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大容量通信時代の基盤となるマルチコア光ファイバと電力増加を抑制する増幅の研究

現在の通信を支えている光ファイバは、1本のファイバの中に光の通り道であるコアを1つだけ持つシングルモード光ファイバ(SMF)ですが、SMFの伝送容量限界値は100Tbit/sといわれています。一方、通信量は今後ますます増大する傾向にあり、2030~2040年には、現在のSMFをベースとした通信の限界を迎えるといわれています。これに対応するために、1本の光ファイバに複数のコアを配置するマルチコア光ファイバ(MCF)の開発が進められています。1本の光ファイバに最大12コアを配置したMCFを研究・開発し、併せて、コア数の増加に起因して増大する消費電力を抑制する光増幅器を研究・開発されている坂本泰志特別研究員にお話を伺いました。

坂本泰志
NTTアクセスサービスシステム研究所特別研究員

PROFILE

2006年大阪府立大学工学研究科電気・情報系専攻博士前期課程修了。同年、日本電信電話株式会社に入社。2012年同大学にて博士後期課程修了。博士(工学)。現在に至るまで、高速・大容量通信のための次世代光ファイバの研究に従事。2012~2023年ITU-T(International Telecommunication Union Telecommunication Standardization Sector) 、IEC(International Electrotechnical Commission)での国際標準化活動に従事。2022年横浜国立大学理工学部非常勤講師。2024年国際論文誌(IEEE Journal of Lightwave Technology)Associate Editor。

従来の限界値を10倍以上にする次世代光ファイバをめざす

■ご自身の研究テーマである「次世代光ファイバの研究」について教えてください。

私は、今よりもはるかに大量のデータが流通すると想定される2030〜2040年をターゲットとして、その時代の大容量通信を支える次世代光ファイバの研究をしています。光ファイバによる「光通信」は、1985年の400Mbit/s光中継網の全国展開をはじめとして、中継網から導入が進みましたが、アクセス網への光ファイバは法人向けの高速回線から導入が進み、一般向けは主として電話回線用に集合住宅の入り口までの導入に始まり、ブロードバンドインターネットの普及に伴い、2000年ごろからFTTH(Fiber To The Home)のサービスが全国的に展開されてきています。そして、こうした流れは日本が世界を先導するかたちで展開されてきており、そのベースとなっているのがNTTの研究実用化の成果です。
さて、光通信は光ファイバの両端に伝送装置を接続したシステムで実現されているのですが、さまざまな技術の進展により今も光通信の性能は向上し続けています。一方で、最近はAI(人工知能)やSNS・動画配信などが普及し、ネットワークを流通するデータ量が増大し、2030年代には現在の光通信容量に限界がくるといわれており、私はそれを克服するための次世代の光ファイバを研究しています。私が研究している光ファイバは、長距離・中継系の通信区間で用いられる大容量の光ファイバです。光ファイバの研究というのは、いわゆるハードウェア研究であり、実際のモノ(光ファイバ)の設計と試作・評価をしています。
光ファイバは直径が髪の毛位の太さの1本のガラス繊維のような形状で、その中に直径約10μmの「コア」と呼ばれる光の通り道があり、その周囲はクラッドと呼ばれる別の成分を含むガラスで覆われており、さらにファイバへの外圧や温度・湿度等から保護するための被覆がなされています。現在導入されている光ファイバは1本のファイバの中にコアを1つ配置した、シングルモード光ファイバ(SMF)が主流です。そして、増強のための鋼線等とともに複数の光ファイバが束ねられ、全体を厚い被覆で覆ったケーブルが構成され、それが地下や電柱間に配線されることになります(図1)。さて、1本のSMFで送信できる信号量である伝送容量は、技術の進歩により増大してきていますが、その限界が100Tbit/sといわれており、現在ではほぼ限界に近い状態です(図2)。今後通信量はさらに増大傾向にあり、2030年代には1本の光ファイバ当りの通信需要は100Tbit/sを超える、つまり伝送容量限界を超えるといわれています。この限界突破に向けた方策の1つが、1本の光ファイバに複数のコアを配置して空間分割多重とする、マルチコア光ファイバ(MCF)であり(図3)、私は10年ほど前から次世代光ファイバとなるMCFの研究を進めてきました。
SMFでは、直径約10μmのコアは、光ファイバの断面の1%未満の領域のみしか利用できていません。MCFはSMFの断面積の99%超を占めるクラッドの部分にコアを配置することになります。その際、ケーブルを通す地下管路の直径等のインフラ、接続コネクタ、施工方法等からの制約により、1本の光ファイバの直径は既存のSMFの0.125mmと同じ寸法にする必要があります。
光の信号は、コアとクラッドの境面を光が反射を繰り返すことで通過していきますが、ファイバの曲げが大きいと光は反射せずに屈折して境面を通過します。その他の原因でも境面から光の漏れが生じます。ファイバの直径が0.125mmという制約の中で、複数のコアを配置するとその離隔距離が近い場合、こうした光の漏れ等により信号の混信、減衰等が発生します。これを回避するために、コアどうしの離隔を一定以上確保した配置にする必要があります(非結合型MCF)。直径が0.125mmのファイバでは最大4コアを配置することができます。しかし、今後の通信量の増大傾向を見ると、既存SMFの10倍以上のコアが必要となります。そこで、混信を避けるのではなく、混信が発生するという前提で、混信のさせ方を工夫することで受信時に信号を分離させることを可能とする方式(結合型MCF)を考案し研究を進め、12個のコアを配置した12コアファイバを実現しました(図4)。
結合型MCFの研究においてポイントとなったことは、これまではコアごとの独立した通信から、信号分離のためにコア間の混信のさせ方を工夫する必要があり、光ファイバの設計技術(コアの配置方法等)を新たに見直す必要が生じたことでした。研究当初ではこのあたりの苦労が大きかったと記憶しており、シミュレーションして試作する際に特性がなかなか予想どおりにはならない状況でした。一方で、見当なく試行錯誤を繰り返しても徒労が多くなるばかりなので、仮説を立てて設計・試作・評価し、結果が仮説と違った部分の原因を追求することで、正しい設計に近づけていきました。最終的には、12コアファイバの試作と性能実証に成功しており、10倍以上の容量を持った次世代光ファイバ実現への貴重な一歩となっています。

12コア光ファイバの研究と、増幅用光ファイバの省電力化

■ご自身の研究の強みを教えてください。

私の研究でもう1つ特徴的なのは、通信性能を向上させるMCFの研究に加えて、省電力化も目標にしている点です。光ファイバに光信号を通すと、光の強度が減衰して光信号は遠距離には届きません。このため、実際の光ファイバ網では数10kmごとに増幅器が設置されており、大陸間を結ぶ海底ネットワークのような数1000kmの通信もこれにより実現されています。
増幅はコアごとに流れる信号を単位として行われるので、今後MCFを用いて通信容量を拡大していくということは、増設するコア分だけ増幅器が必要となり、その分だけ消費電力も増大します。昨今、エネルギー消費に関しては地球環境保護などの社会的な課題にもなっているので、増幅器における消費電力を減らす研究も必要です。
光増幅器は光を電気などに変換せずに「光のまま増幅」するため、光ファイバを用いています。ただ、光増幅用の光ファイバは通信用の光ファイバとは異なる種類のもので、特殊な材料が加えられたコアにエネルギー源となる別の光を入射することで信号光を増幅します。この際に発生する別の光を励起光(れいきこう)と呼び、この励起光を発生させるレーザによる消費電力の増加が問題となっています。しかし、通信路をMCFに改良できるように、増幅器用光ファイバもMCFに改良することで、すべてのコアを一括して増幅することが実現できます(クラッド励起方式)。すでに、通信用12コアファイバの実現に加えて、同じく12コアの増幅用光ファイバを作製し、従来どおり12台の増幅器を並べるより省電力な増幅ができることを実証しました(図5)。
そのことから、私の研究は大容量のデータを送れる次世代光ファイバの研究に加え、社会的課題であるCO2の削減につながる省電力化にも貢献できるのではないかと考えています。

■この研究における現時点の成果や、これからの展望を教えてください。

最近では、作製したファイバを用いて他企業とも連携し、世界初12コア光ファイバによる数1000km以上の長距離伝送実験など通信システムの性能実証を進めています。また、12コアファイバをケーブルに入れて、実際に研究所敷地内のとう道(通信用地下ケーブルを大容量で収容できるトンネル形式の通信土木設備)へのケーブル敷設や、屋外環境(電柱間など架空区間)を模擬した設備を構築・ケーブル敷設し、実際に伝送実験を行っています。ただし現在の伝送実験検証では、光増幅部分において従来方式であるコア数分の増幅器を用いて増幅する形態をとっています。今後はMCF増幅器を用いて伝送容量や通信距離と省電力の両立性の検証を行い、光ファイバ単体での性能を示すだけではなく、その他周辺技術とも歩調を合わせて検討を進めていくことが重要だと考えています。
本技術に関しては、大容量・省電力をめざしたIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)が社会に実装される2030年までに確立していきたいと考えています。

従来技術や周辺技術との整合性を考慮する

■研究における課題や、解決すべき問題を教えてください。

光ファイバの通信路は耐用年数が非常に長く、一度導入すると数十年利用するため、新技術の導入タイミングは多くありません。私は入社してから継続して光ファイバを研究していますが、大規模な新規光ファイバの導入は経験していません。最近では、MCFに関して導入を進めていこうとする動きがみられ始めており、光ファイバ研究者としては希望を感じています。しかし、実用化の障壁は高く、一度入れたら長期間変えられないという前提の通信インフラに対して、施工・運用・メンテナンス等を含んで考慮すべき要素が多数あります。
そのため、研究を進めるにあたって、従来技術や周辺技術との整合性を考慮することが非常に重要です。通信システムは光ファイバだけでは構築できず、送受信機・光増幅器・その他デバイスなどほかの技術との組合せによって成り立ち、光ファイバだけの都合で勝手に進められるものではありません。例えば、通信用の光ファイバの太さは従来と同じとすることを前提としています。もし太さが変わってしまうとケーブルの太さや製造方法などにも大きな影響を与えるためで、昔の研究者からつないできた従来の技術や規格がすべて変わってきてしまい、通信事業者としてもインフラの持続性を損なってしまいます。一般的に研究は革新的なものに取り組むイメージがあるかもしれませんが、光ファイバの研究開発という領域に関しては「変えてよい部分」と「変えてはいけない部分」のバランスが難しく、ただ性能が高ければよいわけではありません。例えば、ファイバを太くして100コアのファイバを開発したとしても、実用化はできないでしょう。これは、通信自体が家電製品などの単体で動作するものではなく、複数のものが連結・連携して動作するという形態をとるため、すでに世の中にある古いネットワーク・装置との整合性も考えなければならないということが通信事業者として重要とされているからです。かといって、今までどおりの考えに縛られてしまうと、飛躍的な性能向上は達成できないということにもなってしまいます。
光ファイバの研究者としては従来の整合性を保つことと、その枠から外れて革新的なことをしたいというバランスが難しい問題です。光ファイバの世界には「守らなければいけない蓄積・技術がある」と考えており、それは私たちのグループが大事にしているところです。12コアは今までにない“信号を混ぜる”というコンセプトを使っているため、今まで検討してこなかった新たな規格を考える必要が生じてくると思います。従来の技術と親和性の高い4コアや、一桁以上の性能改善のための12コアファイバなど、さまざまなオプションを想定しつつ、実用化を見据えて検討課題をクリアしていきたいと考えています。

■最後に、研究者・学生・ビジネスパートナーの方々へメッセージをお願いします。

通信事業者自身がこれだけ研究開発を大切にし、なおかつ次のシステムの開発をめざすのは、世界をみても稀であり、NTTならではのすごさだと考えています。私自身も“研究者を育成していこう”という会社の意向をとても感じますし、研究テーマを考える自由度があり、自ら考えて多様性を発揮できる場所でもあります。
NTTでは、一般には他部署に異動したり、子会社に移ったりすることもありますが、私は、同じ研究所でずっと研究を続けているため、やりたい研究をさせてもらえていると感じています。逆にいえば、研究以外の経験がないため、実用的な視点が不足しており、その点で周りの方からのサポートは必須ですが、周りを見ればさまざまな経験・知識を持っている人材が豊富で、厚みのある組織だなと感じるところです。研究のみを進めてきた経験を、ある種の観点では負い目に感じる部分はありつつも、ある意味研究所っぽい人材となっていることが感じられ、研究所の懐の深さが感じられます。
通信システムの中で光ファイバというのはほんの一要素でしかないため、関連分野を研究開発されているビジネスパートナーの方との議論は非常に重要であり、これからも引き続き積極的に連携させていただきたいと考えています。インフラとして重要な通信ネットワークを長期的に持続的な発展を実現するためにも、厳しい意見なども含めて率直なご意見をいただきながら、筋がよいものをお互いに見極めながら進めたいと考えています。
私は正直ラッキーで恵まれているほうだと思うのですが、恵まれていると思い込むことも重要だと思うこともあります。学生や若い研究者の皆様には“やりたいことをやっているという気持ち”や、“ワクワクする気持ち”を大切にしてほしいと思っています。人はワクワクして仕事をしているかどうかで、その人の能力は数倍変わると聞いたことがあります。そういうと、やりたい仕事だけをやればいいのか、と思うかもしれませんが、“いろいろなことにワクワクする”という能力を身に付けられるかどうかだと思います。いろいろな仕事を進めるにあたって、思考が後ろ向きになってしまうこともあるかと思いますが、そのときに前向きな気持ちになることを大切にしていれば、いずれ自分の経験として活かせます。私自身、一般企業の研究所としてのミッション・都合や自分の意向がある中での研究に難しさや悩みはあれど、基本的には研究という仕事を楽しんでやっています。何かの機会に一緒にワクワクしながら仕事ができることを楽しみにしています。

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