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特集

インテントを用いたネットワーク、クラウドサーバ、アプリケーション連携技術

映像配信サービスにおけるインテントに基づくアプリケーション・ネットワーク協調制御技術

NTT研究所では、ユーザの満足度を高めるためにアプリケーション制御、ネットワーク制御、クラウドサーバ制御をユーザの要求(インテント)に基づいて協調させる技術コンセプトをMintent(インテントAIメディエータ)と称し、技術確立に向けた研究開発を進めています。Mintentの実現に向け、映像配信サービスを対象に、インテントを共通指標としてアプリケーション制御とネットワーク制御を協調させる技術を確立しました。本稿では、提案技術に関する概要とシミュレーションによる効果検証について解説します。

河野 太一(かわの たいち)/小林 正裕(こばやし まさひろ)
NTTネットワークサービスシステム研究所

インテントに基づいたアプリケーション・ネットワークの協調制御の必要性

SDN(Software-Defined Networking)やNFV(Network Functions Virtualization)等のネットワーク仮想化技術の発展により、ネットワークは動的かつ柔軟に制御することが可能になりつつあります。一方で、ネットワークを介したサービスは多様化しており、超高速・大容量、超低遅延、超低消費電力・低コスト化などネットワークに求められる要件も複雑化しています。ユーザが快適にサービスを享受するためには、多様化するサービスに対するユーザの要求(インテント)を正しく把握したうえでインテントを満たすように要件を策定し、策定した要件に基づいて制御を行うことが求められます。従来、ユーザ端末のアプリケーションにおいては、サービスに対するユーザの満足度を向上させるために、ネットワーク品質を考慮したアプリケーションデータの配信レートの制御がされています。また、ネットワークにおいては、ネットワーク内で取得した情報を活用し、与えられたネットワーク品質要件を満たす経路の制御が行われています。しかし、アプリケーション制御とネットワーク制御は独立しているため、ユーザの満足度やネットワークリソースの利用効率の観点で十分な効果が得られない可能性があります。そのため、インテントに基づいてアプリケーション制御とネットワーク制御を協調させ、ユーザの満足度を高めるアプローチが重要になります。
NTT研究所ではネットワーク、クラウドサーバ、アプリケーションなどのマルチレイヤでインテントに基づき協調制御させる技術コンセプトをMintent(インテントAIメディエータ)と称し、技術確立に向けた研究開発に取り組んでいます。Mintentの実現に向けた初期検討として、まずは幅広く利用されネットワークリソースを多く使用している映像配信サービスに対象を絞り、インテントに基づきアプリケーション制御とネットワーク制御を協調させる技術を確立しました。本稿では、提案技術の概要と、シミュレーションによる提案技術の効果検証の結果について解説します。

映像配信サービスにおけるアプリケーション・ネットワーク制御の課題

ここでは、映像配信サービスにおけるアプリケーション制御とネットワーク制御の技術概要と、それぞれが独立で動作した場合の課題を解説します。

■アプリケーションにおける配信レート制御技術

映像配信サービスでは、ユーザ端末のアプリケーション制御として、ABR(Adaptive Bitrate)という配信レート制御技術が主に採用されています。ABRでは、配信サーバ上に画質の異なる複数のビットレートの映像があらかじめ配置されており、アプリケーションは、スループットなどのネットワーク品質に応じて、配信サーバに要求する映像のビットレートを切り替えることで、配信レートを制御しています。これにより、再生停止が抑制されるなど、ユーザ満足度を高めることができます。また、NTT研究所では、図1で示すように、端末で測定したスループットおよびアプリケーション情報(配信レートの時系列情報など)からユーザ体感品質(QoE:Quality of Experience)を推定する技術(1)を用いて将来のQoEを予測し、ユーザがアプリケーションで設定、要求するQoE(要求QoE)を満たすように配信レートを制御する技術を確立しています(2)。これにより市中技術よりもユーザ満足度を確実に高めることが可能になります。しかし、輻輳などネットワーク品質が低下した場合、アプリケーション制御だけでは、ビットレートを下げて画質を低下させることしかできないため、要求QoEを満たすことができなくなります。このように、アプリケーション制御だけではネットワーク品質が低下した場合に、ユーザ満足度を維持することができないという課題があります。

■ネットワークにおける経路制御技術

既存のネットワーク制御技術では、ネットワーク装置で観測したトラフィック情報から、フロー(送信元・先のIPアドレス・ポート番号、プロトコル番号が同一の通信トラフィック)ごとのトラフィック予測を用いることで通信品質(QoS:Quality of Service)を推定し、実現QoSを満たしつつ、リソース利用効率が大きくなるように経路を制御しています。また、NTT研究所では、非負値テンソル因子分解(NTF:Non negative Tensor Factorization)を用いて、特徴が類似するフローをまとめ(フローのまとまりを「マクロフロー」と呼ぶ)、マクロフローごとに時系列予測手法であるSARIMA(Seasonal Auto­Regressive Integrated Moving Average)を用いて将来のトラフィック量を高精度に予測することで、よりネットワークリソース利用効率を高める経路制御技術を確立しています(3)(4)
このように、ネットワーク制御では、トラフィック情報から推定した実現QoSに基づき経路を制御していますが、トラフィック情報のみからではユーザが本来要求しているQoEを満たすのに必要なQoS(要求QoS)を正しく推定することは困難です。そのため、要求QoSと実現QoSの乖離が大きい状況においては、品質不足でユーザの満足度が低下したり、過剰品質でネットワークリソース利用効率が低下したりする可能性があります。また、映像配信において、前述のアプリケーション制御とネットワーク制御が独立に動作した場合、輻輳などによりネットワーク品質が低下すると、アプリケーション制御により、ビットレートの低い低画質の映像が配信され、輻輳を解消するように働くため、ネットワーク制御は輻輳が解消されたと判断し、経路変更がされずにQoEが低下したままになる可能性があります。このように、ネットワーク制御単独では要求QoS要件が分からず、アプリケーション制御の影響も考慮できないため、ユーザが要望するQoEを満たせないという課題があります。

インテントに基づくアプリケーション・ネットワーク協調制御技術

映像配信サービスにおいて、アプリケーション制御とネットワーク制御が独立で動作した場合の課題を解決するために、インテントの1つである要求QoEをアプリケーション制御とネットワーク制御の共通指標として利用することで、これらの制御を協調させる技術を確立しました。ここでは、提案技術の全体構成と主要機能の詳細について解説します。

■全体構成

提案技術の全体構成を図2に示します。提案技術は、前述したNTT研究所技術を用いた配信レート制御機能、ネットワーク経路制御機能と、それらを協調させるアプリケーション・ネットワーク協調機能により構成されています(5)(6)。アプリケーション制御機能では、端末ごとにユーザが要求QoEを設定しており、端末は取得した要求QoEとリプレゼンテーション情報(レート制御で選択可能な映像・音声のビットレート、映像の解像度・フレームレートのリスト情報)をアプリケーション・ネットワーク協調機能に通知しています。アプリケーション・ネットワーク協調機能では、全端末から通知されたユーザごとの要求QoEに基づき、同じ要求QoEを設定したユーザのフローを束ねたマクロフローごとに将来のQoS要件として必要帯域を予測します。ネットワーク制御では、予測した必要帯域を満たすようにマクロフローごとに最適な経路制御を行うことで、要求QoEを満たすネットワーク制御を実現しています。このようにアプリケーション制御とネットワーク制御が要求QoEを共通指標とすることでインテントに基づく協調制御を実現しています。

■アプリケーション・ネットワーク協調機能

図3に示すように、アプリケーション・ネットワーク協調機能は、「ユーザごとのインテントに基づいたQoS要件抽出機能」「アクティブユーザ数予測機能」「マクロフローごとのQoS要件抽出機能」により構成されています。「ユーザごとのインテントに基づいたQoS要件抽出機能」は、端末から通知された要求QoEやアプリケーション情報から必要とするスループットをネットワークのQoS要件として算出します。要求QoEとそれを実現するために必要とするスループットの関係は、映像配信サービスごとに設計されるリプレゼンテーション情報によって異なります。そのため、リプレゼンテーション情報を考慮したうえで、要求QoEと必要スループットの関係をモデル化し、そのモデルを用いることで要求QoEとリプレゼンテーション情報から必要スループットの推定を実現しています。また、「アクティブユーザ数予測機能」では、マクロフローごとの将来のアクティブユーザ数を予測しています。端末からアプリケーション・ネットワーク協調機能へ通知されたマクロフローごとのアクティブユーザ数の時系列データから時系列予測手法のSARIMAを用いて、将来のアクティブユーザ数を導出しています。そして、「マクロフローごとのQoS要件抽出機能」では、推定したユーザごとの必要スループットと予測したマクロフローごとのアクティブユーザ数から、マクロフローごとの必要帯域を算出しています。これら機能により、ネットワーク経路制御においても、要求QoEを考慮したネットワーク要件に基づいた制御を可能としています。

シミュレーションによる効果検証

提案技術の有効性を確認するため、シミュレーションにてアプリケーション制御とネットワーク制御が独立して動作する従来技術との比較を行い、ユーザ満足度およびネットワークリソースの利用効率の観点で提案技術の効果を検証しました。ここでは、シミュレーションの概要と効果検証の結果について解説します。

■シミュレーション概要

シミュレーションシナリオは、キャリアネットワークとインターネット間のPOI(Point of Interface)など、ネットワークのボトルネック個所が二重化されているようなネットワーク構成において、片経路が輻輳した場合の経路制御を想定しています。シミュレーションはオープンソースのネットワークシミュレータであるns-3を用いて実施しました。図4はシミュレーション環境の構成を示しています。ネットワーク構成はルータ3台がフルメッシュ接続されている三角構成になっています。1つのルータに配信サーバが1台、残りの2つのルータにそれぞれ90台のユーザ端末が接続されており、配信サーバとユーザ端末間で経路が二通り存在します。ユーザ端末では、要求QoEを4.5(最高品質)、4.0(高品質)、3.5(中品質)のいずれかに設定することができ、それぞれの要求QoEに設定された端末を各ルータ配下で30台ずつ配置しました。輻輳は、ユーザ端末が接続しているルータ配下に配置した端末から配信サーバへ背景トラフィックを流すことで発生させました。効果検証は、輻輳時に提案技術と従来技術で経路制御を実施し、要求QoEの達成度とネットワークリソース利用効率の観点で比較評価を行いました。

■シミュレーションによる効果検証

図5は輻輳時に提案技術と従来技術にて経路制御した後の要求QoEを達成したユーザの割合を示しています。従来技術は、全ユーザの約22%が要求QoEを満たしていません。また、要求QoEが4.5(最高品質)のユーザに絞ると、約3分の2が要求QoEを満たしていません。これは、ネットワーク制御は、ネットワーク内の情報のみを用いて必要帯域を導出しており、ユーザの要求QoEやアプリケーション制御を考慮できなかったため、正しく必要帯域を推定できなかったためです。一方、提案手法は全ユーザが要求QoEを満たしています。これは、提案技術が端末のアプリケーションで取得した要求QoEを用いることで従来手法よりも要求QoEを満たすための必要帯域を高い精度で推定できたためです。このように提案技術は、従来技術よりもユーザ満足度をより高めることが分かります。また、リンク帯域を増加させて従来技術の要求QoEを達成したユーザの割合を提案技術と同等にした場合、16%のリンク帯域の増加が必要となり、ネットワークリソースの利用効率の観点でも提案技術は従来技術よりも優れています。

まとめと今後の展望

Mintentの実現に向け、映像配信サービスを対象にインテントに基づいたアプリケーション制御とネットワーク制御の協調技術を確立しました。さらに、提案技術はアプリケーション制御とネットワーク制御が独立して動作する従来技術よりも、ユーザ満足度を高めることができ、ネットワークリソースの利用効率の観点でも優れていることを示しました。今後は、映像配信サービス以外にも拡張させるために、さまざまなサービスに対して汎用的に適用できる技術を確立していきます。また、アプリケーション制御、ネットワーク制御に加えて、クラウドサーバ制御も含めたマルチレイヤでの協調技術の実現もめざします。

■参考文献
(1) K. Yamagishi and T. Hayashi:“Parametric Quality-Estimation Model for Adaptive-Bitrate Streaming Services,” IEEE Trans. on Multimedia, Vol. 19, No. 7, pp. 1545-1557, Feb. 2017.
(2) T. Kimura, T. Kimura, A. Matsumoto, and J.Okamoto:“BANQUET: Balancing Quality of Experience and Traffic Volume in Adaptive Video Streaming,”CNSM2019, Halifax, Canada, Oct. 2019.
(3) 小林・松村・木村・土屋・則武:“サービス収容度を用いた効率的な仮想ネットワークへのリソース割り当て手法の検討,”信学技報,NS2015-151,2016.
(4) 小林・原田:“サービス要求品質に基づくネットワーク制御技術,”信学会総合大会,BS-4-11,2020.
(5) 小林・河野・原田:“映像配信におけるマルチレイヤ統合制御,”信学総大,B-7-27,2021.
(6) 河野・小林・原田:“映像配信におけるアプリケーション・ネットワーク協調制御,” 信学総大,B-11-12,2022.

(左から)河野 太一/小林 正裕

映像配信サービス以外のサービスに対してもユーザの要求(インテント)に基づいたアプリケーション・ネットワーク協調制御技術の適用領域を拡張し、さまざまなサービスをユーザが快適に利用できるICTインフラの実現をめざします。

問い合わせ先

NTTネットワークサービスシステム研究所
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