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from NTTファシリティーズ

建物安全度判定サポートサービス「揺れモニ®」の展開

東日本大震災をきっかけとして、地震後に建物安全度を評価する構造ヘルスモニタリングが注目を集めるようになりました。NTTファシリティーズでは、独自に構築した地震観測ネットワークから収集・蓄積した強震データ(強い地震動の観測データ)とそれらを活かした知見を基に構造ヘルスモニタリングシステムを開発、建物安全度判定サポートサービス「揺れモニ®」として提供しています。ここでは、「揺れモニ®」の概要と近年のトピックについて紹介するとともに、今後の展開について報告します。

ニーズが高まる構造ヘルスモニタリング

東日本大震災を引き起こした2011年3月の東北地方太平洋沖地震において、発災直後に建物管理者が建物を継続して使用してもよいかの判断に窮したことから、特に超高層ビルが林立する首都圏では帰宅困難者が大量に発生する一因となりました。地震後に建物の状態を目視点検し安全性を確認するには多くの労力と時間がかかることから、被災直後における建物の安全性把握方法・体制整備は、企業や行政機関などにとってBCP(事業継続計画)上の大きな課題となっています。また、地震直後に建物が「安全」であることを一刻も早く把握し、建物の利用者に伝えることで不安感を解消し不要な混乱に至らせないことも、建物の管理者にとっては大変重要です。こうした課題の解決やニーズにこたえる技術として注目されているのが、地震観測を応用した構造ヘルスモニタリング技術です。
通常、建物の構造体(骨組み)は内外装等の仕上げが施されているため、地震動による被害を直接目視などで確認できる範囲は限られています。構造ヘルスモニタリング技術は、加速度計などのセンサを建物の構造体に設置し、地震による揺れの計測データを分析することにより、仕上げを撤去することなく、構造体における損傷の有無や度合い、あるいは損傷発生の可能性を評価する技術です。構造ヘルスモニタリング技術は1990年代より研究や技術開発が盛んに行われましたが、当時はセンサが比較的高価だったことや、建物所有者の理解が進んでいなかったことなどの理由で普及は進みませんでした。しかし、振動計測技術の進歩に伴いセンサのコストが低下し、度重なる大地震の発生により地震災害に備える対策のニーズが高まり、近年導入が増加しています。

建物安全度判定サポートサービス「揺れモニ®」の特徴

NTTファシリティーズでは、電電公社の時代から「通信を途絶させない」という使命を果たすために、全国70カ所あまりのNTTグループの建物を対象とする地震観測ネットワークを構築し、およそ半世紀にわたり地震観測データを蓄積してきました。その蓄積してきた地震観測データを基に、当社が保有する3次元振動試験システム「DUAL FORCE®」や、構造解析技術を駆使することで、地震時における建物安全度の評価手法や指標の妥当性を検証し、建物安全度判定サポートサービス「揺れモニ®」を提供しています。現在は、NTTグループの建物に限らず、一般企業の超高層オフィスビルや商業ビル、地方自治体の庁舎など、全国の約200ビル(2023年末時点)に導入され、稼動しています。
構造ヘルスモニタリングシステムは、地震で観測された建物の加速度データから層間変形角*を算出し、建物の設計情報に基づいてあらかじめ設定した基準値(しきい値)と比較して、建物の安全度(もしくは被災度)を推定するのが一般的です。他社のシステムでは、高価なセンサを階飛ばしに間引いて配置し、建物各階の層間変形角をシミュレーションや補間によって推定する手法を用いていますが、センサを間引いた階の状態変化が検知されにくく、安全度評価の確度が下がってしまいます。
一方、「揺れモニ®」は、比較的安価なセンサをすべての階に配置し(図1)、加速度データを実測し、層間変形角を算出することで、計測システムの構築コストを他社と同程度に抑えつつ、確度の高い建物安全度の評価を可能としていることが特徴です。また、鉄筋コンクリート造建物など層間変形角のみで安全度を評価することが適切ではない建物については、揺れの強さや揺れ方など複数の指標を用いて多角的な分析をすることで安全度を適切に評価しています。

* 層間変形角:地震時における建物の当該階の水平変位を階高で割った値。建物構造種別によって建築基準法上、守らなければならない制限値が定められています。

「揺れモニ®」による安全度評価と情報の利用

「揺れモニ®」は、建物の構造体を速やかに3段階で評価し、その結果をディスプレイに表示します(図2)。また、専用のポータルサイトからWeb上でも評価結果を確認できるほか、あらかじめ登録された関係者に対して地震直後に評価結果をメールで通知することもできます。地震発生後、建物管理者は客観的なデータに基づく建物安全度の評価結果から、建物の利用者に対して安全性に関する情報を提供したり、一時待機や退去等の行動を促したりすることができます。また、建物の階ごとに安全度が評価されるため、復旧段階においては損傷の可能性が高い階を優先的に対応するといった意思決定の判断材料になります。
「揺れモニ®」では地震による建物の安全度について「安全」「注意」「危険」の3段階で評価しますが(図3)、これらは確定的な情報ではないということに留意する必要があります。建物安全度は、計測によって得られたデータと構造計算書などに基づいて設定した基準値(しきい値)とを比較することにより評価しますが、建物安全度の評価結果と建物の実被害との間に乖離が生じる場合があります。これは、構造計算書などから得られる情報が設計時のものであり、かつ材料の特性や施工品質等によるばらつきが不可避であるといった事情によるためです。また、「揺れモニ®」に限ったことではなく、現在市中に提供されている構造ヘルスモニタリングシステム全般においていえることです。
構造ヘルスモニタリングシステムの利用に際しては、実被害との乖離が生じ得るという点を理解しておく必要があり、「揺れモニ®」の導入提案やサービス提供においても、利用者となる建物所有者あるいは建物管理者に対し、利用にあたっての留意点として説明しています。「揺れモニ®」はあくまで地震直後の意思決定を支援するツールであり、継続使用などの最終的な意思決定は利用者の判断が必要となります。

公的機関による「揺れモニ®」の技術評価

2023年3月、「揺れモニ®」は一般財団法人日本建築防災協会による「応急危険度判定基準に基づく構造モニタリングシステム技術評価」(1)を取得しました。公的機関である日本建築防災協会では、構造モニタリングシステムを活用することにより大規模地震時に各自治体が行う被災建築物応急危険度判定の迅速化・効率化を図るべく、判定に適用する構造モニタリングシステムの信頼性を確保するため、技術評価制度を2021年度から開始しました。「揺れモニ®」は、被災建築物応急危険度判定への適用に必要とされる技術水準を満足するシステムとして認定されました。

安全度評価精度の向上とモニタリングデータの活用

構造ヘルスモニタリングシステムにおいて、建物安全度の評価結果と実被害との間に乖離が生じ得ることは前述のとおりですが、その乖離をできる限り小さくする研究への取り組みも重要です。そのためには、継続的に地震による建物の揺れを観測し、被害が生じた際にはその観測データとの相関性について分析し、構造ヘルスモニタリング自体の有効性を検証することが必要です。今後、当社における観測データに加え、実大三次元震動破壊実験施設「E-ディフェンス」をはじめ、社外機関により公開されている実験データなども活用し、「揺れモニ®」における建物安全度の評価精度向上に取り組んでいきます。
また、「揺れモニ®」で収集したモニタリングデータを活用した新たなソリューションへの展開も進めています。一例として、地震において計測された加速度データを活用した新しい耐震補強設計の手法を考案し、当社イノベーションセンター(東京都江東区)に適用しました(2)。当該建物に導入した「揺れモニ®」のモニタリングデータを用いて、地震時の建物における揺れの特性を把握し、それに基づきダンパーを増設することにより、当該建物の耐震性能を向上させました(図4)。
今後も「揺れモニ®」の普及を推進するとともに、構造モニタリングデータを活用した新たな技術開発を通じて安全・安心な社会の実現に貢献していきます。

おわりに

本稿執筆のさなかの2024年1月1日に、石川県能登半島を震源とする最大震度7の地震が発生し、大きな被害をもたらしました。
本地震により被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。また、被災地の一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。
今回の地震では、全国約145ビルにおいて「揺れモニ®」により地震の揺れを検知し、安全度評価が行われました。震度5強(気象庁発表)の揺れに見舞われた金沢市内に立地する建物や、震源から離れていて地震の揺れが小さく検知されなかった建物も含め、「揺れモニ®」が導入されているすべての建物において正常に機能し、安全度を評価することができました。元日に発生した本地震では、各建物における関係者の多くは休暇中だったと考えられますが、駆けつけることなく「揺れモニ®」によって地震の影響を把握することができ、地震直後における適切な初動対応にもつながり、真価が発揮されたものと思われます。
今後も当社技術が地震防災・減災に広く貢献できるよう、研究開発に一層取り組んでいきます。

■参考文献
(1) http://www.kenchiku-bosai.or.jp/evaluation/monitoring/
(2) 杉村・渡辺・吉海・鈴木・元樋・千葉:“耐震補強設計における地震観測記録活用に関する検討(その1,2),”日本建築学会大会梗概集,pp.911-914, 2016.

問い合わせ先

NTTファシリティーズ
研究開発部 研究開発部門 建物ソリューション担当
TEL 03-5669-0765
FAX 03-5669-1650
E-mail tsuzak22@ntt-f.co.jp