2025年2月号
挑戦する研究者たち
既存光ファイバと同外径の4コア光ファイバの早期実用化と、光給電技術の高度化に挑む
生成AI(人工知能)の進化に伴うデータセンタ間のデータ伝送量の増大や、XR(Extended Reality)の普及によるデータ伝送量の増大に対応するために、ネットワークの通信容量拡大の必要性が高まってきています。通信容量拡大には伝送システムの性能向上のほかに、伝送媒体である光ファイバそのものの能力向上も重要な要素となります。これまで、光ファイバ中の光の通り道であるコアを空間的に複数配置するマルチコア光ファイバ(MCF)が開発され、世界最高の12コアを配置したMCFも登場しています。また、光ファイバを透過する光の散乱を利用した損失等の計測といった、非通信応用技術も確立されてきました。このような環境において、4コアMCFの既存技術活用による早期実用化と、光ファイバによる給電という新たな非通信応用に挑む、NTTアクセスサービスシステム研究所 中島和秀上席特別研究員に、4コアMCFの早期実用化に向けた要素技術、光給電技術、光ファイバの国際標準化、そして研究における「接点」の重要さと、それを体現する意識を伺いました。
中島和秀
上席特別研究員
NTTアクセスサービスシステム研究所
直径125 ㎛の4コア光ファイバ技術をオンサイトで利用可能なレベルで確立し、早期実用化をめざす
現在、手掛けていらっしゃる研究について教えていただけますでしょうか。
基本的な研究領域は、「光伝送路の持続的な大容量化」「光ファイバへの機能付与による新たな価値創出」「国際標準化の推進」で、現在は主として「マルチコア光ファイバの実用展開」と「マルチコア光ファイバの非通信応用」に取り組んでいます。
私たちは、大容量化については1本の光ファイバの中に光の通り道であるコアを複数設ける、空間分割多重光ファイバ(マルチコア光ファイバ:MCF)に関する研究を進めており、前回(2022年2月号)のインタビューでは、大容量化の極限値を追究して1本の光ファイバに10モード伝搬可能なコアを12個設けることで、従来の100倍以上のポテンシャルを持つ光ファイバを実現したことをお話ししました。
さて、10モード・12コアのMCFは直径220 ㎛の光ファイバで実現したのですが、既存の光ファイバは直径125 ㎛です。既存光ファイバと同じ直径であれば、製造・敷設・接続等において活用できる既存技術が多いため、早期実用化を実現することができます。そこで、直径125 ㎛の光ファイバに4コア(シングルモード)設けた光ファイバをめざして研究を進め、製造技術としてはほぼ実用化レベルに至りました。光ファイバのフィールドへの導入・展開にあたっては、光ファイバどうし、光ファイバとレーザ光の送受信デバイス等との「接続」が非常に重要な要素になります。光ファイバどうしの接続では接続点におけるコア断面のズレにより、光の漏れが発生することで光信号の伝送損失が大きくなるため、光ファイバの10分の1以下の直径のコアを、ズレを最小化して接続することが必須になります。これはレーザ光の送受信デバイス等との接続においても同様です。4コア光ファイバにおいては、空間的に配置された4つのコアすべてに対してこれを行うことになります。
4コア光ファイバによる光伝送路を構築(実用化)するためには、「側面画像調心技術」「地下クロージャ」「FIFO(Fan-in/Fan-out)デバイス」「局内接続架」の4つの要素技術を、オンサイトで利用可能なレベルで設計技術を確立させる必要があります(図1)。
側面画像調心技術は、対向する2本の4コアMCFの側面画像を観測・解析することで4つのコアの位置を特定し、自動で対向するコアの位置を回転調心することで、接続する4コアMCFのすべてのコアのズレを極小化する技術です。回転軸方向の座標の自動調整の概念は8年ほど前から考案し、回転角度の位置ズレを0.5 度以下で調心できれば実用化できるところまでは確認していました。従来技術では、光ファイバの端面を直接観察して回転軸方向の調心を行うことが一般的でしたが、端面観察のための光学系を組み込む必要があり、小型・可搬型の融着接続器への組み込みは困難でした。そこで、4コアMCFをターゲットとして側面画像調心技術を検討・開発しました。図1の4コア光ファイバの断面の黒い点(マーカ)を基準にそれぞれのコアに番号を付与し、側面画像において接続点におけるコアの輝度分布解析を行い、接続されるファイバ双方において輝度分布が一致する回転角度を導出することで、自動調心が行われます。本技術を汎用的な光ファイバ融着接続器に組み込むことにより、実験環境や工場だけでなく、オンサイトでMCFどうしの恒久接続を実現することができます。
地下クロージャは、MCFを実装した細径高密度光ケーブルどうし、もしくは既存のシングルモード光ファイバ(SMF)ケーブルとの地下設備内における接続・分岐を行うものです。4コアMCFは既存光ファイバと同じ外径であるため、地下クロージャのMCF化においても既存の地下クロージャの基本構造を効率的に流用することができます。
FIFOデバイスは、NTTイノベーティブデバイス社との連携により、石英系PLC(Planar Lightwave Circuit)導波路を高さ方向に積層し、1層目と2層目でそれぞれ2コアずつを合分岐する構成を実現し、1本の4コアMCFと1個のコアを持つ既存SMF4本との合分岐を行うものです。石英系PLC導波路は既存の光伝送システムにおける光パワー分岐などにも広く利用されており、高信頼で量産性にも優れる特長を持っています。
局内接続架は、MCFケーブルを局内設備で終端し、架内に実装されたFIFOデバイスを介して既存SMFとの相互接続を行うものです。FIFOデバイスにより4コアMCFを直接コネクタ接続することで、接続に要する断面積を既存光ファイバの場合に比べ4分の1以下に省スペース化できます。
私たちは、2024年にこれらの要素技術を、光ファイバの基本的な設計技術としてオンサイトで利用可能なレベルで確立させ、2027~2028年のフィールドへの展開に目処をつけることができました。
新たなマルチコア光ファイバの非通信応用技術としての光給電システム
「マルチコア光ファイバの非通信応用」はどのような技術でしょうか。
通信用と給電用の2種類の光信号を1本の光ファイバで伝搬する技術です。この技術は、通常の光通信(光給電を必要としない光通信)にも既存の伝送装置と組み合わせて使用することができます。また、各コアが独立して(コア間で光信号の混信を生ずることなく)使用できるため、任意のコアを給電用にも通信用にも、あるいはその双方に割り当てることができます。この技術の基本的な考え方は以前からありましたが、従来の技術では、入力光がある光強度(しきい値)を超えると、入力光が違う波長の光に変換され、出力側の光強度が飽和してしまうため、10 ㎞以上離れた場所に1 W以上の電気電力を供給することは不可能でした。
実験では光給電量を最大とするため、4コアに波長1550 nmの給電用の光源を入力しました。さらに、通信波長を1310 nmとし、2つのコアをそれぞれ上りおよび下り信号に割り当てることで双方向の光通信を実現しました。このため、4コアMCFで、2組の双方向伝送システムを構築することができます(図2(a))。
伝送距離と供給電力の積で表す光給電能力は、MCFの適用で単位断面積当りの供給電力を最大化し、光給電効率の劣化要因となるシステム内の戻り光を抑制することにより、世界トップの性能指数である14 W・km(14km伝送後に約1 Wの電力)を得ることができました(図2(b))。
さらに、自己給電による伝送速度として、現在、一般ユーザ用にサービス提供している光通信の最高速の伝送速度である10Gbit/sの双方向光通信も実証しました。実験では、2コアで上り下りの1システムの構成により、14km伝送後で良好な伝送特性を確認しました。伝送速度と伝送距離の積を自己光給電伝送における伝送性能の指標と考えると、世界最高の伝送性能140Gbit/s・kmを実現することができました(図2(c))。
この技術により、災害時・緊急時には、電源回復が困難なエリアに通信ビルから給電光を送出することで通信装置を遠隔駆動しネットワークのレジリエンスが向上できます。また、将来的には平時においても河川・山間部などの非電化エリアや、強電磁界や腐食などによる電化困難エリアなど、あらゆる場所で光通信を提供可能とすることができ、多様なIoT(Internet of Things)機器と連係したセンシングネットワークの実現にも貢献できると考えられます。
国際標準化の活動も継続されているのでしょうか。
引き続きITU-T(International Telecommunication Union - Telecommunication Standardization Sector)のSG(Study Group)15(Transport、access & home)のWP(Working Party)2において「Characteristics and test methods of optical fibres and cables、and installation guidance 」を検討課題とするQuestion5のラポーターとして活動しています。Question5では、将来的にMCFが必要になるということで、2015年ごろから検討が進められてきています。
WP2においては、2020年ごろから直径125 ㎛、4コアのMCFを国際標準化の対象とする方向で議論が進み、2025年3月のSG15の会合で勧告(国際標準ドキュメント)策定を決議する方向です。そして、1年ほどかけてドラフティング(文書化)を進めて、最終的にGシリーズの勧告として制定されることになると考えています。そこに向けて日本国内でも、IEC(International Electrotechnical Commission)で光ファイバのコネクタ等の国際標準化を行っているメンバとITU-T SG15の参加メンバが情報共有しながら、本件に関する今後の国際標準化を日本がリードしていこうと意識合わせをしています。
技術や人と人の「接点」を見つけて、新たな発想により研究の幅を広げる
研究者として心掛けていることを教えてください。
あるテーマについて研究を続けていると、トップデータや研究成果のところを注視する傾向が出てきますが、テーマの周囲の部分との「接点」を見つけることを心掛けています。FTTH(Fiber To The Home)に関する研究が全盛期だったころ、私たちは「曲げフリー光コード」の研究に取り組んでいました。従来の光ファイバは石英ガラスでできていたので、曲げることにより光の伝送損失が大きくなり、さらには光ファイバ自身が折れてしまいます。当時、私たちは石英ガラスと複数の空気の孔だけで構成する新しい光ファイバの研究をしていたのですが、当時のグループリーダーが空孔光ファイバの技術を曲げフリー光コードに応用してみてはどうかという発想で、研究に取り組み実用化することができました。これは他技術との「接点」の1つの例なのですが、「接点」は技術に限らず人と人をはじめあらゆるところにあるので、現在の私たちの研究においても、さまざまな意味において何かの接点を見つけていこうと常に意識しています。
標準化の会議においては、大事なことは休憩時間のロビー活動等で話がまとまり、その結果が会議の場で合意されるといったことがよくあります。これもまさに人と人の「接点」が意味を持っており、こういった場で存在感を出していくためにも重要なポイントです。同様に、学会においても発表後に発表者のところへ行き、質問や議論をすることで見識を深め、双方の研究が前進することもよくあります。これについても、自分が動くことで「接点」が生まれます。
さて、MCFの研究は1980年ごろから始まっていますが、複数のコアどうしを接続する技術がないため概念が先行してきました。私の入社時に先人たちの想像力と挑戦に影響を受けて、MCFに興味を持って研究に取り組んできたのですが、それが30年以上経って現実のものとなりつつあり、非常に感慨深いものがあります。ただ、光ファイバやケーブルの世界では、フィールドに導入していくためには既設の設備との相互接続や後方互換性が非常に重要で、常に意識していることです。新しい技術だからいい、というわけにはいきません。それが現実のものになりつつあるのは、光ファイバ設備のアップグレードをどのようにしていくのかという考え方をフィールド側から発信してきたこと、それを研究サイドでウォッチし続けてきたことが大きく寄与していると思います。4コアMCFのフィールドへの導入という最終ステージに向けて、これを意識していきたいと思います。また、標準化の世界においても、他の技術との接点を意識しつつ、こうした経験を踏まえながら概念とのギャップを埋めていくつもりです。
自分の価値観を研究課題に結び付けて可能性にチャレンジ
後進の研究者へのメッセージをお願いします。
最近、それぞれの研究者が持っている価値観を、自分の研究課題に結びつけることがすごく重要なのではないかと思っています。研究者は、技術課題を的確に認識していて、どのように研究を進めていくのかということは分かっているのですが、そこに自分の価値観を持って研究課題と進め方を考えることにより、自分自身の研究に深みとか味わいのようなものが加わるのではないかと思います。若手の皆さんには、研究をその1つの技術課題としてとらえて純粋な技術論で進めるだけではなく、そこに自分の価値観を加えることでどのような新しいものが生まれるのかという発想を持っていただきたいと思います。それにより、すごく面白いことができるのではないでしょうか。そして、その可能性にチャレンジしていただきたいのです。
