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挑戦する研究開発者たち

ギブ&ギブ&ギブこそが将来のテイクにつながる

スマートフォンの普及により、データ通信トラフィックが急増するにつれ、その特性も急激に変化しました。こうした変化に対応していくためには、ネットワークのスケーラビリティ、機能拡張・変更の柔軟性、オペレーションの柔軟性、そしてこれらが低コストで実現されることが求められます。こうした要求に対応するために、ネットワーク仮想化基盤の開発を担うNTTドコモネットワーク開発部中島佳宏担当課長に研究開発の概要と醍醐味を伺いました。

中島 佳宏
ネットワーク開発部
ネットワーク仮想化基盤
担当課長
NTTドコモ

世界に先駆けてNFV商用化。業界における改革のロールモデルとなる

現在の研究開発内容をお聞かせいただけますか。

モバイルネットワークにおけるコアネットワーク(CN)と呼ばれる、端末の位置情報や加入者情報等の管理、これらの情報を基に端末相互間の交換接続といった機能の制御を行うネットワークの研究開発等に臨んでいます。私はNTT未来ねっと研究所でネットワーク仮想化のための要素技術をテーマとした研究をしており、2017年にNTTドコモへ異動後、この技術のCNへの適用のための研究開発を行ってきました。そして、現在はネットワーク仮想化技術(NFV:Network Functions Virtualization)の国際標準化と全国展開に取り組んでいます。
昨今ではスマートフォンの普及によりデータ通信トラフィックが急増するにつれ、トラフィック特性も急激に変化してきました。こうした変化に対応していくためには、ネットワークのスケーラビリティ、機能拡張・変更の柔軟性、オペレーションの柔軟性、そしてこれらが低コストで実現されることが求められ、そのための技術としてNFVがあります。ネットワークを構成するルータ、スイッチ、ファイアウォール等の装置は、専用のハードウェア(HW)をベースとしてそれを制御する専用のソフトウェア(SW)のセットで構成されています。これらの装置の通信機能に関する部分をSWとして分離し、汎用のHW上で動作させるのがNFVです。これにより汎用のHW上にさまざまな機能を持った複数のネットワークの構成が可能となります(図1)。
NFVにより、汎用HW上で複数のサービスを実装することができるため、次のような効果があります。新たな機能のSWを追加するだけで、新たな装置を導入することなく、迅速な新サービス提供が可能となります。また、サービスごとに使用するリソースを柔軟に割当てることで、トラフィック変動や加入者収容の変動への柔軟な対応が可能になるとともに、リソースの利用効率が向上し、コスト削減にもつながります。さらに、故障発生時の装置の切替えや迂回ルートの設定等が迅速かつ柔軟に行えることで、信頼性向上やオペレーションも効率化されます。

世界に先駆けたNFVの商用化には大きな期待が寄せられているのではないでしょうか。

おかげさまで、「移動体通信をより強靭で、柔軟かつ経済的に実現するNFVの基盤技術を実現し、NFVの国際標準化を主導したこと」が高く評価され、令和3年度科学技術分野の文部科学大臣表彰の科学技術賞(開発部門)を受賞することができました。この成果は安定した通信サービスの継続的な提供に貢献するだけではなく、通信事業者によるNFV商用化の世界に先駆けた事例で、業界における改革のロールモデルとなったと評されました。
これらの経験・実績をベースとして、5G(第5世代移動通信システム)のCN(5GC:5th Gen­er­a­tion Core network)アーキテクチャをNFVベースとするよう大きく方向性を転換しました。
5GCにおいては、従来のテレコム要件のベースライン実現を確保しつつ、5Gの新機能の具備・構築や保守の高度化・効率化等、ネットワーク仮想化効果の最大化をめざして研究開発を展開しています。
そして、これまではCN内部の装置の仮想化に取り組んできましたが、今後は基地局装置の仮想化を進め、2022年以降に商用導入を図り、2025年までにはCNの100%仮想化をめざして取り組んでいます(図2)。基地局は非常に数が多いうえに、3G(第3世代移動通信システム)から5Gまで複数のサービスが混在しているため、大きな仮想化効果が期待されます。

通信業界の牽引役として国際標準化に積極的に臨む

常に現状と将来の課題をとらえて改善し続けて、サービスに反映させているのですね。

さらに先を見据えて動いているのが無線ネットワークのオープン化とインテリジェント化をめざした取り組みで、基地局装置の仮想化(vRAN:virtualized Radio Ac­cess Network)により対応していきます。
これは、高速低遅延を実現する通信インフラにおいて重要な役割を果たす技術です。IT分野で利用されている汎用的なHWや無線処理にカスタマイズしたHWアクセラレータをベースに仮想化技術を無線基地局に適用する取り組みです。vRANの導入により経済性、品質、構築・保守の自動化への期待が込められています。
まず、経済性においてはHWとSW分離によって最適なソリューションの組合せの実現への期待です。最新HWによる性能向上と低消費電力化に加えてエッジからCNまでのインフラ共用、共通オペレーションが見込まれています。そして、仮想化・自動化によるシンプルかつインテリジェントなRAN(Radio Access Network)の保守の実現です。RANのインテリジェント化を担う制御部であるRIC(RAN Intelligent Controller)によるトラフィック変動への対応、安定的かつ長期的な仮想化基盤の運用が可能となります。さらに、構築・保守の自動化においてはエッジからCNまでのインフラ共用化とオペレーションにより、エッジでの現地作業の削減やエッジからコアのE2E(End to End)でのオーケストレーション提供が見込まれるなど、さまざまな成果が期待されています。
私たちはCN装置の仮想化技術をすでに2015年に導入していますし、運用経験もありますから、これらを最大限に活かしつつ、現在はvRAN導入を推進しています。その一例が、2021年2月から開始したvRAN技術を有するパートナー企業との「5GオープンRANエコシステム(OREC)の協創プログラム」で、これにより多様なニーズにこたえらえるように柔軟なネットワーク構築が可能になります。
将来の課題への対応という意味では、NFVの国際標準化に取り組んでおり、これにより汎用製品を用いることで発生する問題、例えば、一般的にメーカによる装置のサポート期間が短いことや、導入装置の製品サポート期間終了後の対応等の課題を解決することができます。

NTTドコモが国際標準化に取り組んでいる意義は大きそうですね。

国際標準化は異なるメーカの製品間で相互運用を可能にするために、当該業界において統一規格を設ける取り組みです。統一された規格の製品により、メーカ依存なく基地局装置を共通化することができますし、それによって経済性を図ることが可能となります。NFVについては、2010年代前半から研究開発と並行して欧州電気通信標準化機構(ETSI:European Telecommunication Standard Institute)NFVを中心とした国際標準化を進めてきました。その中で、ETSI NFV ISG(Industry Specifica­tion Group)は通信事業者が主導し、情報通信業界全体に対して、ネットワーク仮想化の共通要求条件や参照アーキテクチャ等の標準仕様を策定するグループとして2012年にETSIの下部組織として設立されました。現在は、110社・団体が加盟しており、私はここで副議長を務めています。
そこで規定されるISG NFVは、仮想化リソースの管理とオーケストレーションに焦点を当て、ネットワーク機能の仮想化に関する100以上の異なる仕様とレポートが作成され、アーキテクチャの観点から、NFV仕様として、仮想化の要件、NFVアーキテクチャフレームワーク、機能コンポーネントとそのインタフェース、およびこれらのインタフェースのためのプロトコルやAPI(Application Programming Interface)が規定されています。
こうしたETSI NFV ISGにおける活動が評価され2020年に日本ITU協会賞の奨励賞をいただきました。日本ITU協会賞は電気通信/ICTと放送分野に関する国際標準化や国際協力の諸活動に、優れた功績を遂げた者、今後の貢献が期待される者に贈られます。私は副議長として、オペレータやベンダ、学者をリードし、NFVの進化の方向性の合意形成や標準化を推進する等、標準化団体の運営向上に貢献しました。また、MANO(Management and ­Orches­­tra­­tions)機能群のインタフェース仕様、テスト仕様の品質の向上(開発からのフィードバック)に貢献し、将来、さらなるNFVの進化や仮想化基盤を前提とした5Gのネットワークの実現に向けた国際標準化活動への貢献を期待されたことが評価されました。

泥臭いことをスマートに

NTT未来ねっと研究所からNTTドコモへ異動され、研究から研究開発へとポジションが変化したことで何か実感することはありますか。

検討のアプローチの違いです。研究所は技術主体で業務をどう改革できるかを検討し、事業における開発では現状の業務をいかに技術で解決するかを検討します。また、研究においてはトップデータが優先されますが、開発には導入効果が優先され、そのためのバジェット(予算)管理は必須です。さらに運用をはじめさまざまな人や状況がかかわりますから、必ずしも秀でた技術により問題を解決するとは限りません。
研究と事業における開発はゴールとするところが異なり、この違いに慣れるまでには1年あまりかかりました。ただ、幸運にも私が異動してすぐに仮想化という大きなプロジェクトに参画し、現場で発生していた困難な問題に、これまで追究していた仮想化技術の知見を活かし、解決につなげることができました。これがきっかけで仲間との意思疎通が円滑になり、キャッチアップも早くできました。
ただ、NFVに限らずSWの世界には、とてつもなく優秀な雲の上のような方々もいらっしゃいます。その方々と自分を比較して、まだ足りないと思うことはありますから、これを真摯に受け止めて、努力を重ねていきたいと思います。
その努力とは自分の手で動かす、手を動かして体験するということ、そして実際に赴いて現場の問題意識や改善への要望を直接伺うことです。現場の方々との交流を通じた情報収集は重要で、私にはお客さまのある一言がきっかけで姿勢も視点も変化したという経験があるからです。だからこそ、私たちが検討して導いたソリューションは本当に現場で喜ばれているかを確認したいですね。
このように研究開発は結構泥臭い仕事です。綺麗なことだけ見ていてもやはり事業的な観点はなかなか見えてこないのです。新しい機能を導入したからといってお客さまの満足を得られる時代ではありませんし、バズワードだけに対応していても現場は動きません。いかに業務を改革し運用効率を上げるという具体的な成果が重要ですから、泥臭いこともいとわず、有効な手段を常にストックしておいて提案できるようにしておきたいと考えています。

研究開発者の醍醐味を教えてください。

社会にインパクトを与えられることかもしれません。もちろん、研究者も学術的なインパクトを与えることができますし、私にとってはどちらも楽しいことです。実際の業務改革にしても標準化にしても、NTTドコモの開発部門に身を置いて、より大きくそれを感じます。だからこそ、今後、何かインパクトを与えられるようになりたいですね。例えば、「〇〇の方式」と呼ばれるような、自分の名前がつくようなレベルまで実績が残せたら楽しいですよね。
ただ、インフラを支える技術は特殊な分野であるため、なかなか表に出てこないこともありますし、いまだに「電話屋さんですよね?」とか「モバイルですよね?」と言われることもありますから、私たちの仕事を認知・理解していただくのは、チャレンジングなことでもあります。そうした状況にあっても、私たちの仕事やその成果は、業界においても社会に対してもインパクトが高いものであると自負しています。若い研究開発者の皆さんにもどんどんチャレンジしてほしいと思います。
研究開発は何かを実現する技術力やその考え方、例えばネットワークのつくり方を学ぶことができます。何より開発も現場もまとめて経験できるとても面白い世界なのです。
最後に、私はギブ&ギブ&ギブこそが将来のテイクにつながると考えています。これは私の原点で、研究所の上司に言われた言葉です。情報を発信することでその分情報が入ってきます。逆にそれを止めてしまうと何も入ってこないということになり、良い循環が途切れてしまうのです。そして、単眼的な視点で見るとためらうことであっても、長期的な視点で眺めると大切なことはあります。良い循環が定着するまでは不安で心配なこともあるかもしれませんが、自らを醸成させることに努めて、良いものを手に入れられるように少しずつ種をまいていくような感覚でギブしていくことが重要なのではないでしょうか。
若い研究者の指導にもこの姿勢で臨んでいますが、人によってとらえ方は違いますから、皆さんがギブされていると感じているかどうかは、なかなか知ることはできませんね。

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