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特集2 主役登場

サステナブルでしなやかな社会を実現する環境エネルギー分野での取り組み

レーザエネルギー伝送技術による豊かな社会の実現をめざして

落合 夏葉
NTT宇宙環境エネルギー研究所

現代において、持続可能な社会の実現は重要な課題となっています。NTT宇宙環境エネルギー研究所では、クリーンでサステナブルな太陽エネルギーに着目し、宇宙空間に視野を広げた宇宙太陽光発電の実現に向けて研究を進めています。宇宙太陽光発電は静止衛星上で太陽光をマイクロ波やレーザ光に変換して地上に伝送し、これらを電力などのエネルギーとして利用するという次世代のエネルギー技術です。この技術が実現すれば、昼夜問わず宇宙から地上に大規模な太陽エネルギーを効率的に届けることができるようになります。
その中で私は、レーザを用いたエネルギー伝送技術の研究に取り組んでいます。これはレーザ光を遠く離れた場所に伝送し、太陽電池などの光電変換デバイスを用いて光から電力を取り出す技術です。レーザエネルギー伝送技術はいまだ実用化されておらず、近年注目を集めてきてはいるものの、同じく無線のマイクロ波を用いた給電技術と比べると遅れをとっている状況です。レーザ光はマイクロ波と比べて波長が短いため、ビームの広がり角が小さく、システムの小型化や長距離伝送に適しているといわれています。この性質は宇宙太陽光発電などシステムが大規模となるエネルギー伝送の場面において特に有効です。
しかし、レーザ光は大気擾乱と呼ばれる大気の屈折率揺らぎの影響を受けやすいというデメリットがあります。レーザ光が大気中を伝搬すると屈折率揺らぎによって位相が乱れ、結果として伝搬後のビームの強度分布が乱れてしまうのです。これにより、レーザ光を電力に変換する光電変換パネルからビームがはみ出る、光電変換パネルでの電力変換効率が低下するなどの影響が生じます。
この大気擾乱の影響を予測し、いかにロバストなシステムをつくるかというのがエネルギー伝送の高効率化に向けた重要な課題となります。そこで、ビームが大気擾乱中を伝搬するとどのような影響があるのか予測するための数値シミュレーションを実装し、どのようなビームが大気の影響を受けにくいのか、またどのような伝送・受光方式が大気擾乱耐性の強いシステムになるのかを研究しています。
しかし、大気擾乱は気温や風などの気象条件や地形によって異なり、また時々刻々と数100Hz程度の周波数で変動します。このような大気擾乱に対してロバストなビーム、伝送・受光方式の探索はチャレンジングであると感じていますが、これらの技術がエネルギー伝送の実用化や普及に向けた鍵になると考えています。
このエネルギー伝送技術は宇宙太陽光発電以外にも、さまざまな応用が期待されています。無線で給電できるメリットを活かし、送電線を引くことが難しい場所や災害地への給電、電気自動車への給電も考えられています。ドローンや「HAPS」と呼ばれる成層圏の無人航空機による通信プラットフォームといった、空を飛ぶ移動体への給電も有効です。
また、宇宙空間に目を向けると、2週間も夜の期間が続くという月面での探査機への給電にも需要があり、研究が進められています。エネルギー伝送技術により、給電場所や時間、バッテリーにとらわれることのない次世代のアプリケーションが実現されるでしょう。
レーザエネルギー伝送技術は、今までは実現できなかった新しい発電・給電システムやサービスを可能にする、夢の詰まった技術だと考えています。持続可能な社会、豊かな社会の実現をめざし、レーザエネルギー伝送技術について引き続き研究を進めていきたいと思います。