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特集

しなやかな社会の実現に向けた環境負荷ゼロと環境適応への取り組み

環境負荷ゼロに貢献する次世代エネルギー技術

持続可能な社会の実現をめざし、NTT宇宙環境エネルギー研究所では、クリーンで環境に負荷を与えないエネルギーの創出やスマートなエネルギー活用の実現に向かって研究に取り組んでいます。本稿では、圧倒的にクリーンかつ無尽蔵なエネルギーである核融合発電と宇宙太陽光発電に関する技術、再生可能エネルギーを最大限に有効活用する仮想エネルギー需給制御技術、高信頼・高効率な直流電力システムによる超レジリエントな電力供給システムの技術を紹介します。

鳥海 陽平(とりうみ ようへい)/藤原 大(ふじわら ゆたか)
南 裕也(みなみ ひろや)/中村 尚倫(なかむら なおみち)
田中 徹(たなか とおる)
NTT宇宙環境エネルギー研究所

核融合炉の最適オペレーション技術

核融合発電の実現には、核融合反応するプラズマを長時間安定的に維持することが必要で、私たちはIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)やAI/ML(Artificial Intelligence/Machine Learning)の活用によって、プラズマの安定化に向けた高速制御を実現する核融合炉の最適オペレーション技術の確立をめざしています。この取り組みには、核融合研究を推進するパートナーとの連携が不可欠で、ITER国際核融合エネルギー機構(ITER機構)と包括連携協定を(1)、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)と連携協定を締結(2)し、研究開発を推進しています。
これまでの各国での核融合研究での実験では、プラズマの維持時間は数10秒程度、エネルギー増倍率(核融合生成エネルギー/投入エネルギー)は最大Q=1.25を達成していますが、さらなる特性向上のために、超大型プロジェクトであるITER計画にて維持時間を約3600秒とエネルギー増倍率Q=10をめざしています。プラズマ制御には閉じ込め磁場制御、プラズマ加熱制御および燃料供給制御により行っていますが、プラズマ中には多種類の粒子種が存在し、それぞれが異なった運動速度を有することから、時空間スケールの異なった物理現象が共存し、そのすべてが相互作用するため、プラズマの挙動がとても複雑です。特に、プラズマは10-8秒のオーダーと超高速で変動するため、ある事象変化を計測して解析しプラズマ挙動を修正する制御を行う際、計測から解析に時間を要し、制御機器の応答時間が遅いため、制御が間に合わないことが問題となっています。
そこで私たちは、核融合プラズマの時間発展データと現在の計測データからプラズマの近い未来を高速で予測し、あらかじめ制御をかけることでプラズマの安定化と高出力化をねらっていきます。これまではプラズマの位置と形状を把握することで制御していましたが、プラズマの内部の情報もリアルタイムで把握することで、プラズマの不安定化を高速で制御が可能となるため、実空間と同様のモデルを構築し、AI/MLを用いた新たなアルゴリズムによる開発を進めています。さらに、現在の制御ネットワークよりも高速・大容量・低遅延制御ネットワークと組み合わせることで、核融合炉の最適オペレーションを実現していきます(図1)。

宇宙太陽光発電技術

宇宙太陽光発電技術は、上空3万6000kmの静止衛星で太陽光から得られたエネルギーを昼夜問わず地上にレーザ光やマイクロ波で送り届け、地上で電力などのエネルギーに変換して利用する技術です。私たちは、マイクロ波よりもビームの広がり角が小さく長距離を伝送させやすいレーザ光に注目し、大きく3つの技術を軸に宇宙太陽光発電の研究を進めています。
1番目は、宇宙空間で集めた太陽光をレーザ光に変換する技術です。人工衛星に搭載できるシステムは重量・容積に限りがあるため、できるだけ小型の構成で太陽光をレーザ光に変換する必要があります。そこで私たちは、電力を使わずに太陽光を直接レーザ光に変換することが可能な太陽光励起レーザ技術の研究に取り組んでいます。これまで私たちは太陽光の波長帯の光を吸収し、1064nmの赤外線レーザ光を得ることができるNd/Cr:YAG*1をベースとしたレーザ媒質結晶を育成し、実験室にてレーザ発振を確認しました。今後高効率高出力が得られるよう結晶の組成などの最適化を進めるとともに、耐久性向上、長寿命化の検討も行い、また太陽光を集光しレーザ内に効率的に取り込むことが可能な装置の開発を進める予定です。
2番目は、遠くまで正確に届くレーザビームの研究です。レーザ光は直進性が高く長距離伝送させやすいことが特徴ですが、3万6000kmもの距離を伝送すると、通常のレーザビーム(ガウシアンビーム)では回折によりレーザ光が数10mの範囲にまで広がってしまいます。またレーザ光が大気を通過する際、擾乱と呼ばれる大気の揺らぎの影響を受けビームが数m単位で揺れてしまい、ねらったところにビームを送ることが困難になると想定しています。そこで、長距離伝送に適した伝送方式の検討を行っています。レーザビームに位相変調をかけることで回折や擾乱に強いといわれるベッセルビーム*2やラゲールガウシアンビーム*3などの特殊なビームを形成することができ、これらについてシミュレーションと地上での伝送実験で回折や擾乱に対する影響を検証し、より擾乱に強く長距離まで届くビームの検討を進めています(図2)。
3番目は、宇宙から届く高強度のレーザ光に耐え、しかも高い効率でレーザ光を電力に変換する光電変換システムです。レーザ光の波長に特化してチューニングされた光電変換素子を開発することで、一般的な太陽電池の効率(20%程度)を大きく上回る変換効率でレーザ光を電力に変換することをめざしています。ただし、もっとも実現性が高いと期待される化合物半導体の変換効率の理論限界は50%程度であるため、約半分は熱になってしまいます。そこで熱化学反応を用いて水素やアンモニアを生成するなど、地上に届いたエネルギーを余すことなく利用する方法についても検討を行っています。

*1 Nd/Cr:YAG:イットリウムとアルミニウムの複合酸化物(Y3Al5O12)から成るガーネット構造の結晶にネオジムとクロムを添加することで、太陽光の波長帯の光の吸収性を高めたレーザ発振媒質用の結晶。
*2 ベッセルビーム:回折現象によりビームが広がらない非回折ビームの一種。
*3 ラゲールガウシアンビーム:円偏向を持ち、渦状に位相が変化しながら進むビーム。

仮想エネルギー需給制御技術

仮想エネルギー需給制御技術は、エネルギーの地産地消をめざして、全国に分散しているNTTビル内に設置されたサーバやルータなどのICT装置の消費電力を調整することで各地の再生可能エネルギーを最大限に有効活用する技術です(図3)。気候変動問題への対策として、再生可能エネルギーの導入が進められていますが、再生可能エネルギーの多くは気象条件に応じて発電量が変動するため、導入量が増えるほどその変動が大きくなり各地で需要とのギャップが大きくなります。そこで、各地の再エネ発電量との需要との需給ギャップに応じて、NTTビルにおけるICT装置の情報処理を、地域をまたいで移動させることで、電力需給をバランスさせる技術の研究開発を進めています(再エネ連動型情報処理移動技術)。また、定置用蓄電池と車載用蓄電池を統合制御することでNTTビルにおける需給調整能力を強化する技術にも取り組んでいます(蓄電池・EV統合制御技術)。
NTTビルではICT装置が情報通信処理をしてさまざまなサービスを提供しており、このICT装置で処理する仕事をワークロードと呼びます。NTTビルの中でも、データセンタはワークロードの移動による消費電力の変動効果が大きいと見込まれることから、現在はデータセンタ内のサーバを対象とした各要素技術の確立に注力しています。この技術は予測と最適化、制御の3つのフェーズで構成されています。予測フェーズに関しては、計算機で実行されている全ワークロードの消費電力をワークロード単位で分解して個別に予測することに挑戦しています。最適化フェーズについては、予測される余剰・不足の日内変動に対して需給ギャップを抑えるように各時刻・各地域の消費電力量の目標値を設定し、個々のワークロードが実行される時刻・地域を定める配置パターンが無数にある中で、サービス品質を維持しつつ消費電力量が目標値に達するパターンを高速に導出して制御計画として策定するアルゴリズムを考案しました。これにより、科学技術計算のような、実行する時刻も地域も移動可能なワークロードと、仮想デスクトップのような、時刻変更できず地域のみ動かせるワークロードの双方を同時に扱うことが可能となりました。そして制御フェーズでは、最適化された制御計画に基づいて、仮想化技術を用いたワークロード配置変更や通信トラフィック経路制御を実施します。
今後想定されるデータセンタの地方分散化によって本技術の効果はより拡大すると考えられます。

次世代エネルギー供給技術

次世代エネルギー供給技術は、安全で高信頼な直流給電システムを活用し、再生可能エネルギーの地産地消やレジリエントなエネルギー供給を実現する技術です。NTTの通信ビルの給電システムは、ICT装置に、直流の48Vや380Vで電力を供給しており、停電時には蓄電池からの電力供給が可能な、安全で高信頼なシステムです。ここで確立した直流給電技術をさらに発展させ、NTTビル周辺の地域に再生可能エネルギーと組み合わせた電力流通と、災害時にも停電しない安心した電力供給をめざしています。また、蓄電池が電力供給線と直結していることから、高高度核爆発攻撃による電磁パルスや宇宙線が地上に降り注いだ場合にも安定した電力の供給が可能であり、2025年に活発化が見込まれる太陽フレアからの宇宙線の影響を受けにくい給電技術としても期待されています。
直流による屋外への電力供給はグリッド化することで、複数の発電装置と需要家を組み合わせた電力の相互融通と停電リスクの低減が可能です。このシステムを確立するため、直流380Vを活用して図4に示すような、3つのステップで研究開発を進めています。2020年度は、ステップ1として通信ビルと災害時に避難所となる小中学校(給電距離は400m以下)を1対1で接続可能とする技術を確立しました。電力供給線のプラスとマイナスが接触する短絡事故時において、短絡電流を遮断する従来のヒューズに加え、直流給電装置内部の過電流保護機能(ゲートブロック)と組み合わせて、高精度に検出・遮断する電気安全技術を確立しました。
2021年度は、ステップ2として通信ビルから近接ビル(需要家)の給電距離を長距離化(4km)する技術と電力供給を双方向化する技術の確立を進めました。給電距離が延びると電力供給線のインピーダンス成分(抵抗成分に対するインダクタンス成分)が大きくなるため、直流電源装置内部のコンデンサ容量との相互作用で、電源投入時に生じる突入電流による電圧降下が大きくなり、直流電源装置や給電先の装置が停止する可能性が高くなります。そこで、給電距離とコンデンサ容量による電圧降下量の関係性を明らかにし、装置停止を回避する条件を導出しました。
また、電力供給を双方向化するため、近接ビル(需要家)に太陽光発電(PV)や電気自動車(EV)の充放電器を設置することになりますが、それらに落雷が生じた際、地電位が上昇することで電力供給線を介して通信ビル側に雷サージが侵入するリスクが高まります。そこで、雷対策の基本である等電位化に着目し、各種接地極を安全かつ効果的に連接するための条件を明らかにすることで、新たな対策品を追加することなく、地電位の上昇を抑制し、通信ビルへの雷サージの侵入リスクを低減しました。
これら確立した技術を基に、NTTアノードエナジーと連携し、千葉市におけるスマートエネルギーシステム実現に向けて災害時の避難所の電源バックアップに関する実証を行っています。今後は、ステップ3として直流マイクログリッドに関する研究を進めるとともに2025年に到来する太陽フレアに対する直流給電の耐性に関する研究に取り組みます。

今後の展開

革新的なエネルギーの創出に向けて、核融合炉最適オペレーション技術では、ITER機構やQSTと連携し技術実証を進め核融合実験炉の成功と核融合発電の実現につなげていき、宇宙太陽光発電技術では技術実証をめざすとともに、要素技術を地上でのエネルギー伝送などに活用し早期展開を進めていきます。また、今後大量導入される再生可能エネルギーの有効活用に向けて、仮想エネルギー需給制御技術では、複数ビルでの需給制御を進めエネルギーの地産地消の実現、次世代エネルギー供給技術では、直流マイクログリッドによる新たな電力融通とレジリエントな電力供給の実現をめざします。これらの技術の確立により環境負荷ゼロに貢献していきます。

■参考文献
(1) https://group.ntt/jp/newsrelease/2020/05/15/200515c.html
(2) https://group.ntt/jp/newsrelease/2020/11/06/201106a.html

(上段左から)鳥海 陽平/藤原 大/南 裕也
(下段左から)中村 尚倫/田中 徹

地球環境の再生と持続可能かつ包摂的な社会の実現に向けて、革新的なクリーンエネルギーの創出と地産地消のエネルギーネットワークの技術確立を進めていきます。

問い合わせ先

NTT宇宙環境エネルギー研究所
企画担当
TEL 0422-59-7203
E-mail se-kensui-pb@hco.ntt.co.jp