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挑戦する研究開発者たち

研究開発は試行錯誤の繰り返し。失敗を多く経験しても果敢に取り組んでいきたい

農業は担い手の減少・高齢化の進行等により労働力不足が深刻な問題となっています。農業人口の減少や少子高齢化などの社会問題を解決するべく、脱属人的な農業の実現をめざしてスマート農業の最前線で研究開発に臨むNTT西日本 大倉平氏に研究開発の概要と仕事に向き合う姿勢について伺いました。

大倉 平
技術革新部 IOWN推進室
NTT西日本

Smart10x:生産から流通まで農業に関する課題解決に挑む

現在手掛けている研究開発について教えてください。

NTT西日本グループがソーシャルICTパイオニアとして、10の重点分野を通じて地域社会のスマート化への貢献を目的に、あらゆる産業や社会のDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進し、社会課題の解決を図るとともに、地域のお客さまやパートナーとの新しい価値共創に向けた取り組み「Smart10x」重点分野のうち、私はスマートアグリ分野で、農作物の生産量と品質の安定化と農作物の需給をベースとした流通の最適化を主テーマとして、研究開発に取り組んでいます。
農作物の生産量と品質の安定化について、このテーマに関する社会的背景として農業就業人口の減少によって少数の大規模農家が多数の圃場を管理して生産する形態への構造変化があります。大規模農家では、少ない労働力で効率的に広大な圃場を管理し、高品質な農作物の安定的な栽培を実現していくかが重要な課題となっています。しかし、複数の区画からなる広大な圃場では、耕作エリアごとの条件差を踏まえた栽培管理が難しく、作物の生育状況にばらつきが生じ、安定的な生産が難しいというのが現状です。
さらに、この課題解決のためには生育状況の分析が必要になるのですが、従来の分析方法では高コストにならざるを得ない、という新たな課題も出てきます。これらの課題解決に向けて、レタスを一例に作物の生育状況を把握するための実証実験を2021年に行いました。

どのような技術で課題解決に臨んだのですか。

ミッションはドローンソリューション、クラウド基盤および愛媛大学が開発した低コストで導入できる圃場分析技術を組み合わせた農作物の育成状況を分析する仕組みの構築と、圃場の分析・評価結果に基づく施肥による、生産量と品質の安定化です。
具体的には、まず、圃場を廉価な汎用ドローンで空撮してその俯瞰画像データからSPAD値と呼ばれる植物の葉の葉緑素含有量を分析します(図1)。そして、葉緑素の推定濃度から生育状況を分析・可視化して、それに基づいて必要な個所に必要な量を施肥する可変施肥を行えるようにします。これにより、生育、品質のばらつきの抑制をめざし、収益性に優れた営農手法の確立をめざします。
実証実験では、空撮画像からのレタスの自動個体識別に関して、レタスの結球初期の適合率:80%、収穫前の適合率:88.3%という結果を得ることができ、空撮高度40m、60mにおける結球初期、収穫前の個体識別のための学習モデルを作成することができました。また、ドローンセンシングによるSPAD値分析によりレタスの生育状況を可視化しましたが、精度は約60%ですから、サービスとしてリリースしていくためには、さらに精度を高めることや圃場ごとに特有な事例にも対応できるようにチューンしていく必要があると考えています。
このように、現段階では社会実装までには課題はあるものの、農作物のサイズ(生育状況)判定技術における知見については、お客さまから有効との評価もいただいたことから、今回の実証実験で得られた知見を活かしてスマート10Xメンバとサービス化をめざしています。

IOWN関連技術で仮想市場を実現

低コストで収益性に優れた営農手法の確立には期待が高まります。

農作物流通の最適化に関しては、流通コストやフードロス削減、フードセキュリティの確保に向けた取り組みです。
現在、野菜など青果の約8割が全国1000を超える卸売市場を経由して取引されていますが、大部分は東京や大阪のような大都市の市場に出荷されます。しかし、市場の原理から考えると、農作物が集まりすぎると価格は低下し、その調整のための余剰分は他の市場に転送することでその分のコストが発生します。結果、地方市場に物が集まらないことや都市の市場から地方市場への転送による鮮度の低下などの課題を抱えています。また、農作物を運ぶドライバー不足も深刻な課題となっています。この現状には昨今のネット通販等による個別配送の増加、新型コロナウイルス感染拡大が拍車をかけています。
このような農作物流通における課題を解決するため、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)関連技術のデジタルツインコンピューティングにより、市場に集まる膨大なデータをベースに需給の未来を可視化し、市場に農作物が運び込まれる前に仮想空間上で売買を完了させる仕組みの構築をめざしています。
これによって供給側は必要な時期、場所、量の農作物を供給でき、逆に需要側は必要な時期、場所、量の農作物を確保できます。ドライバー不足の解消、廃棄ロス・輸送コスト削減、フードセキュリティ確保など、フードバリューチェーン全体を意識した取り組みを通じて社会課題を解決することに加え、SDGsに貢献する取り組みになると考えています。
2021年度は仮想市場構築に向けて、業務フローの精査および情報流通基盤の有用性評価を目的に、情報流通基盤(プロトタイプ版)を構築しました。
また、需要と供給の偏りを平滑化する必要性が分かりましたので、配送コスト最適化を考慮した需給マッチング技術を開発する予定です。
2022年度は仮想市場のイメージを小口から大口までの需要供給を吸収してマッチングして、もっとも効率的な配分で配送することで全体コストを抑えます。買い叩かれず、安くて新鮮で、かつロスの少ない青果流通を実現して、需給マッチング技術や配送最適化技術、サービスの姿を評価するべくUI(User Interface)の開発に持株会社を中心に実験パートナーの各社と臨んでいます(図2)。
加えて、流通DXにおいて、NTTビジネスソリューションズのフードバリューチェーンオーケストラの構想のためにさまざまな情報を収集、可視化・分析することで仮想市場(複数の市場)における需給マッチングの実現をめざして実証実験を進めています。現状では市場のデータに着目していますが、生産や小売りのデータを掛け合わせ価値のあるデータとしていくことや、社会全体のロスをなくしていくことがフードロス各諸問題の解決につながると考えています。

農産物の生産や流通をDXすることで社会は大きく変わりそうですね。他にも新たな取り組みがなされていると伺いました。

NTT西日本は、未来を見据えて社会課題を解決する事業アイデアの社会実装を推進することを目的に、未来共創プログラム「Future-Build」をスタートさせました。医療、生活、経済、環境の4つの分野において共創しています。
その中で、「環境」というテーマの下、専門的技術やノウハウを有するパートナーとともに、藻類などの海洋資源を活用した炭素吸収やその効果測定をビジネスに育てることをめざして検討を始めています。
海洋の二酸化炭素量は大気の50倍ともいわれ、ブルーカーボンとして注目されています。周囲を海に囲まれた日本がブルーカーボンの可能性を追求し、サステナブルなかたちで実用化に尽力することは、私たちが果たすべき未来への責任であると同時に日本全域に展開し得るビジネス創出の機会でもあります。
スタートアップ企業や大学など研究機関等と共創し、お互いの技術やアセットをポジティブに面白がり、お互いをリスペクトすることで新たな発想と活動につながっていくことが楽しみです。これはNTT西日本にとっては通信事業を軸にさまざまな課題解決に臨む企業としての成長だけではなく、それに従事する私自身の成長にもつながると期待しています。

新しい情報に敏感でありたい

農業に関する研究開発を手掛けるきっかけはおありだったのでしょうか。

IOWN推進室に配属され、Smart10x事業に携わるようになったことがきっかけですが、実は大学院で農学を専攻し、植物工場や画像解析理論も学修していたのです。しかも、修士論文のテーマはトレーサビリティでした。
入社して15年余りですが、IOWN推進室に配属される前は、ネットワークの保全やコールセンタのSEでしたし、IOWN推進室に配属されて、上司から農業に関する取り組みを任されるとも思ってもみなかったのです。自ら学んできたことを活かせる業務に就けたのはまさに奇跡という感じです。そして、いざ実証実験を含め研究開発に取り組んでみると、コールセンタでダイレクトにお客さまのご意見を伺ってきた経験が、農家の方々と円滑なコミュニケーションを図るうえで役立っています。農家の方々のお話によると、今私が手掛けている収益性や成育のばらつき、流通における課題はもう何十年も前から認識していたというのです。こうした長年の課題に、実際に解決に挑んでくれて非常にありがたいという声をいただいています。
一方で、DXを促す際に、農業、特に露地物と呼ばれる農作物は、屋外での生育であるため自然現象である天候などに左右されやすく、この自然現象の人為的なコントロールができないため、課題解決、DX推進に関する難易度は非常に高いものになります。ある意味では、ビジネスとしては対象になりにくい分野かもしれません。
こうした懸念もありつつも、今回、予測の難しさとコスト面をかんがみ、長年の課題に一歩踏み出しました。社内外においてこの取り組みの重要性をしっかり伝え続けていきたいと考えています。

研究開発者個人として大切にしてきたことを教えてください。そして、後進の研究開発者の皆さんにもメッセージをお願いします。

研究開発のテーマを模索する際には、お客さまに対して批評家にならないよう一人称で取り組むことを意識して、お客さまの視点や自身ならどのように課題を解決するかを主体的に考え、パッションを持ってご提案することを心掛けています。それから、新しい情報に敏感になること、新しい技術には実際に触るように努めています。技術は絶え間なく進化していますから、研究開発者として業界の動向や分野の最新情報に常に敏感でいることが重要だからです。
また、情報をアップデートし続けることで、優れた研究開発者とも出会うことができますし、研究開発に役立つ情報を得ることもできます。コロナ禍ですから頻繁ではありませんが、学会やセミナーへ参加する等の機会は大切にしています。
こうした姿勢を一言で表現すると現場主義というのかもしれません。これに関しては、保全業務やSEなどを担当してきた経験が活きています。現在の職務においても、現場がどうなっているのか、そこにどのような貢献ができるかを意識し続けています。例えば、自らの専門外においても、学びやヒントがあると思いますから、現地を見ることや業界の課題などのリサーチを行うことも大切にしています。
最後に、研究開発の仕事は試行錯誤の繰り返しですし、失敗も多く経験すると思います。こうした中でも果敢に取り組んでいきたいですね。研究開発の仕事は社会を良くしていく仕事です。NTT西日本なら社会に大きなインパクトを与えられる仕事ができます。スタートアップ企業やパートナー等とつながることもでき、こうした方々とともに課題解決に挑みましょう。課題はまだまだたくさんありますから、まずは自身の疑問に対して取り組んでいきましょう。