も煩雑なものとなっています。そこで私たちは、この課題を克服する技術の開発に取り組みました。

光ファイバ側方入出力技術

私たちが開発した光ファイバ側方入出力は、測定対象の光ファイバに曲げを付与するための凹凸治具および先端に集光レンズを装着したプローブファイバで構成されます(図2)。従来の光ファイバ心線対照は、漏洩光として270 Hzの低速な心線対照光を受光する性能に限定されているのに対し、本技術は、光ファイバからの漏洩光より1 GHz級の高速な光通信信号も受光可能であるとともに、外部からの光信号もプローブファイバを介して測定対象の光ファイバに入力できます。このような特徴は、光ファイバからの漏洩光の受光効率を極限まで追求することで実現しており、世界にも類をみないものとなっています。
私たちは、光ファイバに与える曲げ形状を抜本的に見直したうえでの設計パラメータの追い込みや、発生した漏洩光を高効率で受光するためのプローブファイバの光学設計を理論・実験の両面から検討することで、漏洩光の受光効率向上を実現しました。光ファイバからの漏洩光強度を表した強度等高線を図3に示します。従来の心線対照器を用いた場合では、光ファイバからの漏洩光は、緩やかな曲げ形状に従って空間的に広く拡散する傾向にあります(図3(a))。一方、私たちの開発した光ファイバ側方入出力では、曲げ半径がミリメートルオーダで精密に設計された局所的な曲げ形状を光ファイバに付与することで、漏洩光が密に集約されたかたちで発生するようにしています(図3(b))。さらに、発生させた漏洩光を高効率で受光するために、先端に集光レンズとして屈折率分布型(GRIN: Gradient Index)レンズを装着したコア径の大きなファイバをプローブファイバに用います。GRINレンズや大口径ファイバも漏洩光の効率的な受光のために最適な光学パラメータで設計・製造しているため、光ファイバ側方入出力は、従来の心線対照器に比べ1000倍もの受光効率向上を達成しています。
光ファイバから生じる漏洩光の受光効率を飛躍的に向上させることで、これまで技術的に困難であったアプリケーションに対して応用展開が可能となります。具体的なアプリケーションとして、「ONUのMACアドレスキャプチャ」および「光ファイバの終端判別試験」について紹介します。

■ONUのMACアドレスキャプチャ

ここでは、光ファイバ側方入出力技術の応用例として、加入者宅に設置されるONUからの上り信号を光ファイバからの漏洩光よりモニタリングすることで、回線の利用状況を工事現場で確認する技術について紹介します。
光ファイバ側方入出力技術を用いて、加入者宅に設置されたONUから送信される上り信号を、所外スプリッタ下部の光ファイバに曲げを付与し漏洩光として受光します(図4)。ONUからの上り信号フレームには、送信元アドレスとしてONUのMAC(Media Access Control)アドレス*があります。そのため、受光した漏洩光から光信号をフレーム解析することで、対象の光ファイバに接続したONUのMACアドレスをキャプチャすることが可能です(3)。したがって、対象の光ファイバがどのONUに接続されているかを確認できる、すなわち所外スプリッタ下部における光ファイバ心線対照が可能となります。
私たちが試作したONUのMACアドレスキャプチャ装置およびその測定結果例を図5に示します。光ファイバからの漏洩光よりONUの上り信号をフレーム解析し、①ONUのMACアドレス、②ONUの認証有無、および③光電話・インターネット通信の利用有無を表示しています。ONUの上り信号には、ONUのステータスやサービス利用状況に関するフレーム情報も含んでいるため、①に加え、②③の測定も可能となります。これまで回線の故障修理におけるサービス復旧時や支障移転工事の前後で確認していたONUの認証有無やサービス利用状況は、いずれも工事作業者が現地で確認できず、加入者宅でのONU認証ランプの確認、もしくは保守拠点からの折り返し試験、通信局舎での専用装置によるモニタリングが必要でした。本技術を用いれば、工事作業者が現場にて一人称でリアルタイムにて確認可能となるため、施工から試験まで現場完結にて実行することができます。

* MACアドレス:イーサネットに接続するすべての機器が持つ固有のID番号。

■光ファイバの終端判別試験

光ファイバ側方入出力技術の応用例として、光ファイバ終端部に電源OFFの状態になっているONUが接続されているか否かを判定する試験技術について紹介します。
光通信サービスの回線開通工事においては、工事対象の光ファイバを特定する作業に加え、対象の光ファイバが現用か非現用かの確認も必要になります。所外スプリッタ下部における光ファイバの現用・非現用判定として、光ファイバの漏洩光からONU上り信号有無を確認することで判定する方法があります。しかし、この方法では、非現用回線と電源がOFFになっているONUを収容した現用回線が共にONU上り信号が発生しないことから、両者の区別ができず、現用・非現用判定が正確にできません。電源OFFのONUを収容した光ファイバを特定する方法として、光反射時間領域反射測定器(OTDR: Optical Time Domain Reflectometer)からの試験光をONUに対して入射し、ONUからの反射光を受光・解析することで、対象の光ファイバが電源OFFのONUを収容しているか否かを判定する方法があります。しかし、この方法には、所外スプリッタ下部の光ファイバにOTDRを接続可能なコネクタ接続点があるような、一部の限定された設備にしか使えないといった課題があります。
そこで、光ファイバ側方入出力技術を応用して、コネクタ接続点のない光ファイバに対しても電源OFFのONUを収容しているか否かを判定する技術も開発しました(図6)。光ファイバ側方入出力を介してOTDRからの試験光および光ファイバ終端部からの反射光の入出力双方を光ファイバに対して行うことができ、コネクタ接続点のない光ファイバに対して試験測定が可能となります(4)。このとき、光ファイバ試験測定を十分な精度で行うには、曲げを付与した光ファイバに高効率で光を入射する必要があります。比較的広く拡散する傾向にある光ファイバからの漏洩光と異なり、コア径10µmの光ファイバコアへ光を高効率で入射するには、非常に精度の高い光学条件が求められます。私たちは、GRINレンズのビーム径や焦点距離や光ファイバに対するビーム入射角度といった光学パラメータの追求に加え、プローブファイバを凹治具に設計パラメータどおりに寸分違わず取り付ける高精度な接着固定方法を確立することで、求められる光の入力効率を達成しています。
開発した光ファイバ側方入出力装置とOTDRを用いた測定結果を図7に示します。測定は、光ファイバ終端部に、電源OFFのONU、加入者宅の試験光反射フィルタ入りの光コネクタおよび切断された光ファイバの3つの終端パターンを接続した光ファイバをそれぞれ測定しています。測定結果は、3つの終端パターンにおける複数の試験光波長に対する反射率比マップを示しています。3つの終端パターンにおける測定結果がそれぞれ独立した領域に分布することから、光ファイバ側方入出力とOTDRを用いた試験測定によって光ファイバ終端部の判定が可能であることが分かります。

今後の展望

工事現場にて回線利用状況が確認できる光ファイバ側方入出力技術について、概要とその応用例について紹介しました。光ファイバ側方入出力技術を応用したONUのMACアドレスキャプチャや光ファイバの終端判別試験によって、所外スプリッタ下部の光ファイバ心線対照および現用・非現用の判定が可能となります。したがって、工事現場にて工事従事者が、現地にて一人称で正確かつリアルタイムに設備状況を確認できることになります。この技術を用いることで、これまで光回線の開通工事や保全工事において行っていた工事現場と保守拠点との2way確認作業や加入者宅への訪問が不要となり、工事作業の大幅な効率化が期待できます。ここで紹介した技術については、光通信サービスの開通・保全工事向けの試験ツールとして近く商用利用することを予定しています。

■参考文献
(1) Recommendation ITU-T L. 314: “Optical fiber identification for the maintenance of optical access networks,” 2018.
(2) H. Hirota, T. Kawano, M. Shimpo, K. Noto, and T. Manabe: “Optical Cable Changeover Tool with Light Injection and Detection Technology,” Journal of Lightwave Technology, Vol.34, No.14, pp.3379-3388, July 2016.
(3)  H. Hirota, T. Uematsu, H. Iida, and T. Manabe: “Fiber identification below an optical splitter with ONU upstream light signals,” Proc. of IWCS 2018, Providence, U.S.A., Oct. 2018.
(4) H. Iida, H. Hirota, T. Uematsu,and N. Ambe: “Novel fibre termination identification employing local light injection and detection and 1.31/1.55-µm-band coherent OTDR,” Proc. of ECOC 2019, Dublin, Ireland, Sept. 2019.

(後列左から)飯田 裕之/井上 研司/植松 卓威
(前列左から)納戸 一貴/廣田 英伸

光ファイバ網の運用効率化に向けた新技術の研究開発を今後も進めていきます。

問い合わせ先

NTTアクセスサービスシステム研究所
アクセス運用プロジェクト 施工高度化グループ
TEL 029-868-6390
FAX 029-868-6440
E-mail hiroyuki.iida.hr@hco.ntt.co.jp