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No WOW, No LIFE “幸福”と“感動体験”を感じる社会の実現に挑む

世界のモバイルシーンをけん引するNTTドコモ。AI(人工知能)との共生、持続可能なネットワークの構築、革新的な技術開発を展開しています。佐藤隆明NTTドコモ 代表取締役副社長に新しいコミュニケーション文化の世界の創造に向けた技術戦略や6G(第6世代移動通信システム)を中心に技術開発の展望について伺いました。

NTTドコモ 代表取締役副社長
R&Dイノベーション本部長
佐藤隆明

PROFILE

1990年日本電信電話株式会社に入社。2005年NTTドコモ 無線システム開発部 担当部長、2016年サービスデザイン部長、2019年サービスイノベーション部長、2020年執行役員 北陸支社長、2023年常務執行役員 R&Dイノベーション本部長を経て、2024年6月より現職。

公私ともにWell-beingな社会の実現に挑む

NTTドコモのR&Dが展開している技術戦略についてお聞かせください。

NTTドコモのR&Dは「世の中の人々が、公私ともにWell-beingな生活、また、そのような社会を持続的に体感できるように、われわれが取り組むことで世の中に貢献していく」というビジョンを掲げています。このビジョンを実現するため、「個人が主役となり、“幸福”と“感動体験(WOW)”を感じる社会の実現」と、「個人と社会の生産性向上」をめざし、事業成長を支える顧客起点の技術開発、未来の価値を創る新事業・技術の創出に挑戦しています。
まず、「個人が主役となり、“幸福”と“感動体験(WOW)”を感じる社会の実現」については、公私ともにWell-beingな生活、また、そのような社会を持続的に体感するために、人々がさまざまな制約から解放され、自分の興味関心に基づいた活動やコミュニティに参加できる社会を実現することをめざします。
1つの分かりやすい例としては、VR(Virtual Reality)/AR(Augmented Reality)技術を用いて、遠隔地で開催されるイベントに参加したり、好きなアーティストの臨場感あふれるライブを自宅で体験したりすることができるようになります。また、AI(人工知能)が、個人の興味や関心に合った情報やコミュニティを提案し、人々が自分らしい生き方を見つけられるよう支援します。
また、「個人と社会の生産性向上」については、生成AIを含むAIなどの技術を活用し、人々の作業効率を向上させ、自由に使える時間を増やすことで、個人の生活の質を高めるとともに、社会全体の生産性を向上させることをめざします。
例えば、AIが文書作成や顧客対応を自動化することで、人々はより創造的な仕事に集中できるようになり、新たな価値を生み出すことができます。
今後、AIはさらに進化し、人々の生活をより豊かにするような新たなサービスが生まれてくるでしょう。NTTドコモは、そうした未来の実現に向けて、積極的に取り組んでいきます。

社会や個人の幸福を創造するというビジョンの下、技術開発はどのように展開されているのですか。

私たちは移動通信のみを手掛けていると考えられがちですが、お客さまの生活を豊かにするさまざまなサービスの研究開発を行っています。1億人を超えるdポイントクラブ会員など、豊富な顧客データや新鮮なリアルタイムデータを活用し、AIによる高度なデータ分析を行うことで、社会課題の解決や社内稼働の効率化、提供サービスの品質改善、マーケティングオートメーション等を実施しています。
また、XR(Extended Reality)、ロボティクス、映像ビッグデータ活用等により、場所や環境の制約を越えた新しい働き方を実現し、働き手不足の解消をめざしています。メタバースや人間拡張基盤によってさまざまな制約が取り除かれ、1人ひとりの活躍の場の拡大に挑んでいます。
さらに、顧客理解技術や行動変容技術を活用し、デジタル医療・ヘルスケア領域へ展開することで、人々のライフスタイルを望ましいものに改善することにも取り組んでいます。また、より安全なコミュニケーションを図れるように、「デバイスのフェイク防止技術」や「秘匿クロス統計技術」等を顕在化している課題解決に活用できないか検討しています。
これらは現在の事業課題を解決するために直近で成果を出すものもあれば、10年後の実現に向けて取り組んでいるものもありますが、私たちは単に技術開発にとどまらず、「社会や個人の幸福を創造」という私たちのビジョンを実現するため、今後も、最先端の技術を駆使し、人々の生活をより豊かにする新たなサービスを創出していきます。

3つの「P」、Platform、Process、Peopleを重要視する

NTTドコモのR&Dは多岐に渡る技術開発を手掛けているのですね。6G具現化へ向けた取り組みについてお聞かせください。

6G(第6世代移動通信システム)については、現在、世界中の関係者で6G推進の意義を議論している段階です。3GPP(Third Generation Partnership Project)による標準化作業については2024年8月から開始しており、それに向けて約1年前から、NTTドコモ主導でグローバルの主要ベンダとともに議論を重ねてきています。5G(第5世代移動通信システム)における課題を踏まえ、私は6Gの価値は大きく5つあると考えています。
まず、5Gでは、世界的なトレンドとして、ネットワークコネクティビティを提供するだけの通信事業では収益性低下が課題となっており、特にネットワークインフラへの投資に対する収益確保への懸念があげられます。
これを踏まえて、建設や運用の効率化による経済性の確保、上位サービスと親和性があり、その価値を高める通信機能の高度化、また、サステナビリティの強化として電力対策の取り組みが必要であると考えています。
私たちはこれらの課題解決のために、次の5つの価値を軸として6Gを推進しています。
(1) Sustainability(サステナビリティ)
NTTドコモグループは、2021年に2030年カーボンニュートラル宣言を発表しましたが、温室効果ガス排出削減目標をサプライチェーン全体に拡大し、2040年温室効果ガス排出ネットゼロをめざしています。「あなたと環境を変えていく。」というスローガンの下、自社の温室効果ガス排出量を2030年までにカーボンニュートラル(Scope1・2)、サプライチェーンも含めた温室効果ガス排出量を2040年までにネットゼロにします(Scope3)。これを解決するため、2030年までにIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)光電融合技術を導入する他、次世代ネットワーク、情報処理基盤などにおける温室効果ガス排出量の削減に寄与する技術の開発により、通信の高速化や省電力化を推進します。
(2) Efficiency(効率)
システム・運用のシンプル化によるコスト削減を実現するため、6Gの全体設計は5Gよりもシンプル化し、AIを徹底的に活用した設計や運用保守の自動化・設定の最適化を図ります。
(3) Customer Experience(顧客体験)
いまやモバイルネットワークは生活に欠かせない第4のインフラとなっています。社会インフラとしてネットワークの信頼性をより向上させるために、耐障害性の高いネットワークの構築を検討しています。さらには数センチレベルの高精度測位による空間コンピューティングの実現によりデジタルツインの実現や、超低遅延の6G通信を用いてあらゆる場所へ人間の五感の伝達・再現をする人間拡張基盤の実現にも挑んでいます。
(4) Network for AI
一言でいえばAIのためのネットワークです。人間中心のユースケースから進化させ、AI、ロボット、自動マシンを対象にした新規収益の創造を見込んでいます。AIの価値を最大化するための計算資源の提供や大量のデータ収集、さらに高速大容量、低遅延性と信頼性のさらなる向上をめざします。
(5) Connectivity Everywhere
いつでもどこでもつながるネットワークづくりです。LEO(Low Earth Orbit satellite)/GEO(Geostationary Orbit satellite)/HAPS(High Altitude Platform Station)のベストミックスによるスマートフォン直接アクセス(DA)でのカバレッジ拡大に世界に先駆けて取り組んでいます。

ネットワーク戦略についてのお考えもお聞かせいただけますか。

スマートフォンの普及、SNS・動画視聴などの利用に伴うデータトラフィックの急激な増大により、スマートフォンが利用しづらいなど、都心部を中心としたエリアにおいてお客さまへご不便をおかけしておりますが、これらのエリアの通信品質改善に鋭意取り組んでおります。
私はネットワークにはPlatform、Process、Peopleの3つの「P」が大事だと考えています。インフラやサービスは導入完了すれば終わりではありません。Platformで提供するインフラやサービスはお客さまに利用いただき始めてからがスタートです。お客さまがどう感じているか、お困りごとは何かをしっかり伺って、迅速に改善へつなげ、お客さまの期待にこたえていくことが重要です。また、Processにおいても同様に、従来使用していた技術やプロセスは、当時としては価値があるものであったとしても、時間の経過や技術の進化、世の中の価値観の変化とともに陳腐化していくものもあります。お客さまの求める価値を提供するためにはどのようなプロセスが最適なのか、常に考えてアップデートしていく必要があります。この点については社外の方々とも議論しながらトレンドなどをキャッチアップし気付きをいただき、私たちの技術をさらに伸ばすことに努めています。最後のPeopleについては、自らを客観的に見るために外部からの指摘を真摯に受け止め改善することが大事です。NTTドコモは、さまざまな面で他キャリアよりも厳しい基準を持っているなど、外部から見て他キャリアと異なるところも多く存在しているはずです。逆に良いところもあるはずです。社内に閉じこもっていては気が付かないかもしれません。外部からどんどん指摘してもらい、真摯に気付きを得て対応していくマインドが必要と考えています。NTTドコモとしては、他社にできることは当然できるようにし、自らの制約を取り除き、さらにNTTドコモの優位性を際立たせるところに注力をしていくマインドを持って進めたいと考えています。
データトラフィックの増加に伴い、近い将来対策が必要となるエリアを含め、全国 2000カ所以上のエリアに対して「点」での対策と、鉄道などでお客さまが移動される際に車内や駅エリアで不便なくご利用いただけるなどの「線」での対策を組み合わせ、広範囲かつ集中的に対策を講じています。将来需要も見据えて300億円の先行投資を行いましたが、具体的には、駅や繁華街、住宅街などの集中対策実施エリア、乗降客数の多いJR、私鉄、地下鉄など全国の鉄道動線については、既存基地局の活用(電波照射の角度調整・指向調整・出力調整)、5G上りチャネルの品質のさらなる改善や、基地局設備対策、5G/4G(第4世代移動通信システム)設備増設・新設、高度化された Massive MIMO 装置(大容量・高速無線通信装置)の導入をまさに鋭意実施しているところです。お客さまのさまざまなご利用方法を想定し、ご不便なくご利用いただける通信品質をめざしていきます。

“Step out your comfort zone”で人生を豊かにする

佐藤副社長は一貫してお客さまの立場から技術開発を考えていらっしゃるのですね。これまでの歩みを踏まえてそう思うようになられたきっかけを教えてください。

私は大学では土木を専門に学び1990年にNTTに入社しました。当然、配属は土木関連だと思っていたのですが、新入社員研修で勧誘され無線の「む」の字も知らない移動通信部門に配属されました。最初は戸惑うことも多かったのですが、そのうち、「何も知らないのは逆に先入観なくいろいろな観点で物事を見ることができる、これは逆に武器になる」と前向きにとらえられるようになりました。この経験から、異動が決まり不安に思っている社員には、「変化はチャンス」であり、その部署の人たちが持っていない視点、観点が自身にはあるからこそ変革を促せるのだと伝えています。
また、私は以前、NTTドコモの北陸支社長として3年間、事業運営を手掛けてきました。そのときに実感したのが、現場にはたくさんの課題があるにもかかわらず、現場の人たちはそれを解決する優れた手段を持っていないということです。一方で、R&D部門の研究開発者たちはさまざまな新しい技術や研究成果を持っているが、それを現場のどこに活かすべきかの検討が足りていないということにも気付きました。
そこで私は支社長として、現場とR&D部門のニーズをマッチングさせ、よい循環を生み出すために毎月現場とR&D部門の双方が参加するミーティングを設け、私自身もそこに参加するようにしました。このような経験から、現在、私は研究開発者には、現場の課題を知り、技術や成果と結びつける役割を担ってもらうために、現場で1カ月過ごしてこい、と伝えています。
R&D部門では、現場課題と技術のマッチングを図るため、さまざまな経歴を持つ方の中途採用も積極的に実施しています。前職で養ってきた現場の経験や知見、専門性を活かしてくれることで、橋渡しとしての化学反応が起きています。

トップとして大切にしていらっしゃることをお聞かせください。

No WOW, No LIFEです。WOWはR&Dビジョンにも綴っています。生きている間は常にWOWと感じられるワクワクした時を過ごしたいですし、それがなければ人生長く過ごしても味気ない。またそれと同時に世の中の皆様および自分の仲間がWOWと感じられる幸せな人生を送ってもらえるよう頑張りたい、そういう思いを込めています。
また、Step out your comfort zoneという言葉も大事にしています。快適な空間からステップアウトすることは不安や恐怖があるかもしれませんが、一歩踏み出すことで徐々にその環境や物事が自分に馴染んでくると同時にたくさんのリレーションが生まれてきます。この繰り返しが人生を豊かにしてくれるのだと信じています。
最後に、社員の皆さんへは「自分の仕事にしっかりと志を定義し、その志の実現に向けて取り組んでほしい」と伝えています。NTTグループ内にも同じような関連業務を手掛けている社員が多くいます。今はお互い知り得ない状況かもしれませんが、今後、関係性を築けるように私は副社長の立場でつなげていきたいと思います。また、同じ志を持ったパートナーの皆様とともにWOWを実現していきたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

(インタビュー:外川智恵/撮影:大野真也)

インタビューを終えて

歯に衣着せぬ物言いが心地よく、端的にお話になる佐藤副社長。実はインタビューの準備中に「私は見た目にはこだわりがない」とおっしゃったのですが、写真からも分かるとおりスタイリッシュにスーツを着こなして颯爽とされています。また、公私ともにあらゆるヒトを「つなぐ」エピソードをたくさんお聞かせくださいました。車好きが高じて同じ車の愛好家と1600人規模のネットワークを築き、300台規模のオフ会を開催したことや、毎年社員の皆さんとバンドイベントを実施されているお話が次々に飛び出し、佐藤副社長を媒介としてさまざまなヒトがつながっています。
そんな副社長の「人生最大のWOW」について伺ったところ、「副社長になったことです。本当に驚きました。いやこれは、OMG!かもしれませんね」と、微笑まれました。副社長というお立場や使命を大切にされ、新たなWOWを皆で生み出し、化学反応を起こしているご様子から、喜びが人をつなぎ、想定外の出来事をチャンスととらえることの重要性を学ばせていただいたひと時でした。

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