2025年3月号
For the Future
観光地経営の現在地と観光DX-後編-
前編では、日本人にとっての「観光地」の変遷について「観光資源」に着目しながら歴史的に振り返りました。コロナ禍がもたらしたインパクトを確認するとともに、観光地経営に求められる「情報の重要性」について俯瞰しました。後編では、2024年現在の「観光地経営の現在地」について、観光を取り巻く環境を、PEST分析の観点(政治、経済、社会、技術)で俯瞰しながら、観光DX(デジタルトランスフォーメーション)の事例について紹介します。これらを通じて、DXが観光地経営に貢献し得る意義を再確認するとともに、新たに付加価値を生む可能性や新たなビジネスチャンスの萌芽を見出すことを目的とします。
観光分野のPEST分析
前編でも述べましたとおり、観光分野は新型コロナウイルス感染症による深刻な影響を受け、ほかの業種と比べても厳しい状況が継続しました。ここでは、観光を取り巻く環境を、PEST(政治「Politics」、経済「Economy」、社会「Society」、技術「Technology」)分析の観点で俯瞰することで、ポストコロナの現在の状況を把握します。
■政治的要因(Politics)
2023年3月31日に「観光立国推進基本計画(第4次)」が閣議決定されました。本計画では、観光立国の持続可能なかたちでの復活に向け、観光の質的向上を象徴する「持続可能な観光」「消費額拡大」「地方誘客促進」の3つをキーワードに、「持続可能な観光地域づくり」「インバウンド回復」「国内交流拡大」の3つの戦略に取り組む(図1)こととし、2023年度から2025年度の3カ年計画となっています。
「観光立国推進基本計画」からは、生産性向上や地方創生などの社会的な課題への対応により観光を持続可能なものにすると同時に、インバウンドの回復や国内旅行の需要喚起、旅行の高付加価値化などの実現により、観光による経済的な成長をめざしていることがうかがえます。日本の観光業のGDPは、コロナ禍前の2019年に国内GDPの約2%を占めていましたが、フランスは2017年で同7.2%、イタリアは2017年で同6.0%(1)でした。日本の観光業は、まだまだ成長の余地があると考えられます。
観光立国推進基本計画に基づき、さまざまな観光振興施策が行われている一方で、一部の自治体では宿泊税の引き上げが検討されています。例えば、京都市では宿泊税の上限を1泊1万円に引き上げることが検討されています(2)。市議会の可決と総務大臣の同意が得られれば、2026年3月からの引き上げをめざすとされています。本件は、オーバーツーリズム対策へ宿泊税を活用することで課題の解消につながることが期待される一方で、観光客が他国・地域へ流出する懸念もあり、その影響を注視する必要があります。
■経済的要因(Economy)
訪日外国人数は、2019年に3188万人と当時の過去最高を記録し、コロナ禍による激減を経て、2023年には2507万人と、2019年の80%弱まで回復しました。人数は過去最高の2019年には及ばなかった一方で、図2に示したとおり、訪日外国人の消費額は約5.3兆円と過去最高を記録しました。これは、1人当りの消費額の増加(2019年1人当り15.9万円(3)、2023年同21.3万円(4))によってもたらされましたが、主要因は、ホテル・旅館など宿泊料金の高騰と、平均宿泊日数の増加(2019年8.8泊(3)、2023年10.1泊(4))に伴う宿泊費の上昇によるものです。
直近の2024年11月までの訪日外国人数は累計3337万人となり、これまでの過去最高であった2019年の年間累計(3188万人)を上回りました(5)。これは、観光による経済成長をめざすうえで、強力な追い風が吹いているといえるでしょう。
日本人の国内旅行者数も、2023年時点では訪日外国人数と同様な傾向がみられます。日本人の国内延べ旅行者数は2019年の5.8億人から2023年の4.9億人と約15.2%減少した一方で、国内旅行消費額は21.9兆円と、2019年とほぼ同水準まで回復しました(6)。これは、宿泊費をはじめとして、旅行に必要な費用が増加していることが主要因です。
2024年9月時点での日本人の国内旅行者数は、累計4.1億人であり、2019年比-8.9%(7)と減少しています。2023年は上回るものの、過去最高を記録した訪日外国人と比較して伸び悩みがみられます。
■社会的要因(Society)
前編で述べたとおり、人々が観光に求めるものは過去から現在にかけて変遷してきました。それは、日本人の国内旅行者のみならず、訪日外国人も同様です。
訪日外国人が日本旅行に期待していることを図3に示します。日本食への関心がより一層高まっているのと同時に、日本の歴史や日常生活など、さまざまなことに対する関心も高まっています。これは、全国各地の郷土料理や歴史、日常生活を体感できる観光地を活かすことで、現在東京・大阪・京都に偏っている訪日外国人の滞在地を、地方に向かわせる可能性を秘めていると考えられます。
日本人の国内旅行者の旅行目的も変化しています。例えば、前編でも触れた「聖地巡礼」(コンテンツツーリズム)はSNSの普及とともに2010年以降身近な存在になり、地方に無視できないレベルの経済効果をもたらしています。例えば、2016年に岐阜県飛騨市などが舞台になったアニメ映画『君の名は。』のヒットにより、ほかの2作品も含めた岐阜県への経済効果は253億円にのぼりました(8)。
一方で、観光の負の側面による社会問題も顕在化しています。例えば、前編でも触れた「オーバーツーリズム」が各地で社会問題になっており、観光客が押し寄せることで地元住民の暮らしに支障が出ています。一例を挙げますと、京都の中心部の路線バスでは、清水寺などの有名観光地への移動や、大型の荷物の持ち込みを行う観光客によって、地元住民が利用しにくい状況が発生しています(9)。
さらに、昨今、少子高齢化などに起因する人手不足が深刻化していますが、観光分野の主要業種である「旅館・ホテル」においても例外ではありません。帝国データバンクによる「人手不足に対する企業の動向調査」の結果の一部を図4に示します。この結果からは、非正社員に関して人手不足と感じている企業の上位10業種とその割合(例えば、2024年10月の調査では飲食店業の64.3%の企業が人手不足と感じている)を把握できます。
「旅館・ホテル」は、非正社員の人手不足割合の第2位(図4)であり、正社員でも第6位です。「旅館・ホテル」は、コロナ禍での観光客激減の影響により働き手を減らさざるを得なかったため、アフターコロナで深刻な人手不足に陥りましたが、最近では、観光客の回復により若干の緩和傾向がみられます。とはいえ、過半数の企業が人手不足と感じている状況は継続しています。
■技術的要因(Technology)
「観光立国推進基本計画」では、観光DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進が掲げられています。その主な目的は、同計画に「旅行者の利便性向上及び周遊促進、観光産業の生産性向上、観光地経営の高度化等を図る」と示されています。このことから、国として、観光DXにより単に生産性を向上させるだけではなく、同時に旅行者に対する付加価値や、観光地経営の高度化も追求したいと考えていることがうかがえます。
ここで、観光地経営の高度化について説明します。同計画には、「事業者間・地域間のAPI連携等を促進するため、連携するデータの仕様統一化を図るとともに、実証事業を通じて先進事例を創出する」と示されています。例えば、地域間の複数の事業者(観光、宿泊施設など)で予約状況や宿泊料金などを連携することで、観光施設の人員配置や宿泊料金を最適化することが可能になり、収益を最大化できます。
このように、観光立国推進基本計画におけるめざす姿である「地域の社会・経済に好循環を生む「持続可能な観光地域づくり」」において、観光DXは非常に重要な取り組みであると考えられます。
一方で、観光分野に限らず、DXを支える人材不足が深刻化しています(10)。観光分野においては、その対策として、外部専門家の起用により観光事業者の担当者にDX等のノウハウを蓄積させることや、経営層向けの教育プログラムの提供によりデジタル人材育成に関する意識の醸成などが行われています(11)。
それに加えて、観光分野のデジタル化の進展に伴い、システム障害に対する影響が深刻化しています。例えば、2024年7月19日に、統合セキュリティソリューションの「CrowdStrike Falcon」の不具合が発生し、発生後72時間で全世界の1万6896の旅客便が欠航となりました(12)。観光DXの推進に際しては、システム障害の回避策を講じることや、障害発生時の業務フローの整備など、対策がより重要となります。
観光分野における課題
これまで「観光分野のPEST分析」で述べた内容を「機会」「脅威」に大別したものを表に示します。
■「機会」を踏まえた課題
観光分野における機会は、順調に増加している訪日外国人や旅行消費額、観光に対するニーズの多様化、そして、観光庁による観光DXの推進です。特に、観光に対するニーズの多様化は、訪日外国人や日本人旅行者を、活性化が必要とされている地方に向かわせる可能性を秘めていると考えられます。
この機会を活かすために取り組むべき課題は、「デジタルテクノロジと地域資源を活かして新たな魅力をつくり、観光の高付加価値化を実現する」ことです。この課題解決により、観光立国推進基本計画における「地域の社会・経済に好循環を生む「持続可能な観光地域づくり」」の実現に寄与します。
■「脅威」を踏まえた課題
一方、観光分野における脅威は、観光客の増加によるオーバーツーリズムの社会問題化や、少子高齢化に起因する人手不足の深刻化です。いずれも、「持続可能な観光地域づくり」を妨げる重大な要因となります。
この脅威に対処するために取り組むべき課題は、「デジタルテクノロジを活用し、生産性を向上させたり、集中する観光客を分散させたりする」ことです。これにより、「持続可能な観光地域づくり」の実現に寄与します。
デジタルテクノロジと地域資源を活かした新たな魅力づくりの事例
ここでは、前述の観光分野における「機会」を踏まえ、デジタルテクノロジと地域資源を活かして新たな魅力をつくり、観光の高付加価値を実現させた事例を紹介します。
■福井県坂井市の分散型ホテル「オーベルジュほまち三國湊」
福井県坂井市の三国湊は、江戸から明治にかけて北前船交易で隆盛を極めた港町です。北前船交易で栄えた豪商の邸宅や町家などが数多く残る、情緒あるレトロな街並みの散策や、越前がにをはじめとする三国港で獲れた新鮮な海産物などの美食を楽しむことができます(13)。また、2024年3月16日に北陸新幹線の金沢~敦賀間が延伸開業し、東京からのアクセスが容易になったため、より一層の賑わいが期待されるエリアです。
現存するいくつかの町家を改修して宿泊できるようにしたホテルが、2024年1月に開業した「オーベルジュほまち三國湊」です(14)。同ホテルは、分散型ホテルの思想を参考として、NTT三国ビルをホテルフロントに、広場はロビー、通りは廊下、10軒の町家を利用した客室・レストランというかたちで、街中に分散してホテルを形成しています(図5)。
分散型ホテルとは、「地域の廃屋や空き店舗をリノベーションし、レセプション(図5の「ホテルフロント」)、客室(同「青色の建物アイコン」)、食堂(同「レストラン」)などの機能をそれぞれの棟に分散させ、町をまるごと1つのホテルにすることで、宿泊した人たちが自ずと町を回遊し、地域そのものに活力をもたらす仕組み」と定義されています。分散型ホテルはイタリアで生まれ、過疎化した地域における空き家対策として発展しました。2006年には、イタリア国内における分散型ホテルの全国的な普及啓発を目的とした「アルベルゴ・ディフーゾ協会」(イタリア語でAlbergo=ホテル、Diffuso=分散した)が設立されました。日本国内でも、空き家問題への対応が喫緊の課題になっていることや、旅行のニーズの多様化、そしてコロナ禍における3密(密集・密接・密閉)の回避もあり、より注目されるようになりました(15)(16)。イタリア国内においては、アルベルゴ・ディフーゾ協会が認定した分散型ホテルは2020年11月時点で67件(17)*1にのぼります。
オーベルジュほまち三國湊では、実際に地域の人々が生活していた古い町家をリノベーションなどにより活かして、ホテルの客室などの施設として利用しています。そのため、前述の訪日外国人のニーズで触れた、日本の歴史や日常生活を体験したいというニーズにこたえることができ、高付加価値化を実現できます。また、地域にとっては、三国湊の街並みや景観の保全や、街歩きや調理体験などのアクティビティを通じた地域住民と観光客との交流促進よる地域活性化により、地域課題の解決に寄与することができます。
同ホテルの事業オーナーを、NTT西日本など11社の共同出資により2022年10月に設立した、株式会社Actibaseふくいが務めています。また、三国湊における地域課題の解決を後押しするために、NTT西日本と、その100%子会社である株式会社地域創生Coデザイン研究所がサポートします。具体的には、観光客の行動データなどを収集し、周遊ルートの最適化やタビアト販売などの顧客接点の増加と、データを活かしたレベニューマネジメントなどの観光地経営の効率化を行い、住民幸福度に関するKPI(Key Performance Indicator)の設定や効果検証を通じて地域全体のWell-beingをめざしていくことです(18)。本取り組みは、観光による地域課題解決の好事例になると期待しており、今後も動向を注目していきます。
*1 イタリアのアルベルゴ・ディフーゾ協会の認定件数。内訳は、AD(Albergo Diffuso:「分散型ホテル」。レセプションから半径200~500m以内に施設が集約)が54件、ADC(Albergo Diffuso di Campagna:「田舎の分散型ホテル」。宿泊施設が町の中心から離れた場所にあるもの)が6件、OD(Ospitalità Diffusa:「分散されるおもてなし」。レセプションからおおむね半径1kmの範囲に施設が分散)が7件です(15)(16)。
■大分県インタラクティブ観光DX事業
大分県は、温泉の源泉数・湧出量共に日本一を誇り「おんせん県」として広く認知されており、別府温泉をはじめとして全国的な知名度を誇る温泉街を多数擁します。しかしながら、若年層の観光離れに加えて、コロナ禍の影響により旅行者数や収益が大幅に減少してしまいました。そのため、特に若年層に対して、大分エリアに対する興味・関心をどのように創出・拡大させていくかが課題でした。
その課題の解決のために、別府温泉エリアを対象に、2022年10月~2023年2月にかけて、デジタル技術を活用し、「認知 > 興味・関心 > 購入・消費 > 来訪 > リピート・ファン化」のカスタマージャーニーに沿った各種企画が実施されました(19)。具体的には、PR動画のネット配信や地上波での放送(認知)、参加型ライブ配信(興味・関心)、地域OTAサイト*2や物販サイトの拡張(購入・消費、来訪)、別府訪問者向けSNS企画(来訪)が行われました。加えて、PR動画やライブ配信には、若年層に効果的にアプローチするために、2.5次元俳優*3を起用しました。
それらの企画のうち、2022年11月21日に行われた「参加型ライブ配信」の内容と結果について説明します。この企画は、2.5次元俳優たちが別府温泉で宴会を行い、視聴者がライブ配信を経由してスマートフォンで一緒に参加するというスタイルでした。一般的なライブ配信における「投げ銭」に相当するものとして、地域OTAサイトで別府の宿が予約されたり、物販サイトで別府の物産品が購入されたりすると、2.5次元俳優たちの宴会の料理がリアルタイムで増えていく仕組みが用意されていました。
本企画の結果、2時間のライブ配信で、宿泊予約・物販を合わせて約257万円の売上を達成し、アーカイブ配信も含めると約271万円に到達しました(20)。一般的なライブ配信の「投げ銭」とは異なり、ユーザ、出演者のみならず、宿泊を伴う来訪や物産品の購入によって地域も潤う「三方よし」のかたちをつくることができ、地方創生のモデルとなり得るものだと考えています。
本事例は、元々大分県が持っていた温泉などの観光資源を活用して、ライブ配信などのデジタル技術や、推し(自分の好きな俳優やアイドル)が薦める物産品の購入などによる「推し活」、推しが訪問した場所に自分も訪問したいという「聖地巡礼」の要素を加えることで、観光による地域活性化の可能性を示した事例です。今後の課題は、参加型ライブ配信などをきっかけに大分県の物産品の購入や来訪に至った層をファン化(リピート化)することで、再来訪や再購入につなげ、収益拡大を実現することです。そのためには、本事例のアンケートの分析で得られた「俳優の紹介したスポットへの再来訪や、前回実施できなかったことがしたい」という再来訪意向などを活用し、再来訪や再購入につなげる取り組みを継続していくことが重要です。
*2 地域OTAサイト:国内の代表的なOTA(Online Travel Agent)は、じゃらんnet(リクルート)、楽天トラベル(楽天)ですが、地域OTAは、地域のDX推進(オンラインでの情報発信、予約管理自動化、データ活用など)を目的に構築された独自のOTAです。本事例では、イベントなどの情報提供や旅行商品の提供を行いました。
*3 2.5次元俳優:漫画・アニメ・ゲームなどを原作とした舞台に出演する俳優。本事例では、鳥越裕貴、高橋健介、ゆうたろう、井阪郁巳の4名が起用されました。なお、この4名は共同でYouTubeチャンネル「ぼくたちのあそびば」を運営し、同チャンネルで大分県のPR動画の配信やイベントの告知を実施しました。
デジタルテクノロジを活用した持続可能な観光地域づくりの事例
ここでは、前述の観光分野における「脅威」を踏まえ、デジタルテクノロジを活用し、生産性を向上させたり、集中する観光客を分散させたりした事例を紹介します。
■福井県観光データ分析システム(FTAS)活用による生産性向上
観光分野は、平休日や季節などで繁閑の差が大きいため、それに合わせて仕入量や人員配置の最適化をすることや、その差をなるべく小さくすることが生産性や収益性を向上させるうえで重要になります。その実現の鍵は、宿泊施設や観光施設の予約状況や人流情報をはじめとするデータを活用することで、観光客の動向を正確に把握することです。
福井県観光DX推進マーケティングデータコンソーシアムでは、生産性や収益性の向上に資する各種データを収集しオープンデータとして公開するDMP(Data Management Platform)である、福井県観光データ分析システム(FTAS:FUKUI Tourism data Analytics System)を構築しました(21)。観光地のセンサから取得した人流や、宿泊施設・県立恐竜博物館の予約情報、アンケート情報など8つのデータセットをFTASに連携しています。FTASの活用により、需要を踏まえた最適化を実現した事例が2点あります。
1点目は、恐竜博物館の予約データを活用し、周辺の事業者の運営の最適化を実現した事例です。具体的には、恐竜博物館の60日までの予約データをFTASに公開しており、周辺の土産店等の事業者は、いつでも最新の予約状況や来場者数の見込み等を把握することが可能になりました。それにより、仕入量や人員配置を最適化することが可能になり、生産性や収益性の向上に寄与しています。
実際に恐竜博物館の予約データを確認した結果を図6に示します。URLにアクセスするだけで簡単に最新情報が得られるように工夫されており、データ活用に不慣れな方でも利用しやすくなっていると感じました。
2点目は、宿泊予約データを活用して、需要に応じた取り組みを実施した事例です。具体的には、あわら温泉・小浜・福井駅前のエリアにおける宿泊施設から予約人数・単価等のデータを収集し、エリア別に集計してFTASに公開しています。各宿泊施設は、このデータに基づき自エリアの予約状況から需要を把握して、価格を変動させる(閑散期には安く、繁忙期には高くする)ダイナミックプライシングを行えるようになり、収益性の向上や繫閑の差の平準化に寄与しています。また、能登半島地震発生後に、2024年1月6~8日の3連休における宿泊予約のうち23%がキャンセルされたことをFTASのオープンデータから把握し、それを踏まえて県独自の宿泊支援キャンペーンの対象地域を北関東から全国に拡大する施策を講じたことで、需要の喚起を促すことができました。
FTASは、2023年7月~2024年1月にユニークユーザ数3400人を記録し、目標値の3000人を上回っていることから、さまざまな人に活用されている様子がうかがえます。
■スペイン バルセロナ市における入場券のデジタル化
前述したとおり、有名観光地では「オーバーツーリズム」が社会問題となっています。それを解決するための1つの方法として、観光客が訪れる日時を分散させることや、施設などへの入場者数に上限を設ける方法があります。
外国人観光客数が世界第2位(2023年)のスペインにおける需要平準化の優良事例として、バルセロナ市の例を紹介します。バルセロナ市は、世界的に有名な建造物である「サグラダ・ファミリア」をはじめとして、建築家ガウディの作品群が複数あり、世界中から多くの観光客が訪れています。バルセロナ市では、観光客の集中を防ぐために、観光施設の入場券のデジタル化により、施設の滞在人数の抑制を実施しています(22)。具体的には、サグラダ・ファミリアやグエル公園などの有名観光施設は、日時指定のデジタル入場券を施設の公式サイトやOTAサイトで販売しています。その際に、時間帯ごとに入場券の販売数の制限を設定(サグラダ・ファミリアの場合、1時間当り1500人)することで、施設の滞在人数を抑制しています。本施策の結果として、2点の効果がありました。
1点目は、各時間帯の入場者数が管理されているため、観光施設内が過剰に混雑せず、旅行者が快適に滞在可能になりました。それにより、バルセロナ市の観光客満足度評価の改善に寄与し、2018年には8.8点を達成(10点満点中、2014年比0.4ポイント向上)しました。
2点目は、オンライン販売により、ガイド付きツアーのセット券など、多様な商品を設定することが可能になり、収益が増加しました。また、デジタル化によりチケットの販売データを分析できるようになり、商品ラインアップの刷新や新商品の開発に役立てています。
日本国内でも、有名テーマパークにて現地での当日券販売を廃止し、入場券のデジタル化(事前予約)を実現しています。混雑緩和が求められる観光地で、今後同様の仕組みの導入が予想されます。
新技術活用による今後の展望
前編から後編にかけて、観光の起源から現状に至るまで概観してきました。本稿のむすびとして、観光分野における生成AI(人工知能)の活用事例から、観光分野の今後を展望します。
2022年11月30日のChatGPT(OpenAI社)の公開以来、生成AIが大変注目されています。生成AIは、自然言語による指示(プロンプト)により、情報の要約や専門知識に基づく回答を多言語で行えるなど、これまでの技術では困難であったさまざまなタスクをこなすことが可能です。観光分野では、これまで人間が行っていた業務の置き換えによる人手不足の解消などが生成AIに期待され、昨今、観光案内において生成AIが活用され始めています。一例を挙げますと、札幌市の地下鉄大通駅に新設された「アイヌ文化PR・AI観光案内コーナー」では、株式会社ティファナ・ドットコムが提供する、生成AIを活用した案内システム「AIさくらさん」の運用を2024年12月16日から開始しました(23)。観光案内所は、地域の魅力を旅行者に伝え、回遊を促進するうえで重要な拠点ですが、観光地に関する知識や多言語対応などが必要なため、人材の確保は容易ではありません。「AIさくらさん」は、生成AIにより、無人で交通案内や観光地情報を多言語で提供することが可能です。また、リモート通話機能が備わり、生成AIが回答できなかった場合には、別拠点である札幌駅の「北海道さっぽろ観光案内所」の職員が案内することも可能です。その際、生成AIが質問・回答の翻訳を行うため、言語のギャップを埋めることをサポートしてくれます。
この事例を踏まえますと、これまで人間が行ってきた業務を生成AIに置き換えることで人手不足の解消に寄与しています。生成AIは現在も急速な進化が続いていますので、多様な活用が行われる可能性があります。これにより、観光分野のより一層の発展と、それによる地方創生、ひいては日本経済の活性化が期待されます。
■参考文献
(1) 国土交通省 観光庁:“旅行・観光産業の経済効果に関する調査研究(2021年版),”2023.3.
(2) https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250108/k10014688261000.html
(3) 国土交通省 観光庁:“訪日外国人消費動向調査 2019年 年次報告書,”2020.3.
(4) 国土交通省 観光庁:“訪日外国人消費動向調査 2023年 年次報告書,”2024.3.
(5) 日本政府観光局:“訪日外客統計 月別推計値 2024年11月推計値,”2024.12.
(6) 国土交通省 観光庁:“旅行・観光消費動向調査 2023年年間値(確報),”2024.4.
(7) 国土交通省 観光庁:“旅行・観光消費動向調査 2024年7-9月期(速報),”2024.11.
(8) https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC1046K0Q1A510C2000000/
(9) https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231023/k10014234211000.html
(10) https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/discussion-paper/dx-talent-shortage.html
(11) https://www.mlit.go.jp/kankocho/seisaku_seido/kihonkeikaku/jizoku_kankochi/kanko-dx/content/001596702.pdf
(12) https://www.cirium.com/thoughtcloud/crowdstrike-it-outage-what-does-it-mean-for-airline-industry/
(13) https://kanko-sakai.com/feature/mikuniminato/
(14) https://www.homachi.jp/
(15) 日本交通公社:“観光文化248号「特集2-3 分散型ホテル」,”2021.2.
(16) https://albergodiffuso.jp/
(17) 農林水産政策研究所:“ICT活性化プロジェクト【農泊】研究資料 第2号 地域資源を活用した農泊による農村活性化の現状と課題―日本,イタリア,フランスにおける事例を中心に―「第10章 イタリアにおけるアグリツーリズムとアルベルゴ・ディフーゾ」,”2022.3.
(18) https://www.projectdesign.jp/articles/0031b1b3-5b64-4596-9df6-f5572b54c130
(19) https://kanko-dx.jp/case-study/1026/
(20) https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digitaldenen/menubook/2022_winter/00043.html
(21) 国土交通省 観光庁:“令和5年度「観光DX」ナレッジ集「Next Tourism “DX” Knowledge Report」,”2024.10.
(22) https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001736089.pdf
(23) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000152.000060004.html
※各サイト情報は,執筆時点(2025年1月)で得られたものに基づきます。

主任研究員 小田原亨