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特集2

個人にも寄り添う連鎖型スマートシティを実現する「街づくりDTC」

デジタルツインで実現するスマートシティ

デジタルツイン(DT)の仕組みを活用した、スマートシティに関する取り組みを解説します。本特集では、全体最適化されたスマートシティの考え方について概説したのち、デジタル化されたデータとAI(人工知能)を活用した各種サービス、およびそれらが相互に連鎖することで全体最適化を実現する統合基盤、さらには広域でエリア連携するサービス事例、そしてこれらのドメイン横断的なサービス提供を容易に実現するためのAI価値基盤について順に解説します。

社家 一平(しゃけ いっぺい)/山本 千尋(やまもと ちひろ)
NTTコンピュータ&データサイエンス研究所/
NTTスマートデータサイエンスセンタ

はじめに

現在の社会には、健康、教育、災害、貧困、人口問題、気候変動など、解決すべき課題が数多く存在します。こうした課題に対して、人類が心得るべき目標として「SDGs(持続可能な開発目標)」が提唱されています。また日本においては、めざすべき未来社会の姿が「Society 5.0」として定義されています。さらに、コロナ禍を経て生活様式が変化し、ユーザニーズの多様化に合わせた新しいサービス提供も求められています。このような状況下では、各産業分野における提供価値が、これまでの常識から大きく変化するとともに、個別の産業にとどまらない分野横断でのサービスのかたちとなって、複雑化していくと考えられます。
NTTスマートデータサイエンスセンタ(NTTコンピュータ&データサイエンス研究所 スマートデータサイエンス研究プロジェクト)では、このような背景の下、デジタルツイン(DT)による社会変革に取り組んでいます。データとAI(人工知能)を活用した新しいサービス創造により産業発展と社会課題解決をめざします。本特集では、その中でも特にスマートシティに向けた取り組みを紹介します。検討の方向性は、(a)住宅・ビル街区単位での最適化から、(b)複数の街区をまたぐ都市の最適化、さらに(c)全国単位の需給を含めた最適化です(図)。

スマートシティに向けた取り組み

最終的なゴールとして実現したい価値は次の2つです。
① 社会と人が融合し、全体が最適化されたスマートシティ:個人やコミュニティ、さらにさまざまな産業や地球環境に至るまで、相互に価値が最大化される。将来的には空間的にも仮想的にも広域化され、街ごとの特徴を活かして幸福と繁栄が持続する(Social-wellbeing & Flourish)。
② 多様化するニーズにこたえ、個人にとっての価値が最大化されたスマートシティ:潜在的な個人のニーズとその日々の変化に寄り添い、自然なかたちで人々の生活をより良くしてくれる(Personalize & Well-being)。
これらの仕組みと具体的サービスを提示するための取り組みを進めています。これらはすべて、DTの仕組みを活用します。現実世界の状態をサイバー空間上にモデル化して再現し、さまざまな状態変化をシミュレーションすることで現実世界に価値をフィードバックします。
検討単位(a)、(b)のようなビル街区や複数街区のエリアは、エネルギー、小売(店舗、飲食)、不動産(ビル運営、オフィス、住居)、モビリティなどの複数の産業ドメインが重なり合い価値を提供するフィールドです。その点に着目すると、街区全体を1つのDTで構成することは、実はあまり現実的ではなく、産業ドメインごとにDTを構成し、それぞれのシミュレーションを掛け合わせるアプローチで街区単位のDTを構成します。そうすることで、個人の暮らしや行動を快適にするサービスを提供しながらエネルギー消費や設備利用の最適化、フードロスの削減といった、街のオーナーや運営者ならびに社会課題に対しても同時にさまざまな価値を実現していくことができます。しかし、実際に行うとなると、街区内の人の行動や状態と、建物内の状態(店舗やオフィスなど)および社会環境(エネルギーなど)といったさまざまな要素が絡み合う難しさがあります。
例えば、省エネをめざすと人の快適性が失われ、店舗のフードロスをめざすと、売れ残りリスクのために仕入れ量を制限してしまい、お客さまにとって買いたいものが買えない事態が生じ得ます。このように、1つのニーズに特化して最適化を図ると、他のニーズを満たせない状況に陥る場合があります。街区ではさまざまなステークホルダのサービスが存在し、複数のニーズが複雑に絡み合う空間です。サービスごとに別の最適化指標(KPI)があり、人々の個別の行動が別のサービスや外部環境に影響して、さらに回り回って、他の人や他のサービスにも影響を与えます。もしも、その構図全体をなるべく俯瞰で見ることができ、制御できるようになれば、理想的には誰にとっても快適な環境・過ごしやすさを提供することができるようになるのではないか、と考えています。
複数のサービス間の影響(連鎖)を考慮し、個人単位での行動の予測、それによってもたらされる環境・物の変化の予測、さらに影響を与えられたものが相互に与えられる影響の予測を使って、全体最適化を導き出し、制御ができるようにする取り組みを「街づくりDTC」と呼んでいます。それぞれの産業ドメインで考えられるさまざまな未来のサービスを想定して、提供される価値を具体的に定義することから始めて、街のDTという広い概念を具体化します。街で提供される価値とは、街を訪れる来街者やワーカー、住居に暮らす居住者のユーザ体験(User eXperience:UX)に加えて、ビルオーナや街区管理者、店舗やオフィスなどのテナント事業者が、自らのお客さま(来街者)や従業員(ワーカー)に対して、より良い体験を継続的に提供できるように支援するサービスも含まれます。それらすべての提供価値を、広義にUXと定義すると、街づくりにおけるデータ駆動とは、より厳密にはUX駆動ととらえることができ、まずはじめに未来のUX設計を行うことが重要となるわけです。
検討単位を全国規模まで広げた広域での最適化(c)については、広域で需要・供給の影響を及ぼし合う産業ドメインに着目する必要があります。例えば、人の生活や行動に密着して、需要側の観点で最適化を行うことが有用なドメイン(エネルギー利用、小売、不動産、モビリティなど)は、その利便性や快適性に着目した最適化を行うにあたり、全国規模の広域で考えることはそれほど重要ではありません。一方で、供給(量や種類、タイミング、生産場所など)およびその流通を考慮して、需給のマッチングを最適化するような産業、すなわちサプライチェーンの全体を考慮すべき製造業、農業、電力エネルギーなどの産業もあります。これらは、工場や生産地、発電所などの供給源と需要家との間で、量や種類や配送経路の最適化などの問題が生じます。そこでこれらの産業については産業別に、サプライチェーンの最適化プラットフォーム(PF)をDTで実現することに取り組んでいます。

おわりに

これまで、(a)に関する取り組みとして、ビル共用部の空調最適化、フードロスゼロ店舗などの個々のサービスを、DTを用いて実現してきましたが、本特集では、パーソナル空調サービス、店舗運営最適化と1to1マーケティング店舗、モバイルオーダによるロボット配送サービス、およびそれらの連鎖による全体最適化を実現するDT統合基盤と統合アプリを用いたおもてなしサービスについて概説します。次に、(c)に関する取り組みの中で、農業流通の仮想市場化、電力需給最適化を紹介します。最後に、これまでこのようにさまざまなドメインで、複数のAIモデルの開発とAI間連携、およびそれぞれのサービス化に向けた課題抽出と解決を行ってきたことにより、ドメイン横通しでサービスを俯瞰することにより得られた知見を、AI価値基盤として具現化しており、それについて概説します。

(左から)社家 一平/山本 千尋

比類なき体験を実現できる未来の街を、街づくりDTCで具体的に実現していきます。

問い合わせ先

NTTコンピュータ&データサイエンス研究所/
NTTスマートデータサイエンスセンタ
E-mail sdsc@ntt.com