挑戦する研究開発者たち
成長し続けるAI解析プラットフォーム「Waymark cloud -PQRS-」が設備点検業務を支援
少子高齢化が進む中で、設備点検業務は経験の積み重ねにより異常分析等が行われている部分が多く、そういったスキルを有する高齢者が退職している現状にあります。一方で次世代を担う若手の就労人口も減少しており、スキルの継承が大きな課題となっています。こうした状況の中、AI(人工知能)によりスキルを代替することが普及し始めています。このようなAIの1つであるAI解析プラットフォーム「Waymark cloud -PQRS-」(「PQRS(ピクルス)」)の開発を行っている、ジャパン・インフラ・ウェイマーク 開発部 担当課長の川邉隆伸氏に、完ぺきではないAIとの付き合い方、お客さまが使えるものをつくる、という開発への思いを伺いました。
川邉隆伸
開発部 サービス開発担当 担当課長
ジャパン・インフラ・ウェイマーク
設備点検業務の有スキル者不足への対応と業務効率化を支援
現在、手掛けている開発の概要をお聞かせいただけますか。
インフラ設備点検等の外業で取得したデータを、ポータルサイトにアップロードを行い、AI(人工知能)解析、レポーティングを行うAI解析プラットフォーム「PQRS」の開発を行っています。
通信インフラ設備の老朽化が進む中、設備点検は現地に行って目視、もしくは写真を撮影して拠点に戻って解析するというプロセスに多大な稼働が必要になるという課題があります。一方で、設備点検結果の解析ができる人材が減少しているという課題も顕在化しています。現地における設備点検等はドローンを使って写真撮影を行う等により省力化が進んできていますが、解析については設備に応じた特殊なスキルが必要となるため、課題解決に向けた対応が後手に回ってしまうという現実があります。
PQRSはドローン等により撮影した写真等の画像解析のほか、作業者のスキルレス化およびデスクにおける各種関連業務の効率化を目的に、
•ユーザに操作画面等を提示するポータルサイト機能
•解析データの元となる写真等を蓄積するストレージ機能
•インフラ設備の識別、劣化診断等を行うAI解析機能
•インフラ設備の位置座標、診断結果のデータ出力等を行うレポーティング機能
•既存解析の再学習、新たな解析対象設備のクラス実装を行うAI追加学習機能
があり(図1)、これらがSaaS(Software as a Servis)としてお客さまに提供されています。
システム的には、この機能単位にサブシステムが定義された構成になっています。中でも特徴的な点として、AI解析部は、お客さまごと、あるいは対象とする設備群ごとに個別に開発している点で、現時点で約10種類のAIが稼動しています(図2)。AI関連の技術は日進月歩なところがあるので、2年前にはまだ出ていなかった新しいAIが、現在ではすでに出ており、それよりも性能の良いAIも出ているということが、当たり前のように起きています。したがって、常にトレンドをフォローしながら、案件が出てきた時点で最適なAIエンジンをチョイスして解析部分を開発しています。そのため、AIエンジンはすべてバラバラです。もちろんお客さまごとに要求条件が異なるので、開発においてはそれに合うかたちで開発を進めています。
例えば、NTTで鉄塔の点検を行う際に、サビの具合をチェックし、その進み具合で手当ての要否を判断するのですが、ガス会社の場合はサビに関する点検は行うものの、手当ての基準は異なり、鉄塔すらありません。共通的な部分はあるとしても、それを判定のロジックに組み込んでしまうと、それぞれの事情に応じた部分との連携においてすべてに対して最適なかたちはとれないので、かえって使いづらいものとなります。そこで、開発時点で最適なAIエンジンを使って個々に開発するという発想です。さらに、AI判定結果の活用に関しては、それこそお客さまにより異なるので、判定結果のデータをエクスポートする機能を提供し、道路面のひび割れ状況の写真を地図上へプロットするというような業務への活用については、エクスポートされたデータを使ってお客さま側で対応していただくようにしています。
お客さまへの提供事例はあるのでしょうか。
NTTフィールドテクノの「Audin AIサービス」のプラットフォームとして、PQRSを提供しています。NTTフィールドテクノが保有している社会インフラ設備の画像データと、劣化診断AI を組み合わせ、社会インフラ設備に係る設備台帳のデジタルデータ化、並びに劣化診断結果についてポータルサイト上でのレポート(リスト形式、マップ形式)を提供しています(図3)。「Audin AIサービス」では、道路構造物、路面塗装、路面の3設備種別を対象に、各設備の画像データをAIにより分析することで、道路構造物の特定および劣化診断を行い、設備台帳に反映します。
このほか、ガス会社や自治体にも設備点検・管理ツールとして提供しています。
AIの活用においてどのような課題があるのでしょうか。
実際にシステムが出来上がったといってもそれで終わりではなく、新たな学習データの取り込みによるチューンや、解析・判定アルゴリズムの追加、そしてAIエンジンそのものの性能向上といった課題は常についてきますし、当然それらへの対応も継続していかなければなりません。
さて、これとは別に現在のAIは、100%の精度が出ないといわれています。鉄塔のサビの例でも精度は約90%で残りは見落としになっています。これは、AIを活用していく際に、業務を完全にAIに置き換えることはできない、ということを意味します。精度向上を図ることは当然としても、この不完全な部分がある前提で、AIをどのように業務の中に組み込んでいくのかという観点で考えていかなければなりません。これについては、理論も絶対的な正解もない世界なので、業務の中にいかにAIを組み込んでいくのか、業務をいかにAIにフィットさせていくのかといったことを考えながら、お客さまと一緒に試行錯誤をPoC(Proof of Concept)的に繰り返していくことになります。
システム開発としてもこの試行錯誤に柔軟に対応していく必要があり、そのためにプロトタイピング開発を継続して行いながら、実際に役に立つようチューンしていくつもりです。
お客さまが使えるものをつくる。使ってもらえなければ開発の意味がない
開発者としてスキルの維持、スキルアップはどうしていますか。
私はNTT西日本に入社し、初期配属のNTTネオメイトでネットワーク設備の保守等の現場業務を行った以降は、NTT研究所、NTT西日本研究開発センタ、NTTスマートコネクトにおいて、お客さまエンドポイント近くの装置からクラウドサービス上のシステムまで幅広い分野における開発を手掛けてきました。ジャパン・インフラ・ウェイマークへ異動し、AI関連の業務を担当することになったわけですが、開発は行ってきたものの、業務でAIにかかわるのはこれが初めてです。学生時代にロボットの画像処理とAIの研究をしていたのですが、当時、深層学習はまだ理論の世界で、今のAIとはレベルが違うので、本を買ってきて勉強しました。また、開発を行っていた関係でオープンソースの活用には経験があったので、数多くあるAIオープンソースから適当なものを選んで、GPU(Graphics Processing Unit)付のノートPC上にAIを実行する環境を構築して、それをいろいろと操作することでスキルアップを行いました。
現在のチームは少人数であり、AIエンジニアはいるのですが、システム開発のプロジェクトマネージャがいないため、開発プロジェクト経験のある私が必然的にプロジェクトマネージャになっています。プロジェクトマネージャの業務はある程度分かっているので、基本となるスキルはあるのですが、実践をとおしてそのスキルアップを図っています。また、お客さまの話を伺いながら要件定義をしていく必要もあり、SEとしてのスキルも要求されます。点検業務についてはNTTネオメイト時代に経験があるので、それをベースとして、実践の中でスキルアップを図ってきました。もちろん、AIについても直接手を動かして開発する立場でもあります。
開発において大切にしていることは何でしょうか。
お客さまが使えるものをつくるということが一番大きいです。使ってもらわなければ意味がないと思っていますし、そのうえで自分がつくったもので少しでも世の中が良くなる、という実感が自分にとってものをつくり続けるモチベーションになっています。
以前、NTT研究所にいたときにIPv6 NAT(Network Address Translation)の研究をしていたのですが、IPv6ではNATは必要ないはずなのになぜ研究テーマとしているのか不思議に思ったことがあります。事業上の必要性がその理由だったのですが、技術的な正解とサービスとして提供することは異なるということが、私にとってかなりインパクトがある経験でした。これが原体験となり、お客さまに使ってもらえて、世の中の役に立つという考え方につながっています。
実際、お客さまと接しているときも、自分がつくりたいもの、技術的にエレガントだと思っていることと、お客さまの求めていることが合っていないことはよくあります。技術レベルについては、必ずしもお客さまが同レベルにいるわけではないので、逆にお客さまの要望に合うように、もったいないけれどもこの技術は使わない、正確ではないけれども誤差として許容する等の工夫をしながら、使ってもらえるものをつくる、使う人たちの市場に合わせていくことで、独りよがりな開発にならないようにしていかなければならないと思います。
技術を楽しんで開発を進める。周囲の後押しでAIとともに成長する
将来的に何をめざして開発を続けたいのでしょうか。
完ぺきではないAIをどう使っていくのか、というある意味長期にわたるテーマに取り組んでおり、これを継続していきたいと思います。その中で、今まさにチャレンジングな開発に取り組んでいます。
多数読み込ませた鉄塔の写真の中から、サビのある鉄塔を見つけるような、対象が絞られている場合は、前述のとおり90%の精度ではありますが現在のAIで対応できますが、何かよく分からないけれども怪しいものを見つけてくるような、対象が絞られない場合のAIの開発です。学会等の発表の場でAIが専門の大学教授に、「だいぶ先の話だ」と言われたほどチャレンジングな開発です。過去に撮影した写真と今撮影した写真を比較して差分を見つけて報告する仕組みでこれを実現するよう開発中で、これまでにないサービスとして2年ほど先をめざしています。
100%の精度がなければAIが使えないというのではなく、サビと判断できなくても何らかの異常があるところをレポートし、その異常を技術者が分析して対応することで、完ぺきではない10%のところを補完し、AIと技術者の共存が図れることになります。
後輩、パートナーへのメッセージをお願いします。
後輩に向けて、楽しくなければ続けることができないので、技術を楽しんでもらいたいと思います。仕事のためだからと思ってやっていると、新しいものに貪欲に取り組むことができません。「好きこそものの上手なれ」の精神でやってほしいと思います。とはいえ、仕事には苦労がつきもので面白いと思えなくなることもあるので、なるべく自分の好きな土俵に持ち込んで仕事をしてほしいと思います。人からやれと言われたからやるのではなく、なるべく自分の好きな土俵に意識を持ち込んで、自分はこういうことが好きだからこのやり方で進めたい、という思いをつなげるといいのではないでしょうか。さらに、忙しくなってくると、仕事の外でできる自己研鑽の時間がすごく少なくなってきます。だからこそ、いかに新しいことに仕事の中でチャレンジするかということが重要になってきます。そういう意味でも人から言われたことをやるのではなく、自分の好きなことを好きなようにやるということを、意識してほしいと思っています。
パートナーの皆様には、ぜひ長い目でみていただきたいと思います。AIはこれからますます進化していきますが、私たちもつくって終わりという世界にはせず、今後使い方を良くしていくためにどう改善していけばよいかを踏まえて常に開発にフィードバックしていきます。それには皆様にも使い方を考えるという、結構重要な仕事をお願いしなければならないと思っています。そのためには、業務をよく分かっている現場の人の協力が必須なのですが、現場の人は忙しい人も多く、短期間で成果を求めるようになると、なかなかご一緒させていただく機会もありません。そこで、周囲の人が現場の人のチャレンジに対して背中を押してあげることで、AIがより使いやすく育つとともに、参加メンバーも一緒に育っていくことができると思います。