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めざすは率先垂範 立場や職種にかかわらず「真理を追究」する

量子コンピュータ、暗号、ブロックチェーン、医療情報処理分野で、世界のパートナーとともに最先端の基礎研究を推進するNTT Research, Inc.。設立から2年を迎え、IACR Test of Time Award、SPIE MAIMAN Laser Award、IACR Crypto 2020 Best Paper Award と次々に権威あるアワードを獲得。プログラムの難読化に関する20年来の未解決問題を解決する等、大きな成果を上げています。NTT Research, Inc. 小澤英昭COO/CTOに研究成果の進捗やマネジメントの極意について伺いました。

NTT Research, Inc.
COO/CTO
小澤 英昭

PROFILE

1991年日本電信電話株式会社入社。2000年NTT西日本(ウォーカープラス出向)、2004年NTTレゾナント gooサービス、検索技術、モバイル検索ビジネス担当、2011年サーチ事業部長、2013年NTTレゾナントテクノロジー 社長(兼務)、2015年NTTメディアインテリジェンス研究所 所長、2018年NTTテクノクロス グローバルビジネス推進室長を経て、2019年6月より現職。

全く新しい技術のタネをつくる

NTT Research, Inc.は設立から2年が経ちました。研究所の概要や研究の進捗を教えていただけますでしょうか。

NTT Research, Inc. は、NTTが掲げるIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想のさらに先の未来に必要な新規性の技術の根幹となる、光をベースとした量子コンピュータをはじめとする「量子物理科学」が主な研究領域である量子計算科学研究所(Physics & Informatics Laboratories:PHI)、個人情報を含むさまざまなデータの安全な活用を促すのに必要な暗号をはじめとする「情報数学理論」が主な研究領域である暗号情報理論研究所(Cryptography & Information Security Laboratories:CIS)、人間の基本データである「医療健康情報」を主な研究領域とする生体情報処理研究所(Medical & Health Informatics Laboratories:MEI)を擁し、2019年7月に米国のシリコンバレーに設立されました。これら、3つの研究所はNTT R&Dが日本で長年培ってきた基礎技術分野に海外の英知を掛け合わせて、10〜20年後の事業創造をめざした新たな技術の方向性をつくり出すことを目標にしており、2020年4月からの1年間で68件の論文が採録、発表され、16件(PHI:4、CIS:11、MEI:1)の特許が出願されました。
PHIでは、 量子コンピュータの並列的な計算と、古典的なデジタルコンピュータの計算の良いところを組み合わせて最適なシステムをめざしており、特に光が持つ量子現象を使うことにより常温で動作が可能であるCIM(Coherent Ising Machine)を中心に、Stanford大学やMIT、Cornell大学などの米国をはじめとした大学や、NASA等の米国の国立研究機関等14の研究機関と共同研究チームをつくり、世界最先端の量子コンピュータの開発を進めています。また、2020年より新しいテーマとして、「量子最適化アルゴリズム (Quantum Approximate Optimization Algorithm:QAOA)」を追加し、MIT、Chicago大学、Waterloo大学との共同研究を開始しました。
CISでは、既存の暗号の安全性を覆す量子コンピュータができたとしても安全性を保てるような、より強度の高い暗号の理論、暗号化された情報の安全性を確保して使いやすくする技術、安全性の高いブロックチェーンの研究を行っています。この2年間で、NTTは、世界最高峰の暗号の国際会議CryptoやEuroCryptでもっとも論文の採択数が多い組織となりました。NTTとして採択された論文のうち約70%をCISが占めています。さらに、「属性ベース暗号(Attributed based encryption)」を発明したDr. Brent Watersは国際暗号学会 (In­ter­na­tional Association for Cry­pto­logic Research:IACR)よりTest-of-Time Awardを、同じくDr. Brent WatersにはCrypto 2020でDr. Mark ZhandryにはEuroCrypt 2019で Best Paper Awardが贈られました。
MEIでは、デジタルツインコンピューティングを人体に適用した、“Bio Digital Twin” の構築と体内に埋め込み可能なマイクロ・ナノデバイスを通して、診断支援と健康維持サポートの実現をめざしています。現在、生体内の電気信号を外部に取り出せるような電極に関するミュンヘン工科大学との共同研究を開始し、実際に実験動物(昆虫など)を用いた埋め込み実験を行い、電極の有効性の検証を行うなどの成果を上げています。

短期間で多くの成果を上げられたのですね。

私はCOO/CTOとしてスタッフ全体を統括していますが、この2年は基礎研究開発力、グループ全体の技術力、そしてグループの企業価値の3点の向上に注力してきました。その中で急務であるのが、人材採用をはじめとして、多くの大学等との共同研究契約を締結するなどの体制の整備でした。PHI、CIS、MEIの各研究所長は、それぞれの分野で功績を残し世界的にも大変著名な方々であり、こうした研究所長が持つ人脈をはじめとしたネットワークを活用して、NTT研究所が蓄積してきた独自技術を支える研究領域に、海外を含む外部の優れた研究者を招へいし、米国内外と連携する研究チームを組成しています。設立当初は10数名だった研究者は38名となり、体制はかなり整ってきました。このうち35名が博士、医師の資格保有者も2名います。また、創設メンバーも日本人のみではありませんでしたが、この2年間でさらに外国人の採用も進み、12名が北米地域、2名がヨーロッパ、そしてアジアオセアニアが24名ですが、そのうちの半数はインド、シンガポール、オーストラリア、韓国の出身で、日本人はアジアオセアニア出身の半数程度です。また研究拠点としても、ミュンヘン工科大学との共同研究のために、ドイツのミュンヘンにブランチを設けました。
そして、①成果の源泉である基礎研究開発力向上については、1件/研究員/年の論文採択およびインパクト・ファクタが平均5.0以上、②グループ全体の技術力向上については年間10件以上の特許出願および1〜3人/年の人材育成、③グループの企業価値向上については、論文発表後最低5年経過までを平均6.0以上の論文引用数をベースにした基礎研究開発力指標および1回/年のグローバルR&D Workshopの開催といったKPI(Key Performance Indicator)を設定して、全員で取り組んできました。その結果が前述の成果であり、その他指標的な結果としては、論文のインパクト・ファクタの平均値は6.3、米国内外の大学から25名以上のインターンを受け入れ、9月にはオンラインとオンサイトのハイブリッドによるグローバルR&Dワークショップに2日間で、オンラインで延べ約2000views、オンサイトで約130人と、KPIをすべてクリアしているかと思います。
こうした成果を上げられたのは、求心力のある世界的な研究者を核にして実力のある研究者が集まり、切磋琢磨していることが大きな要因の1つであると考えます。ただし、単に世界トップレベルの研究者集団であればよいかというとそうでもなくて、研究分野によってはトップレベルの研究者を支える研究者も必要です。特に量子分野や医療分野では実験が必要ですから、実験的な研究を支えてくれる存在が必要であり、博士課程を修了したばかりのような若手の研究者の採用も進んでいます。これらをかんがみても私たちは基礎研究を進めるうえでかなり理想的な環境が整いつつあると考えます。
その一方で、基礎研究の成果を社会に役立てるという観点では、一般的に応用研究が必要になりますが、NTT Research, Inc.は基礎研究に特化しているので、応用研究を行う部署へと成果の橋渡し行うことに関する検討が次のステップに向けた課題だと考えています。

俯瞰的に眺めて過不足を見出す

ところで、コロナ禍にあって仕事をする場所が問われなくなったともいわれます。こうした中で、NTTが海外に研究拠点を持つ意義はどのようなところにあるのでしょうか。

この20年間でNTTのビジネスが大きく様変わりしています。現在、NTTグループの収益は約12兆円、このうちの約2兆円が海外で、ビジネスのグローバル展開が進んでいます。主としてM&Aによりビジネスをグローバルに拡大してきました。
このような状況の中で、以前私が事業会社にいたときの経験ですが、日本を拠点にしている私たちが海外の企業に、グローバルの事業会社とともにビジネスの話を持ち掛けると「あなたはどこで研究開発をしているのか、日本ですか米国ですか?」と、聞かれてしまうのです。日本の研究開発成果を海外へ持ち出すだけではなく、ビジネスを展開する場所や、その場所のスタイルで研究開発を行いビジネス化することの重要性を実感しました。その意味では、M&Aでグローバルでのビジネスを拡大するとともに、ビジネスに必要な技術をグローバルでつくり上げていくというのは、NTTのグローバルビジネスを実現するうえで適した手段だと思います。一方で、リモートワークが普及し、現地に行かなくてもビジネスを行うことも可能となりました。ビジネスは基本的に人と人とのコミュニケーションの上に成り立つものであり、この観点でみれば、シームレスなコミュニケーションが実現していけば、通常のビジネスについては、対面であろうとリモートであろうと変わらなくなっていくのかもしれません。
ただし研究開発の場合は少し状況が異なると思います。最高の研究を行うためには、最高のリソース(人や設備)がそろう環境が重要な要素です。シリコンバレーはまさにその環境があり、NTT Research, Inc.がシリコンバレーに拠点を構えた理由の1つです。コロナ禍がきっかけでリモートワークが普及してきたと話題になっていますが、研究者の間ではそれ以前から電子メールはもちろん、リモート環境でのディスカッション等は行っています。しかし、研究活動には実験や検証が必要です。そのため、研究拠点は実験や検証のためのリソースのある場所に依存することになります。シリコンバレーには、PHI、CIS、MEIの各研究所の研究に必要な最高のリソースがそろっているのです。そもそも、海外に拠点を設ける必要性を語るとき、見極めるべきは、海外か国内かという場所ではなく、その研究活動の本質として何が重要か、どこで研究活動を行うのが重要かという点にあると私は思います。

シリコンバレーからの発信に期待が高まりますね。世界トップレベルの研究者を束ねる立場にご苦労はないのでしょうか。

私個人としても、米国の生活も性に合っていますしハッピーに仕事をしています。
私はNTTに入社して9年あまり研究者として活動した後、15年あまりを事業で仕事をし、その後は研究開発のマネジメントに携わるといった、NTTの研究所においては相当ユニークなキャリアを歩んできました。研究から事業、そして研究のマネジメントと変わるたびに、その前の業務で経験したことがすべて次の仕事に活きていると感じますし、経験を重ねることによって物事の真理がだんだんと分かってきたように思います。さまざまな職種や人とのインタラクションを通じて、潮目を読めるようになり、役立て方を理解する、こうした積み重ねが成功につながっていくように感じています。もちろん、積み重ねの中にはマイナスもありますが、プラスに目を向けて臨んでいます。
こうした経験を踏まえていうと、トップの仕事は、皆がいかにハッピーに働けるかをマネジメントすること、事業に関するコンセプトを定めてロードマップをつくり、人材を獲得してチームをつくることです。さらに、マネジメントの一番のポイントは全体を俯瞰して眺めて、過不足を見出すことだと思います。そして、組織やミッション、仕事の質によって組織統制の強弱をつけることも重要です。例えば、かつて私がKADOKAWAの子会社に出向していたときには、業務をいかに効率良く実施し、週間の雑誌の発売日とWebのリリース期日に間に合わせるかというようなサービス開発・運営がミッションでしたから、ある程度強めの組織統制は必要でしたが、NTTメディアインテリジェンス研究所(当時)の所長を務めていたときには、新しい付加価値を研究所の所員が自ら考えることが大事なので、強い組織統制は必要としませんでした。そして、ここNTT Research, Inc.も、サービス開発のような強い組織統制は必要ないと思っています。組織統制力を強めすぎると、研究者のオリジナリティや前進する力を削いでしまうことにもつながりかねないからです。研究の方向性に大きなズレが生じていなければ、その研究の良さをある程度見守っていくことも重要だと思います。
NTT Research, Inc.は、まだできて2年の会社なので、組織のマネジメントにおいて、細かいところを見るとまだ抜けや漏れがあると感じています。さらに包括的、俯瞰的な視点で全体像を把握して研究所を活性化させたいと思っています。

かかわる方すべてが自分に自信が持てるマネジメント

マネジメントは対象によって全く違うのですね。ビジネスにおいて、あるいはマネジメントをするうえで大切にしていることはありますか。

私が大切にしているのは人の役に立つことであり、いかなるときもこの根源的な部分は揺らぎません。仕事は「人間」がすることであり、人間が企画し、やりたいことを実現するのが仕事であると考えます。立場や役目は違っても、仕事とは何らかの結果を出すことや、世の中にインパクトを与えることだと考えています。
これを踏まえて、私がめざしているのは率先垂範です。仕事を一緒にする仲間たち、すべてが自分に自信が持てるような仕事をしていけるための、マネジメントを心掛けたいと思っています。現場型の私は、私自身が日々新しいことにチャレンジし続けること、仕事を通じて自分もチームもお客さまもすべてがハッピーになることを大切にしています。これを実現するために、まず自分がチャレンジしてある程度できることを示してから、その先のことにチャレンジしてもらいます。例えば、部下やチームが「こんなことはできない」と諦めかけているときに、まず私が取り組んでみて「やればできる」ことを示し、その先に取り組んでもらうようにしてきました。

社内外の研究者や技術者に向けてメッセージをいただけますか。

1番目は日々チャレンジをすること。世界には非常に優秀な人がたくさんいますから、その方たちと一緒にチャレンジすることをめざしていただきたいです。例えばトヨタ自動車の前身であるトヨタ自動織機の創始者の豊田佐吉は海外進出に際して社内からかなり懸念の声があったと聞いています。そのときに豊田佐吉は「障子を開けよ。外は広いぞ」と言ったと聞いていますが、多くの日本の研究者や技術者の方々に広い世界を見ていただきたいと思います。
次に世界的な研究者に共通する資質はやはり探求心の強さです。例えばアインシュタインは、相対性理論の研究を、今でいえばインパクト・ファクタが高そうだからと、研究を始めたとは思えませんし、また相対性理論の論文も最初のうちはあまり注目を集めていない論文誌に掲載されたと聞いています。研究者の皆さんにはインパクト・ファクタが高い論文誌があるから投稿しようではなく、本質を見抜いた研究活動をすること、探求心はそこへ費やしていただきたいです。私はどんな仕事においても「真理の追究」が一番大切だと考えています。
(インタビュー:外川智恵)

※今回はリモートにてインタビューを実施しました。

インタビューを終えて

NTT Research, Inc.のオープニング・セレモニーに伺ったのは2019年の夏。日差しは強いものの爽やかな風の吹くシリコンバレーのオフィスには真新しい什器が並び、これから始まるという高揚感に満ちていました。あれから2年、新型コロナウイルス感染症の世界的パンデミックにより小澤COO/CTOとの再会はオンラインの画面越しとなってしまいました。
直接お目にかかれなかったことを残念に思いながらご挨拶をすると、小澤COO/CTOが明るく弾むような笑顔と声で迎えてくださいました。お話を伺う最中も笑顔で「非常に面白いポイントですね」と相槌を打ってくださり、積極的に会話を弾ませてくださいます。画面というフィルタも感じさせない温かな空気が流れます。小澤COO/CTOの信条「かかわる人はすべてハッピー」はインタビュアの私にも適用されておりました。
そんな小澤COO/CTOの最近のご趣味は料理。「パンデミックで世界がガラッと変わってしまって家に籠るようになり、料理に目覚めていますよ」とおっしゃいます。料理の醍醐味は世の中にあふれるレシピの中から一番自分にマッチしているものを選び出し、さまざまな調理法を試しながら「自分の味」を生み出すことだそうです。
趣味でさえも「真理の追究」を大切にしていらっしゃるご様子に、小澤COO/CTOの一貫したご真情に感じ入るひと時でした。