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世界をSMARTに、技術をNATURALに ―― ICTで幸福を醸成する

これまで自社のサービスやシステムのための研究を中心に展開してきたNTTの研究所。B2B2Xモデルの推進に戦略を移行し、さらにパートナー企業との価値創造に比重が置かれるようになりました。人間がよりNATURALにより豊かに暮らしていくためのイノベーションの創出に向け、NTTの研究所はどのようなマインドで研究開発を推進するのか。世界に変革をもたらす研究開発に臨む姿勢について川添雄彦NTT取締役 研究企画部門長に伺いました。

川添 雄彦 NTT取締役研究企画部門長

PROFILE

1987年NTTに入社。2008年研究企画部門担当部長、2014年サービスエボリューション研究所長、2016年サービスイノベーション総合研究所長を経て、2018年6月より現職。

本当の意味で人々を幸せにする研究開発、技術とは

研究企画部門長に就任されて半年がたちました。いかがでしたでしょうか。

これまでの研究所長としての立場はどちらかといえば、自らの専門分野の延長線上にありましたが、研究企画部門長は研究所全体をマネジメントし、さらにNTTグループ全体にまたがる研究開発を統括していく役割も担います。言い方を変えれば、分野の異なるさまざまな研究開発がどのような新しい世界を創造するかを見極め、研究所における日々の積み重ねがグループ内外、そして社会に新しい価値を生み出すように導く役割を担うということです。ご存じのとおり、私たちはB2B2Xモデルを推進してきたことにより活動領域はさらに拡大、拡充しました。中期経営戦略「Your Value Partner 2025」の中で「B2B2Xモデルの推進」とありますが、この“ミドルB”にあたる方々への新たな価値創造を促すことや、それに資する研究開発をしていくことが戦略の柱の1つになっています。すでに、研究所はこの戦略に則ってさまざまな視点を養っています。そして、より多くのパートナー様の力を借りながらコラボレーションを図り、研究開発をさらに加速していくということが重要だと考えており、「世界をSMARTに、技術をNATURALに」をキャッチフレーズにこれを推進していきたいと思います。
この「NATURAL」という意味について、例えば、スマートフォンは本当に便利ですが、人と連絡を取るときは相手の利用しているアプリケーションが何かを考えたうえで、利用環境に応じて回線は4GかWi-Fiのどちらが速いか、画像はどうやって送るかといったことも考えて設定を変えながら使います。これが負担にならない方々は問題ないですが、そうでない方の場合は、自動で対応してくれるところがあるものの、アプリの選択や事前設定を含めて、まだまだかなりの負担を強いることになります。こういったところに手を差し伸べる、つまりさまざまな機能が進化する中で、少しだけ立ち止まって、どのような方であってもスムーズにサービスをご利用いただけるように努めたいとの思いから「NATURAL」という言葉が出てきました。これは、本当の意味で人々を幸せにする機能とは何かを考えることなのかもしれません。

新たな可能性を示し、時代と向き合いながら次なる展開をつくり出す

とても実感のこもったキャッチフレーズなのですね。世界をSMARTにする研究とはどのようなことでしょうか。

「SMART WORLD」の実現に向けた研究ということもありますが、これがすべてではありません。その過程において研究をSMARTに進めていくことも必要だと考えています。現在、NTTグループのさまざまなところに研究開発、特に開発を担う部署がたくさんあります。こうした中で、研究所は非常に特殊な存在です。ここでいう特殊とは研究者の考え方や研究者がチャレンジする対象という意味で、やはり一般的な開発とは一線を画すものです。ですから研究者が果たすべき役割は何か、さらにはNTTでしかできない研究とは何かを、原点に立ち戻り見つめ直すことが重要だと考えています。
これまで私たちが生み出した技術は多々あります。最近の例では、デジタル信号処理技術と超広帯域光フロントエンド集積デバイス技術によって、1波長当り毎秒1テラビットを長距離伝送するという波長多重光伝送に世界で初めて成功しました。これは現在の実用システムの1波長当り毎秒100ギガビット容量の10倍の伝送速度で、IoT(Internet of Things)や5Gサービスの普及に向けた大容量通信ネットワーク技術として期待できます。もっと分かりやすくいえば、映像を時間をかけて圧縮することなくリアルタイムで伝達できる、究極のエンドエンドの低遅延伝送の実現など、ものすごい可能性を秘めています。さまざまな業界でパラダイムシフトを起こすだろうと実感しています。
このような技術の原点は基礎研究です。基礎研究があってそのうえに応用研究、さらに実用化開発へとつながっていきます。だからこそ基礎研究をより充実させたいと思っています。そのうえで基礎研究から最終的には実用化開発、さらにそのサービスの実用化、ビジネス化に向かう流れをつくっていくことが重要だと考えています。これにより、研究が世の中への価値創造というかたちで花開いていくこと、これがまさにSMARTだと考えています。
ところで、ここ数年、ソフトウェア・ディファインド・ネットワークとか、オープンソースとか、いろいろなかたちでソフトウェアがハイライトされてきているのですが、もう1回ここでハードウェアの重要性を再認識する必要があるのではないかと思っています。なぜなら、革新的なハードウェアの上でソフトウェアが、その価値を生み出すからです。技術的には難しかったりコストがかかったりすることで、さまざまな制限がありますが、超広帯域光フロントエンド集積デバイスのように、ハードウェアでしかできないようなものが世の中にはあり、こういうものをつくっていく、それにチャレンジしていくことが非常に重要だと思っています。SMARTな流れの中で、ソフトウェアだけではなくハードウェアも含めて、トータルで研究開発を見ていく必要があると思っています。
一方、別の観点では、これまで社会の「課題解決」という視点に立ってお話を進めてきましたが、「幸福感の醸成」という視点もあるのだと思います。幸福感を感じる事象は世界共通ではありません。例えば、日本人は寿司を食べて美味しいと思いますが、一般的に冷たいご飯を好まない国の人にとっては美味しいものではないのです。ところがその国の人の中には来日して寿司を楽しんでいる人もいます。これが何を意味しているかというと、経験することで価値観が変化し、共有することができるということです。価値観を共有できるものはたくさんあると思いますし、価値観の共有は研究者としての私の大きな研究テーマであり、研究方針でもあります。感動や、人々を幸せにすることに私たちが携わることができたら本当にうれしく思います。これもSMARTな研究の1つではないでしょうか。
グローバルという点においては、中期経営戦略「Your Value Partner 2025」にある、「グローバル事業の競争力強化」「研究開発のグローバル化」の動きの中で、全く新しいものを生み出す「革新的創造」への取り組みとしての基礎研究の充実を図ることも併せて、北米のシリコンバレーに新しい研究法人NTT Research, Inc.を設立しました。NTT研究所の成果をグローバル展開することに加え、研究開発ターゲットのグローバル化も進めています。研究のテーマとなるものは、日本国内のみならず、世界中のいたるところにあります。世界各地に点在するさまざまな課題を解決していくための新しい技術、サービス、ビジネスを生み出すためのアイデアそのものをグローバルな視点で見て、そのときに見えてくる研究テーマを私たち自身が理解して、国内で芽生えたシーズを膨らませるだけではなく、世界各国で芽生えたシーズ、今後の成長を期待できるシーズを積極的に取り入れていくことが研究開発のグローバル化と考えています。

多様性を重んじつつ、自分のアイデンティティを信じて進む

このような価値観はどのようにして生まれたのでしょうか。

実は私は小学校2年生あたりまで世界各地からそれぞれの文化を持った人たちが集まっているニューヨークに住んでいました。当時は日本人も少なくて、子どもがコミュニティにおいて自分自身のアイデンティティを打ち出していくのも難しい時代でした。こうした中で、徐々に打ち解けお互いを認め合うという経験をしました。そして、少し時間をスキップしますが、大学院時代の研究活動において、ふと人間とは何か、私はこのまま研究活動を進めていて良いのかと思い悩むことがありました。そのときに私は、人間学に触れ、人はそれぞれ価値観も幸福感も違う中でそれを認め合うことが大切なのだと知りました。この2つの出来事は今の私のスタンスのルーツともいえます。
研究開発は、一言では語れないほど広範な分野にさまざまな研究が存在します。そして、その研究に携わっている研究者も世界各国にいるのです。こうした中で、研究者がめざすべきは、自分がこの研究をしないで誰がするのだ、あるいは自分がこの研究をしなければ、新しいサービスや価値は生まれないという自負や確信のもとに研究を成し遂げることです。かつて、ナンバーワンをめざさなくてはいけないか、という議論がありましたが、これもまた真理で、誰でも思いつくことでもとことん追究していくことで新しい価値を生み出すことができると思います。しかし、研究者が陥りがちなことですが、難しい手段で何かを成し遂げたということを誇りに思うことがあります。簡単に生み出しても結果が同じであれば、難しくても簡単でも良いのです。手段はともかく、結果としてその研究が本当に世の中のためになったか、ということが大切なのではないかと考えます。研究者の中には苦労したがりというか、難しい問題を解決していくことに喜びを見出している人も多く、とても努力家なのですが、時として、その手段にこだわるあまり、結果としてそれが社会の幸せにつながらないこともあります。視野を広く持って、世の中の役に立つというゴールを見失わないようにすることで、その努力が結実すると思います。だからこそ、私は基礎研究から応用研究に向かうあたりで、もう1つのニーズである人の幸せにつながるかどうかをアドバイスする役割にこだわっていきたいと思います。そして、皆でさまざまな視点で方向性を探っていくことがNTTの大きなバリューではないでしょうか。
一方で研究者全員がこのような視点に立てるわけではありませんし、そんな要求は無理だと考えてもいるのです。多様性は非常に重要ですし、飛び抜けた才能を持つ人もいます。こうした人たちの能力を結集して、ゴールに導いていくことが私の務めだと考えています。

部門長はご自身も研究者として歩まれてこられた分、さまざまな教訓をお持ちではないかと思いました。研究者の皆さんに一言お願いいたします。

私の入社当時の研究テーマは衛星通信でした。宇宙という夢のあるテーマに取り組めて本当に楽しくて、嬉々として取り組んでいました。しかし、NTTは自己保有してきた通信衛星を他社からの賃貸へとビジネス転換しました。生涯をかけて取り組めるテーマだと思っていただけに本当にショックでした。今後の展開をどうしようと考えていたとき、「川添くんは衛星をやっていたのだからコンテンツはかなり近いよね」と、声をかけてくださった方がいました。衛星とコンテンツがどこでどうつながるのかよく分からなかったのですが、「これからはコンテンツの時代だからコンテンツの研究をやったほうが良いよ」と。この言葉をきっかけに私は、IPTVや超高臨場感通信技術 Kirari!へと研究テーマを広げていくことができたのです。
もしかしたら、研究者の皆さんも今後、方向転換を強いられることもあるかもしれません。永遠に続く研究テーマというのは素晴らしいことだし、非常に重要であり、やりがいのあることだとは思いますが、例えばある日、そのテーマが研究の対象ではなくなるかもしれません。しかし、やることがなくなったから研究者はもういらないということにはなりません。なぜならば研究とはマインドであって、テーマは後からついてくるものだと私は思っています。このマインドというのは、例えば、新しい原理原則の発明・発案したいという志向、ある現象を解明してそのメカニズムを明らかにしたいという志向、今までできなかったことをかたちとしてつくりあげたいという志向、このような人の志向のことを示すのですが、これらの志向は研究テーマには依存しません。自分の意気込みを持ってさえいれば、新しいテーマを必ずやそこに見つけることができると信じて続けてもらいたいと思います。考え方、アプローチ、これまで蓄積してきた知見が何に活かされるかと考えれば、そこには無限の可能性があって無限のテーマがあるのです。そこに挑んでもらいたいと思います。新しいテーマを必ずや見出すことができると自分を信じて取り組んでいただきたいです。研究者として、自分のアイデンティティや存在価値、自分自身がどうしてここにいるのかを見つめ直して、やるべきことを真剣に考えていただきたいです。過去には方向性や目標を決めて、そこに向かって皆が力を合わせて向かうという時代もありましたが、今やもう多面的に、いろいろな可能性を追求していく時代になりました。
自分自身や研究テーマ、課題の持つ可能性を信じてあきらめないでください。それをサポートする体制にしていきたいと考えていますから、ぜひ頑張ってください。
(インタビュー:外川智恵/撮影:大野真也)

インタビューを終えて

「技術を知らない人でも分かりやすいように」と多くのトップが門外漢のインタビュアに分かりやすく、丁寧にお話をくださるトップインタビュー。今回も研究企画部門のトップである川添部門長が身近な例を交えてお話しくださいました。特に感銘を受けたのは研究マインド。
研究対象を失ったときに研究者はどうすれば良いのかという問いに、大きくうなずき「原理原則を発見したい、現象を解明したいという意気込み、マインドさえあれば研究はできる」と、厚みのある言葉を授けてくださいました。衛星通信という研究分野を断念せざるを得なかった川添部門長。その後も超高臨場感通信技術Kirari!を生み出すなど、ご自身のマインドにしたがって研究者としての道を歩まれたそうです。そんな部門長のご趣味はお料理だとか。ブイヤベースからお寿司まで幅広く研究していらっしゃるようです。「料理とICTを掛け合わせて何かできそうなのですよ」と微笑まれる姿に研究者としてのピュアな一面を感じたひと時でした。