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グループ企業探訪

第247回 株式会社 みらい翻訳

AIによる機械翻訳で多言語対応で高精度な翻訳サービスを提供

みらい翻訳は、AI(人工知能)によるニューラル翻訳エンジンをベースとした「Mirai Translator®」サービスにより、企業向けに多言語対応の高精度な翻訳サービスを提供している。「Mirai Translator®」は企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進し、お客さまに「言葉の壁を越え、新しい生活と仕事の様式をもたらす」ことをめざす。事業への思いを鳥居大祐社長に伺った。

みらい翻訳 鳥居大祐社長

機械翻訳で企業のデジタルトランスフォーメーションを実現

◆設立の背景と目的、事業概要について教えてください。

情報通信研究機構(NICT)、NTT研究所と協力しながら最先端技術を導入し、日本語を中心とした高精度の機械翻訳を開発・ビジネス展開する目的で、2014年10月にみらい翻訳が設立されました。設立当初は、NTTドコモ、世界初の機械翻訳システムを開発した米国のSYSTRAN、音声認識技術を提供するフュートレック社の3社合弁で立ち上げ、さまざまな知見を受け継いできましたが、現在は、NTTドコモ、NTTコミュニケーションズ、パナソニック、翻訳センターの4社合弁となっています。
2014年ごろはルールベースの機械翻訳から統計的機械翻訳に技術がシフトしている段階でした。統計的機械翻訳は汎用的な実用面としては翻訳精度がまだ高くない状態であり、私たちは、対象とする分野を専門的なものに絞ることで一定の精度を確保する対応をしていました。2016年にGoogleが機械翻訳をリニューアルしてサービス提供し、そのころから徐々にニューラル翻訳が主流になり、それに呼応して2017年に情報通信研究機構(NICT)、NTT研究所の協力の下、ニューラル翻訳エンジンを開発し、それをベースに「Mirai Translator®」というサービスとしてビジネス展開を始めました。
現在は、「Mirai Translator®」による企業向けクラウド機械翻訳サービスを中心に、ベンダ向け音声翻訳API(Application Programming Interface)の提供、機械翻訳オンプレミス提供、ソフトウェアライセンス(NICT関連)の販売について事業展開しています。

◆事業環境はどのような状況でしょうか。

翻訳というと一般的に、翻訳を発注する「クライアント」と、翻訳を受注する「翻訳会社」と「翻訳者」という主に3つのプレイヤーで構成されている翻訳サービスと思われがちですが、みらい翻訳の事業はこれとは異なります。
私たちが提供しているサービスは、例えば、貿易会社における契約業務のように、日常業務の中で契約書の翻訳が必要となるような状況において、通常翻訳のできる専門家を常駐させて対応していたものを機械翻訳に置き換えることになるもので、ある種のデジタルトランスフォーメーション(DX)ツール・ビジネスツールです。その意味では、前述の翻訳会社も私たちのお客さまになり得る会社です。サービスの使い方については、Webページ上に原文を入力してボタンをクリックすると、翻訳文が原文と並んで表示されるというものが基本で、主として個人を対象としてはいますがGoogle翻訳をイメージしてもらうと分かりやすいかもしれません。
「Mirai Translator®」は私たちが直接サービス提供しており、約60万IDが利用されています。また、私たちの技術は、NTTドコモの「はなして翻訳®」、パナソニックの「対面ホンヤク®」、NTTコミュニケーションズの「COTOHA® Translator」、富士通の「Zinrai Translation Service」といったパートナーサービスとしても利用されています。これは日本最大級の規模の企業向け機械翻訳サービス事業となっているのではないかと思います。

言葉の壁を越え、新しい生活と仕事の様式をもたらす共通語の機能をつくることをめざして

◆「Mirai Translator®」をお試し利用してみましたが、Web等で一般的に提供されている自動翻訳に比べて翻訳精度も高いですね。企業向けに何か工夫されている点はありますか。

翻訳精度は測定方法にもよりますが、TOEIC960点以上のレベルで、プロの翻訳者と同レベルです。
精度以外にも企業向けという点では、セキュリティに対して非常に高い水準が求められる金融機関、製薬会社および政府系機関などの厳しい要件や各種情報保護規定への対応を可能とするために、ISO27001(ISMS)の取得のほか、国内クラウド機械翻訳で初のISO27017認証を取得しています。そのうえで、原文や翻訳文中に人名、プライバシーやノウハウにかかわる語句等も多数出てくるので、翻訳終了後にはデータを自動削除し、サーバには情報が一切残らないような工夫をしています。
また、ビジネスコミュニケーション・テクニカル文書などの翻訳に対応した「汎用翻訳モデル」、契約書・規定など法務関連文書や、決算短信・アニュアルレポートなど財務関連文書の翻訳に対応した「法務・財務モデル」といった専門翻訳モデルも提供しています。
そして、日本語、英語、中国語相互間の翻訳のほか、日本語・英語と欧州系言語(ドイツ語、スペイン語、フランス語、ポルトガル語、ロシア語、イタリア語)・アジア系言語(韓国語、タイ語、ベトナム語、インドネシア語)の翻訳といった多言語対応もしています。
さらに、原文の文章を入力して翻訳文を結果として得るのが通常パターンですが、WordやPowerPoint等のファイルをそのまま入力し、ファイル内の各ページのレイアウト等はそのままでテキストだけを翻訳するファイル翻訳や、ユーザ辞書・ユーザプロファイル等の管理のカスタマイズ等、企業における実際の利用シーンを意識した機能を組み込んであります。
実際に、こういった機能を利用した事例を紹介します。
大手総合商社では日常的に英語は使用していましたが、一部の公的文書の翻訳は外注していました。それを「Mirai Translator®」で対応すると同時に他の翻訳にも使うようにし、生産性向上を図りました。
総合空調専業メーカでは、業務のグローバル化が進展していく中で、海外子会社や販売会社の中長期の事業計画立案、月次決算、営業支援等における各種ファイルやメール文の翻訳に活用することで、生産性向上を図りました。
そして、総合エレクトロニクスメーカやグローバルな自動車部品メーカでは、海外子会社・拠点のエンジニアとの間で、高い翻訳精度とセキュリティ要件が必須な資料のやり取りに「Mirai Translator®」を活用しています。

◆今後の展望についてお聞かせください。

私たちは、会社のビジョンとして「言葉の壁を超え、新しい生活と仕事の様式をもたらす共通語の機能を機械翻訳として2028年までに作る。(世界のすべての人々に英語を母語とする人々と同じ体験を与える。)」と掲げ、そのために「異言語間のコミュニケーションに新しい展望を拓く最適な機械翻訳技術を追い求める」「生活と仕事の新しいスタイルにある、まだ見えない需要に応えるサービスを発明する」「自らソフトウェア製品を開発し、運用し、日々改善する」「世界中の異なる業界の人と話す」をアクションとしています。
「Mirai Translator®」が日常のメールのやり取りの延長のように使われる、つまり日常のビジネスシーンの中に溶け込んでくると、それはまさに「言語の壁のない新たなワークスタイル」であり、私たちのビジョンのめざすところでもあります。そのために「Mirai Translator®」をより日常のビジネスシーンにチューンするよう変化させていくとともに、より多くのお客さまに新たな付加価値を提供し続けることで、ビジョンの実現に向け邁進したいと思います。

担当者に聞く

新たな利用シーンを開拓しAI翻訳のパラダイムシフトを起こすキーファクターはプロダクトマネジメント

取締役 CPO(Chief Product Officer)
井上 真也さん

◆担当されている業務について教えてください。

「Mirai Translator®」をはじめ、NTTコミュニケーションズが提供している「COTOHA® Translator」対応等、AI翻訳プロダクトの責任者をしています。
組織としてのプロダクトマネジメント力強化を目的に、2022年4月から、プロダクトマネジメント室が発足しました。お客さまに近い視点に立脚してプロダクトの企画、開発、運用までのバリューチェーンを循環させていく「プロダクトマネジメント」が非常に重要な意味を持ってくる中で、プロダクトマネジメント室ではそのプロダクトマネージャーの活動を支援するとともに、体系的な育成も行うという戦略的なミッションもあります。
プロダクトマネージャーはお客さまとのディスカッション等を通して、お客さまのニーズの背景にある問題意識、課題を解明し、プロダクト開発チームと二人三脚でその課題に対するソリューションを開発に反映させていきます。また、その評価をお客さまにフィードバックすることでプロダクトをさらに良くしていく、といったサイクルを循環させています。
具体的な事例として、製薬業界とのコンソーシアムがあります。「Mirai/COTOHA Translator®」には「法務・財務モデル」といった、特定分野チューンした翻訳モデルがあるのですが、製薬分野向けにも、製薬業界に特化した専門モデルをつくっています。新薬は独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)の承認のもとに日本国内での販売が可能となりますが、英語で記述された資料が多い中、審査では日本語の資料が必須なので、早期に承認を得るためにこの翻訳をAIを利用して高速・高精度で行うことが、各社の共通認識になっています。そのため、コーパス(機械翻訳の学習データ)や専門用語の辞書がコンソーシアムに集まりやすく、それを私たちが機械学習させることを繰り返すことで、高精度な製薬業界モデルが出来上がります。その結果、業界各社がこのモデルを活用することで、新薬承認の手続きに際してのメリットを享受できるようになります。製薬業界の事例を基に、他の業界へも拡大していくつもりです。

◆現在注力していることを伺えますか。

AI翻訳の利用シーンを増やしていくことに注力しています。現時点では特定の人が文書翻訳する際に利用するという「人手翻訳の代替」という傾向があります。今後はAI翻訳がビジネスチャットやメール等の多言語コミュニケーションや、多言語Webサイトの閲覧をサポートすることで、ビジネスチャットがセキュアに精度の高い自動翻訳付きで利用できたり、社内・社外のWebの検索結果を精度の高い翻訳で表示したりすることが可能となります。こういった日常のビジネスシーンの中における利用を拡大していくことで、特定の人ではなくすべての社員のビジネスシーンに実装され、AI翻訳のパラダイムシフトを起こしたいと思います。試行錯誤を繰り返しながらこれを実施しています。
もう1つはファイル翻訳の精度を上げることです。ファイル翻訳はキーアプリケーションですが、レイアウトや太字、下線付といった文字装飾の表示がまだ不十分なところがあり、これを少しでも完全なものにしていきたいと思います。ファイル翻訳の約45%がPDFファイルの翻訳であり、この場合はレイアウトや文字修飾の再現以前に、元原稿のテキスト表示とテキストを読み込むOCR機能の精度に依存する部分があるので、これらの対応を行うとともに、文脈を意識した翻訳機能の追加や、新たな装飾保持、辞書の有効利用等、新たな技術の適用を積極的に実施していきたいと考えています。

◆今後の展望について教えてください。

会社のビジョンである「言葉の壁を超え、新しい生活と仕事の様式をもたらす共通語の機能を機械翻訳として2028年までに作る。(世界のすべての人々に英語を母国語とする人々と同じ体験を与える。)」をめざして、日常のビジネスシーンの中に私たちのサービスが溶け込んだ状態をつくり出すことが必要です。
そのためには、さまざまな利用シーンを開拓してく中で、選ばれるプロダクトになることをめざしています。新しい利用シーンというのはさまざまなイノベーションが必要となるので、お客さまの課題認識がどこにあるか確認しながら一歩一歩利用シーンを広げていくことになります。
例えば現在ビジネスチャットにおける利用シーンを開拓していますが、それによりお客さまの課題認識を吸収することができればそのスキーム、考え方を水平展開できます。それを次々と繰り返し、お客さまの使い方が変わっていくことでビジネススタイルの変革、そしてDXにつなげていくことができると考えています。
こうした取り組みを展開した結果として当社の収益向上につながっていくのですが、そのためには私たちのサービスの認知度向上を図ることも重要になります。現在のB2B2Eタイプのビジネスモデルだけではなく、B2B2C/B2Cタイプのビジネスモデルへの展開も検討していくつもりです。実際に医者、弁護士、研究者、大学院生等、英語論文を読まれる方が数多くおり、こうしたアカデミックの領域でサービスを提供することで認知度向上につながるのではないかと考えています。

ア・ラ・カルト

■ニックネーム文化

みらい翻訳では、派遣社員等を含む全社員が役職に関係なくニックネームで呼び合うそうです。「さん」「ちゃん」といった敬称も禁止なので、上司に対しても自然と呼び捨てになってしまいます。会社設立から続いており、その背景には「誰が言ったのか」よりも「何を言ったのか」を重視しているとのことで、まさにフラットな会社です。入社時にニックネームを決めるのですが、最近は社員数が増えてきて他の人と重ならないように決めることも一苦労なようです。また、すっかりニックネーム文化に慣れているため、外部の方との打合せの席上でも、社員どうしがついニックネームで呼び合ってしまうこともあるそうです。

■社員発のリモートワーク環境活用

コロナ禍以前からリモートワークを実施しています。最近では、東京近郊以外の社員も増えてきているので、SlackやZoomといったコミュニケーションツールを使いこなしており、気軽なコミュニケーションが頻繁に行われています。現場のエンジニアからのリクエストで、バーチャルオフィスも導入しており、さらには、現場発のリクエストでイベントが行われることも多いとか。現在、エンジニアのアイデアで社内ラジオを企画中で、有志を集めて間もなく第1回目の放送が始まるそうです。オンライン中心のコミュニケーションではありますが、コロナウイルスが落ち着いた後は次回対面でということにもなるかもしれませんが、オフラインでのコミュニケーションも今後思案中とのことです。

■自然言語処理

翻訳会社ということで、ネイティブスピーカーが何人かいるかと思いきや、人数割合は多くないとのことです。考えてみれば、翻訳をするのは人間ではなくAIなのです。とはいえ、自然言語処理に関するエンジニアも多いため、エンジニアには言語そのものに興味のある人が多いようです。英語はもちろん、それ以外の言語を話せる人もいて、言語をまたいだ議論も行われているそうです。中には、オンラインで行った創立記念日の懇親会のクイズ大会で、「機械翻訳分野に大きな影響を及ぼしたのは何レポートか」とか、「英語、中国語、日本語の語彙数の多い順番に並べ替えよ」といったマニアックな問題を出題されたそうです。