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特集2

個人にも寄り添う連鎖型スマートシティを実現する「街づくりDTC」

スマートストアの店舗内行動データを活用した販促施策の最適化

スマートカートによるセルフスキャン型店舗や、一切レジを通らずに手ぶら購買が可能な店舗など、小売店のICT化が進んでいます。このような店舗では、ID付きのPOSデータや、店舗内動線などの行動データを取得できるため、従来実店舗では不可能だった、顧客が購買に至るまでの行動を把握できます。このようなデータを店舗デジタルツイン(DT)として活用し、販促施策や運営の効率化に活用するための取り組みについて本稿で紹介します。

金 順暎(きむ すにょん)/西本 恵太(にしもと けいた)
水島 昌英(みずしま まさひで)/山田 節夫(やまだ せつお)
富田 準二(とみた じゅんじ)
NTTコンピュータ&データサイエンス研究所/
NTTスマートデータサイエンスセンタ

スマートストアの発展と店舗デジタルツイン

近年、コンビニエンスストア・スーパーマーケット等の実店舗において、顧客の購買体験の向上や、省人化によるコスト削減・収益改善などを目的としたICT化が進んでいます。例えば2016年12月に米国・シアトルでオープンしたAmazon社のAmazon Goは、カメラやセンサなどを用い、商品や顧客を自動認識することで、顧客が商品をただ手に取って店を出るだけで決済が完了する店舗として話題になりました。
Amazon Goに続くようにして、上海のCloudpick社が開発した同様の店舗システムは、日本、米国、ドイツ、フランス、シンガポール、韓国など世界11カ国で200以上の店舗を展開中です。また米国・サンフランシスコのZippin社も、米国を中心に10店舗ほどを展開しています。ほかにも、シアトルのAiFi社など、センサを用いずに、画像認識だけで購買判定を行うシステムも登場しています。日本では2020年から2021年にかけて、大手コンビニエンスストアチェーンが実験店舗を立ち上げました。特にファミリーマートは、TOUCH TO GO社と連携していち早く商用化を成し遂げ、順調に店舗数を伸ばしています。
一方スーパーマーケットにおいては、2018年2月にトライアルがレジカートで商品スキャンを行えるスマートカートの導入を開始しました。イオンでも2020年3月より、専用端末によってスマートカートを実現するレジゴーのサービスを開始し、2023年の段階で全国約200店舗にまで拡大しています。
このようにICT化が進んだ小売店を、ここではスマートストアと呼びます。スマートストアでは、顧客IDが紐付く購買情報であるID-POSデータのほか、顧客1人ひとりの入店から退店までの動線、および店舗によっては各商品棚での滞在時間、商品を手に取ったり戻したりといった手伸ばし情報を取得できます。つまり、何を買ったかだけでなく、どのように買ったのか、購買過程に関する情報を得ることが可能です。このような情報を店舗デジタルツイン(DT)として活用し、実店舗において、顧客1人ひとりのニーズや嗜好を推定し、店舗内行動や購買を予測することで、よりそれぞれの顧客に添った販促施策を可能にし、運営の効率化を図ることができます。
本稿では、スマートストアにおける店舗DTの取り組みについて紹介します。まず、スマートストアで取得可能なデータの種類と特徴について説明します。続いて、個々の顧客に添った施策提案・店舗改善を行うための課題と解決策について分析を行います。その後、ID-POSと動線データを活用した顧客行動の分類手法を紹介し、さらに、それらと顧客情報との組合せから、売上向上が見込まれる顧客・購買群(セグメント)を自動的に抽出し、施策提案を行うための取り組みについて紹介します。

スマートストアで取得可能なデータの種類と特徴

スマートストアでは、顧客の購買行動に関するさまざまなデータを取得することができます。主なデータの種類は以下の3つです。
① ID-POSデータ:ID-POSデータとは、一般的なレジで取得可能な購買情報(POSデータ)に購買した顧客のIDを紐付けたデータを指します。顧客IDは、店舗入店時にスマートフォンのアプリや顔認証などで顧客を認識して、付与されるほか、決済時の会員カード提示やポイント利用などでも取得可能です。POSデータには一般に、購入した商品の種類や数量、金額、割引の有無やクーポンの利用に関する情報、決済時間と決済情報などが含まれます。ID-POSデータは、1人の顧客の購買を時系列順に追うことができるため、顧客の購買履歴や嗜好を分析するのに有用です。例えば、どのような商品をよく買うか、いつ買うか、どれくらい買うか、どのような組合せで買うかなどが分かります。これにより、顧客に合わせた商品やサービスの提供や、クロスセルやアップセルの施策などが可能になります。
② 動線データ:動線データとは顧客の店内での移動軌跡を記録したものであり、例えば店内座標の時系列データなどで表されます。赤外線カメラやRGBカメラなどで取得され、顧客の購買プロセスや行動パターンを分析するのに有用です。例えば、どのような順番で店内を回るか、どの商品棚の前でどれくらい停止するかなどが分かります。これにより、顧客の興味やニーズを把握し、店内のレイアウトや商品陳列の最適化や、リアルタイムでの商品やサービスの提案などが可能になります。
③ 手伸ばし行動データ:手伸ばし行動データとは、顧客が商品を手に取ったり戻したりといった行動を記録したものです。手伸ばし行動データは主に棚重量センサで取得され、顧客の購買意欲や決断力を分析するのに有用です。例えば、どの商品に対して手を伸ばすか、手に取った商品をどれくらいの確率で購入するか、どの商品と比較しているかなどが分かります。これにより、商品の価格や配置の改善、購買促進のためのクーポンやポイントの提供などが可能になります 。

個々の顧客に添った施策提案を行うための課題

従来、実店舗では顧客の購買行動を記録する手段がなく、POSデータから各商品の大まかな購買層を把握する、あるいはAI(人工知能)カメラを用いて、時間帯ごとの各売り場の混雑状況や年代・性別分布を把握するといった解析にとどまっていました。スマートストアにおいて取得可能なID-POSと動線データを組み合わせることで、顧客単位、あるいは購買単位で、どのようなプロセスを経てそれぞれの購買がなされるのかを把握することができます。
課題としては以下のような点が挙げられます。
① 購買・行動データにおけるパターンの多さ:顧客が特定の商品の購買に至るまでの過程は多岐にわたります。動線1つとっても、商品を探索するための回遊、不意の動線変化、商品の購買を決定するまでの棚前滞在など、さまざまな不特定の要素が混ざります。このような複雑な情報から主要なパターンを抽出・処理できる仕組みが必要となります。
② 実店舗において実施可能な施策を考慮したセグメント粒度:実店舗では、顧客に対して介入できる手段がオンライン店舗と比べて限られています。クーポンやアプリに対する通知など、個別に実施可能な施策もありますが、売り場や商品の変更、あるいは店舗内サイネージによる販促など、店舗全体への影響が及ぶ施策も多く存在します。よって1to1マーケティングであっても、施策の影響範囲に合わせた適切な粒度でセグメントを分割することが重要です。
③ 介入効果が見込めるセグメントの発見と施策効果推定:スマートストアで取得可能なデータは多岐にわたるため、人手でさまざまな属性を組み合わせて施策を打つべきセグメントを抽出するためには多大な稼働が必要となります。一方で、実店舗において、販促施策実施結果に関する解析可能なデータが記録されていることは非常に少なく、大量の学習データを必要とする機械学習により施策効果の高い群を発見するといったアプローチも非常に困難です。
上記の課題に対し、私たちは以下の技術の研究開発を推進しています。1点目に、複雑な顧客の行動・購買パターンを、実店舗における制約を加味してクラスタリングし、適切な粒度で提示するための店舗内行動分類技術、2点目に、スマートストアにおいて取得可能な顧客・購買・行動データを組み合わせ、介入すべきセグメントとその施策効果を見積もるためのセグメント自動探索・施策提案技術です。次にそれぞれの技術について紹介します。

小売店舗での販売促進に向けた店舗内行動分類技術

顧客が購買を行う「店舗内」における販売促進施策(店舗内販促)は、売上向上のために非常に重要です。店舗内販促には、店内のレイアウトや商品陳列の最適化、デジタルサイネージやPOPによる商品、サービス提案などさまざまな選択肢があります。これらの候補から店舗運営者が最適な店舗内販促を選択、具体化するためには、店舗内の顧客の行動を把握する必要があります。店内の顧客動線や購買傾向をセグメント化し、店舗運営者に対して提示することができれば、店舗運営者は各セグメントに適した手段、シナリオで販売促進を図ることができます。
図1に、仮に店舗内に3つの顧客セグメントが存在する場合の例を示します。この店舗には、飲料の単品購入、あるいは飲料と主食を購入する顧客は赤い動線上に、パンを単品で購入する顧客は青い動線上に多く存在すると仮定します。
セグメント分類を行っていない場合、店舗内で販促する場所・内容を客観的に判断するかは困難ですが、このようにセグメント分類がなされていれば、「赤い動線の途中にPOPやサイネージを設置し、飲料単品ユーザに主食購入を訴求し、購買単価を向上させる」といった具体的な施策の立案が可能です。
そこで私たちは、動線と購買を組み合わせたセグメント化を自動的に行い、店舗運営者に提示する技術を開発しました。店舗内行動の可視化に関しては、店舗内での顧客の滞在傾向をヒートマップ表示する、棚ごとの滞在傾向を表示するといったソリューションはありましたが、動線や購買単位で、かつセグメント化まで踏み込んだものはありませんでした。
私たちの開発した技術(店舗内行動分類技術)は、①動線分類技術、②購買分類技術、③動線と購買を組み合わせたセグメント化技術、の3つの特長を持ちます(図2)。
① 動線分類技術:店舗内の動線データを入力として、動線間の類似度を計算したうえで、類似の動線を集約・分類し、主要な動線パターンを抽出する技術です。動線データは、各顧客が通過したエリアのシーケンスとして与えられ、各々データ長が異なるため、単純なベクトル類似度で類似度を計算することができません。また、店舗内には棚や通路などの制約が存在し、単純な物理的な距離で類似度を算出してしまうと、実際には類似していない動線を類似動線と混同してしまう可能性があります。これらの課題を解決するため、DTW(Dynamic Time Warping:動的時間伸縮法)(1)を適用するとともに、「物理距離」ではなく、棚や通路などの配置を考慮に入れた「店内での移動距離」に基づいて類似度を計算する手法を用いました。これにより、特に誤って分類されやすい短動線で分類精度が向上することを確認しています。
② 購買分類技術:各顧客の購買データを入力として、各顧客の購買をベクトル化し、類似した購買を集約・分類し、主要な購買パターンを抽出する技術です。購買を分類する際は、あらかじめ商品に付与された商品カテゴリ情報が頻繁に利用されます。しかし、運営主体ごとに粒度が大きく異なること、また、原材料を中心とすることが多く、販促に必要な顧客の買い方に基づいた分類(例えば主食・副菜・飲みもの)ではないことから、そのまま購買分類に用いることはできませんでした。私たちは各商品カテゴリの特性は、その商品が単品・併買のどちらがされやすいか、併買される場合はどのような商品と一緒に買われやすいのかといった「買われ方」に現れると考えました。この発想に基づき、単品購入の傾向、および併買される商品カテゴリの傾向をその商品カテゴリの特徴を表すベクトルとして定義したうえで、各購買の分類に用いることとしました。これにより、人が主観的に分類した結果に近い分類結果が得られることを確認しています。
③ 動線と購買を組み合わせたセグメント化技術:動線分類と購買分類で得られた結果を組み合わせ、適切な粒度でセグメント化を行う技術です。本研究では、動線と購買が強く結び付いた状態でセグメントされる粒度=適切な粒度と定義しました。これを実現するため、①と②の分類を階層クラスタリングで行ったうえで、動線と購買の結び付きの強さを相互情報量で指標化することで、適切な分類粒度を特定します(図3)。
ここまで紹介した技術により、図2左に示すように、動線と購買単位でセグメントに分類することができ、店舗運営者は各セグメントに合った店舗内販促施策を検討・実施できます。

小売店舗運営最適化のための販売促進施策自動提案技術

一般に、売上向上や店舗改善を目的とした施策を打つ場合、データ解析結果からは「誰を」改善すべきかを見出すことは容易な一方、「どのように」改善すれば良いか、施策方針に関する示唆を得ることは難しく、店舗運営者の知見、ノウハウによって施策を決めているのが現状です。
私たちはこの課題に対し、ある施策対象セグメント(介入群)に対して、それと類似する購買・行動傾向を持ち、かつより来店頻度や購買単価が高いなどの良い特性を持つ群(優良群)を見出し、それに近づけるような施策を見出すというアプローチを提案します。例えば図4のように、飲料棚に直行直帰する動線(赤)の購買単価が120円、飲料を購買後に中央のお菓子棚を通る動線(青)の購買単価が150円とします。このとき、赤の動線の顧客を隣の通路まで誘導すれば、購買単価も増えるのではないかという仮説を得ることができます。また、施策の期待効果は(介入群の購買回数)×(介入群が変化する割合)×30円(優良群と介入群の購買単価の差)として計算されます。

■アプローチに必要なデータ

本アプローチを実現するのに必要なのは、スマートストアから得ることができる多種多様なデータから、適切な介入群と優良群の組を抽出する①顧客セグメント抽出技術、および得られた介入群に対して、優良群を参考にしながら期待効果を算出するための②施策期待効果算出技術です。以下それぞれについて概説します。
① 顧客セグメント抽出技術:本技術の目的は、類似する購買・行動傾向を持ち、統計的に有意かつ十分な施策効果が見込める介入群と優良群の組を抽出することです。やみくもに顧客や購買をさまざまに分割してその間の来店頻度や購買単価の差を比べても、その差がたまたま生じたものなのか、それとも安定して傾向の差がみられるのかは分かりません。私たちはさまざまな分布間でその有意差を検定、および群間の分布の差の程度を算出できる手法を用い、十分な施策効果がみられるであろうセグメントの組合せのみを抽出します。
② 施策期待効果算出技術:①で抽出された介入群に対し、ルールベースで定まる具体的な施策を当てはめ、優良群に近づけた場合に得られる施策期待効果を算出する技術です。特徴として、それぞれの販促施策に必要な属性をルールとして定義しておき、その属性を含む組合せに絞って探索することで、意味ある施策候補を探索できるようにしています。

■アプローチの手順

例を用いて本アプローチの手順を説明します。図5は、顧客の購買商品数を上げるために、店舗の購買・行動履歴から施策候補と施策期待効果を算出した結果の一例です。
(1) STEP1:施策ルールの登録
店舗において実施可能な施策とルールを設定します。例えばセット販売施策においては、どの商品を組み合わせるかという情報が重要であるため、「同時併買」を必要な属性として設定します。一方、サイネージ施策ではどこで訴求するかが重要となるため、「動線パターン」を必要な属性として設定します。
(2) STEP2:有意かつ効果の高いセグメントの組の抽出
STEP1で登録した施策ルールに対し、以下を実施します。
① 必要と設定された属性を含む属性の組を生成
② ①の各属性の組に対し、前述のセグメント抽出技術を用いて、有意かつ施策効果の高い介入群と優良群を抽出
(3) STEP3: 施策具体案と施策期待効果の算出
STEP2で得られた各介入群に対して、前述のように施策期待効果を算出し、その結果から施策全体の期待効果を算出します。図5では、「時間帯」と「同時併買」に着目してセット販売を行う場合がもっとも施策期待効果が高く、具体的には3つの介入群を想定したセット販売の候補が考えられるという結果を示しています。
このように、それぞれの施策候補に対して、具体的な介入対象セグメントと施策期待効果が表示されるため、期待効果が高い施策を店舗運営者が選択できることが、本技術の提供価値です。
今後、実験店舗における実証を通して本技術の有用性、特に得られた施策の妥当性および施策導出までの稼働削減効果を検証し、実用化に向けてさらなる検討を行う予定です。

さらなる課題と今後の展望

ここまで、スマートストアの店舗内で得られる購買データと行動データを活用し、効率的に販促・店舗改善施策を導くための運営効率化技術について概説しました。一方で、真に顧客の来店や購買を向上させるためには、店舗内行動のみでは不十分です。例えば、SNSである商品が大流行した、あるいは競合店に顧客を奪われたなどの来店・購買動機に至る情報は、その店舗のデータのみから把握することは困難であり、より多様なデータソースを組み合わせて解析を行う必要があります。今後は店舗内の購買・行動データと店舗外データを組み合わせ、大規模データを効率的に解析し、顧客の来店・購買動機を推定する技術を検討する予定です。

■参考文献
(1) H. Sakoe and S. Chiba:“Dynamic Programming Algorithm Optimization for Spoken Word Recognition, ”IEEE TASSP, Vol. ASSP-26, No. 1, pp. 43–49,1978.

(上段左から)金 順暎/山田 節夫/水島 昌英
(下段左から)富田 準二/西本 恵太

ID付きPOSデータと動線を照らし合わせると、顧客が商品を迷いながら買っている様子が分かり大変興味深いです。一方で、あまり1人ひとりを追いすぎても、顧客1人から得られる施策効果は非常に低く、割に合いません。「ちょうど良い粒度」で顧客を眺めることの難しさに取り組んでいます。

問い合わせ先

NTTコンピュータ&データサイエンス研究所/
NTTスマートデータサイエンスセンタ
E-mail sdsc@ntt.com

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