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光技術で未来を変える「オンチップ光ニューラルネットワークによる機械学習」

現在AI(人工知能)は第四次ブームを迎え、人々の実生活に浸透し多くの驚きを与えています。しかし最先端のAIモデルの学習には、数カ月単位の時間と中規模の都市の全電力に相当する電力を要求するなど大量のリソースを必要としてしまいます。そこでこうした課題を解決するため、従来とは抜本的に原理の異なる「光回路」を用いたAIモデルのコンピューティングが検討されています。今回は光技術を用いて機械学習で消費される電力を大幅に削減する「オンチップ光ニューラルネットワークによる機械学習」の研究に取り組む中島光雅特別研究員に未来の光技術の可能性をお話しいただきました。

中島光雅
NTT先端集積デバイス研究所
特別研究員

PROFILE

2010年東京工業大学総合理工学研究科・物質科学創造専攻・博士前期課程修了。同年日本電信電話株式会社入社。2015年東京工業大学総合理工学研究科・物質科学創造専攻・博士後期課程修了。光演算による非ノイマン型コンピューティングの研究に従事。2019年Best poster paper award、Nature conference、Nature Publishing Group、2017年 電子情報通信学会・フォトニックネットワーク(PN)研究会 PN研究賞、2013年 電子情報通信学会 学術奨励賞等を受賞。

光の特性によって世代コンピューティング技術を変革する

■はじめに、「オンチップ光ニューラルネットワークによる機械学習」とはどのような技術でしょうか。

「オンチップ光ニューラルネットワークによる機械学習」という技術を一言で言い表すなら、光技術を用いて機械学習で消費される電力を大幅に削減する技術です。この技術研究の背景として、近年の目覚ましいAI(人工知能)技術の発展があります。これはすでに多くの人々の生活で恩恵を与えている一方で、計算速度や消費電力という面ではまだたくさんの課題が残されています。例えば電子計算機に基づく最先端のAIモデルの学習には、現時点でも数カ月単位の時間と数百メガワット級(中規模の都市の全電力に相当)の電力が必要になるのです。現時点ですでに大量のリソースを必要としていることから、現在の技術の延長では今後機械学習の進展はハードウェア的な限界点に達すると指摘されています(図1)。
こうした課題を解決するために、私の研究では従来とは抜本的に原理の異なるハードウェアとして、光回路を用いたAIモデルのコンピューティングを検討しています。この研究を開始したきっかけは2013年ごろのAIブームが興った際にさかのぼります。当初の盛り上がりは、他部署の方から「なにやらすごいらしい」と小耳にはさむ程度であまり意識はしていなかったのですが、いよいよ一般の方からも同じような声が出てきたとき、「これは何か時代を変える大きな研究になるのではないか」と私も考えるようになりました。当時私は、光導波路や光通信用のデバイスの研究に従事しており、機械学習と自分の研究との接点を考えたときに着目したのが「光によるアナログ的な行列演算」です。これはまさに機械学習の肝となる計算の方式であったため、当時私が研究に取り組んでいた光の導波路に組み込むスイッチのようなデバイスで培った技術が応用できると着想を得て、研究を始めています。

■AIコンピューティングに光回路を用いることでどのようなメリットがあるのでしょうか。

具体的なところでいうと、光演算の利点である「空間」「波長」「時間」などの特徴(図2)をフルに利用することによって、高速・低電力でAIモデルの根幹部の行列演算を実行することができます。実際にこれまでに構築した光回路では、従来の汎用CPUと比較して1000倍ほどのペタ(京)回/秒の高速計算と、1演算当りの消費電力を従来の10分の1ほどのピコ〜フェムトジュール級に低減できることを実験実証しています(図3)。確かに昔から光を用いれば「高速に計算ができる」という可能性は示唆されていましたが、本研究ではそれを実証したことで学会発表などでも多くの驚きの声を持って受け入れていただけました。「作成した光回路を通信伝送実験に使ってみよう」というようなお誘いもいただくことがあり、この研究によってできた人脈の広がりは現在でも研究を続ける力になっています。

■ご研究で苦労したことはどのような点でしょうか。

一番苦労したのはやはり研究の立ち上げ時で、機械学習の話が全く分からなかった中で研究を進めることでした。本研究は、元々私の所属する研究所の独自施策である所長ファンド(勤務時間の一部を研究者個人で企画したテーマに充てる施策)から始めています。私は本研究に取り組む前は数十人単位で1つの研究開発テーマに取り組んでおり、そこでは自分の担当業務に精通していればメインの研究を進めることができたのです。しかし本テーマは自分で企画したため、すべてを1人でこなしていかなければなりませんでした。光コンピューティングを行うための設計・評価などのデバイス関連技術はもちろんのこと、機械学習などのアルゴリズム面での研究等も進める必要があったのです。今でこそ機械学習等に関する書籍やノウハウは世の中にあふれていますが、研究を始めた当初は体系立った情報は十分ではありませんでした。そこで、まずは分野を勉強して知識を収集するため、論文を読んでは再現実装に挑戦するなど試行錯誤を繰り返すところから始めました。もちろんそれだけでは実際的なところは分かりませんので、ときには隣の研究所や専門の大学の先生に聞きに行くこともありました。新たな知見を得たり共同研究者の方々との出会いにもつながったりと、振り返ってみると非常に良い経験だったと思います。

■今後の研究ビジョンについて教えてください。

今後の課題としては、まずは「実際に計算機の業界の方々に使っていただける」フェーズをめざしています。現在の光コンピューティングはラボの大きな実験装置を複数用いて動かしていますが、今後はさらに研究を進めて仕組みを洗練させていくことによって、少なくともクラウド上で動作できるような状態に持っていくのをめざしていきたいと考えています。
またIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想での光コンピューティングは、まずはCPUやメモリなどの電子計算機間の通信を光化することをめざしています。このような時代が到来すると、計算機上に光回路と電子回路が混載する光電融合回路といったものが当たり前になる世界が実現できると考えています。さらにこの次の研究ステージとして、光計算機能を組み込んだデバイス技術の実用化を目標に据えています。確かに光でCPUのような汎用的な計算を行うのは難しいですが、光が苦手な部分は電子で計算し、その逆に電子が苦手な部分は光で計算するということができると考えています。このようにそれぞれ得意な計算を分担することによって、光を用いた汎用的な計算処理が可能となります。
また従来の計算機よりも電力・計算速度が数桁上回る光計算機の実現をめざしています。ますます大規模化するAI向けの計算の継続的な発展に資するとともに、抜本的な低電力化による環境負荷の抑制にも資すると考えています。また、計算機のみならず光で演算するといったユニークな特徴を活かしたアプリケーションの探索も進めています。例えば、光通信用の信号処理等も多くの行列計算が利用されていますが、これらの処理を光学的にアシストすることで低電力化や通信の低遅延化に資すると考えられますので、そのような領域への展開も検討しています。
このような営みを続けることによって、光コンピュータの性能向上をさらに貢献するとともに、光コンピューティングの汎用化や応用創出などに取り組んでいきたいと考えています。また現在、光を用いた計算処理の分野では世界中で取り組む研究者の数が増えてきているため、今後も継続的に研究成果を創出しながら分野でのNTTのプレゼンスを示していきたいと考えています。

「ダメなことが分かった!」とトライアンドエラーを楽しめる精神力を持って

■そのほか取り組まれるご研究の構想などを教えてください。

トランジスタの発明はわずか80年前ですが、この単純なメカニズムに基づく電子計算機は驚くほどに私たちの暮らしを豊かにしてきました。では21世紀以降もそのトレンドは続くのかというと、必ずしもそうではないと考えています。例えば将来のコンピュータの単位として、bits/neurons/qbitsが重要になるだろうという考えがあります。bitsは従来のノイマン型コンピュータの単位、neuronsはAIのためのニューラルネット演算の単位、qbitsは量子コンピュータの単位です。bitsの取り扱いには、現状ではデジタル電子回路が適していたことが歴史によって証明されていますが、他の単位はどの回路がもっとも適しているかは分かりません。またbitsの操作に関しても、すべてを同一回路(つまり電子ならすべて電子回路)でやろうというのが従来の考え方でしたが、ゲート操作には電子回路を、情報伝達には光回路を利用する等のように異なる技術を使うことも可能です。このように従来の計算機で当たり前であるとされていた枠組みを外したときに、光コンピューティングというのは魅力的な候補となります。neuronsに対しては、光の波長・空間・時間に対する並列性を利用した高速・低電力なAI向けのコンピューティングを、qbitsに対しては光子の性質を利用した常温での高速量子演算を提供可能です。このような光を利用したコンピューティングの普及をめざし、これからも日々研究に邁進していきたいと思います。

■ご所属されているNTT研究所について教えてください。

NTT入社前に就職活動でNTTの見学をした際に、現在の超高速通信を支える光ファイバの製法〔革新的な技術として世界的な権威のあるIEEEマイルストーンにも認定されたVAD(Vapor-phase Axial Deposition)法〕を紹介され、非常に驚いたのを覚えています。というのも当時私は大学で材料物理を専攻しており、そこで得た一般的な知見からすると、光通信で要求されるような非常に透明なガラスファイバを作成するのが本手法では困難なように思えたのです。しかしNTTはこの技術が持つ優れた点をいち早く見抜き、現在の情報化社会の文字どおりの基盤部分として実用化・普及させたと伺い、本当にすごいと思いました。また当時はリーマンショックの前後で、多くの企業は上記のような革新的な成果の礎となる基礎研究に多くのリソースを割けない状況でしたが、NTTは変わらずに基礎研究を大事にしていました。私もこのような恵まれた環境で諸先輩方に少しでも近づけるような仕事がしたいと考え、NTTを志望しました。
私が所属するNTT先端集積デバイス研究所は、元々通信用のデバイスに強みのある研究所を前身としていますので、そこで培った世界トップクラスのデバイス技術を有することが特徴の1つかと思います。一方で研究範囲は幅広く、上記のような通信用デバイスで世界トップを牽引する研究者や、私のようなその技術を転用して新たな応用領域を探索する研究者、新しく技術分野を立ち上げ異業種分野に参入していく研究者も在籍しています。さらに同じロケーションの他研究所には、機械学習の専門家や光計算・量子光学の専門家など、非常に多様な人材が在籍しているのも特徴かと思います。そして、私が取り組んでいるような突飛な研究テーマでもアドバイスいただける環境や、長年にわたって蓄積してきた光デバイス試作・評価の環境も整っており、これもNTTの強みの1つだと感じています。また実際に本研究を始めるきっかけとなった所長ファンドをはじめとしてチャレンジ施策も多くあり、研究者のアイデアや指向を尊重してくれる懐の広い組織だと感じています。

■最後に研究者・学生・ビジネスパートナーの方々へ向けてメッセージをお願いします。

以前、学会誌の編集委員としてインタビュー記事を仰せつかった際に、あるNTTの先輩研究員に「人と違うオリジナルな仕事をしなさい」と若手研究者に向けたアドバイスをいただきました。その瞬間は「発想力を身につけなさい」程度の理解をしていたのですが、今振り返って違う側面からみてみると当時とは違うことを考えます。それはつまり、人と違うということは現在その分野・方向性に人がいないということです。つまり自身が先陣を切って、その可能性を追求・実証し、人を巻き込んでいかなければいけません。論文等の過去の知見ももちろん調べますが限界はありますので、自身でたくさん考えて、見出した可能性をとにかく手を動かしてやってみるということが重要になります。もちろん暗闇に飛び込むことは怖いですし、うまくいかないことも多々ありますが、エジソンよろしく「ダメなことが分かった!」と楽観視しつつ粘り強くトライする精神力が肝要です。また構築したデバイスを実際にユーザに利用してもらうというのも実証のうえで重要なステップだと思います。
このようなプロセスでは大変な部分が多いのも事実です。しかし新しい誰も手をつけていないところにこそ検討の余地が広がっていて、研究のしがいのあるトピックが多く眠っています。そこで新たな研究の苗を育て、枝をつけ葉をつけて成長させていく、というところは研究者冥利につきる何ものにも代え難い喜びだと感じています。そしてこのような取り組みは個人だけでは達成できないものです。この記事を読んでいる方でもし私の研究に興味を持っていただける方がいらっしゃいましたら、ぜひ手を取り合って新たな未来の可能性を構築していければと思います。

■参考文献
(1) https://arxiv.org/abs/2007.05558

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