グローバルスタンダード最前線
次世代メタルアクセス網の標準化動向
ここでは、ITU-T(International Telecommunication Union-Telecommunication Standardization Sector)SG(Study Group)15において検討が進められている既存インフラである敷設済みメタルケーブルを使い、光ファイバと同等の超高速伝送サービスを提供できる次世代メタルアクセス技術および標準化の動向について、G.fastとMGfastを中心に紹介します。次世代のメタルアクセス技術として期待されるMGfastは、撚線対ケーブルや同軸ケーブル上で10 Gbit/s(上り・下り合計)という伝送速度提供をターゲットとするものになります。
近藤 芳展(こんどう よしひろ)†1/荒木 則幸(あらき のりゆき)†2
NTTアドバンステクノロジ†1
NTT研究企画部門†2
メタルアクセス網の発展
ITU-T(International Telecommunication Union-Telecommunication Standardization Sector) SG(Study Group)15におけるメタルアクセス技術の標準化を担当する課題4(Q4)がDSL(Digital Subscriber Line)関連の標準を検討し始めたのは1998年のことであり、宅内ユーザ向けのインターネットアクセスなどへの利用を主目的としたサービスを提供するADSL(Asymmetric Digital Subscriber Line)やVDSL(Very high speed Digital Subscriber Line)技術・標準を2010年までに策定しました。これらの技術により、日本をはじめ世界的な高速インターネット需要を支えてきました。その後、光ファイバの低コスト化を踏まえてONT(Optical Network Termination)をCPE(Customer Premises Equipment)に近づけるネットワーク構成〔FTTC(Fiber To The Curb)、FTTdp(Fiber To The distribution point)、FTTB(Fiber To The Building)、FTTH(Fiber To The Home)など〕が採用されることになり、その1つとして、局舎からDP(Distribution Point)まで光ファイバを接続し、G.fast技術を使ってCPEまで接続する高速化が可能となっています。DPはマンホールや電柱、あるいは集合住宅の地下室等、サービス事業者に依存しています。図1に示すG.fastでは50 mの撚線対ケーブル上で2 Gbit/s(上り・下り合計)という伝送速度を提供しています。さらに、ここで詳しく説明する次世代のメタルアクセス技術であるMGfastでは、30 mの撚線対ケーブル上で5 Gbit/s(上り・下り合計)という伝送速度をターゲットとしています。
■超高速アクセス技術G.fast
G.fastはGbit/s相当の伝送速度実現に向け、2014年に初版標準化完了後(G.9700/G.9701)、2019年に改版され使用周波数帯域の大幅な拡張(106 MHzプロファイルおよび212 MHzプロファイルの採用)のほか、TDD(時分割伝送)方式を採用することにより上り速度(収容局向け)と下り速度(加入者向け)の速度比を設定変更できる機能を盛り込んでいます。FDD(周波数分割伝送)方式であった従来のADSLやVDSLとは異なり、図2のフレーム構造に示すように、動的に上り方向と下り方向の割当が容易に制御できるTDD方式を採用しています。その他、表1に示すように、
・ 撚線対ケーブルに加えて同軸ケーブル上での伝送
・ 送信信号出力を大きくすることによる伝送距離の拡大
・ リバース給電〔CPEからDPU(Distribution Point Unit)に対する給電機能〕
などの機能拡張が盛り込まれています。なお、G.fast(106 MHzプロファイル)に関しては国内においても集合住宅向けの商用サービスに提供されています。
■マルチギガビット超高速アクセス技術MGfast
G.fastが本格的に商用展開される中、さらなる機能・性能の向上に向けた検討のため、2017年6月のITU-T SG15会合において次世代超高速アクセス技術の標準作成開始が合意されました。欧米サービス事業者から提案された要件を踏まえ、伝送速度5~10 Gbit/sをターゲットとしたMGfastの詳細検討が始められることになりました。G.fastの場合も同様でしたが、次世代向けのアクセス網に求められる要件として光ファイバ相当の性能が必須になります。メタルケーブルを使った伝送システムでは周りの隣接する回線からの信号が回り込むため、これらの雑音(遠端漏話雑音、近端漏話雑音)をどのように除去するかが大きな課題となります。光ファイバ相当の高速化・高信頼化に向けて、マルチキャリア変調方式を採用するDSL技術においては、サブキャリア単位での処理を実現するためにサブキャリア間隔とサブキャリア数が使用周波数帯域と並んで重要なシステムパラメータになります。高速化するためにはサブキャリア数を大きくすることが有効ですが、演算規模もそれに合わせて大きくなるため、一般的にはサブキャリア数を制限するようにサブキャリア間隔は決められます。表2に示すように、G.fast(106 MHzプロファイル)の場合、サブキャリア間隔は51.375 kHz、サブキャリア数は2048となります。一方、後述するMGfast(424 MHzプロファイル)では、サブキャリア間隔は同じとしたもののサブキャリア数は8192と大幅に増えていることが分かります。今後標準化されると思われるMGfast(848 MHzプロファイル)においては、サブキャリア間隔が2倍に規定されることも考えられます。また、双方向伝送技術も高速化に向けた有効な技術になりますが、近端漏話雑音やエコー信号からの影響を避けるためにVDSLでは周波数軸上での上り・下り方向を分離する一方、G.fastでは時間軸上での異なるタイミングで上り・下り信号を送信する方式を採用してきました。このような中、次世代技術として新しく開発されたMGfastでは、近端漏話雑音やエコー信号の影響を除去しつつ双方向通信を可能とすることでスループットを2倍に実現することをねらいとしたものになります。
次世代メタルアクセス技術MGfastの標準化動向
ここからは具体的にITU-T SG15において検討が進められているMGfast(マルチギガビット超高速アクセス技術)に関する技術仕様・標準化状況について説明します。MGfastは、G.fastからの容易なマイグレーションを実現するためにG.fastとの互換性を維持しつつ、さらなる高速化の実現をめざしたシステムになりますが、図1に示すようにその適用領域は主に集合住宅になります。
■MGfastのターゲット
以下をめざした標準化仕様の検討が2017年から進められています。
① 既存インフラとして存在するPOTs(Plain Old Telephone Service)向け撚線対ケーブル、およびTVサービス向け同軸ケーブルを伝送媒体とするマルチギガビットアクセス技術の提供
② 光ファイバ相当の高性能実現(光ファイバの延長)に向けた、424 MHzまでの周波数帯域を使った上り・下り合わせた伝送速度8 Gbit/sまでの対称・非対称通信の提供
③ 複数回線に及ぶ遠端漏話雑音および近端漏話雑音の除去
■MGfastが持つ機能
まず、G.fastからの容易なマイグレーションの実現に向け、以下の機能を規定しています。
・ TDD方式による動作モードを規定し、上り・下り伝送速度の動的な割り当てが変更可能
・ 再送処理によるインパルス雑音防止規定
・ 周波数ノッチ機能(他サービスが使用する周波数帯域を考慮した周波数帯域の使用)
・ ベクタリング機能による遠端漏話雑音の除去
・ リバース給電機能
さらに、次世代向け技術MGfastとしての新たな機能として以下を規定しています。
・ 424MHzプロファイルを規定(424 MHzまでの周波数帯を使用)して、片方向最大5 Gbit/sまでの伝送速度を実現します。また、撚線対ケーブル(30~100 m)上での運用時最適化を考慮した規定となっているものの、400 mまでの撚線対ケーブルおよび同軸ケーブル上での運用を可能とした規定を反映させています。
・ FDX(双方向伝送)方式を規定することにより同軸ケーブル上ではほぼ2倍の伝送速度を実現すると同時に、伝送遅延を削減することができます。ただし、上り・下り同時伝送ゆえに近端漏話雑音やエコー信号に対する除去機能が必要になります。
・ FEC(誤り検出訂正)方式については、G.fastにおいて規定されるTCM(Trellis Coded Modulation)とRS(Reed-Solomon)を組み合わせた方式のほか、高度化FEC方式としてLDPC(Low density Parity Check)/PCS(Probabilistic Constellation Shaping)とRSを組み合わせた方式を新たに規定しています。この方式の採用も伝送速度向上に寄与しています。
・ 遅延時間に基づく複数のQoSクラスを上り・下り方向それぞれ個別に規定します。これにより、1 ms未満の低遅延サービスの提供が可能となります。
・ 複数のCPE装置が同じ1つの回線に接続されるP2MP(Point to Multipoint)構成での運用が規定されることにより、従来までのVDSLやG.fastと異なり多様化するホームユースに合った適用が可能になります。複数のCPE間では、動的に帯域割り当てを変更することや帯域共有を変更することが可能となります。また、同じ回線に複数のCPEが接続されることになるため、セキュリティ確保としてIEEE802.1Xによる認証規定が盛り込まれています。
・ 省電力のためにDTFO(Discontinuous Time and Frequency Operation)機能を規定します。時間軸上でのタイムスロットあるいは周波数軸上での特定の周波数帯を回線単位のトラフィック要求に応じて1つの回線に割り当てることにより、ベクタリング機能を動作させることなく運用する状態になります。漏話雑音除去のために必須となるベクタリング機能は大規模な演算処理を必要とするため、DTFO機能の採用により省電力化できます。
MGfast関連標準は、以下のITU標準から構成されています。
・ G.9710(2020年2月承認、発行):周波数関連規定およびPSD(電力スペクトル密度)関連規定など、規制に関係する規定全般
・ G.9711(2021年4月承認):MGfastに関するシステム・物理規定
・ G.997.3(2021年4月承認):物理層OAM規定
今後に向けて
2021年4月に開催されたITU-T SG15会合において承認されたMGfast標準仕様に準じた装置・システム開発の実装が今後、本格化していくものと思われます。十分な光ファイバ資産を持たないサービス事業者にとって既存の敷設済みメタルケーブルを利用し、光ファイバ相当の高性能サービスを提供することは選択肢の1つとして考えられます。ここで紹介した次世代メタルアクセス技術の標準化は、既存設備を有効活用し高速化を実現したいという需要を満たすために今後も継続して検討が続けられていくものと思われます。今後のメタルアクセス技術の検討テーマとして標準化会議の中で取り上げられているテーマは以下のものが挙げられます。
■MGfastの848 MHzプロファイルに関する詳細規定
特に同軸ケーブルを使ったMGfast方式において848 MHzまでの周波数帯域を使ったものとなります。周波数帯域が2倍になることと双方向伝送技術との組み合わせにより片方向10 Gbit/s程度までの伝送速度を提供することが可能になります。まだ具体的な検討は始まっていない状況ですが、先に説明したサブキャリア間隔やサブキャリア数などのシステムパラメータの詳細についての検討を待っている段階になります。
■複数のG.fast回線の結合(G.fastback)
複数のG.fast回線を束ねて大容量化した1本の回線としてキャビネット─DPU間の伝送路を提供する技術としてG.fastbackというプロジェクトの検討が進められています。光ファイバケーブルの代替として複数の既設メタルケーブルを利用することができるため、欧州のサービス事業者からの要求条件を踏まえて検討が開始されています。応用例としては、この構成をタンデムに何段もつなぎ合わせて長距離化を図る事例や、図3に示されるようにADSL/VDSLなどの既存サービスを提供している回線上にG.fast信号を周波数多重することにより複数のG.fast回線を確保・結合させる構成などが検討されています。いずれのケースもメタルケーブルの有効活用を図りつつ高性能なサービス提供が実現できることをめざしたものとなります。G.fastbackにおける課題としては、DPUにおける近端漏話雑音をどのように除去するかという点や、何段も接続した場合の回線間の信号同期などが挙げられます。
ここでは、ITU-T SG15において検討が進められている既存インフラである敷設済みメタルケーブルを光ファイバの延長として使い、光ファイバと同等の超高速伝送サービスを提供できる次世代メタルアクセス技術および標準化の動向について紹介しました。ここで紹介したG.fastやMGfastに関する最新の標準化動向だけでなく、欧米諸国におけるサービス事業者の動向などについても引き続き注視していく必要があります。