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from NTTコミュニケーションズ

デザインスタジオKOELがグッドデザイン賞を受賞した「セミパブリックの課題を解決するデザイン」

NTTコミュニケーションズのデザインスタジオ「KOEL」が2023年度のグッドデザイン賞を受賞しました。評価されたのは「大企業にてセミパブリック領域における課題解決を行う組織」としてのKOELの活動内容でした。ここでは、プロダクトやサービスではなく企業内の一組織が受賞に至った背景、心疾患患者の運動習慣獲得支援サービス「みえるリハビリ」デザイン事例からKOELが手掛けたデザイン手法とキーワードである「セミパブリック」を解き明かします。

年々広がるグッドデザイン賞の評価対象

NTTコミュニケーションズ(NTT Com)のデザインスタジオ「KOEL」は、設立から4年目を迎え、インハウスデザイン組織として2023年度グッドデザイン賞を受賞しました(1)(図1)。2020年、NTT Com社内で人間中心のデザインや社内のデザイナー育成を担うデザイン組織として、イノベーションセンターのデザイン部門「KOEL」が誕生して以来、事業部との共創を通じてヘルスケアや教育分野などさまざまな領域における社会課題解決を推進してきました。ここまでの取り組みと、活動の成果をグッドデザイン賞というかたちで評価していただくことができました。
グッドデザイン賞とは1957年創設の「グッドデザイン賞品選定制度」を前進とした、日本で唯一の総合的なデザイン評価・推奨の仕組みです。デザインによる暮らしの質の向上や、社会課題解決や新たなテーマの発見にデザインを活かすことを目的に毎年実施されており、これまでの受賞総数は約5万件に上ります。
グッドデザイン賞の受賞対象といえば、車や家具、電化製品などの物理的な製品を想像される方も多いかもしれませんが、ITの一般化に伴いWebサービスやスマートフォンアプリのようなデジタルサービスも受賞の対象となっており、2022年はKOELがデザイン支援を行ったNTT Comが提供するオンラインワークスペース「NeWork®」も受賞しています。
さらに近年では、社会貢献活動をはじめとした「取り組みのデザイン」も評価対象に含まれるようになり、2011年以降応募数も急増しています。現在では有形・無形問わずあらゆるものが応募対象として扱われており、KOELは「一般向けの取り組み・活動」のカテゴリに応募し、今回の受賞に至りました。
グッドデザイン賞の受賞は、その対象が社会を導く良いデザインであることを周知し、認知度向上や販売促進、企業イメージの向上などに貢献します。さらに受賞後は受賞のシンボルである「Gマーク」を利活用した販売促進活動が可能となります。企業の商品プロモーションなどを通じて「Gマーク」を目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
また受賞の利点は「受賞対象そのもの」に対する認知を向上させるだけではありません。昨今のグッドデザイン賞ではその受賞対象にまつわる社会課題を知らしめる場としても機能しています。例えば2018年度のグッドデザイン大賞である「おてらおやつクラブ」は日本国内における子どもたちの貧困状態や支援の不足に対し、お寺への「お供え」を子どもたちに「おすそわけ」することで問題の解決に寄与しようとする取り組みで、大賞受賞とともに大きな反響を生みました。現在におけるグッドデザイン賞の受賞は、事業の成果の1つではなく、事業に対する認知を広げさらにより大きな課題を解決するための過程の1つになったといえるかもしれません。

セミパブリックの課題をデザインで解決する

今回KOELが評価された点として「セミパブリック領域の課題解決を行う組織」が挙げられます。KOELでは「セミパブリック」という言葉を「公共とビジネスの中間の領域」と定義しています。公共の支援だけではカバーしきれず、また企業も収益化が難しいなどの理由から参入ができないため、人の手による支援が届かない空白地帯となってしまうケースが日本の社会の中でも多く存在しています。
セミパブリック領域では特有の複雑な背景があることも多いため、当事者の方たちへの丁寧なリサーチや、事情を踏まえた課題解決が必要不可欠です。KOELはこれまで「まなびポケット」の支援や、地方における課題を現地でリサーチを行うビジョンリサーチのような、セミパブリックに関連したデザイン支援を行ってきました。
ここからはKOELと同時にグッドデザイン賞を受賞した心疾患患者の運動習慣獲得支援サービス「みえるリハビリ」(2)(図2)アプリのデザイン事例から、セミパブリック領域の課題解決の難しさや、課題解決を推進するための「使われる」デザインを行ううえで考慮したポイントを説明します。

心臓リハビリを巡る医療現場の課題

「みえるリハビリ」はNTT Comのスマートヘルスケア推進室が主管となり開発され、2023年10月から提供が開始されました。それに先駆け2023年5月に、横浜市との心疾患患者の自己リハビリモデル事業を開始しています。横浜市が取り組む「市内スポーツ施設等との連携」施策*1と連携し「みえるリハビリ」を利用することで、参加者は横浜市が連携するスポーツ施設や自宅で安心して運動に取り組むことが可能となります(3)
心疾患は日本人の死亡原因疾患の第2位であり、特に心不全は再発率・再入院率が高くなっています。その一方で研究により定期的な運動などによる心臓リハビリテーションは心疾患の再発予防に効果があると確認されていますが、退院後の外来心臓リハビリの実施率は約7%と低く、その要因の1つとして「リハビリ実施施設が自宅近くにない」「通院することが困難」という課題が存在します。
一方で日本の心臓リハビリの実施率は世界に比べ遅れているというデータもあり、退院後の患者の運動リハビリの継続は、個人のモチベーションや周囲のサポートの有無に委ねられてしまっているというのが現状です。そんな現在の日本の心臓リハビリは、この課題に対して強い意識を持たれている、志の高い医療現場の方々によって支えられています。それでも、業界全体ではこれらの課題に対する認知が低い状態が続いています(4)
このような「公共の支援が必要だが解決が難しく」さらに「ビジネスサイドの介入も行うことができていない」状況こそ、セミパブリック領域の課題そのものといえます。この状況を改善するべく、「みえるリハビリ」ではアプリを通じた心疾患患者の運動習慣獲得を推進しています。そしてその状況をさらに推し進めていくためにKOELは心疾患患者へのリサーチや体験設計、アプリのUI(User Interface)デザインなどのデザイン支援に取り組みました。

*1 横浜市では、心筋梗塞などの心血管疾患を発症した患者さんが、保険診療の治療後にも自身が主体となって、自身の状況に合わせた運動の継続などに取り組んでいただけるよう環境整備、啓発に取り組んでいます。「心臓リハビリテーション強化指定病院」を指定し、地域連携体制の構築を進め、地域の身近な場所で患者さんが安全に運動継続できるよう、市内18区のスポーツセンターをはじめとした20の市民利用施設の指定管理者および2社の民間スポーツジムとそれぞれ連携協定を締結しました。

「使われ続ける」サービスを実現するためのリサーチ

「みえるリハビリ」では、hitoe®*2というNTTと東レが開発した機能素材とセンサを組み合わせて測定したバイタルデータに基づく分析を行います。センサで取得したデータから運動時のリアルタイムの運動強度(METs)を測定し、運動処方箋に記載された目標値と照らし合わせることで、通院することなく安心して自己リハビリに取り組める機能を実現しています(図3)。
しかしこのような優れた仕組みは、患者の方が主体的に使用してこそ効果を発揮するものです。KOELがサービスやアプリのデザイン支援を行ううえで理想と考えているのが「使わせるのではなく、使われる」デザインです。サービス提供側の誘導や、インセンティブを与えることで「使わせる」のではなく、ユーザが自発的・主体的に「使おう」と思ってもらえる品質を実現する。それがサービスのビジネス成長への貢献につながり、セミパブリック領域の課題解決に寄与することだと考えています。
今回、「みえるリハビリ」デザイン支援では、「使われる」=心疾患患者の運動習慣獲得を実現するためのユーザリサーチや体験設計と、日常的にストレスなく使用することのできるUI制作を行うプロジェクトが立ち上がりました。

*2 hitoe®:体の発する微弱な電気を読み取ることのできる特殊素材で、非金属素材でありながら生体信号を高感度に検出できます。

リサーチから作成するカスタマージャーニーマップ

まず医師から運動習慣の指導を受けている方々、計17名へリサーチを実施しました。運動への向き合い方や感情についてデプスインタビューを行い、運動習慣形成のモチベーションや阻害要因となる要素をインサイトとして抽出しました。
次に、運動への向き合い方を軸に「どうせ運動するなら効率的に行いたい」「運動の意義は理解しているが仕方なく運動している」など3つのアーキタイプ(原型)を作成しました。アーキタイプごとに習慣化できる・できないパターンにそれぞれ整理し、カスタマージャーニーマップを作成しました(図4)。カスタマージャーニーマップでは医師からの指導を背景とした運動体験の中で「みえるリハビリ」との接点と、アプリの各機能やUIを通じ患者に伝えるべき情報を整理し、その中で「みえるリハビリ」に新たに実装が必要な機能や懸念点を洗い出します。
例えば運動継続が苦手なアーキタイプの共通点として挙げられるのが、通院直後は高かった運動へのモチベーションが時間とともに低下してしまうことです。通院のみがトリガーとなり、モチベーションに波が生まれる状態では安定した運動機会を生み出すことができません。それを防ぐために通院以外でモチベーションを維持できるような体験が必要だということが分かります。そこで「みえるリハビリ」では運動目標の達成状況に応じてメッセージを送ることで、運動の意欲を上げるきっかけを増やすことにしました。
また、体調が改善してくると運動のモチベーションが下がってくる、という傾向もみえてきました。正しい知識を得ることから前向きなモチベーションを生み出すために、アプリ上で運動の重要性の啓発や、運動の中断による病気への影響などを豆知識として表示することにしました。
このように人間中心設計を行うためにも実際のユーザに対するリサーチは欠かせないものです。そしてカスタマージャーニーマップを作成することでユーザ目線の課題を洗い出すだけでなく、デザインと開発側が同じ目線で体験を実装するうえでの共通の指針として機能します。

誰にでも使いやすいUIデザインを実現する

体験設計を基に、アプリ上に実装するUIをデザインします。心疾患患者は高齢の方が多いこともあるため、文字サイズや色の視認性を高めることだけでなく、丁寧な誘導を心掛けました。当初の「みえるリハビリ」はウェアラブルデバイスを用いる特性上、機器との接続設定などのオンボーディングが複雑になっていました。プログレスバーを表示し進捗を表示、さらに次の手順の操作を前もって予告・説明することでオンボーディングでの離脱を防いでいます。
スマートフォンの操作に慣れている人にとっては「OS標準の当たり前の挙動」だったとしても、ユーザにとっては当たり前ではないこともあり得ます。例えばスマートフォンに慣れていない方にとっては、通知許可など唐突に表示されるシステム側のダイアログに対し不安を感じることが予想されます。ユーザにとっての「突然のできごと」にならないよう、事前にダイアログ表示の予告と操作手順をあらかじめ説明する画面を加えました(図5)。
さらに運動の結果を可視化するウォークラリー画面では、運動後の達成感や運動の楽しさを感じてもらうために、運動の可視化を数字やグラフだけで表現すだけでなく、軽やかな水彩タッチのイラストを配置し息抜き・リラックスができるページにしています。運動を行っている理想的な状態をイメージしてもらい、運動に対するモチベーションを高める効果を考えれば、これらの施策はただの装飾ではなく、目的を達成するためのデザインの一環であることを感じていただけるのではないでしょうか。
ここまで説明したデザイン施策はあくまでアプリ改善の一例ですが、最終的にKOELは400以上の画面デザインの制作・改善を行っています。

前向きに運動に向き合える世界観をグラフィックで表現する

アプリを利用してもらううえでデザインが必要なのはUIに限りません。サービスロゴやアプリアイコンや、プレスリリースや資料などで使用されるイラストなどのグラフィックの制作もKOELが担当し、「みえるリハビリ」の世界観の統一を図っています。
「心疾患患者の誰もが運動をしたくなるような世界観」をイメージし、色味はニュートラルな色味かつ健康的で前向きなイメージを感じさせるグリーンに。イラストは人物の体型や表情を細かく調節し多様な年齢の方が見ても違和感がなく、運動を行う若々しさが感じられるようデザインしました。
また、ロゴのカラーや最小サイズ、使用禁止例などを細かく制定した20ページのガイドラインも作成しています(図6)。将来的にさまざまな方が運営にかかわることになることが考えられるサービスにおいて、どのような方が制作に携わっても同じ世界観・同じクオリティのアウトプットが行えるようにすることもまたKOELがデザイン支援を担ううえでの大切な役割になります。デザインとは、デザイナーだけが触れるものではなく、事業にかかわる方々であればどこかで必ず触れることになるものです。事業にかかわる皆さんにデザインの意図を理解いただき、組織全体でサービスを1つのブランドとして成長させることもKOELのデザイン支援に含まれています。

組織内の知識を掛け合わせセミパブリックの課題を解決する

ここで改めてお伝えしたいのは「みえるリハビリ」はNTT Comスマートヘルスケア推進室の心臓リハビリ分野における専門的な知識や、心臓リハビリに携わっている医療現場の方々とのつながりが結実し実現したサービスであるということです。今回のプロジェクトでKOELが行ったことはデザインの技術を通じ、スマートヘルスケア推進室の皆さんの想いを「心疾患患者の皆さんに主体的に利用していただけるサービス」としてかたちにするための後押しです。
ここまで説明したとおり、セミパブリックの問題解決には多様な人々に寄り添う公共性と持続可能なビジネスの両立が必要になります。事業ドメインに対する深い知識、利用者の実態に即した体験を行う人間中心設計、迅速にかたちにする開発力、社内のより多くの人の知識を掛け合わせなければこういった難問を解くことはできないでしょう。
今回KOELがグッドデザイン賞において評価いただいた点の1つが「巨大な企業内部からのデザインマインドの醸成」です。社内ノンデザイナーに向けたデザイン理解浸透や育成プログラムの実施からデザイン関連人材・約600名を輩出しており、KOELの人員規模も発足後3年で約3倍に成長しています。
そしてNTTグループは日本社会における多様な社会インフラを支える、公共性と企業性の両立が使命として求められている会社であり、その広さ故にセミパブリック領域にもっとも近い組織ともいえます。KOELは今後もNTTグループ内のデザイン組織として、組織全体でのセミパブリック領域の課題解決力を高めるための活動を続けていきたいと思います。

■参考文献
(1) https://www.g-mark.org/gallery/winners/17841
(2) https://www.g-mark.org/gallery/winners/19660
(3) https://www.city.yokohama.lg.jp/city-info/koho-kocho/press/iryo/2021/20210423100000000.files/0003_20210421.pdf
(4) Y. Goto:“Current status and future perspective of cardiac rehabilitation in Japan,”J. Jpn. Coron. Assoc., Vol. 21, No. 1, pp. 58-66, 2015.

問い合わせ先

NTTコミュニケーションズ
イノベーションセンター デザイン部門 KOEL
E-mail koel@ntt.com