NTT技術ジャーナル記事

   

「NTT技術ジャーナル」編集部が注目した
最新トピックや特集インタビュー記事などをご覧いただけます。

PDFダウンロード

挑戦する研究者たち

理論の予言から20年以上検証されていなかった現象を初めて実験で示す

物性物理学の世界では、現象に関する理論が発表されてから20年、30年後にそれが実験により検証されたということがよくあります。その一例である、電子がお互いに影響を及ぼし合うことで全体として元々はなかった性質を獲得するという現象―「多体効果」―の研究を通して、超伝導体と通常の金属の接合界面で起こる「アンドレーエフ反射」に類似する現象を、超伝導体以外の物質で世界で初めて観測することに成功したNTT物性科学基礎研究所 村木康二上席特別研究員に、その実験と、その舞台となる分数量子ホール効果(多体効果の1つ)の研究、「基礎研究は地図をつくるような仕事である」という例えとそれに臨むチャレンジへの思いを伺いました。

村木康二
上席特別研究員
NTT物性科学基礎研究所

「分数量子ホール効果」により、バラバラの電子では得られない新しい機能を持った量子デバイスを開拓することをめざす

現在、手掛けていらっしゃる研究について教えていただけますでしょうか。

電子が持つ波動性や重ね合わせ、スピンといった量子力学的性質に加え、電子間の相互作用によって生じる多体効果や相関効果に注目し、それらを半導体や原子層物質のへテロ構造・ナノ構造を用いて生成・制御することで、バラバラの電子では得られない新しい機能を持った量子デバイスを開拓することをめざして研究に取り組んでいます。
その中で前回(2021年1月号)のインタビューでは、半導体のヘテロ構造により、物質の内部は絶縁体でありながら表面は電気を通す「トポロジカル絶縁体」ができること、ゲート電極に電圧を加えることで、通常の絶縁体になったりトポロジカル絶縁体になったり、電気的に制御できることを実験により示したことについて紹介しましたが、今回は「多体効果」について紹介します。
「多体効果」というのは、電子がお互いに影響を及ぼし合うことで、全体として元々はなかった性質を獲得するという現象で、超伝導や強磁性などがその代表例です。私たちが対象としているのは「分数量子ホール効果」という現象で、これは強い磁場の中で電荷e (<0)を持った電子どうしがうまく避け合おうとする結果、ある種の秩序が生まれ、密度揺動のない液体のようになった状態です。面白いのは、この均一な状態からのずれは電子の電荷の1/3を単位にして起こるということです。この電子密度の凸を準粒子、凹みを準正孔といいますが、それらは±e/3の電荷を持った粒子のように振る舞います。分数量子ホール効果自体は歴史が長く、1982年に発見され、翌年にその基礎となる理論が出ており、これらの研究に対して1998年にノーベル物理学賞が授与されています。そして、2000年代に、ある種の状態では準粒子・準正孔を使って量子計算をすることができるという理論提案があり、それ以来、その検証に向けた研究が続いています。 さて、分数量子ホール状態の準粒子がe/3の電荷を持っていることは、電流に含まれる微弱なノイズを測定して解析することからすでに明らかになっていました。また、準粒子を用いた量子計算に向けた要素技術として、リング状に加工した微小な素子を用いて準粒子の干渉を測定することが必要ですが、実はそのような実験が世界で初めて成功したのはここ数年のことで、米国の研究グループが報告し、大きな話題になりました。これらの実験はe/3の電荷を持った準粒子の性質を調べているわけですが、電極やリード線など測定器につながっているのは通常の金属で、そこを流れているのは電荷eの電子です。電荷e/3の準粒子が通常の金属である電極に入ったとき、何が起こるのでしょうか。実は1990年代にそのようなことを考えた理論があり、それによると電荷e/3の準粒子2つが入射すると、電荷eの電子が金属中に入っていき、その「お釣り」として電荷-e/3(>0)の準正孔が入射側にはね返ってくるというものでした。これは超伝導体と通常の金属の接合界面で起こる「アンドレーエフ反射」(図1)と類似する現象で、私たちはこれを世界で初めて観測することに成功しました⑴。これは準粒子という電子よりも小さいレベルでの電荷保存や、準粒子の散乱・反射の素過程を解明したという意義に加え、準粒子を用いた回路において考えるべき新たな視点を提示しています。つまり、回路の中には準粒子だけではなく、「お釣り」の電荷を運ぶ準正孔も流れているわけで、準粒子の干渉(の有無)を議論する際にはその影響も考えなければいけないことを意味しています。
理論の予言から20年以上検証されていなかった現象を初めて実験で示すことができたのはとても嬉しいことでした。1990年代に理論の論文を書いた研究者が私たちの論文を見て、「ありがとう」というメールを送ってきてくれました。さらにその後の研究では、このような散乱・反射過程の際に生じる雑音や熱についても理解を進めることができました⑵。結果だけ書くと簡単なようですが、研究開始から「これだ」という結果が出るまではかなり長い道のりでした。
電子よりも電荷の小さい準粒子の性質を調べるには非常に高い実験技術が必要で、そのような実験ができる研究グループは世界でも片手で数えられるぐらいしかありません。今回の成果によって、これらの研究グループの人たちが私たちの研究に注目してくれるようになったのも大きな変化でした。また、これらの研究では私はサポート役で、私の主な貢献は研究を主導するメンバーに質問をし続けることでしたが、若い研究者が世界に羽ばたくきっかけとなる研究にかかわった経験は、今までとは違う達成感があります。

非常にインパクトのある実験が行われたのですね。

この実験は、準粒子の性質を調べるために、より精密な測定技術が必要になってきたので、同じようなことに興味を持ち、必要な技術と知識を持った研究者がグループに加わり、その研究者の提案により行われたものです。
図2に実験の概要を示します。まずGaAs半導体ヘテロ構造中の二次元電子系に低温で垂直磁場を印加し、電子系全体がランダウ準位占有率*が1の整数量子ホール状態になるように磁場の強さを調整しました。図2(a)は、試料の電子顕微鏡写真に色付けしたもので、赤色領域は電極1にゲート電圧1を印加して形成したランダウ準位占有率1/3の分数量子ホール(分数QH)領域です。黄色領域は二次元電子系を狭窄するための電極2、青色領域はランダウ準位占有率1の整数量子ホール(整数QH)領域(電極3は0 Vに固定)で、ここでは電荷eの電子が電流を運ぶ通常の金属の役割を担っています。それ以外の濃いグレーの領域は半導体をエッチングして削った領域、薄いグレーの領域は本実験で使用しないゲート電極、緑色の円で囲った領域の中心部に微小な分数-整数量子ホール接合が形成されます。量子ホール領域では試料の端のエッジチャネル(図中矢印)に沿って一方向に電流が流れるため、透過電流と反射電流をそれぞれ測定することができます。
また、図2(b)は、分数-整数量子ホール接合(図2(a)で緑色の円で囲った領域)の概念図です。電極2にゲート電圧2を印加して直下の二次元電子系を空乏化すると、分数領域と整数領域が1μm以下の幅で接触した接合を形成できます。接合の幅は、ゲート電圧2の負電圧が大きくなり空乏領域が広がるほど狭くなります。
測定ではこの接合に分数側から電流を入力し、整数側に流れ出る透過電流を測定しました。すると、ゲート電圧2の値によって(接合の幅を変えることに相当)、入力した電流よりも大きな透過電流が観測される場合があることが分かりました(図3(a))。またこのとき、接合から分数側に返ってくる反射電流を測定すると、入力したものと逆符号の電流が観測されました(図3(b))。これら透過電流の増大、および負の反射電流は、分数電荷のアンドレーエフ反射が生じていることを示しています。この結果は、アンドレーエフ反射が超伝導特有の現象ではなく、普遍的なものであるということを示したもので、物性物理学の重要な成果だといえます。

* ランダウ準位占有率:磁場(磁束密度)に対する電子密度の比。この値が整数値に近づくと整数量子ホール効果が生じ、特定の分数値(1/3など)に近づくと分数量子ホール効果が生じます。

今後、どのような研究に注力されるのでしょうか。

トポロジカル絶縁体も分数量子ホール効果も、それらが面白い物性を示す原因は試料(物質)の内部にあるのですが、それが実験に観測される現象として現れるのは、試料の内部ではなく試料の端や表面、つまり真空や通常の物質との界面です。したがって、理論的に予想されているような興味深い現象を実験的に観測するためには、純良な結晶だけでなく、良質な界面をつくることが重要です。今回はお話ししませんでしたが、理論によれば、トポロジカル絶縁体と超伝導体の界面も、新しい物性が現れる舞台です。理論の予測を実証しようと、世界中で実験家が研究に取り組んでいますが、理論どおりの結果が出なかったり、あるいは理論が予想するとおりの結果が出ても、別の解釈の可能性を排除することができなかったりすることで、統一的な理解に至っていません。私たちは現在、超伝導接合を含むさまざまな界面を、これまで誰もやったことのない方法でつくることに注力しています。もちろん、実際に研究を行っているのはグループの若い研究者で、私はそのサポート役です。私たちの研究によって理想的な界面ができて、これまでの理論と実験のギャップを埋めることができることを期待しています。前例がないので試行錯誤の連続ですが、その分やりがいも楽しみもあります。

基礎研究は、例えるなら地図をつくる仕事のようなもの。正しいチャレンジを続けて、良き社会、良きコミュニティにとってプラスになる

研究者として心掛けていることを教えてください。

前回もお話ししましたが、自分がやっているような基礎研究は、例えるなら地図をつくる仕事のようなものだと思っています。特に物理や物性の世界では、理論だけではそれが正しいかどうかは決まりません。この段階は地図のおおまかな輪郭ができたところです。それを正確な地図として更新するためには理論を明らかにして検証する実験が必要です。ノーベル賞研究のように地図が大きく書き変わるような研究もありますが、小さなアップデートの積み重ねも重要です。私は、物質の界面を制御して電子の新しい性質を引き出すという研究を通して地図づくりに貢献したいと考えています。そして、その新しい性質がエラー耐性のある量子計算に使えるかもしれないということが、社会的意義として、動機付けになっています。
さて、以前は、研究は自己実現の手段という意識でしたので、自分のアイデアかどうか、自分が実行したことか、研究者として自分がまわりからどう評価されているか、といったことが自分の中で重要な指標だったように思います。しかし、歳を重ねるごとに相対的に自分が小さくなって、逆にまわりを取り巻くあらゆる人・モノの重要性やありがたみを大きく感じるようになりました。それは「巨人の肩の上に立つ」ということだけでなく、あらゆる普通の人・モノも含んでいます。自分のアイデアかどうかということや、自分がどう評価されるかということにかかわらず、全体として良き社会、良きコミュニティにとってプラスになるようなことにエネルギーを使っていきたいと考えています。全体としてプラスという意味ですが、できそうなことを人より早くやるというよりは、できるかどうか分からない、難しそうだけれどやる価値のあることをやりたい。誰もやらないようなことにチャレンジして、その結果が思うようなものでなかったとしても、それをやる意味が正しいものであれば、得られた知見は自分の外の世界も含めて考えれば役に立つもののはずです。「あれがブレークスルーだった」と言われるような研究がしたいという気持ちは変わりませんが、そのためにも何よりも正しいチャレンジを続けていきたいですね。

後進の研究者へのメッセージをお願いします。

この先、大きなことを成し遂げる可能性は若い人のほうが高いことは間違いありませんから、とにかく自分の可能性を信じて突き進んでほしいですね。ここ数年、自分が関係している研究分野で、それまでになかったような大きな進展がいくつもありましたが、それらを成し遂げたのはいずれも若い研究者たちです。中には自分も惜しいところまで考えていたこともありますが、実際にブレークスルーとなった研究を目にすると、惜しかったというよりも、むしろ自分のアイデアの突き詰め方が全然足りなかったということに気付かされます。いいところまで進んでいても、最後のピースがそろわなければ、いいところにいるのかどうかも分かりませんし、そこでやめてしまえばその先にあったかもしれない可能性は閉ざされてしまいます。アンテナを高くして外からの情報に敏感でいることも重要ですが、本当にめざしていることがあるのならば、「もう何年もがんばったのだから」とか「これだけやったんだから」といったことを理由に自分を納得させるのではなく、本当にやるべきことを全部やったのか、ほかにもっといいやり方がないのか、自分に問い続けるべきだと思います。これは若い人向けだけではなく、自戒の意味も込めて自分にも言いたいことです。

■参考文献
(1) M. Hashisaka, T. Jonckheere, T. Akiho, S. Sasaki, J. Rech, T. Martin, and K. Muraki:“Andreev reflection of fractional quantum Hall quasiparticles,”Nature Commun., Vol. 12, No. 2794, 2021.
(2) M. Hashisaka, T. Ito, T. Akiho, S. Sasaki, N. Kumada, N. Shibata, and K. Muraki:“Coherent-Incoherent Crossover of Charge and Neutral Mode Transport as Evidence for the Disorder-Dominated Fractional Edge Phase,”Phys. Rev. X, Vol. 13, 031024, 2023.