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グローバルスタンダード最前線

宇宙線起因「ソフトエラー」に関する最新研究成果およびITU-T標準化活動

今後、デジタルトランスフォーメーション(DX)がさらに進む世の中において、安心・安全なネットワークを維持するためには宇宙線起因のソフトエラー対策が重要となります。ここでは、NTT研究所がこれまで取り組んできたソフトエラーに関する最新研究成果、ソフトエラー試験技術のビジネス化およびITU-T(International Telecommunication Union - Telecommunication Standardization Sector)における標準化活動に関して解説します。

岩下 秀徳(いわした ひでのり)
NTT宇宙環境エネルギー研究所

背景と概要

サービスの多様化、利便性の追求等により、現代の社会基盤は、デジタルトランスフォーメーション(DX)が進んでいます。社会が便利になる一方で、原因の特定が困難な宇宙現象による電子機器のトラブルであるソフトエラーが増えています。宇宙から降り注ぐ宇宙線が、大気圏にある酸素や窒素に衝突すると、中性子が発生します。この中性子が、電子機器の半導体に衝突すると、保存されたデータが書き変わる現象「ソフトエラー」を引き起こし、場合によっては社会インフラに重大な影響を及ぼす可能性があります(図1)。現在も、電子機器の各種エラー対策や設備・システムの冗長化など、社会インフラを安定して運用するためのさまざまな対策が施されていますが、将来さらに半導体の高集積化・微細化が進めば、ますます中性子の影響を受けやすくなると考えられています。ソフトエラーは永久的に半導体デバイスが故障するハードエラーとは異なり、電気的なノイズにより発生する一時的な故障(メモリのビット反転)で、半導体デバイスの再起動や上書きで回復します。図1のグラフに示すように、半導体の微細化で故障率に変化がないハードエラーに対して、ソフトエラーは急上昇していることが分かります(1)(2)。例えば、10000FIT(Failure in time:10億時間当りの故障数を示す)の半導体デバイス1つ当りでは、年間当り0.09件の故障ですが、通信装置の同半導体デバイスを6個搭載したものを5000台でネットワークを運用すると、年間当り262件の発生が見込まれます。また、ソフトエラーは、保存データが書き変わり、誤動作やシステムダウンを引き起こす可能性があり、いったん電源を落とすと痕跡を残さないということから原因の特定が困難となる可能性があります。また、電子機器1台当りではソフトエラーの発生確率が非常に低いということがあり再現ができず、運用者にも原因究明・対策が大きな負担となる場合があります。このような背景から、近年の高信頼が要求される通信システムは、ソフトエラー対策が重要となっていました。
そこで、NTT研究所では、このようなソフトエラーの対策・評価を可能とするため、短時間でソフトエラーを再現させ高精度に自然界やさまざまな環境におけるソフトエラー発生率を算出可能なソフトエラー試験技術を確立し、その技術のビジネス化およびITU-T(International Telecommunication Union - Telecommunication Standardization Sector) SG(Study Group)5にて標準化を行いました。

ソフトエラーを引き起こす中性子エネルギー特性の実測

ソフトエラー対策を行うためには、1日に何回故障するなどの時間当りのソフトエラーによる故障数を考慮した半導体やシステムの設計が重要になります。さまざまな環境における、ソフトエラーによる故障数を算出するためには、ソフトエラー発生率のエネルギー依存性(中性子が持つエネルギーごとのソフトエラー発生率)の詳細なデータが不可欠です。
中性子が引き起こすソフトエラー発生率には中性子が持つエネルギーによる違いがあります。宇宙から降り注ぐ中性子や加速器で発生させる中性子は、それぞれ異なるエネルギー分布を持ちますので、環境ごとの中性子エネルギー分布を考慮してソフトエラーによる故障数を評価する必要があります。そのためには、
① あるエネルギーEを持つ中性子の数:φ(E)に、
② そのエネルギーEを持つ中性子が引き起こすソフトエラー発生率:σ(E)をかけることで
③ あるエネルギーEを持つ中性子が引き起こす故障数:φ(E)×σ(E)を計算します。
そして、その環境に分布するすべてのエネルギーにわたる故障数(上記③)を合計することにより、その環境下でのソフトエラーによる全故障数を算出します(式1)。

このように、中性子エネルギーごとのソフトエラー発生率(上記②)はソフトエラーによる故障数の計算に不可欠であり、宇宙線による半導体影響の研究・対策においてもっとも重要なものですが、これまでは飛び飛びのエネルギーでの測定値しかなく、連続的な測定データを得ることは不可能でした。そこで、NTT研究所では、光速に近い中性子の速度を測定可能にする超高速エラー検出回路を開発し、1MeVから光速に近い800MeVまでの非常に広範囲なエネルギーの中性子によるソフトエラーの測定を可能としました(3)(図2)。

加速器を用いたソフトエラー試験

ソフトエラーは、半導体デバイス当りでは非常に発生率が低いため、通信システムの開発段階では再現させることが困難です。そこで、自然界に対して桁違いに多く中性子線を照射することで、ソフトエラーを短時間で発生させることができます。従来、半導体デバイス単体では、ロスアラモス国立研究所の加速器のような、高エネルギー加速器(数100MeV)を用いてソフトエラーを再現させる試験がされていました。これは、前述した中性子エネルギー依存のソフトエラー発生率が未解明であったため、図3に示す自然界とほぼ同じ形状の中性子スペクトルを生成可能な高エネルギー加速器を利用していました(4)~(6)。同じ中性子スペクトル形状であれば、単純に中性子数の比で自然界に対して何倍加速しているのかを簡易に算出できます。しかし、このようなスペックの加速器は世界的にも数個所しか存在しないため、マシンタイムの確保や費用の観点で非常にハードルの高いものとなっていました。
一方、前述した中性子エネルギー依存のソフトエラー発生率のデータがあれば、中性子スペクトル形状が異なっていても、自然界やさまざまな環境、さらにその他の加速器環境でのソフトエラー故障数へ換算することができるようになります。NTT研究所では、北海道大学と協力して、図3に示すように中性子スペクトルは自然界と異なりますが、北海道大学が保有する比較的低エネルギー電子(33MeV)を用いた小型加速器中性子源でもソフトエラーが再現できることを実証し、通信システムの開発段階でソフトエラーの評価が可能であることを確認しました(図4)。このレベルのスペックの加速器であれば、国内にも多数存在し、マシンタイムの確保や費用の観点からも十分に開発段階で利用可能となります。
そして、このようなソフトエラーの問題は通信システムだけではなく、インフラなどに使われる高信頼が要求される電子機器全般も関係することから、本試験の需要があると見込み、名古屋大学、住重アテックス株式会社と商用化のための共同実験を行い、2016年12月にNTTアドバンステクノロジにてソフトエラー試験の商用サービスが開始され、現在では通信以外の電子機器についても、ソフトエラー試験が実施されています。

ITU-T標準化活動

NTT研究所では、本ソフトエラーに関する技術を世界標準とするため、社団法人電信電話技術委員会(TTC: The Telecommunication Technology Committee)において、ITU-T SG5のEMC(Electromagnetic Compatibility)を担当している情報転送専門委員会の通信システムのEMC SWG(SWG 1305)内に、通信システムベンダ、デバイスベンダを委員とする通信システムのソフトエラーに関する標準化Adhoc(SOET_Adhoc : Soft Error Testing Adhoc)を2015年8月に開設し、議論・勧告案の作成を行いました。そして、ITU-T SG5にてソフトエラーに関する新業務項目提案(New Work Item Proposal)が了承され、2018年に通信の国際標準化を行う国連専門機関ITU-Tにおいて、ソフトエラーに対する6つの標準勧告の制定が完了しました。さらに2022年1月には、前述した中性子エネルギーごとのソフトエラー発生率などの最新研究成果やソフトエラー試験において挙がった課題の対処等を反映した改訂版が制定されました。これら勧告群では、通信装置のソフトエラー対策に必要な設計方法・試験方法・評価方法・半導体デバイス情報および品質評価基準が示されています(図5)。
具体的には、K.124(概要編)では、勧告群全体の概略を示し、K.131(設計編)では通信システムとしてのソフトエラー対策方法が示され、その対策に必要な半導体デバイスとしての情報はK.150(デバイス編)にて定義されています。さらに、K.139(基準編)では、表に示す通信システムへ要求されるソフトエラー起因の故障率が定義され、K.130(試験編)で加速器での試験方法、K.138(評価編)では加速器での試験結果がどの基準に適合しているかの評価方法について規定されています。これら勧告により、通信システムの調達者は運用前にソフトエラー耐性を把握することが可能となり、製造者は具体的にソフトエラー耐性をどの程度持たせればよいか明確となります。
さらに、2020年5月に情報通信ネットワーク産業協会(CIAJ)の電磁妨害対策技術委員会の中に「ソフトエラー信頼性登録ワーキンググループ(WG)」が設置され、技術ガイドラインおよび運用ガイドラインの検討が進められています。これにより、通信装置およびソフトエラー試験設備の登録運用が今後実施される見込みです。

今後の展望

NTTでは、新たな宇宙事業の創出をめざしており、今後NTT宇宙環境エネルギー研究所では、今まで培った地上における通信システムのソフトエラー対策・評価技術を活かし、宇宙環境における新たな対策・評価技術の研究を進める予定です。

■参考文献
(1) https://www.itu.int/rec/T-REC-K.Sup11-201711-I
(2) https://www.xilinx.com/support/documentation/user_guides/ug116.pdf
(3) H. Iwashita,G. Funatsu,H. Sato,T. Kamiyama,M. Furusaka,S. A. Wender,E.Pitcher,and Y. Kiyanagi:“Energy-Resolved Soft-Error Rate Measurements for 1–800 MeV Neutrons by the Time-of-Flight Technique at LANSCE,”in IEEE Transactions on Nuclear Science, Vol. 67, No. 11, pp. 2363-2369, Nov. 2020. doi: 10.1109/TNS.2020.3025727
(4) https://www.jedec.org/standards-documents/docs/jesd-89a
(5) https://permalink.lanl.gov/object/tr?what=info:lanl-repo/lareport/LA-UR-05-8767
(6)  H. Iwashita,H.Sato,K.Arai,T.Kotanigawa,K.Kino,T.Kamiyama,F.Hiraga,K.Koda,M.Furusaka,and Y.Kiyanagi:“Accelerated Tests of Soft Errors in Network Systems Using a Compact Accelerator- Driven Neutron Source,”in IEEE Transactions on Nuclear Science, Vol. 64, No. 1, pp. 689-696, Jan. 2017. doi: 10.1109/TNS.2016.2626005