挑戦する研究開発者たち
経営マネジメントのデータドリブン化でスピーディな意思決定と生産性向上をめざす
1980年代に、多くのSIerが「意思決定支援システム」を提唱していました。当時は、メインフレーム上にデータベースを構築し、経営者や管理者がそこに蓄積された情報を活用して意思決定に役立てるという概念で、データの選別・分析については利用者側に委ねられていました。1990年代に入ると、PCの発達とともにデータマイニングが本格化し、ブロードバンドネットワークの普及と仮想化・クラウド技術の発展、AI(人工知能)技術の進化、2010年代になるとビッグデータ分析が注目を集め、ビジネスを中心としたあらゆる局面で「データドリブン」という言葉が登場しました。データドリブンな意思決定もその1つで、必要な人が、必要なときに、分析を含む必要なデータを、必要な形式で取り出すことが可能となりました。NTT東日本 デジタル革新本部 松本裕氏に、経営マネジメントのデータドリブン化に必要な要素について伺いました。
松本 裕
データドリブン推進部門 アナリティクス推進担当 担当部長
NTT東日本 デジタル革新本部 企画部
「データ」「データ活用環境」「人材・ノウハウ」が経営マネジメントのデータドリブン化実現の3要素
現在、手掛けている業務の概要をお聞かせいただけますか。
経営マネジメントをはじめとしたさまざまな業務のデータドリブン化に取り組んでいます。
社内の各業務、組織には膨大なデータが存在していますが、担当者が必要なデータを収集し、それをExcelやPowerPoint等により可視化・分析・資料化し、会議等で議論することで意思決定が行われるといったことが一般的に行われています。この場合、意思決定に時間がかかる、データ分析精度が担当者のスキルに依存する、といった課題が顕在化してきています。そこで、収集されたデータをBI(Business Intelligence)ツールで、場合によってはAI(人工知能)も活用して分析し、経営幹部から営業責任者に至るまで同じようにBIにアクセスすることにより、柔軟でスピーディな経営・意思決定が可能になり、生産性向上にもつながる、これが経営マネジメントのデータドリブン化です。
NTT東日本では、全社的な取り組みとして、各組織が自らデータを可視化・分析・活用できるセルフサービスBI基盤によりレポート業務を効率化し、いつどこからでも必要なデータにアクセス可能なポータル環境により、意思決定者が適時・迅速な情報把握を可能にし、会議運営の効率化とデータに基づく意思決定(DDDM:Data Driven Decision Making)を行うことで、経営マネジメントのデータドリブン化に取り組んでいます。
私たちは、これを具体的に実現するプラットフォームの構築から社内への展開について取り組んでいます。これを実現して価値創造していくためには、「データ」、システム・ツール等の「データ活用環境」、そして「人材・ノウハウ」の3要素を欠けることなく整備・強化することが必要となります(図)。
プラットフォームは、業務ごとのオペレーションシステム等から収集したデータを、データウェアハウスにより蓄積・流通し、それをセルフサービスBI基盤(Salesforce社のTableauやMicrosoft社のPower BI等)により可視化・分析・活用するといったプロセスを実現するものです。私たちは、これにより組織ごとにデータ活用のめざすべき方向性を見定めて、クラウド、データベース化等によるデータ整備・基盤構築、データ加工処理、可視化等の技術、さらにAI・機械学習、生成AI、ビッグデータ(社内外データ)等の先端技術を活用して業務改革の支援を行っています。
具体的な展開として、システム・ツールについては既存のシステムやSaaS(Software as a Service)の活用をベースとして必要に応じて手を加え、現在はこれを内部監査、財務、調達、人事、福利厚生等の社内共通業務、VoC(Voice of Customer)活用マーケティング、各種サービスの開通・解約予測等の営業系業務におけるデータ活用(表)といったように、業務ごとにデータ活用の基盤として整備・展開するとともに、そこで培った技術や得られた知見により、自治体EBPM(Evidence-based Policy Making)等のお客さまにおけるデータ活用に展開する、というかたちで展開を考えています。これらの展開に向けて3要素のバランスの良い整備・強化を進めていますが、特にここ1、2年ぐらいは人材育成等に注力しています。
当面は、1つずつ事業やビジネスの課題を解決することを推進していく中で、システム・ツールやプラットフォームを使い分けていくのですが、将来的には、これらをすべて統合的・汎用的に使えるような、例えばデータを蓄積する基盤や分析基盤等のシステムをつくるのが良いのか、逆に目的に応じてシステムをチョイスしていくのが良いのか、といった点について、検討を進めています。
データドリブン化推進にはどのような人材が必要なのでしょうか。
データドリブン化の推進に必要な人材は、ビジネスコンサルタント、データサイエンティスト・データアナリスト、データエンジニア、インフラエンジニアです。
ビジネスコンサルタントは、情報活用の目的・プロセスを理解し、業務における分析要件を抽出・定義し、分析を行い、取り組みの中心となって企画・推進を行う役割を担っています。チェンジマネジメントのマインドと、業務の理解に基づく統計・分析、BIツールに関するスキルを必要とします。
データサイエンティスト・データアナリストは、データドリブン化のコアとなる部分で、ビジネスコンサルタントと同様に業務における分析要件を抽出・定義し、分析を行い、データの利用者として、ビジネステーマの解決、課題達成の目的としてデータ分析を行う役割を担っています。統計分析やBIツール、高度な数理統計、データサイエンス、プログラミング(Python、R)といったスキルを必要とします。
データエンジニアは、社内データの把握や蓄積、データの品質に対して責任を持ち、活用可能な状態のデータの準備を行うという役割を担っています。そのために、データの理解、データモデリング、ETL(データの抽出、変換、格納)に関するスキルを必要とします。
インフラエンジニアは、データ分析基盤のサービスを提供し、エンドユーザの要望に応じて維持・改善を行うという役割を担っています。ITインフラ、ITプロジェクトマネジメントのスキルを必要とします。
データドリブン化の推進にあたっては、業務部門における課題を明確にし、AIやデータ解析によりどのように課題解決され、それがどのような価値を生み出すのかといったところを明確にしていく必要があります。これを行うために、データサイエンティスト・データアナリストが中心となって、業務部門の担当者へのヒアリングやディスカッションをしていくことになりますが、業務部門にビジネスコンサルタントが必ずしもいるわけではないので、データサイエンティスト・データアナリストがその部分にまで踏み込んでいくことが大切になります。こうして出てきた結果から、IT・DX(デジタルトランスフォーメーション)関連部門にいるデータエンジニアやインフラエンジニアがシステム的な側面から実現していくことになります。
こうした背景から、データサイエンティスト・データアナリストの育成が重要となってきます。一例として、Salesforce社のTableauというBIツールを使える人を増やすためのエントリーレベルの研修により裾野の拡大を進めています。研修だけでは実践的な力はつきませんので、実際に実案件に触れながら悩みがあれば相談し、優良なユースケースを共有できる環境が必要となります。これらの環境として社内の有志が中心となってコミュニティが立ち上がり、現在は1000人以上への広がりをみせています。さらにその中からトップ層の技術者の育成をめざしており、その具体例として、NTT東日本の社内で年1回開催されている「現場力向上フォーラム」という技術競技会に、Tableauを活用したデータ分析に関する競技会を設定してスキル向上を図っています。2024年1月開催の大会では、各事業部ブロックから出てきた代表の方が、「仮想都市「中村市」における、イベントを通じた地域活性化に向けた分析・提案」というテーマについて、町のさまざまなデータを仮想で準備して、25分間で分析をして発表するという形式で競い合いました。
このように三要素の整備が進みデータドリブン文化が醸成されつつありますので、これからの新しい価値創造の展開に向けてわくわくする気持ちです。
通信収入減少を補う非通信事業の創出、技術開発をビジネスにつなげる死の谷越えがライフワーク
開発者としてスキルの維持、スキルアップはどうしていますか。
私は、1995年にNTTに入社以来、主にビジネス企画、技術開発を行ってきました。分野的には、ひかり電話・NGN(Next Generation Network)、イーサネット/IP-VPN(Virtual Private Network)、クラウド、映像AIといったサービス、営業支援や法人顧客に関する社内システムの開発、R&Dビジョン、セキュリティ等の戦略の策定、マーケティング、ビッグデータ解析、セキュリティ監査等のお客さま向けコンサルティングといったように幅広い分野にかかわってきました。
その意味では、前述のデータドリブン化に必要な人材である、ビジネスコンサルタント、データサイエンティスト・データアナリスト、データエンジニア、インフラエンジニアに必要とされるスキルは、この経歴の中で一通り触れてきています。したがって、現在のデータドリブン化推進に関する取り組みにおいては、基本的なスキルをデータドリブン化推進のそれぞれの局面へのチューンや深掘りを行うとともに、人材育成のかたちでフィードバックを行っています。
とはいえ、最近注目を集めている、仮想化技術、クラウド、AI技術もデータドリブン化の中では必要なスキルなのですが、これらについては進化・変化が年々加速していると感じています。IPネットワーク技術は10年スパンで進化していたものが、仮想化技術やパブリッククラウドでは3〜4年、AI技術に及んでは1年以下の単位です。これらを活用したシステムの基盤部を開発していたら、システムの輪郭が見え始めたころには陳腐化しているというような話もよくあります。これには走りながら勉強・対応していくことが必要になるのですが、非常に難しくて悩ましい課題だと思っています。
開発において大切にされていることは何でしょうか。
「通信収入減少を補う非通信事業の創出、技術開発をビジネスにつなげる死の谷越えがライフワーク」と常に思い続けて、開発に取り組んでいます。「通信収入減少を補う非通信事業の創出」については、私が最初に配属になった、マルチメディア推進本部の設立経緯の1つでもあり、現在でもNTT東日本はこの言葉とともに、新たな事業を開発しています。「死の谷(valley of death)」については、NTTでは2000年代初期に使われていた言葉で、「研究開発の結果が市場ニーズ等の理由から事業化されない状態」のことを示します。非通信事業を創出していくためには、研究開発・技術開発が重要であるにもかかわらず、死の谷に陥ってしまい、そこから脱出できずにいては、事業として危機的な状態に陥ってしまいます。
死の谷越えをするためには、異なる価値観をお互いにぶつけ合っていくことが大切だと思います。社内の同じ価値観の環境で仕事を続けてもイノベーションのアイデアは得られません。これは、『アイデアは交差点から生まれる イノベーションを量産する「メディチ・エフェクト」の起こし方(フランス・ヨハンソン著)』に、イタリアのルネッサンス時代のメディチ家が、別荘にいろいろな芸術家や科学者を集め、そこで自由に活動をさせたことで、ルネッサンスにつながる新しいイノベーションが生まれたということが書かれているように、同じ価値観の人が集まっていてもイノベーションは起こりません。
私はこれまで、小中学校の教育現場におけるICT活用、設備構築運用の現場業務、シンクタンクのコンサルタントとして社会科学、統計学、マーケティングを学び、これにより異なる価値観を得ることで技術一辺倒の考え方だった自分の転換期になり、同時に外から見ることによって違った風景、例えば、クラウドサービスのような、規模の経済が働く技術開発ではハイパースケーラーが圧倒している中、自前設備を持つことの意味合いや自社の強みをどこに見出すか、どのように競争力を高めるか、といったNTTの技術開発の課題などが見えてきました。それに対する1つの結論は競争の源泉は人にあり、人材と技術・モノと情報が不可欠であるとの考えに至りました。まさにこれが、「通信収入減少を補う非通信事業の創出、技術開発をビジネスにつなげる死の谷越えがライフワーク」のコアになるところではないでしょうか。
事業会社は異動がありますが、こうしたスキルを活かして将来的に何を経験したいのでしょうか。
「通信収入減少を補う非通信事業の創出、技術開発をビジネスにつなげる死の谷越えがライフワーク」は今後も変わらないと思います。
これを実行していくうえで、アイデアを多く持つことが必要です。そのアイデアを基に死の谷を越えていくには、技術の進化だけではなく市場環境等を含めた条件がそろうことが重要であり、条件がそろい、機が熟したタイミングで実行に移すことで死の谷越えが可能となると考えています。
さて、現在、少子高齢化に伴う人手不足の加速が社会課題となっています。そこで、今後取り組んでいきたいテーマとして、人手をかけずに生産するための技術開発があります。この技術による生産の自動化も視野に入れて、貴重な人手はインバウンド観光向けのおもてなしのような付加価値の高いところに使う、といったところまで取り組んでみたいと思います。これはまさにDXそのものですね。
異なる価値観をぶつけ合って、アイデアの引き出しを多く持つ
後進へのメッセージをお願いします。
日頃からイノベーションにつながるようなアイデアを多く出して、それを引き出しにストックしておくと良いです。アイデアは、前述のとおり異なる価値観をお互いにぶつけ合うと出てきますし、日常のふとした疑問からも出てきます。アイデアが出た瞬間には、それがあまりインパクトのないようなものかもしれませんが、後になってどのようになるのかは分かりません。私も発想の段階ではインパクトがなかったものの、今振り返って考えると、成果につながったものもありました。
そして、技術の進化や市場の動向、あるいは良きパートナーの出現等、機が熟したときに引き出しからアイデアを取り出せば、それがイノベーションにつながります。逆に、機が熟した段階で着手するようでは遅きに失しており、上司等、他の人から言われて対応していても間に合いません。機が熟すタイミングを見極めて、引き出しからアイデアを取り出してイノベーションにつなげていってほしいと思います。そのためには引き出しにより多くのアイデアをためておくことも必要になります。