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挑戦する研究開発者たち

「超カバレッジ拡張」をめざしてHAPSを実用化

日本では2020年3月に5G(第5世代移動通信システム)の商用サービスが開始されましたが、3GPP(Third Generation Partnership Project)をはじめとして、すでに5Gの高度化や6G(第6世代移動通信システム)の研究開発や国際標準化が進められています。その中で、「超カバレッジ拡張」を実現する技術として、NTN(Non-Terrestrial Network)が注目されており、成層圏を飛行するHAPS(High-Altitude Platform Station)を利用する通信技術が、現在は実用化に向けた開発段階にあります。これまで4G(第4世代移動通信システム)、5G、6Gの無線技術の研究開発に従事したNTTドコモから、現在はSpace Compass に出向して成層圏HAPS通信サービスの実現をめざしている岸山祥久氏に、将来形態であるHAPSコンステレーションへの想い、技術者として大切だと考えているバランス感覚などについて伺いました。

岸山祥久
6Gネットワークイノベーション部(株式会社Space Compass)
NTTドコモ

NTNの実現技術として注目を集めているHAPSと、日本初のHAPS通信サービスの実現をめざして

現在、手掛けている技術の概要をお聞かせいただけますか。

2022年7月にNTT とスカパーJSAT株式会社の合弁で設立された株式会社Space Compassでは、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)のコンセプトの1つである宇宙統合コンピューティング・ネットワーク(図1)の実現をビジョンとしており、その中で私は宇宙RAN(Radio Access Network)の事業化、特にHAPS(High-Altitude Platform Station)を用いた通信サービスの実用化に取り組んでいます。
日本ではNTTドコモをはじめ2020年3月に5G(第5世代移動通信システム)の商用サービスが開始され、さらにNTTドコモは、2021年12月に、5G専用のコアネットワーク設備である5GC(5G-Core)と、5G基地局を組み合わせた「5G SA(Stand Alone)」によるサービスを開始しました。一方で、すでに5Gの高度化や6G(第6世代移動通信システム)に向けて、移動通信ネットワークでは十分にカバーできなかった空・海・宇宙を含むあらゆる場所への「超カバレッジ拡張」の実現をめざした研究開発が進められています。「超カバレッジ拡張」を実現する技術として、NTN(Non-Terrestrial Network)が注目されており、移動通信システムの国際標準化機関である3GPP(Third Generation Partnership Project)では、5Gの無線技術であるNR(New Radio)のNTNへの拡張検討も進められています。
NTNを実現するプラットフォームとして、高度約3万6000kmの軌道上にある静止衛星GEO(Geostationary Orbit satellite)、高度数100〜約2000kmの周回軌道上にある低軌道衛星LEO(Low Earth Orbit satellite)、および高度約20kmの成層圏で一定の場所に常駐することができ、陸上に半径50~100km程度のカバレッジエリアを形成できるHAPSの3つが主に検討されています。

HAPSには固定翼型、飛行船型、気球型などの種類がありますが、Space Compassではグライダーのような形状をした固定翼型のHAPS機体を利用した通信サービス、およびHAPSから取得できる映像データ等を活用するリモートセンシングの実用化をめざしています(図2)。固定翼型のHAPSは地表からの高度約20kmの成層圏で旋回飛行し、地球を周回するLEOと違って地上からはほぼ定点に位置するようにみえるため、定点での観測や動画撮像によるリモートセンシングに活用可能です。1台のHAPSによる通信サービスのカバレッジエリアは、半径50~100km 程度であるため、日本全国をカバーするには、50~100機程度のHAPSを成層圏に配置する必要があります。旅客機の飛行高度が約10kmであることを考えると、高度約20kmのHAPSは、LEOに比べてもかなり低軌道で地上に近いため、成層圏から端末〔スマートフォン、IoT(Internet of Things)デバイス〕への低遅延な直接通信を提供できます。そのため、地上ネットワークでのエリア化が困難な山岳地域、離島、海上、上空等への通信エリア拡張や、地震等の災害対策への活用がユースケースとして期待されます。また、将来的には既存バックホール回線の代替を含む高速大容量な通信サービスを実現できるポテンシャルがあります。

Space Compassでは、2025年度中にHAPSを用いた通信サービスを国内で実用化することをめざしています。この早期実用化に向けて、ベントパイプ(透過中継型)方式と呼ばれるHAPS直接通信システムを開発しています(図3)。ベントパイプ方式は、地上に設置された移動通信網の基地局やコアネットワークを利活用しつつ、4G(第4世代移動通信システム)や5Gの無線信号を地上ゲートウェイ(GW)局およびHAPS搭載のペイロードを経由して携帯端末へ直接通信サービスを提供するシステムです。ここで、地上GW局とHAPSペイロード間の通信リンクであるフィーダリンクには、ミリ波等の高周波数帯を使用し、複数セル・ビームの信号を周波数多重して広帯域で伝送します。一方、HAPSペイロードと地上の携帯端末間の通信リンクであるサービスリンクの周波数帯は携帯端末が利用可能な4Gや5Gの周波数帯のうちHAPS用にも割り当てられた周波数帯(2.7GHz以下)を使用し、複数セル・ビームに空間分割した信号を同時に伝送します。HAPSペイロードは変復調等の信号処理は行わず、フィーダリンクとサービスリンク間の周波数変換や電力増幅を行う中継システムとして動作します。そのため、ベントパイプ方式ではHAPSペイロードの重量や消費電力を少なく設計でき、早期実用化に適しています。また、ベントパイプ方式によるHAPS直接通信システムは、地上の移動通信網の一部であるため、地上ネットワークとの間で4Gや5G通信のハンドオーバをそのまま実現でき、シームレスな通信サービスを提供することができます。
これまで、NTTドコモでは2021年2月に、HAPSを想定して高度約3kmにセスナ機を飛ばし、HAPSシステムで使用される予定の38GHz帯電波伝搬測定を行いましたが、理論上の検証はなされているものの国内で成層圏にHAPSを飛行させた実証実験は、現在まで実施されていません。海外ではHAPSによる通信サービスの実証実験の事例はありますが、日本国内だとHAPSを飛ばすのに、緯度(ソーラーパネルへの太陽光の照射角度と日照時間に影響)や偏西風の問題等があり実現できていないため、まずは国内成層圏での通信実証をめざしています。

注目度の高いHAPSですが、まだ国内では実証実験に至っていないのですね。

国内では実際に成層圏にHAPSを飛ばした事例はありません。そこで、「HAPSを介した携帯端末向け直接通信システムの早期実用化と高速大容量化技術の研究開発」というテーマで成層圏における実証実験に向けて取り組んでいます。
この研究開発は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)が公募する「革新的情報通信技術(Beyond 5G(6G))基金事業」に2023年11月に採択されて、Space Compass、NTTドコモ、NTT、スカパーJSATの4社で取り組んでいるものです。代表研究者はSpace Compassが担当し、私はNTTドコモからSpace Compassへ出向し、Space Compassの立場でこの研究開発に携わっています。
この研究開発は、下記を目的としており、最長5カ年の研究開発で、HAPSを介した携帯端末向け直接通信システムの早期実用化に向けた実証実験から、Beyond 5Gに向けた高度化技術の統合実証まで取り組む予定です(図4)。
①HAPS通信サービスの早期実用化推進:HAPSを介した携帯端末向け直接通信システムの実用化に向けた技術課題を解決し、国内でのHAPS通信サービス実験を実施することで、2025年度中の早期実用化の推進。
②Beyond 5Gに向けたHAPS通信サービスの高度化:将来的なHAPSの普及とユースケースの拡大を図るため、HAPS直接通信システムの高速大容量化技術、および海上エリアでの運用やTDD(Time Division Duplex)周波数帯の活用などHAPSの柔軟なサービス運用に資する研究開発の実施。
将来的なHAPSのユースケース拡大を図るには、高速大容量化、すなわちHAPS通信システムのビットコスト低減に向けた高度化が重要になります。そのため、この研究開発では、サービスリンクで空間分割するセル・ビーム数の増大やMIMO(Multiple-Input and Multiple-Output)空間多重の実装等による高速大容量化技術の開発に取り組みます。また、HAPSによる通信サービスをユーザからの要望に応じて迅速に場所を選ばず提供する柔軟性向上のための高度化も重要です。ベントパイプ方式では、HAPSの足元に地上ゲートウェイ(GW)局が必要になりますが、災害対策等では地上GW局の機動性が望まれます。さらに、海上エリアや光ファイバの未整備地域等では、地上GW局の設置自体が困難な場合もあります。また、迅速に場所を選ばずサービス提供を行うには、地上ネットワークとの干渉調整を必要としない専用の周波数帯を用いるのが理想です。これらを考慮し、この研究開発では、地上GW局を可搬にする開発、フィーダリンクに衛星経由のバックホール回線を用いる検討、TDD(Time Division Duplex)周波数帯をHAPS専用に活用する検討などにも取り組みます。

成層圏における実証実験後はどのような展開になるのでしょうか。

机上の理論で話している段階よりも、現実世界で実証したという実績が残せるといろいろ周囲の反応も変わってくるということを、私は過去の4G、5Gの研究開発で経験していますので、HAPSに関しても日本国内での実証実績をまずは世の中に示し、それによりさまざまな業界のステークホルダと連携しながらユースケースなど具体的な議論をしていけると思っています。そのためにも、まずは最初の成層圏実証を成功させるというところに、現在はもっとも注力しています。
一方、現在のNTNは、LEOを多数用いて、それぞれが連携しながらエリアをカバーする、衛星コンステレーションが世の中的には主流になっています。しかしながら個人的には、HAPSが広く普及し、成層圏でHAPSコンステレーションが実現されると、もっとすごいことができるのではと未来に夢を馳せています。それにより、携帯端末への通信サービスを提供する面積カバレッジ100%が実現され、地上ネットワークとの完全冗長構成が構築されることで、ユースケースで検討されている災害対策のさらに先ともいえる、災害に対して強靭でびくともしない通信ネットワークが実現できるのではと期待しています。
LEOの場合は衛星が地球を周回しているため、多数の衛星を打ち上げて衛星コンステレーションを行わなければサービスを提供できませんが、HAPSは成層圏でほぼ固定的に旋回しているため、1機でもサービス提供できるという特長もあります。つまりHAPSの場合、1機によるスモールスタートでサービスを開始でき、HAPSの数を徐々に増やしつつコンステレーションを実現していくことで、サービスの拡張を行っていくことが可能となります。ただ、前述のように、日本全国をカバーするには、50~100機程度のHAPSを成層圏に配置する必要があり、飛行可能な緯度等の制限もあって本格的なHAPSコンステレーションの実現までには時間がかかることが想定されます。その間の過渡期に少ない機数でどのようなエリアカバーを行っていくのかといったような技術的課題や、少ない機数で実現するサービスおよびユースケース等のビジネス面の課題は少なくないと思います。
そういった過渡期では、目先のことに四苦八苦する状況になりがちですが、私はNTNの1つの将来形態であり到達点とも考えられる「HAPSコンステレーション」への想いを常に頭の中に置いておくようにしています。現在は主流ではなくても、HAPSコンステレーションが実現できたときのインパクトは非常に大きいと思いますし、そのようなゴールを頭に置くことで、私自身苦しい状況でも前向きになれますので、ぶれずに研究開発を続けることができています。

「非常識なことを常識にしていくのが研究」、常識と非常識のバランスが大切

技術者としてスキルの維持、スキルアップはどうしていますか。

私は学生時代から移動通信関連の研究を行っており、2000年にNTTドコモに入社後から現在まで、移動通信、特に国際標準化を含めて4G、5G、6Gの無線技術の研究開発に取り組んできました。4Gについては、3GPPにおいてLTE(Long Term Evolution)の無線アクセス方式、キャリアアグリゲーション等を中心としたLTE-Advancedの標準化活動を行っていました。当時は英語でのコミュニケーションが苦手で、標準化では四苦八苦していたのですが、このときに私が提案したいくつかの技術が標準規格に採用され、技術者として大きくスキルアップできたとともに、非常に貴重な成功(&失敗)体験を得ることができました。この業界で技術者をめざす方には一度は3GPP標準化を経験するようお勧めします。その後5Gでは、研究開発が始まった2010年ごろから、海外ベンダの世界でも一流の技術者たちと議論しながら、5Gの技術コンセプトの検討から実証実験までを取り組んできました。海外ベンダの尊敬する方に5Gのキューブの絵(ドコモ5Gホワイトペーパー参照)をほめてもらったのと、世界初の20Gbit/s伝送実験を目撃できたのが特に思い出に残っています。そして、6Gについては2017年ごろから検討を開始し、海外ベンダの一流技術者たちと議論しながら「5G Evolution & 6G」(1)の技術コンセプトを検討し、2020年1月に発表された「ドコモ6Gホワイトペーパー」やコンセプト動画の作成に貢献してきました。上司から急に言われて確か2週間くらいで執筆したのが良い思い出です。こうした中で5Gからの拡張ではないNTNに新しさと魅力を感じて、現在Space CompassでのHAPS研究開発に取り組んでいます(2)、(3)
このように、一貫して移動通信・無線技術にかかわる中で、自分のスキル不足や時には上司からの無茶ぶりを糧に、ある意味自分の限界を突破しながら、研究開発の技術者としてのスキルが身についてきたと思います。また、3GPPへの寄書入力や会合参加、そして海外ベンダ等との連携をとおして、英語を含むコミュニケーション能力や、即興でのプレゼンテーション能力もそれなりに身についてきたと思います。つまり私の場合、幸か不幸かは分かりませんが、技術者として成長できる環境には大変恵まれたのかなと思っています。

研究開発において大切にしていることは何でしょうか。

研究開発は、世の中にないもの、新しいことをテーマとしなければならない点があり、それに対して基本的には常識の範疇では対応できない場合が多くあります。私の学生時代の恩師も「非常識なことを常識にしていくのが研究」という言葉をおっしゃっていました。一方、非常識に寄りすぎると研究としてはよくても、ゴールである常識、すなわち実用化に到達できなくなります。つまり、この常識と非常識のバランス感覚が特に企業での実用化研究では重要だと思っています。このバランス感覚は研究者個々によってもさまざまだと思うのですが、私の場合は、基本的に少しでいいから常識の範疇を超えることを意識しています、逆にいうと、常識として正しくても、当たり前ではだめだと思っています。そして、その常識を少し超えた部分の斬新さを可視化しながら、ゴールとなる世界観では大きな差をつけるイメージを意識しています。現在の取り組みでは、「HAPSコンステレーション」がそのゴールに相当します。特に、海外ベンダ等、世界には一流の技術者が多くいるので、このような方々にディスカッションの価値があると思っていただくためにも、少し突き抜けた部分を発信していくことは必須だと思ってきました。
また、研究開発の技術者としては短所の克服はもちろん大切ですが、長所を伸ばすことがより大事だと思います。研究開発はチームで行うことが多くあり、常識を少し超える、新しいことを生み出していくという観点でも、自分の限界を設定せずにどんどんチャレンジするべきかと思います。自分の短所があっても、チームの中でお互い補完し合えればよいのではないでしょうか。私はサッカー観戦が好きなのですが、スーパースターがすべてのプレーに秀でているわけではなく、選手の特性を活かしてポジションごとの役割をこなすことが、勝利への近道になります。研究開発のチームもそれと似ていて、各人の長所を活かしつつ、それぞれが補完し合ってチームとしての成果につながっていくと思います。私自身も社会人としては正直至らない点が多くあることを自覚していますが、自分およびメンバ各人が長所を活かしてチャレンジできる環境と、短所をカバーしてくれる周囲に恵まれて、チームとして新しいことを生み出していくという研究開発に4G、5G、6Gと携わってこられたと思っています。

チャレンジとチームメンバどうしの補完で成果を出す

社内外の技術者、パートナーへのメッセージをお願いします。

私は、NTTドコモ入社以来、移動通信・無線技術における研究開発、実証実験、国際標準化等にかかわる中で、特に若手のうちは自分に求められる仕事に対して、たとえスキルが足りなくてもやらなければいけない環境の中で、自分自身成長してこられたと思っています。ですので、特に若手の技術者の方には、自分に求められる仕事に対して少しスキルが足りないくらいでちょうどいいと思ってほしいです。スキルが足りないことで失敗することもあると思いますし、そのような環境で仕事をすることはそれなりにハードなことですが、自分に限界を設定せずチャレンジすることで、大きく成長できるのではないかと思います。私自身、もともと素養のあった無線関連のスキルよりも、標準化活動等をとおして得られた英語やコミュニケーションに関するスキルのほうが、チャレンジングで苦労しましたが、その分さまざまな意味で成長できた実感があります。そして、チャレンジできる環境にあることが技術者としては幸せだと強く思います。それは当たり前ではなく、私の場合はそのような環境にも恵まれたと思っています。ぜひ、いろいろなことにチャレンジしてください。
そして、チーム各人の個性を尊重して、短所はチームで補えばいいので、個人の長所を活かせるようなチームづくりというのが、ある意味非常識なゴールをめざす研究開発において成果を挙げていくうえでは大切だと思います。チームマネジメントの立場になったらメンバが補完し合いつつベクトルを統一してチャレンジできる環境づくりと、適度な無茶ぶりでメンバにチャレンジを促すことをご考慮いただければと思います。

■参考文献
(1) 岸山・外園・小原・深澤:“5G Evolution & 6Gに向けたHAPS研究開発の取組み,”電子情報通信学会誌,Vol.106,No.5,2023.
(2) https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/12/07/231207a.html
(3) https://group.ntt/jp/aerospace/

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