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挑戦する研究者たち

量子アニーリングなどの技術を電波伝搬の世界に適用した「リアルタイム無線品質推定基盤技術」を活用して周波数利用の限界突破をめざす

移動通信等で使用される電波は有限のリソースとして、ITU-R(International Telecommunication Union - Radiocommunication Sector)においてグローバルで用途に応じた周波数の割当・登録が行われ、それを各国に適用してそれぞれの事情に合わせて利用しています。昨今は、移動通信サービスをはじめとした電波を利用するサービスがその数、種類ともに急速に拡大しています。技術の進歩により新たな周波数帯が開拓され、割り当てられてはいるものの、周波数リソースは空き領域のないひっ迫した状態が続いており、将来のさらなる電波利用の拡大に向けて、この課題解消は急務となっています。量子アニーリングなどの技術を電波伝搬の世界に適用した「リアルタイム無線品質推定基盤技術」を活用して、既存周波数の有効活用や新規周波数帯開拓に挑む、NTTアクセスサービスシステム研究所 山田渉上席特別研究員に、リソースの限界突破へのアプローチ、ゴールを想定してそれに必要な技術を見つける研究スタイル、新しいことに前向きにチャレンジし続ける思いを伺いました。

山田 渉
上席特別研究員
NTTアクセスサービスシステム研究所

周波数や環境でそれぞれ異なる電波の飛び方を分析・数式化する「電波伝搬」の研究を基本として、周波数リソース不足の課題解決

現在、手掛けていらっしゃる研究について教えていただけますでしょうか。

周波数や環境でそれぞれ異なる電波の飛び方を分析・数式化する研究分野である「電波伝搬」を基本の研究領域としています。電波伝搬の研究は大きく①無線装置・システムの設計・評価のためのシミュレーション用チャネルモデル、②周波数リソース共用に向けた同一システム・異システム間干渉伝搬検討のための干渉評価用モデル、③無線ゾーン・回線設計のための伝搬モデルの3つの領域に対する研究に分類することができます。このうち①と②の領域については、システム開発、システムの共用や評価に関する技術であり、さまざまな技術を横並びで評価するための土台となるものなので、標準化を対象とした技術となります。そして、③の領域については、システムの運用に関する技術であり、競争環境における差別化領域となります。
私の研究テーマとしては、まず2050年ごろの「地上端末、有人エアロモービル・ドローン等が無線ネットワークに接続され、都市内の3次元空間を所狭しと飛び交う世界(2次元のモビリティから3次元のモビリティ)」を想定しました。その中でIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)時代に求められるすべての端末がストレスなくつながり続ける無線通信サービスの実現に向け、「面的なエリア形成と無線リソース制約からの解放」といった無線通信システム進化の方向性を定義し、必要となる技術として、「場所・時間で複雑に変化する無線品質をリアルタイムに把握・予測し、周波数などの無線リソース制御を最適に行う(干渉からの解放)ための技術」を設定しました。
こういった背景から具体的な研究内容として、これまで確立してきた電波伝搬技術を基盤とし、無線リソースの最適化技術や新規開拓により無線リソースの制約から実質的に解放された無線通信を実現することをめざして、「リアルタイム無線品質推定基盤技術」「無線リソース動的制御技術」「新規無線リソース開拓」に取り組んでいます。
「リアルタイム無線品質推定基盤技術」について、現実空間を仮想空間上に再現し、仮想空間で行われるシミュレーション等の結果を現実空間にフィードバックすることで、現実空間を最適に制御するサイバーフィジカルシステムを無線の世界に適用して、世界初となるリアルタイム無線品質推定基盤を実証し確立するものです。無線の世界でのサイバーフィジカルシステム自体はBeyond 5G(第5世代移動通信システム)や6G(第6世代移動通信システム)においても検討されています。しかし、都市空間でビルの屋上から電波を発出すると、ビルの表面にある凹凸、街路樹等による反射や遮蔽、あるいは道路を行き交う車等受信側の移動により、電波の伝搬は時々刻々と変化し、それが無線通信の品質に影響を与えます。これを仮想空間でシミュレーションするには、ビルの微小な凹凸や窓の位置、車の動き等をモデル化する必要があり、かなりの困難を伴います。さらに仮にこれらのモデル化が実現できたとしても街レベルのサイズで再現してシミュレーションする場合は、数日ないしは数カ月のレベルで計算時間が必要となるという、リアルタイム化に向けては大きなハードルがあります。
そこで私たちは、電波の送信から受信までの電波の通り道として無数に存在する伝搬経路ごとのエネルギー減衰量に着目し、エネルギー減衰量が最小化する問題に帰着させることで、量子アニーリングによる最適化問題の解法を適用可能となるため、これを使えばシミュレーションを格段に高速化できると考えました(図1)。これに取り組んだ結果、シミュレーションに要する時間を100万分の1以下にできるレベルまで技術を完成させることができました。無線リソース制約からの解放を実現するための無線品質推定には振幅と位相の2つの情報が必要と考えますが、現在のところ振幅については対応可能となり、これを前人未到の領域である位相レベルまで対応させる新たな技術の確立にチャレンジしています。

「無線リソース動的制御技術」「新規無線リソース開拓」はどのような技術でしょうか。

無線通信においては、使用する周波数は有限のリソースであるため、移動通信のように利用者の急激な増加、特定エリアへの集中や高速・広帯域化に伴い、このリソース不足が大きな問題となっています。これに対応する方法は、既存の周波数リソース再利用拡大と新規周波数帯の開拓があります。
「無線リソース動的制御技術」は、周波数の再利用のための技術です。位置情報等と前述の無線品質推定基盤上での高速推定で得られる振幅位相情報を活用した干渉回避・干渉抑圧の実現により、無線リソースの究極の再利用を図り、安定した無線伝送品質を提供する技術です。
同一の周波数帯の異なる電波どうしがぶつかることで相互に影響を及ぼす干渉は、一定の品質を保った無線通信を行ううえで常に大きな問題となっています。周波数リソースの再利用を行ううえでは、①所望の端末以外に電波を到達させないことで干渉を回避する、②受信された電波のうち不要なものを同振幅逆位相の電波により除去することで干渉を抑圧する、③電波を使用する時間を制御してリソースの空白域(時間)を創出し、複数システムで同じ周波数を共用することで、電波の再利用を図ります(図2)。これらを行うために、リアルタイムの受信端末の位置情報と振幅位相情報が必要となり、リアルタイム無線品質推定基盤技術を活用することで実現します。
周波数の利用については、ITU-R(International Telecommunication Union - Radiocommunication Sector)においてグローバルで用途に応じた割当・登録が行われています。既存の技術で利用可能な周波数はほぼすべて使われていて、新規のシステムやサービスへの周波数の割当てが世界的にも難しい状況になっています。日本においては、30GHz以下に空き周波数がほぼ存在しません(図3)。そこで、電波伝搬特性が未確立で活用が十分とはいえない高周波数帯を中心として、特に6Gでの活用が検討されているサブテラヘルツ帯(100GHz超)の国際標準伝搬モデル化などをとおして、無線通信システムへの新規周波数割当ての実現に貢献するのが「新規無線リソース開拓」です。
新規無線リソース開拓では、NTTグループの電波伝搬関連技術をITU-Rの重要勧告へ反映する活動がメインとなりますが、そのベースとなるサブテラヘルツ帯の測定も実際に進めています。周波数が高くなると電波伝搬に擾乱を与える要因が増加して、伝搬距離が伸びない傾向にはあるのですが、その使い方によっては無線通信システムとして十分使えると考えています。ただ、ビルの陰等見通しがなくなる状況においては電波の回折による減衰が大きくなることが実験の中においても明らかになっています。一方、サブテラヘルツ帯の特有な現象としては、波長が非常に短いので、これまでの携帯電話で使われているような周波数帯ではビルの壁等を平面として電波を反射していたものが、壁の表面の凹凸により反射するようになり、その結果通常の壁でも電波が散乱し、回折しないにもかかわらず予想以上に電波が伝搬することも分かってきています。この特徴を活かしたサブテラヘルツならではのユースケースがあるのではないかと思っています。
さて、標準化の活動として、私は2006年より、ITU-R会合参加の日本代表団のメンバーとして、ITU-R SG(Study Group)3(電波伝搬)傘下のWP(Working Party)の各種議論に参加しており、特にWP3K(ポイント-エリア伝搬)では副議長、その配下のSWG(Sub Working Group)3K3(屋内屋外短距離伝搬)などで議長をやらせてもらっています。また、SG5(地上業務)傘下のWP5D(IMT:International Mobile Telecommunications)にも活動範囲を拡大し、5Gへの新規周波数開放、6Gへの新規周波数開放の議論を行ってきています。これらの活動を通して継続的な新規無線リソース開拓にも貢献していきたいと思っています。

こういった研究の成果は今後どのように展開されていくのでしょうか。

これまで取り組んできた研究、特に、電波伝搬関連技術を設計・評価のみならず、現実空間とシミュレーション空間融合を無線伝送・電波伝搬へ適用したことは、電波伝搬技術を新たに伝送へ活用する新領域開拓、従来の計測を基本とするアプローチからデータドリブンのアプローチへの転換による新たな無線伝送方式の確立、無線リソースの制約から解放されることによる無線性能限界の打破、につながりますので、研究コミュニティ活性化に大きな貢献をできると思っています。そして、無線通信サービスを従来のベストエフォート型から高信頼型へと進化させるとともに、無線リソースの制約を受けない無線通信を実現し、通信関連市場全体の拡大への貢献も視野に入れていきたいと思います。
また、周波数リソースの観点では、現在は携帯電話ではプラチナバンドと称して低い周波数のほうがその伝搬特性から経済価値が高いような言われ方をされていますが、ここの周波数のリソースを動的に干渉からフリーにして周波数のリソースを極限まで使えるようにし、さらにその利用を陸上の面的なところから、上空の空間的な領域にまで広げていくことにより、高い周波数を含めて周波数の全体的な経済価値を底上げしていく、それが電波伝搬関連技術の研究により実現できると思っています。

研究のゴールを想定して、それに必要な技術を専門外の人とのかかわりも含めて整理して、チャレンジし続ける

研究者として心掛けていることを教えてください。

私は日常生活の中で、例えば家電の反応が遅い等、不便なことを感じると、それを技術で何とか解決できないか、ということに意識を向けることを心掛けています。そのうえで、「こうしたら解決できるのではないか」という解決策と解決の可能性を考え、解決できそうであればそれに必要な技術は何かを考えています。日常生活の中では可能性があったとしてもすべてが解決できるわけではありませんが、この思考は研究活動においては重要なものと思います。研究テーマのゴールを明確に定義することが可能となり、そこに向けてのアプローチを整理する中で時間的にもリソース的にも最適なアプローチを選択できるようになります。研究活動においては時間もリソースも限られているので、この発想が非常に役立っています。
これと併せて専門外の領域の動向も意識しています。「リアルタイム無線品質推定基盤技術」における量子アニーリングはこの一例で、全く専門外の量子アニーリングという技術があることを知り、興味を持って勉強し、前述の課題解決のゴールに向けたアプローチを検討する中で、無線品質推定に使えるのではないかということに気付きました。最近の研究は特定の専門領域の中だけでは完結できないものが多いので、他の技術との組合せを考えるうえでは、外部動向を意識することは必須ではないでしょうか。また、学会等へ参加することで専門外や社外の人とのかかわり合いを持つことも重要です。外部動向の情報収集のみならず、外部の専門家の知見を積極的に借りながら連携を進めていくことで、お互いに良い刺激をもらい、それが新しいアイデアにつながっていくことがあります。
それから、新しいことに前向きにチャレンジし、それをやり続けるということを意識しています。20年近くITU-Rにおける標準化にかかわっていますが、きっかけは上司からの打診です。当初は、標準化とは何なのかさえわからず、研究でトップデータを競い合うようなものでもなく、興味もなかったので、3回くらい会合に参加してみようかといった軽い気持ちでした。ところが、そのまま継続して5回、10回と回を重ねるごとに成果が出るようになり、それに伴いコミュニティ等において周りが認知してくれるようになり、その結果自分の存在感が上がっていくという実感がありました。最初は興味のないことでも、継続することで興味もわき、前向きに取り組んできた結果であり、この思いを常に持ち続けていたいと思っています。

未来をイメージしてそれを実現する研究を楽しく進める

後進の研究者へのメッセージをお願いします。

自分が望む未来をイメージして、それをつくり出す、実現するような研究に取り組んでほしいと思います。その結果が研究者として現役を引退した後に出るものであっても構いませんし、すべてが実現しなくてもその一部でも構いません。研究は基本的には目の前のことではなく、何年も先のことに取り組んでいます。つまり、未来をイメージしなければそのゴールも見つけることができません。そして、何よりも研究は今ではなく未来への貢献をめざすものなのです。
そして、ワークライフバランスを意識しながら楽しく研究を進めてほしいと思います。研究に没頭すると、ついプライベートの時間にも研究のことを考えがちになるかと思いますが、それが続くことで視野狭窄に陥って、行き詰ってしまうかもしれません。プライベートな時間にリフレッシュすることで、周囲から良い刺激を受けることができるようになり、それにより別の視点から研究対象を見ることができるようになり、新しい発想が生まれるのではないでしょうか。研究に対して前向きに取り組むことで、ワークライフバランスにより得た余裕や刺激を活かすことができるのですが、そのためにも楽しく研究を進めることが大切だと思います。

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