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「走りながら考える」──首尾一貫の現場主義
コーポレートスローガン「あしたへ―with you, with ICT.」を掲げ、ワクワクする未来をめざし、挑戦を続けるNTT西日本。「バリュークリエーションパートナー」として新たな価値創造を通じた持続可能な地域社会の実現に勤しむ北村亮太NTT西日本 代表取締役社長にNTT西日本の経営環境や新しい年を迎えるにあたり抱負を伺いました。
NTT西日本
代表取締役社長
北村亮太
PROFILE
1988年日本電信電話株式会社入社。2011年NTT東日本 経営企画部営業企画部門長、2018年日本電信電話 取締役 経営企画部門長、2022年NTT東日本 代表取締役副社長を経て、2024年4月より現職。
「セキュリティファーストカンパニー」として生まれ変わったNTT西日本
2024年は元日から能登半島地震が発生し、防災を強く意識した幕開けでした。この1年はどのような年でしたか。
私は2024年4月に着任して、すぐに被災状況の確認と復旧活動をしている社員や被災者のお話を伺うために現地へ向かいました。当時はまだ道路の復旧も進んでいませんでした。そんな中でも、お店を開いていらっしゃる方に「NTTさん、私たちも一生懸命頑張りますから復興をよろしくお願いします」とお声をかけていただきました。その言葉に胸が熱くなり、しっかり向き合っていきたいという思いを新たにしました。
能登半島地震関連では、2月末の時点で通信ビルについては立ち入り禁止により入局が困難な1つのビルを除いて、迂回ルートなどを構築するなどして復旧しておりましたが、9月に発生した豪雨により能登地震から復旧した設備・サービスが再度被災しました。特に迂回のために構築したケーブルが断線しましたが、現時点では能登半島地震からサービス断が続いているビル以外は復旧しており、当該ビルも引き続き隣接ビルからのケーブル延伸での対応を進めております。
お客さまの申告に基づく故障修理、お客さま宅内の故障対応については、道路啓開等で対応が難しい地域を除き、特段の遅れなく実施できていますが、いまだに復旧できてない個所については復興計画や道路啓開に合わせて対応を進めてまいります。
こうした復旧活動はもちろんのことですが、大事なことは、このような大規模災害を被災した経験、復旧・復興に向けたプロセスやノウハウを次代へつなげていくことだと考えています。
また、2023年にNTT西日本のグループ会社において公表した顧客情報の不正流出を受け、私たちは大切なお客さまの情報をお預かりする企業として、「セキュリティファーストカンパニー」に生まれ変わることをめざしてきました。私は、再発防止策としてお伝えしているハード面の対策だけではなく、ソフト面として社員の意識醸成、情報セキュリティをしっかり守っていくのだという意識をしっかり持ってもらうこと、そして、人為的なインシデントの発生を未然に食い止めるためにも、何でも言い合える風通しの良い組織風土にしていくことが大事だと思っています。
社長就任直後から、NTT西日本の30支店をすべて訪問し、事業・仕事や会社の環境等に関する社員との対話会や意見交換会を実施し、今回の件を含めて社員に対してメッセージを発しました。顧客情報漏洩に関して、ハード面である再発防止策についてはオントラックで、着実に施策を推進しています。こうした取り組みにより、社員の意識もだいぶ前向きとなり、少し手ごたえを感じています。
北村社長はNTT東日本で副社長をお務めになり、NTT西日本の社長に就任されました。非常に珍しいご経歴かと存じます。東西の違い等、お感じのことはありますか。
NTTの地域会社が抱えている本質的な課題は、NTT東日本・西日本も同じであると感じています。基本的には、固定電話収入が下り坂になっている中で、どのように新しい利益成長を考えていくかということが課題です。だからこそ、私がNTT西日本の代表となったことで、NTT東日本・西日本が一緒に知恵を出し合い、連携して取り組んでいけることがあるのではないかと考えています。
1999年にNTT西日本が発足した当時は、事業の98%は固定電話を中心とする音声通信収入でしたが、その比率は年々減少し、今は30%を切っています。音声通信収入については今後も継続的な減少が予想されます。そして、現在、私たちの主要な事業はFTTH(Fiber To The Home)による光サービスですが、その光サービスも市場成長の伸びは鈍化しており、頭打ちの状況です。このような中で、従来のように光の回線増のみに依拠して成長し続けることは困難な状況にあります。持続的に成長し続けるためには、固定音声通信収入の減を上回る収益、利益を成長事業の拡大とコスト競争力の強化によって生み出していく必要があります。
歴史を振り返れば、NTT西日本は営業赤字に陥った時期があり、また競争環境も厳しい状況が続いていることから、ハングリー精神、あるいはチャレンジ精神、バイタリティがあり、創意工夫しながらお客さまの信頼を得ている印象があります。そうした気質(いわゆる関西の“やってみなはれ”の精神)が、グループ会社であるNTTスマートコネクトによる自社データセンタを基盤とした「クラウド」関連事業やNTTソルマーレの「コミックシーモア」(日本最大級の電子書籍配信サイト)といった通信事業にとどまらない新たな事業を産み出し、成功させてきたことにつながっていると思います。
一方で、私たちの人員リソースは今後も継続的に減少していきます。このような状況の中、成長事業を拡大させるためには、既存事業は抜本的に業務を見直すことで徹底的に効率化を図り、生産性を最大限に向上させ、そして、創出する人員を育成し、スキルアップしたうえで、成長が期待できる新たな事業にシフトしていく必要があると考えています。
IOWNで体験する「ワクワクするような未来のコミュニケーション」
新しい年に向けて、今後はどのように展開されるのですか。
持続的に成長し続けるために、新しい変革の方向性として次の5つの柱を掲げて取り組みを進めていきます。①光サービスの成長・拡大〔光クロスの提供エリア拡大等による顧客基盤・ARPU(Average Revenue Per User)の拡大〕、②レガシー系サービスからの着実な移行、③法人事業の拡大〔ガバメントクラウドやデータ連携基盤の拡大、BPO(Business Process Outsourcing)事業、データセンタ等〕、④新規事業の創出・拡大(グループ会社事業、地域創生ビジネス、QUINTBRIDGEでの共創等)、⑤CX(Customer Experience)向上とコスト競争力強化です。
特に、法人事業におけるコンサルティング案件は受注率・受注高が大きいのでコンサル人材を増やして、コンサル起点の提案を強化していきます。これを型紙化して、ガバメントクラウド接続サービス、データ連携基盤、(小中高向け)校務系ゼロトラストマネージドサービスなどの開発・実装、横展開を行っていきます。
また、生成AI(人工知能)の活用にも注力していきます。生成AIに関する市場は、「興味・関心」から「業務への適用」への移行が進んでおり、今後、さまざまなビジネスシーンでより一層利用が進むことが想定されます。その中でNTT版大規模言語モデル「tsuzumi」は、その軽量なモデルと高い日本語性能の特徴を活かし、オンプレミス環境における機密性の高いデータを扱う業務への適用を推進し、お客さまの業務課題の解決に貢献していきます。
これまで生成AI関連についてはtsuzumiに限らず、西日本エリアのお客さまから約400件のご相談をいただいています。特に自治体、医療、大学、警察等機微なデータを取り扱う業界のお客さまからのご要望です。これらの業界の持つ特徴に合わせ、外部にデータを持ち出すことなく、独自のカスタマイズ(チューニング)を実現するというお客さまのご要望に沿った実証実験を進めています。
こうした中、山口県様とは自治体業務の効率化、課題解決への活用にチャレンジしています。具体的には、山口県様が保有する機微なデータを扱う業務の対応記録の要約・校正や、各種業務マニュアルの検索・要約等へのtsuzumiの活用を想定しています。多くの自治体が抱える生産年齢人口減少・生産性向上という課題に対し、オンプレミス環境における生成AIを活用したデジタルトランスフォーメーション(DX)推進により、秘匿性の高い情報を扱う業務についても効率化に向けて貢献してまいります。
また、医療分野では三重大学病院様と医師不足の課題解決に向けて、電子カルテの情報を基に「退院サマリ」「看護サマリ」などさまざまな定型フォーマットに合わせて出力を自動生成することで、医師の作業負荷軽減、エラー削減等、効率的な医療提供の実現により病院内のDX推進をめざしています。
2025年はいよいよ大阪・関西万博も開幕しますね。
国家プロジェクトである万博が、大阪・関西エリアで開催されることは、関西経済はもとより、低迷が続く日本経済の活性化に向けて大きな期待感を持っています。また、私たちは、大阪に本社を置く企業としても、その成功に向けて強い使命感を持っています。
現在、バーチャル万博、会場案内アプリ(パーソナルエージェント)、テーマパビリオンへの協賛、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)の協賛など、NTTグループ全体で積極的に取り組んでいますが、その中で、私たちの果たす役割は、万博会場の情報通信インフラ設計、構築、保守運用などが中心になると考えています。
加えて、夢洲・万博会場内にIOWN環境を整え、低遅延を武器に会場内や会場外がIOWNで1つになるようなイベントのお手伝いもする予定です。
例えば、会場内のパビリオン間には、同一府県内で大容量・低遅延を実現する光サービス「APN(All-Photonics Network)」を提供しています。
NTTのパビリオンでは、物理的な距離や心理的な壁を越えて、遠くの人やモノと空間や感覚を共有できる、新しい体験価値を提供します。テーマである「Natural」をリアル・バーチャルで体現し、来場者の皆様にワクワクするような未来のコミュニケーションのかたちをお見せしますので、ぜひご期待いただければと思います。
また、万博をIOWNのショーケースとして、今後はデータセンタ事業者や教育機関、放送局、建設、エンタテインメント等、さまざまな分野の企業の皆様に対し、アプローチを進めていきたいと考えています。
12月から県間含め広域での大容量・低遅延を実現する「All-Photonics Connect(仮称)」も開始します。APNを使った具体的なユースケースも増えてきており、例えば、放送業界における課題である、省人化や制作工程のDX、新たな視聴体験の提供等に対しては、複数の制作現場をAPNでつなぎ、リモートプロダクション業務のDX化について実証実験を通じて確認できており、放送事業者様にIOWNを利用いただいています。
目で見て、肌で感じて、把握した現状に基づいて経営課題を抽出
トップとして大切にしていることを教えてください。
社長就任会見でも宣言したとおり「現場主義」です。実際に現場に赴き、私自身が目で見て、肌で感じて、把握した現状に基づいて経営課題を抽出し、今はその解決に向けて全力で取り組んでいるところです。
地域のお客さまとお話をしますと、あらためて地域活性化などの社会・地域の課題解決にかかわる私たちへの期待感の大きさをひしひしと感じます。例えば、自動運転EV(Electric Vehicle)バス、森林・林業DX、ICTによる観光支援などといった地域のデジタル化のサポート、地域の活性化に向けた私たちの取り組みに対する期待の声も、たくさんいただきました。こうしたお客さまの期待感というのは、NTT東日本・西日本ともに共通するものであり、NTTの地域会社が担っている大きな使命感を実感しています。
また、支店を訪問した際、新しい変革の方向性として掲げた5つの柱を中心に社員から約900の質問、約80の改善要望がありました。これから何をしていけばいいのか、前向きに会社のために頑張りたいという思いや、大きな方向性は分かるが自分は具体的にどう頑張ればいいのかという質問も受けました。こうした支店とのコミュニケーションを含め、積極的に社員の方々の生の声・意見を聞き、社員の方々が働きやすく、働きがいのある職場環境をつくること、そのうえでルール、体制、組織文化、コミュニケーションなどあらゆる面においてさまたげになっているものがあれば、それを取り除くために動く・判断すること、これがトップとしての役割だと思っています。社長就任して約9カ月が経ち、こうした取り組みや思いが徐々に浸透してきたと思っています。
そして、私は仕事をするうえで「スピード重視」で取り組むこと、そのために「走りながら考える」ことも大切にしています。従来型の設備投資を中心とした通信ビジネスに加えて、新たな発想や知恵・工夫を凝らした周辺ビジネスへの拡大に向けては、「設備」だけで稼ぐことから、「人」で稼ぐことを拡大していくことが必要で、そのためにはマーケットの動きにいち早く対応するスピード感が必要となります。それを踏まえると今は大きな転換点です。
会社(事業構造)の変革という大きな目標の実現には、目の前にある小さな課題を1つひとつ解決していくことが肝要です。大きな変革をめざして、社員と一緒に走っていきたいと考えています。
改めましてご自身の強みをどうとらえていらっしゃいますか。また、お客さま、パートナーの皆様へメッセージをお願いします。
私の強みは、NTT西日本グループ以外の勤務経験を活かせることだと思います。NTT東日本・西日本それぞれの良いところをしっかりと組み合わせるなど、両社が今まで以上に連携すれば、より良い解決・変革につなげていけると考えています。
例えば、将来のコスト競争力強化に資する施策として、今後老朽化設備対策およびDXの推進施策で約100億円の支出を見込むとともに、さらなる持続的成長に向けた施策も検討し、その他の取り組み等も含め2027年度までに300億円以上のコスト改善効果の創出をめざしています。
また、NTT持株会社の総務部門長時代に新しい人事制度やリモートスタンダード等の制度を創設した経験も、自律的なキャリア構築、抜擢、実力主義で頑張っている人が報われるような環境づくりや、リモートを活用した働きやすい環境づくり・定着に寄与できると思います。
私たちNTT西日本はNTTグループにおいてもっとも地域に密着した会社として、地域社会やお客さまに新たな価値をお届けするために、IOWNやtsuzumi等、NTTグループの研究・開発成果の社会実装に全力で取り組んでいきます。それに向けて、研究者・開発者の皆さんには引き続きサポートをお願いします。
一方で、私たちだけでやれることには限界があります。私たちがフロントに立って道を切り拓いていきますので、業種・業態・事業規模などにかかわらず思いを同じくする方々とぜひ一緒に取り組んでいきたいのです。オープンイノベーションによる共創の実現、パートナー連携や取り組みの加速を推進し、豊かで、持続可能な地域社会の実現に貢献していきたいと考えています。
(インタビュー:外川智恵/撮影:大野真也)
柔らかい笑みを湛え、穏やかかつ明瞭にお話になる北村社長。インタビューの前後、周囲の方々の目をしっかりと見つめ、深々と何度もご挨拶をされていました。そんな北村社長は今「組織や立場の壁を取り払うための『さん付け』活動」に取り組まれているそうです。立場にかかわらず礼を尽くし、話しやすい雰囲気を醸してくださるご姿勢を体現され、企業風土を培っていらっしゃることが伝わってきます。
休日は奥様とともに片道1時間程度は歩かれるとか。「私は路地裏を歩くのが好きで、B級グルメに目がないのです。ラーメンも好きなんですよ」と、路地裏を尋ねる楽しさを教えてくださいました。就任直後に能登半島の被災地へ、そして、3カ月後には全支店へのキャラバンを展開されたことからも分かるとおり、ご自身の目で見て確かめることを大切にされる北村社長はプライベートもまさに現場主義。たくましく日焼けしたお姿は、ご趣味のマリンスポーツではなく、こうした日々の取り組みによるものとのこと。信念は姿にも表れると知り、身の引き締まるひと時でした。