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挑戦する研究開発者たち

スマートフォンのデータとAIで、医療・ヘルスケア分野における社会課題解決にチャレンジ

高齢化が進む日本の社会において、介護サービスや医療サービスを利用する人が増加傾向にあり、健康保険等の医療費の高騰が社会課題となっています。また、医師不足や偏在、過重労働も医療を取り巻く社会課題となっています。一方で、スマートフォンが身近な端末として利用されていますが、その中のセンサ等から収集できるデータには、健康状態の推定や健康改善に資するものも数多くあります。AI(人工知能)により健康状態や、生活習慣・行動の分析・予測を行い健康改善につなげることで、医療・ヘルスケア分野の社会課題解決をめざすNTTドコモ クロステック開発部 檜山聡氏に、「HealthTech基盤」を活用して実現されるサービス、そして社会課題解決にチャレンジする思いを伺いました。

檜山 聡
クロステック開発部 担当部長
NTTドコモ

スマートフォンのデータから健康状態をAIで推定し、健康改善に向けたアドバイスを実施

現在、手掛けている技術の概要をお聞かせいただけますか。

NTTドコモには9700万人を超える会員基盤があり、そのほとんどがスマートフォンの利用者です。スマートフォンを通じて得られる位置情報や各種センサ等からの情報を、お客さまから許諾を得たうえで利用して、お客さまの健康状態や疾患の発症リスクをAI(人工知能)により推定し、その結果に応じて健康改善アドバイスを行うサービスを提供しています。ここで利用する情報は、お客さまが能動的に入力するのではなく、スマートフォンを日常利用するだけで収集可能なことが大きなポイントと考えています。こうしたサービスは、「HealthTech基盤」(1)と呼ばれるプラットフォーム上に搭載された各種AIを、API(Application Programming Interface)を通じて提供するかたちで実現されています(図1)。現在、開発中も含めて、「HealthTech基盤」で提供されるサービスラインアップとして、ストレス状態の推定(2)、脳の健康状態チェック(3)、フレイルと呼ばれる高齢者の心身虚弱状態の推定(4)、血圧を上昇させる生活習慣の推定(5)、免疫力の変化の推定(6)、歯周病判定(7)等があります。
まずはじめに、健康管理や健康増進を目的としたヘルスケアAIの具体事例として、「フレイル推定AI」(4)を紹介します。加齢とともに体力が衰え、それに伴い心の働きも弱くなり、それが進むことで要介護状態に陥ってしまいますが、その前段階をフレイルといい、フレイルをいかに早く検知して対策するか、が重要となります。厚生労働省(厚労省)もこれに注目しており、アンケートや握力測定等を通じたフレイルの検知に取り組んでいますが、健康診断等の機会を利用して年に1回程度しか実施できておりません。また、このようなイベントに参加しない人のフレイル検知は特に難しく、フレイルリスクが高い住民を効率的かつ早期に発見することが自治体の課題となっています。
フレイルは社会的に孤立したり、身体的な活動量が減ったり、生活習慣が乱れたりするとリスクが高まることが知られており、生活に密着したスマートフォンの普段の使い方からフレイルリスクを推定できないかと着想しました。電話やメールの発着信頻度、SNSの利用頻度等から社会的孤立度を推定し、位置情報や歩数等から身体的な活動量を推定、さらに就寝時刻や起床時刻、睡眠時間、外出時間等から生活パターンと規則正しさを推定して、そこからフレイルリスクを算出する、「フレイル推定AI」を開発しました(図2)。AIのモデルは、フレイルチェックリストと呼ばれる厚労省が定めているアンケートの回答を被験者実験にて正解データとして取得し、その正解データとスマートフォンのログとの相関を基につくりました。したがって、アンケートの実施や利用者によるデータ入力を行うことなく、スマートフォンのログだけでフレイルリスクを推定することができます。
このフレイル推定AIサービスは、「健康マイレージ」というアプリ上で、主として自治体向けに提供しており、これまで自治体職員が一軒一軒、高齢者の住民を訪問して声掛けを行うことでフレイルの兆候を確認していたものが、このサービスによりフレイルリスクが高い住民から訪問でき、大幅な効率化が期待されます。また、フレイルリスクを高めている生活習慣の改善に向けて、利用者ごとに具体的な数値目標を伴う改善アドバイスをフィードバックすることで、フレイルになるリスクを低減できることを東京都の公募事業にて実証できました。こうした成果と技術の革新性が認められ、ウェルエイジング経済フォーラムが主催する「Well-being & Age-tech 2023 Award」において優秀賞を受賞しました。
次に、病気の診断や治療を目的とした医療機器になるメディカルAIの具体事例として、「歯周病発見AI」(7)を紹介します。歯周病は自覚症状が少ないため、自分ではなかなか発見がしにくく、重症化してから歯科を受診する事例も少なくありません。20歳代でも約6割はすでに歯周病に罹患しているといわれている一方で、実際に歯周病検診を受ける方が非常に少ない状況で、厚労省もこれを問題視しています。さらに歯周病が原因となって全身疾患に陥ることもあり、糖尿病や心筋梗塞、脳梗塞等の原因にもなる等、非常に大きなインパクトがあるので、いかに早く歯周病を検知し、歯科への受診勧奨を行うことが重要です。
この歯周病検知をAIにより行うのが「歯周病発見AI」で、現在、東北大学の歯科の先生方と共同開発を行っています。スマートフォンのカメラを使って口の中、特に歯茎を撮影してもらい、AIを使って画像分析することで歯1本1本に対応する歯茎ごとに歯周病の罹患可能性を画像判定するAIです(図3)。
主な使い方としては、自治体や企業の医科の健康診断のオプション検査項目として導入し、歯周病の罹患可能性が高い結果が出た場合に、歯科への受診勧奨を行う展開を考えています。
現在、厚労省が国民皆歯科健診という、歯科健診を半ば義務化して、早期発見・治療をめざす国策の導入を検討しています。歯科医が全国民の歯科健診を行うことは非現実的であるため、厚労省主導で「歯周病等スクリーニングツール開発支援事業」が立ち上がっています。NTTドコモは、本事業に採択され、厚労省と連携を取りながら医療機器開発を進めています。なお、「歯周病発見AI」のような医療機器となるAI製品の設計、開発、販売を行うことを可能とするため、2022年2月に第二種医療機器製造販売業の許可を取得し、医療機器製造業の登録を完了しています(8)。あまり知られていないかもしれませんが、NTTドコモは医療機器メーカーの一員でもあるのです。

「HealthTech基盤」には、他にどのようなサービスがあるのでしょうか。

主なものとして、「血圧上昇習慣推定AI」(5)と「免疫力推定AI」(6)があります。
高血圧症患者は約4300万人と推計されており(厚生労働省、平成28年度国民健康・栄養調査)、そのうち約1400万人が「未治療・認知なし」と推計されています。これは、健康診断時など一時点な血圧測定では高血圧の見逃しが発生し、診察で検知できないケースが多いことを示唆しています。そのため、家庭での継続的な血圧測定・把握が重要となりますが、血圧計を持っていない、持っていても測定が面倒で続かないといった声が多く聞かれるため、能動的なアクションを必要としない、より手軽な手法が必要となります。これに対して、「血圧上昇習慣推定AI」は血圧を測定することなく、スマートフォンの日常使いから血圧を上昇させる生活習慣の存在を推定し、生活改善アドバイスをフィードバックするものです。広島県神石高原町の公募事業に採択され、50代以上の住民50名を対象としたフィールド実証を2022年12月から3カ月間実施し、実証期間内で血圧上昇リスクが改善した参加者が76%、血圧上昇リスク高の参加者の92%がリスク低に改善したという結果を得て、「血圧上昇習慣推定AI」の導入効果が確認されました。2023年8月より「健康マイレージ」サービスを通じて商用提供を開始しています。
「免疫力推定AI」は、スマートフォン利用ログと気象データを基に利用者の生活習慣・環境情報を特徴量化し、生体内の免疫力変化を予測するAIです。免疫力推定AIは、「IgA」というウイルスや細菌などさまざまな病原体が体内に侵入することを防ぐ「抗体」に着目しています。IgAの分泌量が減ると病原体に感染しやすくなり、その分泌量は運動や睡眠などの生活習慣と関連している医学的事実が報告されています。この事実に基づき、生活習慣情報等とIgAの日常的な変化との関係性を学習させることで、免疫力推定AIの開発を実現しました。普段知ることのできない自身の「免疫力の変化」を、唾液採取や採血等を行うことなくスマートフォンを日常利用するだけで推定可能で、免疫力のスコアリングや免疫力ケアに向けたアドバイスが可能となります。2023年11月より「健康マイレージ」サービスを通じて商用提供を開始しています。

「あなたとあなたの大切な人たちをいつの間にか健康で幸せにするため」の開発

技術者としてスキルの維持、スキルアップはどうしていますか。

私は2000年にNTTドコモに入社以来、研究所をはじめとしたR&D部門に在籍しています。この間、モバイル通信にかかわるネットワーク制御やモビリティ制御に関する研究開発を行っており、医療ヘルスケア分野は2004年ごろにプロジェクトを立ち上げたときからです。私自身、大学では通信工学が専攻であり、当時の社内には医療やヘルスケアに関する専門家もおらず、自ら専門性を極めないといけないと考え、会社の支援制度を活用して、生命科学分野の博士号を取得しました。それをベースに、自身の研究開発テーマを進めながらチームメンバーの育成を行ってまいりました。
「HealthTech基盤」に関しては、医療ヘルスケア分野のほかにAIやクラウド関連のスキルも必要になります。これらの領域は日進月歩なので、高いアンテナで技術や市場の動向を自ら積極的に収集したり、学会に参加したりしています。
一方で、医療ヘルスケア分野といっても、医療とヘルスケアでは法制度をはじめ、取り巻く環境が大きく異なります。特に、医療機器を扱うためには、薬機法をはじめとした法令や各種省令・通知を熟知しておかねばならず、外部のセミナー等も活用しながら勉強の日々です。医療機器を設計、開発、販売を行うには業(免許)が必要であり、業取得に際しては、経験やノウハウを持っている人材が当時の社内にはおらず、手探りのスタートで苦労しましたが、医療機器メーカー出身者で薬事対応や医療機器開発の経験者を中心にキャリア採用してチームを立ち上げ、比較的短期間で業を取得できました。このほか、大学医学部・歯学部との共同研究を通して、業界に対する理解を深めてきました。

開発において大切にしていることは何でしょうか。

私が兼務している事業部門であるヘルスケアサービス部では、「つなぐ。寄り添う。育む。あなたとあなたの大切な人たちをいつの間にか健康で幸せにするために」というパーパスを掲げています。この中で特に大事なのは、「いつの間にか健康で幸せにする」という部分です。日本は国民皆保険制度になっているために、欧米と比べて自身の健康に対して投資して病気を予防するという意識が低いので、健康維持・増進のために能動的なアクションを求めることが難しいと感じています。そのため私たちは、「スマートフォンを日常利用するだけで、いつの間にか健康で幸せになる」という世界観を実現したいと思い開発に取り組んでいます。
そのためにも、お客さまや営業現場で求められていることに迅速に対応していくことは重要ですし、そこを人任せにしてしまうとなかなか意思が伝わらない部分もあるので、現場も自分の目で見て感じることが大事だと思っています。同様に、システム開発も外部の業者に丸投げしては良いものはできないと思っていますので、しっかり開発現場も見つつ、ある程度自分たちでも内製できるようにチームをマネージしています。幸いにも、私が事業部門と兼務しているので、新しい技術を使ったサービスやプロダクトの企画から開発、そしてお客さま提供まで、一気通貫で手掛けられることは非常にありがたいです。
社会への貢献という観点では、先に説明した開発AIを健康増進ツールとして利用することで医療費や介護費の低減、AIを医師の補助ツールとして利用することで医師不足や医療の地域格差の是正、医師の負担軽減に役立つのではないかと考えており、社会課題の解決を意識した開発を進めています。

誰でも最初は初心者。トライ・アンド・エラーでチャレンジ

将来的に何をめざして開発を続けたいのでしょうか。

現在、「歯周病発見AI」や「脂質異常症患者の生活習慣改善を支援する治療用アプリ」(9)をはじめとするソフトウェア医療機器開発において、スキルもノウハウも全くないところからチャレンジしていますので、試行錯誤の連続で苦労しながらも、医学的な意義やエビデンスをしっかり示して、これら製品を何とか世の中に出していきたいと思います。そしてそれらを礎にして、医療分野におけるAI活用を拡大していきたいです。
今後は、HealthTech基盤を通じた、さまざまな業界におけるAI導入事例を量産し、ビジネス規模もスケールするところまで取り組んでいきたいと思います。

社内外の技術者、パートナーへのメッセージをお願いします。

研究開発を進める中で、机上でいくら考えても分からないということがあります。そのようなときに、実際にその分野や現場に足を運んでみると気付くことが多々あります。さらに自分で手を動かしてみる、アクションを起こしてみることにより、見える景色も変わってきます。そしてそれが次のアクションにつながります。
ところが、最初の一歩を踏み出すことは勇気のいることでもあり、躊躇もあるかもしれません。頭の中で初めから1から10まで全部考えようとすると、ますます一歩が出なくなります。誰でも最初は初心者なので、失敗することもあると思います。その場合は、やり直せばいいのです。トライ・アンド・エラーを繰り返すつもりで「まずはやってみる」ことが重要だと思います。
そして、自分たちだけでできることも限られていますので、志を同じくするパートナーの皆さまとコラボレーションすることも欠かせません。医療ヘルスケア領域における社会課題の解決に向けて、一緒にチャレンジしませんか。

■参考文献
(1) https://www.docomo.ne.jp/info/news_release/2022/09/26_02.html
(2) 山本・濱谷・落合・田中・深澤:“スマートフォンログを用いたストレス・注意機能推定技術の開発,” NTT DOCOMOテクニカル・ジャーナル, Vol.28, No.4, pp.31-38, 2021.
(3) https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/info/news_release/topics_230126_00.pdf
(4) 山内・熊谷・小林・山田:“スマートフォンログによる要介護リスク低減を目指したフレイル推定AI,” NTT DOCOMOテクニカル・ジャーナル, Vol.30, No.4, pp.46-52, 2023.
(5) 池添・山本・山内・荒川:“スマートフォンログを用いた血圧上昇習慣推定AIの開発,” NTT DOCOMOテクニカル・ジャーナル, Vol.31, No.4, 2024.
(6) https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/info/news_release/topics_230508_00.pdf
(7) https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/info/news_release/topics_230929_01.pdf
(8) https://www.docomo.ne.jp/info/news_release/2022/02/16_01.html
(9) https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/info/news_release/topics_240115_02.pdf