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トップインタビュー

慌てず、怒らず、そして、「2度同じことはしない」

NTTの通信インフラを構成するシステムやサービス運用にかかわるシステムをソフトウェアの側面から支えるNTTコムウェア。NTTドコモグループの一員となり、ソフトウェアのプロフェッショナル集団として、NTTドコモグループのビジネス拡大の基盤ともなるシステムの開発も手掛けています。通信という社会インフラに加えて、その先の社会に新たな価値を提供し続ける柏木利夫NTTコムウェア代表取締役副社長に、ソフトウェアのプロフェッショナル集団としての強みとトップとしての心構えを伺いました。

NTTコムウェア
代表取締役副社長(CIO/CDO)
柏木利夫

PROFILE

1988年日本電信電話株式会社入社。2016年NTTコムウェア取締役、2020年同社常務取締役を経て、2021年6月より現職。

日本の社会インフラを支えるNTTコムウェアの品質と信頼

ソフトウェアのプロフェッショナル集団として通信インフラを支えるNTTコムウェアの強みをお聞かせいただけますでしょうか。

NTTコムウェアは1997年の創業から、ネットワーク関連システムのソフトウェア開発や、数千万人の通信サービス利用者の情報管理システムや運用系システム等を設計・開発・保守運用し、NTTグループの通信インフラを支えてきました。
私たちの大きな強みは磨き上げてきた技術力です。当社には、ソフトウェア技術を中心にシステムの企画から開発、基盤構築、運用までの一連のプロセスを支える技術者が約4100名、イノベーティブなサービスをデザインし、継続的な改善プロセスを実践して素早くつくるアジャイル開発の技術者が2600名超、そして、3400名を超えるデータサイエンス技術者がいます。こうした技術力を礎に新たな価値を提供し続けています。
さらに、未来にわたって技術力を磨き上げていくために、人材育成にも引き続き取り組んでいます。アジャイル開発技術の実践力向上や、AI(人工知能)・ビッグデータなどの最新のデジタルテクノロジを駆使し、さまざまなデータ解析・分析に精通した技術者育成を進めています。
このような布陣で、現在、年間約500件もの多種多様なプロジェクトを進行しています。1000人以上のメンバが携わり企画からサービス開始まで数年に及ぶ数百億円規模の大規模な開発から、お客さまのビジネスを機動的に支えるスクラムというフレームワークを活用したアジャイル開発まで広範にわたっています。

技術の進展とともに通信インフラを支えてきたのですね。この経緯やNTTドコモグループの一員となったことを踏まえて、現在はどのようなビジョンを掲げていらっしゃるのですか。

2022年に会社創業25周年を迎えると同時に、NTTドコモ、NTTコミュニケーションズとともにドコモグループとして新たにスタートしました。また、ドコモ・システムズを統合、ドコモ・データコムをグループ会社に迎え、新たにNTTコムウェアグループが発足したのを契機に、NTTコムウェアの存在意義、大切にしている価値観、ありたい姿である「コムウェア・アイデンティティ」、「コーポレートメッセージ」を一新しました。
そして、「コムウェア・アイデンティティ」を実現するため、「コムウェア新宣言」と「サステナビリティ活動方針」を策定しました。「コムウェア新宣言」は2027年度までにNTTコムウェアが取り組む具体的な事業の方向性を示すもので、「サステナビリティ活動方針」は事業と密接不可分なサステナビリティ活動についての姿勢を定めています。
急速に変容する世界において、社会・経済・環境を将来へと「持続」させていくことを目的とした「サステナビリティ」の実現による社会課題解決の重要性が高まっています。生活者、ビジネス、社会における価値観が新しく生まれ変わる中、これまで「効率化先行型」であるデジタル化から、そこから生まれる付加価値も意識したデジタルトランスフォーメーション(DX)へと変化してきており、そこに求められる要素も変容しています。これらの変容を踏まえて、私たちには急速に変化するユーザの価値観に対し、常に新たな体験を創出し、社会基盤としての安定性とパフォーマンスを高めることが求められています。
このため私たちは、最先端のテクノロジとの融合などソフトウェアの力で先進性を追求しながらDXを推進することで、これまで優先されてきた「効率化」を超えた「豊かなコミュニケーション社会の実現」をめざします。これまで大切にしてきた品質と信頼はそのままに、パートナーの皆様の成長や発展にこれまで以上に寄与できるよう、ビジネス視点を持った活動に重点を置いています。

世界中が直面している新しい時代を踏まえ、変革する

「サステナビリティ」を重要視されているのですね。ところで、2023年は生成AIが盛り上がりました。データ活用やAI活用等の取り組みを推進する立場として、「サステナビリティ」に対してどのようなアプローチをお考えでしょうか。

2023年1月に米国ラスベガスで開催された、電子機器見本市CESに行きましたが、そこでは生成AIについては全く触れられていなかったのにもかかわらず、2カ月後にはさまざまなメディアで話題に上っており、とても驚いたのを覚えています。生成AIについては、すでに各国で各社が使いどころや手法を検討して、ようやく整理できて活用し始められるようになったと実感しています。
私たちも同様に、生成AIを開発工程や運用にどう活かすかを試行錯誤していますし、NTTドコモグループにおいても各事業に応じて活用しています。ユースケースも含めて、どうアピールすべきかの情報共有も進み、ようやく全体を俯瞰して使いどころが分かり始めてきた段階です。
そこで実感したのが、システム開発はまだ「人」の仕事でありますが、これでは未来の社会へは対応できないこともあり、人に代わってどこまでAIに担わせることができるかといったポイントをしっかりと見極め、実行していくことを私たちがリードしなければならないということです。
現在私たちが運用しているシステムには、今の技術者が生まれる前から動いているシステムもあります。新しい技術が登場して、老朽化・陳腐化したハードウェアはリプレースされてきていますが、その上で動いているソフトウェアは開発当初のものに機能追加や改修等が施されてはいるものの、ベースとなる考え方は大きく変わっていません。おそらく、当時の開発者は自分たちの寿命よりも長きにわたって、システムが使い続けられるとは思っていなかったでしょう。こうしたシステムには、ドキュメント類が整備されていても膨大なページ数であったり、開発の当事者でなければ分からない想いや文書化できないノウハウがあるものですが、それらの継承は容易なことではありません。なぜならシステムをつくった開発者、技術者はすでに引退しており、有識者に頼ることもできない時代が到来しつつあるからです。
すなわち、「人頼み」では前述の「サステナビリティ」は成り立たなくなっているのです。しかし、システムが提供している機能、業務はソフトウェアにより実現されているので、こうした機能や業務が続く以上は、ソフトウェアのベースも使い続けられることになります。この状況を打破するにはアセットやノウハウをAIに引き継がせていくことが重要となるのではないでしょうか。おそらく、これは世界中が直面していることで、新時代の黎明期、転換期ともいえそうです。

次世代を担うといえばIOWN構想もその1つですが、実現に向けてNTTコムウェアが重点的に取り組んでいる技術テーマをお聞かせいただけますか。

私たちは長年にわたり通信サービスを支える中で培った、オペレーションシステムの開発・構築ノウハウを活かし、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想における最適なネットワーク構築・運用とマネジメントシステムの具現化に向けた取り組みを進めています。
具体的にはIOWNを構成する「オールフォトニクス・ネットワーク(APN)」「デジタルツインコンピューティング(DTC)」「コグニティブファウンデーション(CF)」のうち、特にCFによるオペレーションやその情報処理システムについて、私たちが担う部分であると考えています。現在は、さまざまなネットワークの構成要素、ICTのリソースを「横串(よこぐし)」で監視しながら自動運用する仕組みであり、CFの基本部であるオーケストレーションに関するシステム開発を行っています。
また、2023年はInterop Tokyo 2023で、IOWNのユースケースの1つとして、APNを活用した「XR卓球」を初めて公開しました。そこでは、実際のAPNを用いて、会場と光ファイバの線長で約100km離れた千葉県の幕張と我孫子の拠点を接続して、「XR卓球」をあたかもその場でプレーしているような感覚で提供し、遅延時間を通常回線の200分の1に抑えたIOWN APNの性能をアピールすることができました。
これまでは同じ場所にいないとできなかったこと、例えば、APNを用いることで東京のオペレーションセンタから大阪のデータセンタに設置されているロボット等を制御し、あたかも現地(大阪)でオペレーションしているような状況を創出できるのです。これは、開発の現場や開発者、そして運用者の業務を大きく変える可能性を秘めていることにほかなりません。

35年間、「枕を高くしては寝られない」

トップとして大切にしていることを、ご経歴と合わせて教えていただけますか。

私は1988年にNTTに入社しました。研修期間を除けばまさに今手掛けているソフトウェア開発に関することが最初の業務でした。NTTが民営化されたとはいえ、当時の長距離通話の料金は10分1000円程度だったと思います。今と比べるととても高額でしたから、何とか安くすることに貢献したい、そのためにも「ネットワークやシステムに関するコストを低減させる」という思いを抱いていました。ちょうどそのころから、人が行っていた業務はソフトウェアが代替し、専用ハードが汎用ハードに置き換わることでコスト削減が相当加速しました。その結果、入社して15年ほどで現在の料金水準が実現しました。どこまで貢献できたかは分かりませんが、入社当初の思いは達成できたかたちにはなりました。でも今振り返ると、そこでやっとICTが社会課題を解決する土台が整っただけだったように思います。
入社以来35年に及ぶNTT人生、そのほとんどがシステム開発に関する経験を経て、今実感するのは「枕を高くしては寝られない」という現実です。入社当時から今まで、この瞬間も動いているシステムは増える一方です。しかも、35年前と比較してシステムが社会生活の中に浸透しており、安定的にシステムが動くことの重要性は増しています。システムトラブルが発生すれば、多くの人々が「電車に乗れない」「買い物もできない」等といった状況を引き起こし、日常生活に多大なる影響を与えます。この流れは止めようがありません。自身がこうしたシステムにかかわっている以上、システムの社会的意味を考えると、「枕を高くしては寝られない」状況に置かれていると認識せざるを得ません。一般的にはこうしたストレスから解放されたいと思うかもしれませんが、反面、その重責を担う仕事は誇りでもあるのです。
開発工程でどんなに周到に備えても意表を突いてシステムトラブルは発生するものです。また、それが何万年に1回程度の確率で発生するようなものもあります。しかし、いかなる状況においても一度トラブルが発生すると、その早期復旧に向けて全力で取り組むことになります。トラブルはソフトウェアに起因することが多いので、その報告を受けた後、解析、原因究明、対処方法の検討、これらに対する最終的な判断は冷静かつ論理的に行う必要があります。ですから、トラブルの報告があったときには「慌てない、怒らない」ことに努めています。さらにトラブルが発生して困っている状況の人からの報告になるので、上司が慌てていたり、怒っていたりすると、正確な情報が報告されなくなり、それが判断の誤りにもつながります。そのうえで、トラブルへの対処が終わった段階では、その原因が明確になっているので、「2度同じことはしない」ように心掛けています。
この姿勢がどのように身に付いたのか、明確なきっかけは覚えていません。課長やPMに就いたころからかもしれません。思い起こせば、私の上司等もおおむねこのスタンスでトラブルに臨んでいました。

「2度同じことはしない」という姿勢に、私たちの日常が支えられているのですね。最後に技術者、研究開発者、そしてパートナーやお客さまにもメッセージをお願いします。

最近では「自らの仕事を変えなくてはいけない」と考えています。10年前はシステムが正常に動作し続けているという観点から、「今日と同じ明日を迎える」というスタンスでしたが、今では「今日とは違う明日を迎える」ことが求められています。
システムをつくる側はできるだけ品質や信頼性が高いものを提供することに努めますが、システムを使う側である現場の業務をストップさせてしまうわけにはいきません。このシステムで、現場ではどのような業務が動いていて、そこで一番大切な業務は何かをしっかり考えることが重要なのです。だからこそ、私たちはお客さまの業務の効率や利便性をこれまで以上に重視して、私たち自身の発想を変え、仕事の仕方を変えるのです。意識や発想を変化させるのには時間がかかるものですが、NTTグループ全体だけではなく世の中が変化していますから、悠長なことはいっていられません。とはいえ、さまざまなところに歪みが出ないように無理をしない範囲で、少しでも早急に対応していきたいと考えています。
技術者や研究開発者の皆さんには、現在手掛けている研究開発が社会課題の解決にどう役立つかを念頭に置いて仕事に臨んでいただければと思います。そして、常に変化している社会へどうアジャストし、自らの仕事をどうアップデートしていくかを考えていただければと思います。昔であれば、「この腕一本で身を立てる」というような匠の腕の感覚があったかと思いますが、社会全体のサステナブルはその感覚では成立しなくなっています。ぜひ皆さんの成果を次世代に引き継いで、新しいものを生み出す礎にしていただければと思います。私も自分独自の能力や考え方・知見に依存する仕事をなくそうと努めてきました。というのも、以前、上司に「5年後、(自分と)同じ立場の人間が同じ課題をやっているようではダメだ」と言われたことがあり、そのとおりだと思ったからです。そして、仕事は矛盾を解消することです。そうでなければ作業でしかありません。仕事は常に矛盾をはらんでいるものですが、それをなくし続けることに努めたいですね。
最後に、お客さまやパートナーの皆さん。NTTコムウェアはこれまで同様に高い品質と信頼を提供していきます。また、ドコモグループとして社会の抱える課題の解決に貢献できるよう努めてまいります。今後も引き続き、良きパートナーとしてお付き合いいただきますようお願いします。

(インタビュー:外川智恵/撮影:大野真也)

インタビューを終えて

収益を上げ、組織を動かし、社会貢献をする。文字にすると20文字程度ではあっても、それを実現するのは並大抵のことでないことはビジネスパーソンであればよくご存じのこと。トップとしてそんな重責を担いながらも、「柏木副社長は優しくて、社員に慕われている方です。シャイな一面をお持ちです」と社員の皆さんは評します。写真撮影も、「(写真撮影は)慣れないのですよ。笑ってと言われてもねぇ」と、シャイな一面をのぞかせながらも周囲を和ませて、しっかりとご対応くださいました。スポーツがお好きとのことですが、現在は、ケガなどの不測の事態を避け、スポーツ観戦やウォーキングに勤しまれているという柏木副社長。常に仕事を念頭に置き、周囲に配慮しながらご自身の行動をお考えになる姿勢に、トップとしての責任感を学ばせていただいたひと時でした。