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挑戦する研究開発者たち

自分の特徴を最大限に活かして研究開発に臨もう。先人たちのチャレンジを受け継いでより有用な成果を生み出そう

NTTファシリティーズは全国70カ所以上のNTTの通信建物に地震観測システムを設置して、地震発生時の建物の揺れ等の観測を実施し、そのデータを基に建物の安全度判定をサポートするサービスを提供しています。こうした地震観測技術を応用展開した防災ソリューションを開発・提供し、安心・安全な社会の実現に貢献する杉村義文主任研究員に、研究開発の概要や建築分野における研究開発者の姿勢について伺いました。

杉村 義文
主任研究員
NTTファシリティーズ

構造ヘルスモニタリングの判定指標と耐震補強設計における地震記録の活用

現在、手掛けていらっしゃる研究開発について教えていただけますか。

私が担当して進めてきた研究開発は、「強震観測」「振動実験」「構造解析」を連携させた地震防災技術です(図1)。自身はその中でも特に、地震の影響を受けた建物の健全性をシステムで判定する、構造ヘルスモニタリングの判定指標と、地震観測データの耐震補強設計等への活用を主なテーマとして取り組んでいます(図2、3)。
東日本大震災の直後に建物管理者や利用者から、建物を継続して使用してよいかといった不安の声が多く上がりました。その不安を解消する建物安全度調査は建築構造の専門技術者を必要とすることもあり、被災直後の建物の健全性を把握する方法や体制の整備は企業や行政機関の大きな課題となっています。また、建物の安全性に対する不安解消ばかりではなく、使用可能な建物を避難先や防災拠点として機能させることも重要な課題であることはいうまでもありません。こうした背景から、地震観測データを応用した構造ヘルスモニタリングは注目を集めています。
建物は内外装等で仕上げられていますから、地震の揺れによる建物の被害を直接見て確認できる範囲は限定されてしまいます。そこで、地震計などのセンサを建物の各所に設置し、その観測データや建物の構造等から地震による建物の損傷の有無とその程度を推測して建物の健全性を評価するのが構造ヘルスモニタリングです。構造ヘルスモニタリングの技術的なポイントは解析アルゴリズムによる損傷推定にあります。NTTグループは全国70カ所以上の通信建物に地震計測システムを設置してあり、ここから得られる揺れの強さや揺れ方等のデータとNTTファシリティーズが保有する構造解析技術を活用し、こうしたデータをはじめとする複数の指標を用いて多角的に分析するアルゴリズムを研究し、その妥当性を検証し、高い精度の判定を可能とした建物安全判定サポートシステムを開発、サービスを提供しています。

地震大国と呼ばれる日本にとって重要な技術を開発されているのですね。

私たちが提供しているシステムは、建物の健全度を地震直後に安全・注意・危険の3段階で自動判定し、その結果をディスプレイに表示するとともに、あらかじめ登録してある関係者にもメールで通知します。構造ヘルスモニタリングの研究開発は地震発生時にその真価が問われます。その判定にあたっては、明らかに危険、あるいは安全であるものは特に気にすることはないのですが、実際の場合、危険と安全の間で一線が引かれているわけではありません。危険であるものを安全と判定することは事故に直結するのであってはならないことで、逆に安全なものを危険と判定することは安全サイドに考えると良さそうなのですが、避難の際の混乱を招く等、ビル管理者等が気にするところでもあり、こうした事態を回避するために、精度の高い判定が必要になります。
一方で、判定にあたっては過去のデータや知見の蓄積がベースとなるのですが、地震の揺れ方は個々に異なっており、建物に損壊を与えるような大地震の頻度は高くはなく、また地震が発生しないと新しいデータは入手できないため、判定結果と実際の被害状況(危険度)との乖離が生じる可能性があります。
そこで、私はさらなる精度向上の可能性を模索する取り組みにチャレンジしています。まず、多角的な視点からの判定です。建築構造の技術者は、地震が発生し、ある建物で地震観測記録が採取できたら、そのデータからまず入力地震動の加速度応答スペクトル(地震の揺れによる応答加速度を周期ごとにスペクトル表示したもの)を求めて建物の固有周期との交点から建物に作用したであろう地震の力の強さを把握して、損傷の有無を推測します。さらには、揺れの加速度記録を基に建物の各階の層せん断力(水平方向に建物を変形させる力)を算出し、塑性化の状況やエネルギーの吸収状況を知ることもできます。層間変形角と入力地震動の応答スペクトルと建物のエネルギー吸収状況を組み合わせれば高精度に判定できる可能性があります。
前述のとおり、建物が大きく損傷した記録は限られていますから、現在は兵庫県の防災科学技術研究所にある実大三次元震動破壊実験施設(Eディフェンス)で行われている実物大の建物を壊す実験公開データや数値解析シミュレーション公開データを活用させていただいています。

性質をかんがみ、少しずつでも着実に歩んで向上していく

どのようなお気持ちで研究開発をしてこられたのですか。

これまでの軌跡を振り返ってみると、私は高校生のときに建築分野へ進むと決意し、大学の建築学科に入学し、大学院修了後研究者となってから「同調粘性マスダンパーを有する建物の設計法に関する研究」で博士号を取得しました。その後、建物の安心・安全にかかわる仕事を中心に活動してきました。建築分野において構造や設備、デザイン、環境などさまざまな選択肢がある中で、建築の構造に強く興味を抱いて追究してきたことが今の研究開発につながっていると思います。
私は研究開発においては対象とするものの性質をかんがみ、少しずつでも着実に向上させることが必要だと感じています。ここで、建築分野はIT分野に比べると技術変化の速さがゆっくりしているようにみられることがあります。この関係を自分のひそかな趣味のカメラの本体とレンズに例えると、カメラ本体がIT分野で、レンズが建築分野と置き換えられるかもしれません。研究開発のタームについて、カメラの本体は年に一度は新しい機種が発表される中、レンズについてはかなり昔のレンズが今でも現役として活用されている、これと同じようなものかもしれません。
私の研究領域である地震と建築構造に関する研究の歴史は古く、その過程において耐震に始まり、制振・免震の技術に関する研究開発が行われてきました。例えばNTTの通信建物は震度7でも耐えられる耐震構造を基本とし、阪神淡路大震災のときも東日本大震災のときも、天井や外装材などの非構造部材の損傷はあるものの、建物を支える役目の構造躯体に致命的な損壊を受けた建物はありませんでした。阪神淡路大震災の後、日本国内では1990年代後半ごろから、地震エネルギーを建物本体ではなくダンパーで吸収することにより建物本体の損傷を低減して揺れを減少させる制振構造、および地震の揺れを遮断することで建物の揺れを大幅に軽減する免震構造の建物が建設されてきました。
私は研究開発者として、この制振・免震技術、さらには構造ヘルスモニタリングを含む建物の安全性に関する研究開発をさらに先に進める役割を担いたいと考えています。そして、その役割は競争ベースのスピード重視よりも、他者とともに市場をつくり、共に成長してシステムを使ってくださるお客さまや社会の役に立つことだと考えています。
先人たちは、それこそ勇気あるチャレンジを通じて耐震、制振、免震等の構造設計や構造ヘルスモニタリングにかかわる研究開発を行ってくれたと思っています。そのおかげで現在はさまざまな課題が明らかになっています。構造ヘルスモニタリングにおける判定精度向上においては得られたデータをどう処理し、何と比較するか等、深く追究していくためには時間が必要な課題があります。私は今、それらに1つずつ対処しているわけですが、それも先人たちの実行力があったからこそです。先人たちのチャレンジによって明らかになった課題をより適切なサービスへと昇華させていくことで社会に役立てようと考えています。

先人たちの努力をベースとしてより深く研究されるとき、課題やテーマを探す際に心掛けていることはありますか。

筋が通っているかどうかはとても大事なことだと思います。一般的に、研究開発は優先順位の高いものに注力しますが、得てして緊急度が高く、短期的なテーマにリソースをつぎこむことが多くなりがちです。ただ、お話ししたとおり、先人たちの取り組みを有用なサービスにするための長期的な取り組み、重要度の高い取り組みにも臨んでいます。
目下のところ、武蔵野の研究所にある耐震試験をするための振動台の維持向上および後継設備の構築や、NTTグループの地震観測システムの維持向上とデータ活用が優先順位の高いものです。
そして、先人たちの貴重な研究に対する営みの継続を大切にしています。少し古い考え方かもしれませんが、私にはやはりそれを引き継がなければならないという使命感があります。
このような考えは、当人の業務経験から得られるものもありますが、その人の個性のほうがより支配的な気がします。私は最近「人はそれぞれ違うもの」であると強く感じています。そして、その個性(特性)の善し悪しは一概に決められるものではなく、善し悪しを判断する根拠もまた、個性によって違ってよいと思うのです。例えば、自分の子どもが悪いことをしたとします。子どものしたことは悪いことであると私が思っているだけで、社会からみたらそれは悪くないかもしれません。ですから、子どもに私と同じ価値観を持ってほしい、同じように成長してほしいと思うことは、ついついしてしまうことは正直ありますが、案外間違っているのではないかと思うのです。これを会社のメンバとの関係に置き換えれば自分とその方の意見に相違があってよいと思います。
自分と違う意見はありがたいものです。私は、同じことをしても喜ぶメンバとそうでないメンバがいるように、さまざまな個性を持った人がいるからこそ組織の安定力が増し、仕事上の抜け漏れがない状態を保てると考えます。私にも志向や理想がありますが、メンバの意見が違うからといってそれを否定せず、1つの考え方として受け止めています。

常に刷新され続ける社会の常識を学ぶ努力が必要

研究開発者の個性が活かされているからこそサービスが充実しているのかもしれないですね。

もちろん、地震などないほうがよいに決まっていますが、それでも地震発生時にシステムが役に立ったよとお客さまから声をかけていただくと嬉しいものです。過去に私が構造設計を担当したビルが宮城県内に2棟ほどあるのですが、東日本大震災に遭っても大きな被害を受けることはありませんでした。そういう事実を目の当たりにすると安全にかかわる仕事をしていて社会の役に立てた実感を持つことができ、良かったなと思います。
また、長年、研究開発をしていて最近改めて実感するのが商品化というフェーズの重要性です。現在、私が担当しているテーマは研究が進み、実用化から開発、商品化という段階を迎えています。この商品化のフェーズにおいては、さまざまな業務の経験者がその多様性を活かして商品化に参画することで、よりサービスが充実すると考えます。
社会は常に変化しますから、自分の知らないうちに実はそれが常識となっていた、それを認識するのが遅れたということは当たり前にあります。商品化のフェーズにおいてはこうした常に刷新され続ける社会の常識を学ぶ努力も必要だと感じます。

今後、研究開発者としてどのような姿勢で臨まれるのでしょうか。また、後輩の研究者の皆さんに一言お願いいたします。

後輩の皆さんには自分の特徴・個性を最大限に活かして研究開発に臨んでほしいと思います。外部から影響を受けることも自分の考えを貫くこともほどほどがよいでしょう。それは、自分が「正しい」と思うことはあるでしょうが、他の人も同じように自分が正しいと思うことがあり、必ずしもそれが一致しているわけではありません。それが個性なのです。
だから「謙虚になろう。互いに認め合おう」と言うこともありますが、そもそもそのようなことを言うのをあえてやめようと思うことがあります。なぜならば、謙虚でないことや認めないことも個性だと思うからです。周りの研究者を認めつつ、自分はこうあるべきというものを持つことも大事なことかもしれませんが、それすらも個性ですね。
研究開発者、あるいは会社員、エンジニアと考えると、組織人として多少は謙虚に人の意見に耳を傾けられたらよいと思うこともありますが、人それぞれ耳を傾けるにしてもそれに多少の差があってもよいと思います。皆さんが全く同じであることは組織としてもよくないと私は考えています。
最後に私は、全世界の約78億人のうちの1人として、これからも変わらずに自分の力を活かし、建築構造の分野を進展させる役目を担っていきたい、この道を突き進んでいきたいと考えています。
繰り返しになりますが、耐震・制振・免震等を対象とするような建築構造の研究領域は地震が発生しないと新しいデータは入手できません。そして、地震はいつ、どこで、どのような性質のものが発生するのか分かりません。このことで、過去のデータの蓄積から予測して、改善する、研究開発をするという、後追いのような営みにジレンマを感じる研究開発者も多いはずです。だからこそ、先読みできるように殻を破ることも研究開発者には必要です。私自身も後追いしている状況にありますが、それでも私は自分なりに何かの役に立てればという気持ちで研究開発に臨んでいこうと思います。