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グループ企業探訪

第239回 株式会社NTT ArtTechnology

デジタル化・ICTにより文化芸術に関する地域の課題解決に貢献

NTT ArtTechnologyは、デジタル化やICTにより文化芸術の保存・活用を図ることで、地域の活性化に貢献する会社だ。文化芸術を「守り」、「活かし」、「つなぐ」という3つのフェーズのアクティビティにより地方創生への貢献をめざす思いを国枝学社長に伺った。

NTT ArtTechnology 国枝学社長

超高精細なデジタル化で再現性の高いレプリカを実現し、活用する

◆設立の背景と目的、事業概要について教えてください。

NTT東日本では、地域の方々と連携し課題解決に取り組んでおり、これまでに農林水産業等の一次産業を中心に推進してきました。こうした活動を通して自治体をはじめとする地域の方々といろいろお話しをしている際に、芸術作品の劣化からの保存や災害等で損壊した歴史的建築物の修復、伝統技術、伝統芸能などの無形文化財の継承等の文化財保護に関するご相談を結構いただきました。一方で、最近のICTの進歩が目覚ましく、高速大容量な通信、高精細なデジタルアーカイブの実現、AIの活用等の環境が整ってきました。そこで、ICTにより文化芸術に関する地域の課題解決を行うことを目的に、2020年12月1日にNTT ArtTechnologyが設立されました。
また、日本の電話事業100周年(1990年)の記念事業として、「コミュニケーション」というテーマを軸に科学技術と芸術文化の対話を促進し、情報交流の拠点(センター)となることをめざして1997年4月にオープンした、NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)の運営も2021年4月に引継ぎました。現在NTT ArtTechnologyでは、①多様な有形無形の文化財等の高精細デジタル化を行う「文化財のデジタル化」、②デジタル化した作品をオンラインで配信するなどの「デジタル化した文化財を活用したサービスの開発・提供」、③「ICCの運営」、④ICTを活用したサテライト/バーチャルミュージアム構築や運営等を行う「ICTと文化芸術を活かした地域活性化事業」の4事業を展開しています。

◆ICTでどのように文化財保護や文化芸術を活かした地域の活性化に貢献できるのでしょうか。

地域の価値ある文化や芸術を集積して「守り」、先進テクノロジを用いて発信することで「活かし」、当社がつなぎ役となり、地域と地域、地域と世界を「つなぐ」の3つのフェーズがあると考えています。
例えば浮世絵の作品には、芸術的・学術的価値がありますが、空気や光に当たることで、退色・変色等の劣化が生じます。これを質感や凹凸等の立体感まで再現できるような高精細デジタル化を行い、再現画像(作品のレプリカ)で展示を行い、現物は保存することで、作品の劣化の機会を減らし、価値を維持できます。加えて、レプリカならば明るいところで注視することも可能であり、またデータであれば自由に拡大することもできます。これにより新しい発見につながった事例もあります。建物を同様に(3D)高精細デジタル化することにより、修復の際には現存していないオリジナルの見本とすることも可能です。さらに伝統技術・伝統芸能を詳細にデジタル化することで、継承者不足という課題の解決ツールとして活用できます。これらが「守り」フェーズの貢献です。
こうして蓄積されたレプリカを印刷して公共施設や病院等に飾ったり、モニタに表示したり、あるいはVR(Virtual Reality)等で表示するといった活用で新たな利用価値が創造されます。
さらに、デジタル化した作品のデータを、大容量でセキュアなネットワークで伝送することで、文化芸術の流通が可能となり、特定の場所に依存しないサテライトミュージアム、バーチャルミュージアムを構築することで、質の高い作品を身近に鑑賞することができるようになります。これが「活かす」フェーズです。
そしてその先に、身近に作品を鑑賞することで、実物を見たい、という知的好奇心を喚起し現地の美術館・博物館への送客につなぐことも期待でき、人流による地域経済への貢献にもつながっていきます。これが「つなぐ」フェーズです。

ICCの展覧会をショーケースとして、グローバルも視野に展開

◆どのような事例があるのでしょうか。

2020年12月1日より、ICCにおいて「Digital×北斎【破章】 北斎vs廣重 美と技術の継承と革新」と題する体験型美術展を行っています。これは、独自の画像処理技術により、和紙の繊維1本1本まで再現できる20億画素のデジタルデータを作成したアルステクネ社グループとの連携により実現したものです。フランス国立オルセー美術館所蔵の絵画、山梨県立博物館所蔵の葛飾北斎の版画、大阪浮世絵美術館所蔵の歌川廣重の版画、神奈川県立歴史博物館所蔵の版画がアルステクネ社によりデジタル化されており、それぞれの所蔵元より公式レプリカとして認定されています。実は本展は第2弾で、これに先立ち2019年11月~2020年2月の間、第1弾の「Digital×北斎【序章】~先進テクノロジーで見えた170年目の真実~」と題する展覧会を行いました。その際のお客さまの反響や評価を基にNTT東日本が事業化を決定し、NTT ArtTechnologyの設立、「Digital×北斎【破章】」の開催に至りました。この展示については海外にも発信しました。
こうした展示をご覧いただいた方々や、当社の取り組みに興味を持った方々から引き合いをいただき、「巨大映像で迫る五大絵師 ― 北斎・広重・宗達・光琳・若沖の世界 ―」(https://faaj.art/2021tokyo/)への出展、額装されたモニタに閉域ネットワークを介して作品データを配信し、高齢者専用住宅、病院、オフィスビルの壁面に飾る事例、静岡県の自治体では市庁舎で自治体ゆかりの作品を展示するサテライトミュージアムの実施、千葉県の自治体では所蔵作品をデジタル化して市内の美術館で「Digital×浮世絵」展を開催するとともに市内の病院等の施設へ配信する等の展示、そして東日本大震災復興支援企画の一環で、東京藝術大学生が東日本大震災の記録の保存・記憶の継承のために描いたスケッチ絵画をデジタルアーカイブ化し、東京と仙台に同時配信を行いました。
また、バレエの公演(無観客)も通常では行わないような規模のオーケストラやコーラスの編成や、ドローンを駆使した空撮等、これまでの舞台にないことに挑戦してデジタル映像を制作して有料配信する施策への協力も行いました。
ご利用の方々からは、遠隔の美術館にある作品を質感まで本物そっくりな状態で見ることができることへの評価や、教育的な観点からの評価、病院等では院内の雰囲気づくりに関する評価をいただいており、さらに、過去に訪れた美術館の記憶がよみがえった、いつかその美術館へ行って本物に出会いたいといった感想も出てきています。

◆今後の展望についてお聞かせください。

現在は、地域の文化財のデジタル化やそれらを活かしたサテライト/バーチャルミュージアムの提案などをNTT東日本と連携して行っています。また近々、先ほどご紹介した額装したモニタに閉域ネットワークで作品データを配信してご鑑賞いただくサービスを正式にリリースする予定です。
デジタル化の対象についても、現在は絵画や版画など平面の作品が中心となっていますが、今後は仏像や彫刻といった立体にもチャレンジしていきます。また、伝統芸能のデジタル化も手掛け始めています。より多くの事例を積み重ね、地域と地域を結びつけ、地方創生に貢献していき、将来はぜひ日本文化のデジタルデータを活用して海外との文化交流をはかりたいと考えています。

担当者に聞く

文化芸術の価値を高めるソリューションを提供

取締役デジタルアート推進事業部長(企画部長兼務)
鈴木 健広さん

鈴木 健広さん

◆担当されている業務について教えてください。

地域には、貴重な文化芸術がたくさんありますが、保管・保存に手一杯で、活用や継承まで進めることができない、といった声が全国各地から数多く出ております。その課題解決を通した地域貢献をビジネスの芽として育てるために当社が設立されました。私は本件に、事業化の検討、会社設立の準備段階からかかわっており、会社設立後はデジタルアート推進事業の責任者として、文化芸術のデジタル保存に始まり、オンライン配信やデジタル技術を用いた展示といった活用をソリューションとして提供していくことに取り組んでいます。
こうした地域からの声に1つずつ対応している一方で、文化財のデジタル化やその活用については、具体的なイメージを喚起させるまでには行きついていないところがまだまだあり、「Digital×北斎【破章】 北斎vs廣重 美と技術の継承と革新」のようなショーケースへの訪問や事例紹介を通して、この取り組みの重要性をご理解いただけるよう、努力しているところです。まだ黎明期の段階にあるこの取り組みを何とか花開かせるために、今一生懸命仕込みをしているステージにあるのかと思っています。

◆ご苦労されている点を伺えますか。

文化財のデジタル化には費用がかかりますので、その費用をかけただけの価値はあるのか、という問いを受けることがあります。また、オリジナル至上主義を唱え、デジタル技術による複製物(レプリカ)を「偽物」とみなす方も少なからずいらっしゃるのも事実です。
こういった方々に口頭での説明によって理解を促そうとしても、理解しづらいものなのでこちらの意図を伝えるための工夫が必要となります。北斎展のようなショーケースを実際に目で見ていただき、デジタル技術の進歩を交えつつ文化芸術のデジタルによる活用事例や取り組みの効用等をご説明差し上げることで、理解促進を図ることができます。こうしたプロセスを1つひとつ繰り返し、オンラインやデジタル技術を活用した新たな文化芸術の鑑賞スタイルを提案していくことが大切だと考えています。

◆今後の展望について教えてください。

文化芸術の価値は、オリジナルとレプリカを比較し真贋を見定めるようなことではなく、オリジナルを大切に保存しバックアップを取りながら、レプリカを活用していくことで高まっていくと考えます。デジタル化により、オリジナルの価値が減ずるものではなく、むしろ高まるのです。デジタル化は目的ではなくあくまでも手段です。デジタル化することにより、オリジナルの劣化を食い止めることができます(守り)。そして、さまざまなデジタル技術を活用することで、作品の魅力を存分に伝えることができます(活かし)。さらにこうした「活かし」の取り組みを広く展開し連携させることで、各地域の文化芸術どうしがつながれば、各地域の魅力が多くの方に共有され、訪問者の増加等、オリジナルの周辺に新たな価値をもたらすことができます(つなぐ)。
私たちの事業はこうした価値創造のお手伝いによりもたらされるものです。黎明期の段階では、この価値創造を理解していただくために、実際に目で見て理解してもらうことが重要です。そのためにも実績を1つひとつ積み重ねていくことに注力していきます。

ア・ラ・カルト

■「Digital×北斎【破章】 北斎vs廣重 美と技術の継承と革新」鑑賞記

ICCで行われている企画展「Digital×北斎【破章】 北斎vs廣重 美と技術の継承と革新」を案内していただきました。「ここに展示されている作品はすべてレプリカです。場内のデモの操作はすべて非接触になっています」と説明を受けつつ、入口ではコミュニケーションロボットのお出迎えにより早速入場です。

入口すぐのところに、葛飾北斎の版画、富嶽三十六景の凱風快晴の印刷されたレプリカが2枚掲げられています。1枚は非常に鮮やかな色合いで印刷されており、日常よく見るものです。もう1枚はやや薄い色合いで優しい感じがするものです。これをよく見ると、和紙の繊維の1本1本が見え、さらに紙の凹凸まで再現されています。これが、和紙に色がのった実際の版画の画素数20億のレプリカです。どちらもマット紙というツルツルの洋紙で、この2点の再現性の違いに驚きました。

この先は富嶽三十六景と歌川廣重の東海道五十三次の版画が、手元の操作によるバーチャルな動きを付けた映像のコーナーをはさんで展示されています。廣重の時代には使う色が増えてきたそうで、それもはっきりと確認できます。それぞれが額に入って展示されているので、まさに本物感満載です。中にはモニタを額に組み込んだものもあり、これですらも本物と見まがうようなものです。ふと気付いたのが、額にはガラス板がなく、しかも通常美術館は薄暗い中で作品展示しているところが、ここは明るい中の展示です。レプリカなので、光や空気による劣化を気にする必要がないのです。

途中、おもむろに油絵が展示されています。どこかで見たことのある作品かと思いきや、フランスのオルセー美術館の、セザンヌ、モネ、ゴッホ、ルノアール、ゴーギャン等による作品のレプリカです。浮世絵が西洋の印象派に与えた影響を説明するために展示されているそうです。以前、これらの作品の実物を見たことがあるので、古い記憶をたどりながら見ていくと絵の具の凹凸や光沢まで見事に再現されており、周囲の雰囲気を気にしなければまさに現地で鑑賞しているような感じです。浮世絵に影響を受けたというゴーギャンの作品の展示に粋なはからいを感じつつ、本物を見てみたいという衝動にかられながら会場を後にしました。

体験型美術展「Digital×北斎【破章】北斎vs廣重 美と技術の継承と革新」
開催日程: https://www.ntt-east.co.jp/pr/hokusai-hasyo/ をご参照ください
開催場所:NTTインターコミュニケーション・センター(ICC) ギャラリーE