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挑戦する研究者たち

まず、そのアイデアが好きかを検討しよう。結果や周囲を気にせずに自分なりに考え抜こう

あらゆるものがデジタル化されている現代。創造的な営みにおいてはデジタル的な思考だけでなく、事象をそのままのかたちでとらえるアナログ的思考も重要視されています。直面する状況に応じてデジタルとアナログの特徴を融合し、光回路技術を新しい価値にトランスフォームすることをめざすNTT先端集積デバイス研究所。橋本俊和上席特別研究員に、次世代を見据えた研究活動の進捗と研究者としての姿勢を伺いました。

橋本 俊和
上席特別研究員
NTT先端集積デバイス研究所

光の波の操作による新たな情報処理を実現する光回路

現在、手掛けている研究について教えてください。

私が手掛けているのは、光を波として操作することにより新たな情報処理を実現する光回路の研究です。「光を波として操作する」の意味は光のアナログ的な性質を使うという意味です。デジタルの場合、例えば2つの値(ビット)の列を使って010110…と表さなくてはならないところ、アナログなら、例えば0.10110…という数を1つだけ使って表すことができます。これを上手く使ってやれば、高速に計算できる・手数を少なく計算を省力化できる可能性があるわけです。しかし、容易に想像できるように、細かい数値(小数点の下の方の桁)になると、例えば光の波の振幅でそれを表した場合、ノイズがあると簡単にその情報が失われてしまうことになります。ノイズの影響を受けやすいアナログの情報処理は大規模化が難しく、コンピューティングへの適用が進んできませんでした。しかし、人工知能(AI)に代表されるような細かな違いによらない性質を取り出すような計算や、量子コンピュータで求められるような、多くの量子状態の重なりを使って量子状態のノイズを抑制しながら計算を進める場合は、精度よりも多くの計算を一度に進められたり、量子状態を壊さずにそのまま操作する技術が重要になるためアナログ計算が意味を持ってきます。つまり、デジタル処理能力の限界をアナログ計算で超える、というよりも、情報処理すべき対象が広がって、今までと違う量や質を持った情報に対しては、アナログ計算で今までとは違う処理を行う、それが私のめざしている光の波を使った新たな情報処理です。
このような情報処理を実現するために、次の2点について研究開発を進めています。
まず1番目は、超低損失・新設計光素子技術です(図1)。先ほどの話と矛盾するようですが、ノイズが少なければ少ないほどより性能の良い計算が可能となるので、まずは、ノイズとなる光回路の損失をできる限り抑えることが重要です。そのため、抜本的な低損失化や、損失を与える光回路の散乱そのものを取り込んで信号処理を可能にする新たな設計技術に取り組んでいます。私の取り組んでいる光回路技術は光ファイバ通信向けの光回路技術で、光信号を弱めないように低損失な特性を追求してきましたが、それよりも損失を一桁下げ、大規模回路や高性能な光回路を実現する技術をめざしています。
そしてもう1つは、光の波を使いこなした光波演算技術です(図2)。光のメリットを活かした計算方式を創出して物理的な光として実現することが課題となります。光の波を制御する光デバイス技術により光波制御情報処理技術を提案し、世界初・世界最高性能の光の波を使った演算技術の実現をめざして、現在のデバイス内の光の通り道(光導波路)をベースとした技術で光情報処理の基本動作の実証に取り組んでいます。
もちろん、光回路の低損失化にも限界もありますし、光の波を使いこなすためには電子的な制御が必須となるので、冒頭にあるようにデジタルとも上手く組み合わせて両者の特徴を融合して新しい光回路技術を生み出していくことが大切だと考えています。
光の波を使った新たな情報処理技術の応用としては、例えば、2050年ごろに実現されると予想されている大規模誤り耐性型汎用光量子コンピュータがあります。大規模で汎用計算が可能な量子コンピュータは、実現されれば、従来のスーパーコンピュータでは困難であった革新的な材料開発や化学反応の設計が可能となり、エネルギー問題などの地球規模の課題解決に貢献するものとして大きな期待が寄せられています。私たちは、2020年度から開始されたJST(国立研究開発法人科学技術振興機構)のムーンショット型研究開発事業の1つのプロジェクトに参加して、量子情報処理向けの光回路デバイス技術により、常温動作を可能にする光の波としての性質を使った大規模な汎用量子コンピュータの実現に向けて取り組んでいます。

新たな価値創造に臨まれているのですね。成果を1つ教えていただけますでしょうか。

私が取り組んでいる光回路は、もともとは光ファイバ通信の部品技術としてシリコン基板上に光の通り道である光導波路回路を集積するPLC(Planar Lightwave Circuit:平面光波回路)と呼ばれるもので、光分岐回路や波長合分波器等を実現してきたものです。その技術を発展させて、さらに高性能な光回路をつくり出そうというのが私の研究です。この高性能な光回路技術は、光ファイバ通信に使われる光の半分以下の波長の光(可視光)の制御も可能とするため、光による演算のみならず、スマートグラス向けの超小型RGBレーザ光源にも適用されています。RGB(赤緑青)3原色の半導体レーザは単色ではさまざまな場面に使われ始めていますが、それらを組み合わせてRGBの光源をつくるには、干渉等を使ってレーザ光の特性を使いこなす光学系(光回路)の技術が重要となります。従来は、それをレンズやミラー等で構成していたため、サイズが大きく組み立てるのが大変でした。そこで、その部分に可視光PLC技術を適用しました。これにより、スマートグラスのつるに収まるような超小型光源モジュールを実現できる、世界最小クラスの光学系を実現しています。

自分の想像力が邪魔にならないように努力する

世界最小記録が塗り替えられているのですね。どのようにしてテーマを見つけていらっしゃいますか。

私の研究のベースとなる光回路技術は、ある意味、光ファイバ通信向けデバイス技術として研究が成熟して、新しい回答等の提案をしにくい分野ともいえます。そこで、私はどんな光回路があり得るのかということよりも、光回路にどんな光を入れるかということのほうが重要ではないかと考えることにしました。これは、はじめのほうで述べたアナログ計算の特徴を活かすうえで、どんな情報を扱うかが重要なのと同じです。光通信の波長とは異なる可視光を入れることでRGB光源をはじめとするさまざまな応用が考えられますし、信号への情報の載せ方次第でアナログ計算が可能となり、光の量子(光子)を入れれば光量子コンピュータができるかもしれないのです。そして、それは、そのための新たな光回路を生み出す源泉となると考えています。さらに、今までとは違う観点を養うという意味で、AIや量子コンピュータ等のディープテックベンチャーの動きにも注目しています。玉石混交ではありますが基礎技術を一気に商用化するエネルギーには目をみはるものがあります。また、コラボレーションも重要です。それにより、これまで培ってきた光デバイス技術が全く違う分野に応用が可能となります。そこから大きな刺激をいただいて研究の醍醐味を感じています。

歴史のあるNTT研究所で活動する研究者としてのアドバンテージを感じることはありますか。また、研究活動において大切にしている姿勢を教えていただけますでしょうか。

さまざまな応用やコラボレーションが可能なのは、ほかでは真似が難しい優れた光回路技術があってこそだと思っています。私の所属する研究所の光部品技術には半世紀におよぶ研究成果の蓄積があります。そういった土台があれば、少し付加価値を加えるだけ、ちょっと変わったことをしてみるだけで、一流の研究成果につなげることも可能です(もちろん上手くいかない場合も多々あります)。さらに、ものづくりを行ううえで必要となる研究設備も充実していて、そういった環境は、デバイス研究を進めるうえで非常に大きなアドバンテージになっています。逆にいうと、NTTの研究者には、これまで積み上げられてきた技術を発展させ、世の中に送り出していくという使命があり、そのような努力を通してさまざまな技術を集約することが可能になり、より大きな技術の流れをつくっていけるのではないかと考えています。
もちろん、研究所のアドバンテージだけで研究できるわけではないので、自分から価値を生み出していく必要があります。その際に大切にしていることとしては、自分の想像力の限界が研究の限界にならないようにするということです。例えば、光回路の研究では光という自然現象を扱います。自然現象のほうが、私の想像力よりも遥かに豊かで、思いもよらないことがいっぱい起こります。「自然現象だからこんなことは起こらないはず」と決めつけて考えず、「こうなったら良いな」というのを考え抜いて、そこから研究をスタートさせることが大切だと思っています。図1(b)に示した設計手法は、そのような考えに基づいて生まれた手法で、散乱を使うことで所望の特性を持った光回路を実現しています。光回路は、普通は散乱があると損失になるので、散乱はできるだけ少なくするというのが一般的な考え方です。それをスタート地点にせずに、まずは問題を一般化して所望の特性を持った光回路を実現するにはどうしたらよいかと考えて生み出されたのが図の設計手法となります。もちろん、このような姿勢で臨んだとしてもそれが正しいとは限りませんが、でも、大丈夫です。間違った考えは、計算や実験を通して自然現象が正してくれるので、遠慮なく間違えてよいと思っています。正しいことを考えるのでなく、「こうなったら良いな」ということを一生懸命考える、まずは、それが大切だと思っています。

まず「良いアイデア」の定義について考えてみる

想像力が妨げになるとは意味深いですね。研究者ならではのご苦労はありますか。

研究は上手くいかずに苦労するのが普通なので、私自身はポジティブに考えて、粘り強く頑張ってみることが多いです。これは昔からそうだったのかなと思います。私の最初の研究のテーマは光導波路と半導体レーザのハイブリッド光集積という光部品の実装(組立て)技術でした。複数の光部品を組み合わせるので、位置合わせや固定など全部が上手くいかないと組み上がらないものでした。頭の中では絵にしてみると積み木を組み上げるようなものなのですぐにできそうでしたが、なかなか上手くいかず、1カ月以上悪戦苦闘しました。原因を調べては、徹底的に考えて、修正していきました。そして、最初の1個が出来上がったときには、周囲に人がいたら驚いたと思いますが、泣くほど感動して声を上げたように思います。小さな成功かもしれませんが、自分だけが世界で初めてそれができたことを知っていると思うと、とても嬉しかったことを覚えています。
こうした経験もあって、困ったなと思ったときに、困難から抜け出すために、できることだけを頑張るのではなく、しっかりと困難と向き合ってよく考えることが大切だと思うようになりました。そのためには、粘り強く考え抜き、その先に良い方法を見つけ楽観的になることが大切だと思っています。それでも解決しない場合は、解釈を変えてあるいは前提条件を変えたらどうなるか考えて、行き詰まらないことで楽観的になれるようにしています。例えば嫌だと思う仕事も自分なりに解釈して価値や意義を見出すようにしています。そうすることで学ぶことは多いですし、そうして仕事を広げることで出会える人も多くなってよりいろいろな考えに接することができると考えています。

後進の研究者の皆さんに一言お願いいたします。

私はNTTに入社して研究所に配属されて、それからほぼ研究開発に従事してきました。途中、研究者として何をしたいのか分からなくなることもありましたし、研究は「仕事だから」と感じてしまうこともありました。20年以上が過ぎて、最初のころのことを時々振り返るようになりました。そうして初心にかえって研究に取り組んでみて、少し研究の楽しさが分かるようになってきた気がします。自分を客観的に見るうえで、時々初心にかえることはとても有効なことのように思います。
また、過去に私の研究テーマのアイデアについて若い研究者に聞かれたことがあります。その人はちょうど研究テーマを新しく考えようとしていたときだったと思います。私は「アイデア自体は自然なもので、君もそういうのをそのうち思いつくよ」等と答え、上手くアドバイスできなかったかなという思いが残っています。今なら「まず良いアイデアの定義について考えてみては」と答えるかなと思います。良いアイデアの定義は人それぞれで、特許で稼げるのが良いアイデアとか、他の研究にたくさん使われるのが良いアイデア等、いろいろあるかと思いますが、私の定義は自分が好きになれるアイデアが良いアイデアです。好きなら情熱を持って他の人と議論もできますし、実現するために困難も乗り越えられるからです。そのように定義すると、良いアイデアを生み出す=アイデアにこだわりを持てるように、結果や周囲の目は気にせず、自分なりに考え抜いて、自分なりの確信(それを証明や説明しきれなくても)を持つことが大切なのではないかと考えています。
若い皆さんへのメッセージとしては、初心を大切に、そして良いアイデアと情熱を持って他の人と議論していけば、きっと楽しく研究できるのではないか、ということになるかと思います。