明日のトップランナー
光電融合技術の未来を加速させる「異種材料融合と集積技術を用いた高性能光デバイス」
データセンタトラフィックの増大やトランジスタの微細化によるLSI( Large Scale Integration:大規模集積回路)の高性能化に伴い、電気配線の伝送容量がシステムの処理性能上ボトルネックとなることが問題視されている昨今。この課題解決に向けて強く求められているのが、容易に大容量化が可能な光伝送を電子回路に近い配線へ適用するための「光電融合技術」です。光電融合の未来に向けて「異種材料融合と集積技術を用いた高性能光デバイス」の研究開発に取り組む、開達郎特別研究員にお話を伺い、新たな未来を切り拓くトップランナーの取り組みを紹介します。
開 達郎
NTT先端集積デバイス研究所
NTTデバイスイノベーションセンタ
NTT物性科学基礎研究所ナノフォトニクスセンタ
特別研究員
PROFILE
2011年東北大学大学院修士課程修了。同年、日本電信電話株式会社入社。NTT先端集積デバイス研究所、NTTデバイスイノベーションセンタ、NTT物性科学基礎研究所ナノフォトニクスセンタに所属。2017年東北大学大学院博士課程修了。2022年よりNTT先端集積デバイス研究所特別研究員。シリコン、化合物半導体、非晶質材料光導波路を用いた光集積回路技術およびそれらを応用した通信用光デバイスに関する研究開発に従事。
材料の「良いとこ取り」で高性能な光デバイスを実現
■「異種材料融合と集積技術を用いた高性能光デバイス」とはどのようなご研究でしょうか。
「異種材料融合と集積技術を用いた高性能光デバイス」では、従来1つの材料系で作製されていた光デバイスを異なる2つ以上の材料を適材適所に組み合わせることで、高い性能を引き出す研究開発をしています。この研究の背景として、データセンタトラフィックの急激な増大やLSIの性能向上が進んでいることがあげられます。これらにより電気配線の伝送容量がシステムの処理性能上ボトルネックとなるため、データセンタや計算機などにおいては光配線の大容量化と省電力化の重要性が年々高まっています(図1)。
私は入社直後にシリコンを用いた光通信用デバイスの研究開発に取り組んでいましたが、そこで嫌というほど直面したのがシリコンの材料物性に起因する本質的な性能限界でした。何を研究すべきか日々悩みながら入社して数年経ったころ、研究所の組織再編で化合物半導体レーザのシリコン基板上集積に取り組む部署と一緒のグループになりました。最初は研究テーマの変更に戸惑いましたが、「せっかく一緒のグループになったのだから」と、それまであまり詳しくなかった化合物半導体技術のことを積極的に勉強しました。すると、私が今までシリコンの材料限界で無理だとあきらめていたことの多くは、化合物半導体材料を用いることで解決できるのではないかと考えられるようになりました。またこのとき、シリコンも化合物半導体もどちらも一長一短あるということに注目し、「両者の材料の良い部分だけを組み合わせた光デバイス構造を考えられればレーザに限らず、従来よりも優れたさまざまな光デバイスを作製できるのではないか」と思うようになりました。そこで着手した研究が、2つ以上の材料を組み合わせて光デバイスの高性能化をめざすという現在の研究テーマです。
■従来の単一材料を用いた光デバイスの課題を教えてください。
従来の光デバイスは、シリコン・化合物半導体材料・非晶質材料などを用いて、それぞれ個別に作製されてきました。各材料にはそれぞれメリットとデメリットがあり、例えばレーザの作製によく用いられる化合物半導体(InP系材料)のメリットに優れた発光効率があります。さらにn型(負の電荷)とp型(正の電荷)領域を有するダイオード構造上のメリットとして、n型領域における低い電気抵抗・低い光損失・高い位相変調効率があげられます。しかしその反面デメリットとして、p型領域においては光損失が非常に大きいという問題を抱えています。そのためp型半導体がレーザや光変調器などの構造・性能を制限する要因となってしまうという課題がありました。一方で電子回路の作製に広く用いられるシリコンは、p型領域の光損失がInP系材料よりも小さく、非常に安価で量産性に優れる点がメリットです。しかし発光効率は極めて低く、またn型領域における電気抵抗・光損失・位相変調効率のいずれもInP系材料より劣っているため、このような材料上の弱点により光デバイスとしての性能や応用先が制限されます。そのほかにも光デバイスを構成する材料は多数存在するのですが、すべての要求を単独で満たす材料系を見つけることは非常に困難で、各材料の物性により支配された性能限界の大きな壁がありました。
また各材料にはそれぞれ得意・不得意な点があるため、現在一般的に光デバイスは各光部品を最適な材料で作製した後、それぞれを実装して1つのモジュールを作製します。しかしこのような工程では各部品のサイズや実装精度により集積密度が制限されます。そのため、電子回路に近い位置に光送受信器を高密度集積することをめざす「光電融合」を従来の集積手法を用いて実現することは非常に難しくなります(図2)。
これらの課題から、私の研究では主に化合物半導体とシリコンの異種材料集積に取り組み、両者の強みを組み合わせることで、光変調器や半導体レーザなどの高性能と高集積化の両立に取り組んでいます。
■これまでのご研究の成果を教えてください。
例えば従来シリコンフォトニクス技術で作製されてきたシリコンマッハツェンダ変調器は、変調効率と光損失のトレードオフによる性能限界がありました。そこで私の研究では、低損失なp型シリコンと高効率なn型InP系材料を組み合わせることで従来の性能限界を打破し、従来よりも低い光損失で約4倍以上の変調効率(0.09Vcm)を達成しました。また薄膜のInP系レーザ構造と小型かつ低損失なSi光導波路を組み合わせたレーザを作製することで、p型InP系材料による光損失を低減し、小型波長可変レーザを実現しました。近年ではこのような低損失Si導波路上薄膜レーザ構造と一緒に集積できる電界吸収型光変調器(EAM)を開発することで、これまでシリコン光回路上では実現が難しかった1.3µm帯EAMと光源の集積に成功し、100Gbit/s高速変調動作を実証しました(図3)。これらの研究成果は、シリコンと化合物半導体材料それぞれの長所を組み合わせて従来以上の性能を引き出すとともに、小型Si光回路を用いた高密度集積に成功した例といえます。
またこれらのレーザや光変調器と一緒に高性能な波長フィルタなどを集積するため、従来のシリコンを用いた光導波路よりも1桁程度小さな光伝搬損失を有する、シリコンナイトライド(SiN)導波路の作製技術にも取り組んでいます。この作製技術により、化合物半導体に熱ダメージを与えない低温プロセスで低損失な導波路を作製することが可能になります。
■ご研究で苦労しているのはどのような点でしょうか。
ここまで私の研究を見て、中には「違う長所を持った材料を組み合わせれば性能が向上するのは当たり前だ」と思われる方がいらっしゃるかもしれません。確かに材料を組み合わせてすぐに性能を引き出すことができれば良いのですが、実際にその試みは失敗に終わることも多いです。本当の難しさは実際に各々の材料物性の良さを失わずに集積していく「作製技術」にあります。例えばシリコンと化合物半導体の2つの材料でも微細加工に要求される技術は異なり、いかに両者の材料物性に影響を与えずにモノづくりしていくかということが大きな研究課題になります。たとえ計算上で材料を組み合わせて性能が引き出せると分かっていたとしても、作製段階で課題に直面することが多く、特に新しい材料や構造に取り組む場合、最初は失敗ばかりです。この作製技術の研究は日々トライアンドエラーの繰り返しで、その研究時間の大半は表に出ず論文などでもあまり語られる部分ではありません。中には論文発表に至るまで何年もかかるものもあり、ある意味でメンタルスポーツのような研究だと思っています。
研究途中で気持ちが折れてしまわないように自分の研究を信じきれる心が大切な一方で、途中で方向性を修正しなければならない研究が存在することも事実です。実際に作製に取り組んで初めて見えてくる致命的な課題も多く存在しますので、「今の方針でこれ以上やってもダメだ」というジャッジは都度冷静に行う必要があり、1つのものごとに固執せずに引き際は大切です。そしてこのような失敗の過程の中で重要なことは、失敗の原因をしっかり突き止めて、次の研究につながる有意義な失敗の割合を増やしていくことだと思っています。その有意義な失敗を増やしていくことこそが、研究成果を残せるかの大きな分かれ道になると考えています。
光電融合の中核技術をめざし、過去に固執せず今後も新たな研究へ
■今後の研究ビジョンについて教えてください。
私の研究はIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想において、オールフォトニクス・ネットワーク(APN)に向けた「光電融合技術」を支える研究です。「光電融合技術」では、従来の長距離光ファイバ通信網だけではなく、電子部品が実装されるボード上のような非常に短い伝送領域にも光配線を導入することをめざしています。このような短距離の光配線を形成するためは、光送受信器の小型化・低消費電力化・低コスト化が必須です。現在私が研究している異種材料集積デバイスは、従来よりも小型化・低消費電力化が容易な高性能レーザ・変調器を量産性に優れたシリコンフォトニクス回路上に集積できるメリットを有するため、光電融合の中核技術となると考えています。
当面はIOWN構想に向けた光変調器とレーザの集積技術を中心に取り組んでいきます。具体的には、チップ辺1mm当り1Tbit/s以上の伝送容量をめざし、2028年までにはこのような性能指標を超える光デバイス技術を確立できるように研究に取り組みます。さらに、比較的長い伝送距離のデータセンタネットワークまで視野に入れると今後の高ボーレート(Baud Rate:1秒間当りの変調回数)化に対応していくため、光変調器集積光源は100Gbaudを超える変調速度をめざして研究を進めていきます。高速化を進めていくことは、テラヘルツ波などの新たな応用分野への展開にとても重要です。
私はこれまでの経験や反省を踏まえて、あまり1つの技術にこだわりすぎないように意識しています。これからの社会で求められる技術をタイムリーに、そしてコンスタントに生み出し続けるためにも過去の経験や技術だけに縛られることなく、誤解を恐れずいえば「使えるものは何でも使う」という精神を大切にして、今後も新たな研究に取り組んでいきます。
■最後に研究者・学生・ビジネスパートナーの方々へ向けてメッセージをお願いします。
私はNTTで、物性科学基礎研究所ナノフォトニクスセンタ・先端集積デバイス研究所・デバイスイノベーションセンタの3つの研究所に所属しています。物性科学基礎研究所は基礎的な研究に取り組み、理論研究からデバイス作製技術まで非常に広い分野に取り組む研究所で、研究者個々人が学術的に新しいことに挑戦しているという印象です。先端集積デバイス研究所では学術的な新規性だけではなく、将来の実用化を見据え社会のニーズを意識した研究に取り組んでいます。研究グループ全体で組織のミッションとなるテーマを着実に進めつつ、研究者個々人はオリジナリティのあるアプローチにも取り組んでいます。デバイスイノベーションセンタは、私が所属している組織の中でももっとも実用化に近い組織です。実際にデバイスを生産するグループ会社や他社と協力しながらデバイスの商用化に取り組んでいます。
このように私自身は幅広いフェーズの研究開発に携わっており、通信インフラから基礎研究まで幅広い技術領域を一気通貫で取り組める環境は、NTT研究所の大きな強みであると思います。また自分自身が研究者として成長するうえでも非常に有益な環境が整っていて、入社するまで光通信や光デバイスのことはほとんど何も知らなかった私が1から学ぶことができたのは、社内に多く在籍する一流の専門家の方々からのサポートのおかげだと思います。また他分野の研究者との議論で改ためて自分の技術の良さと欠点に気付くことは非常に多いため、常に新しい思考を手に入れられることは大きな強みです。
新たなチャレンジをするときには、自分に足りない技術を持っている専門家に協力してもらえるチャンスに恵まれているので、スピーディにインパクトのある研究成果を出したり、新しい技術を立ち上げてパラダイムシフトを起こしたりするチャンスがたくさんあります。これを読んでいる方の中には、今現在の専門分野がNTT研究所のテーマと異なる方は多くいらっしゃると思いますが、他分野からの見識が従来の研究を大きく変える可能性を持っていることもあります。もし分野を変えて新しい研究に取り組む機会を求めている方がいらっしゃれば、光通信の新しい未来を一緒に加速させていきましょう。